新カテゴリLOCAL(実装後にリンク貼る)では、ローカルな土地の魅力を「移動」という視点から掘り起こしていく。最初の舞台は、近年移住者が増えている長野県・御代田町。新幹線や在来線、高速道路を使えば首都圏へのアクセスも良く、二拠点で生きる住民も少なくない。この地で暮らす人々の「移動時間」が、どのように日々の実践や思想を育てているのか。
#03では、広大な土地を仲間と拓き、森のコミュニティに暮らしながら東京の大学で教壇にも立つプロダクトデザイナーの熊野亘さん。浅間山の麓から関東平野へと続く3時間のドライブは、彼にとって仕事のスイッチを切り替え、デザインの視点を広げるための大切な“道のり”になっている。
※本番時〈移動が育む暮らし 長野県・御代田編 アーカイヴ一覧を挿入〉


森のコミュニティから、山を降りて大学へ
御代田町の一角にあった約4,000平米という広い原野を、移住者たちが力を合わせて切り開き、自然に溶け込む機能的な家を建て、ゆるやかなコミュニティを築いて静かに暮らしている。メンバーのひとりである熊野亘さんは、生まれ育った東京からフィンランドを経由して、8年前に御代田町に根を下ろした。木工によるプロダクトデザイナーとして活躍する傍ら、武蔵野美術大学の教授として教壇に立っている。御代田町と東京を往復する二拠点生活を送りながら、ヨーロッパに出向く機会も少なくないという、ローカルとグローバルを往来する生活を送っている。

「大学の学期中は、月曜日から水曜日までを東京で過ごし、木曜日から週末を御代田町で生活をしています。月曜日の朝5時くらいに自宅を出て、8時ごろに学校に着く。電車だと軽井沢か佐久平まで行って新幹線に乗り、在来線に乗り継いで、さらに最寄り駅から学校までも遠いんですよ。木材を運んだり荷物も多かったり、クルマのほうが圧倒的に便利ですね。冬場は授業で出た端材を持ち帰って薪にしたりするので」
片道およそ3時間の道のり。毎週月曜日の早朝に自宅を出発して大学へ向かう道のりは、この上なく気持ちいいそうだ。標高900〜1000mに位置する軽井沢から広大な関東平野に降りるにつれ、空が徐々に明るくなる。特に冬は変化が激しく、出かけるときは真っ暗なのが、学校につくころには明るい。まるで「Patagonia」のロゴのような、山々を包んでいた暗闇にグラデーションが現れる瞬間を見つめ、浅間山の麓から降下するのだ。

車中は学びの教室であり、ひとりに戻るための場所
これまでずっと、車中では音楽に耳を傾けるのが決まり事だった。それが最近では、「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」というポッドキャスト番組を好んで聴くようになった。教科書に登場しないマニアックな人物にフィーチャーしたり、将軍家や大名家をひとつの会社に例えたり、現代の表現を用いて歴史を紐解いく番組に、知識欲が刺激されるからだ。
「移動中って物事がすっと頭に入りやすい気がします。特に運転中はアドレナリンが分泌されるっていうじゃないですか。そのせいか、普段以上に感受性が豊かになっている気がして。御代田町は旧中山道が通っているんですけど、徳川家康はその道をつかって江戸から関ヶ原へ、わずか1週間で約2万の兵を動かした、と。当時の人が徒歩で移動していたことを考えるだけでも、本当に凄いですよね」

対照的に東京から御代田町へ帰る道中は、リフレッシュのための時間と決めている。
「学生たちを前にすると、こちらのエネルギーがどんどん吸い取られるんですよ。水曜日の授業が終わると、気力も体力も使い果たした、空っぽの状態。ぼーっとしていると眠くなってしまう。都内から関越自動車道への道中はポッドキャストで野村訓市さんの「Traveling Without Moving」を聴いて、肩の力を抜いてますね。で、上里PAで休憩を挟んでからは、オーディオのボリュームを上げて一気にカラオケタイム。もう歌でも歌わないとやってられない状態なんで(笑)」
移住するまでは電車を利用することのほうが多かったという熊野さん。以前に比べ圧倒的に増えたクルマでの移動を、より意識的に捉えるようになった。特に自宅と東京を往復する車中は、生活の中でのオンとオフを切り替えるタイミングとして、そして「ひとりになる」貴重な時間として活用している。
「自宅にいる木曜日と金曜日はスタッフと平日は仕事に没頭して、週末は家や田んぼのこと、また自分のための造作なんかをしています。「常に何かやっている」タイプの人間だから、休む時間が少ない。なので長時間の移動を利用して、肉体的にも精神的にも休憩して、客観的に自分を見つめる時間にしようと心がけています」

自宅に併設するアトリエは車庫となるガレージの2階に。設計は熊野さん自身でおこなっている。
世界をめぐり「どこにあっても違和感のないもの」を考える
熊野さんの職業は、移動という要素抜きには成り立たない。プロダクトデザインは人が生活するための道具をつくり出すために存在する。特定の人に届けるのではなく、より多くの人が違和感なく使えるよう、形や機能が十分に担保されているかを考え抜く必要があるのだ。

「モノづくりをはじめる時には必ず、いろいろな人を想像しながら『どこにあっても違和感がないもの』を思考します。そのためには、国や地域ごとに変化する暮らしぶりを理解することが不可欠です。インターネットで検索するだけではなく、実際に自分の目で見て体験するプロセスが欠かせない。ちょうど明日から、講師としてフランスで行われるワークショップに行くんですけど、時間の許す限りヨーロッパのさまざまな土地を訪れて、そこで見聞きしたことをいずれ仕事に還元させたい。自分の師匠であるジャスパー・モリスンというプロダクトデザイナーも、そういう人でした。ロンドン、パリ、東京のオフィスを拠点に世界を動き回り、人々の営みを観察しながら普遍的なモノを生み出した。時代を超越した普遍的なデザインって、常に視点を広げていないとつくれない。なので自分にとって、移動には重要な意味があります。それに、楽しいじゃないですか。異文化に触れながら固定概念をシフトさせるって」

時間割のグラフ
#03熊野亘
age44
出身地
東京都
現所在地
長野県北佐久郡御代田町
職業/肩書き
プロダクトデザイナー/ 武蔵野美術大学 准教授
SNS/HP
現在乗っているクルマ
TOYOTA ランドクルーザープラド 2ドア 95年式
日々の移動手段を教えてください
クルマ
移動時間に何をしていますか?
・ポッドキャストを聴く
・音楽を聴く
・カラオケをする
移動時間にどんなことを考えますか?
考えを整理する
移動する時間は自分にとってどんな時間ですか?
切り替え
あなたにとって移動とは
休憩&思考の整理をする時間
Photo by Keita Noguchi Text by Numa Edit by Naonori Kato Produce by Ryo Muramatsu