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セカンドライフとクルマ #02 塗装のプロが実現した“世界に一台”という悦び by Paint Up Sugar
2023.11.24

セカンドライフとクルマ #02 塗装のプロが実現した“世界に一台”という悦び by Paint Up Sugar

全国各地に点在する、クルマにまつわるユニークな小商いを、noruでおなじみのクリエイターがナビゲートする新連載の第2弾。ノルディックスキーの競技者からペインターに転身し、リノベーションカーを企画・製作する〈Paint Up Sugar〉を、長野県中野市からご紹介します。

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アルペンスキー、そしてスキークロスの選手として世界を舞台に戦い、レースから引退した後はフリースキーヤーとして映像作品への出演やスキーの商品開発などに携わる河野健児さん。2020年からは故郷・長野県野沢温泉村の観光協会長に就任し、野沢温泉に伝わる風土と伝統を新しい切り口で発信している。そんな河野さんがクルマに関して絶大な信頼を寄せるのが、長野県中野市にある〈Paint Up Sugar〉。地元の後輩である佐藤亮一さんが、妻のかなえさんと二人三脚で営むリノベ工房だ。

「スキー、サーフィン、キャンプ場の仕事と、オンオフを問わず、長距離を走ります。オフロードが多いので、乗り方もハード。でも、家族も乗るので家族目線の快適性は必須…それだけの条件を満たし、かつ乗りたいと思えるクルマが、市場には一台もなかった。じゃあ、自分たち仕様のクルマを作るしかないね、ってことで、彼に任せることにしました」(河野)

スキーヤーからペインターへ

河野さんが信頼を寄せる佐藤さんは、河野さんと同じく野沢温泉村出身の元スキー競技者。幼少期にスキージャンプを始め、その後ノルディックスキーに転向、レースに出場するようになった。

「中学生のときに自分のヘルメットを塗装したのが、カスタムペイントの始まりでした。葛西(紀明)さんら憧れのトップ選手はみな、すごくきれいにペイントされたヘルメットをかぶっていたから。もちろん、バイクの塗装などを手掛けるプロたちの仕事なんですが、それに憧れてセルフペイントするようになったんです」

怪我により競技者としての道が断たれた後は、塗装のプロフェッショナルを志して板金塗装の専門学校に進む。卒業後は大手自動車ディーラーに、塗装専門の技術者として入社。10年勤め、板金塗装の技術を磨いた。

「業務で扱うのは、機能性を追求した、いわゆる“普通”のクルマで、『こういうクルマはもういいかな』なんて感じるようになってしまいました。せっかく技術を身につけたのだから、もっと自分の個性を生かせるペイントを手がけてみたいと思うようになったんです。そんなとき、僕がペイントした妻のエブリィが好評を博し、かなりの反響をいただきました。妻のスタイルに合ったベージュにペイントしたものでしたが、これをきっかけに、個人のお客さまに向けて自分がコーディネートしたクルマを提案できるのではと、独立を考えるようになりました」

塗装のプロだからできるオリジナルカラー

会社員時代、独立への布石としてSNSでバンライフのインフルエンサーたちのクルマの使い方をリサーチしていた。その結果、“古い日本のバンこそ、もっとも手を入れがいがある素材”という確信を得る。そこで自家用に購入したのが、ボンゴブローニー。“自分らしくリノベできる素地のあるクルマ”という視点で選んだものだが、これに手を入れてSNSにアップしたところ、驚くほどの問い合わせがあった。2020年、晴れて〈Paint Up Sugar〉をスタート。コロナ禍にも関わらず、紹介や口コミで注文がひっきりなしに入るようになり、3年目を迎える現在もハイエースやボンゴブローニーを中心にさまざまなオーダーを受けている。

「ペイントはほぼオリジナルカラーです。既成の色味に黒や白、パールを足したり引いたりして、その方のスタイルやライフスタイルにマッチするよう調色しています。経験がないと調色はできません。光の反射が見えるか、黒や白の足し算引き算の効果を予測できるのか、それは職人仕事なんですね。ですから、その方だけのオリジナルカラーを提案できることがうちの強みだと思っています」

現在は古物商の資格を取得して車両探しから行っており、オリジナルのシートカバーを自社で製作したり、内装に木材を貼ったり、内装も佐藤さんたちが手を入れている。車検と整備以外はすべて自社で賄えるのが、〈Paint Up Sugar〉の特長だ。

「もともとDIYや小屋作りが好きでベースの知識や経験はあったのですが、独立する前に自家用車をフルリノベして、クルマに必要なスキルを磨きました。アールに合わせて木材をカットしたり、素材の伸縮率を考えながら材を選んだり。おかげさまで、昨年はボンゴ専門のオーダーメイドリノベ工場のような状態になっていました(笑)。展示用に自社プロデュースのブローニーに取り掛かりたいのですが、なかなかそこまで手が回らない状況です」

リノベカーの未来図

新車と中古車の2択だったクルマ選びに、リノベーションカーという新たなチョイスが加わった昨今のリノベムーブメント。『カスタムカー』といえば、走り屋仕様というイメージを抱く人も少なくなかったが、“ライフスタイルに合わせてアップデートする”というリノベカーは、いまや乗り手のスタイルを表現する手段になりつつある。

「リノベカーという新ジャンルの裾野が広まりつつあると実感しています。少し前なら商用バンをファミリーカーに、という選択肢はあり得なかったと思うんです。サスペンションがイマイチなので乗り心地に難があるし、断熱材も入っていない、遮音性も低い。けれども、それを味として捉えてもらえれば、商用バンには素晴らしい可能性が広がっています。そういう価値を広めたのはリノベカーと言えるでしょう」

一方で気がかりに感じているのは、これからのEVカーの広まりだ。現在はガソリン車やディーゼル車のリノベを行っているが、市場に出回っている中古車がEVカーばかりになったとき、そこにリノベを施す余地はあるのか。ペイントだけなら問題ないが、内装に手を入れるとなった場合、電子制御やセンサーに関わる領域には手をいれづらくなりそうだ。こんな時代だからこそ生まれたリノベカーだが、だからこそ、時代の変化を受けやすいジャンルともいえる。

河野さんのために作られた、世界に一台のツートンハイエース

さて、河野さんのために製作したバンに戻そう。半年の製作期間を経て納車したのは、グリーンのツートンカラーが印象的なハイエース。中央のウッドペイントがアクセントになっている。

「車種選びから難航しました。健児さんは『ファミリーカーでいいし、ボンゴバンでも構わない』と言うのですが、本人のパーソナリティやスタイルを考えると、ぜったいにボンゴバンじゃない。ハイエースかデリカの2択で検討して、積載量の少ないデリカではなくハイエースの100系に絞りました。悩んだのは、バンかワゴンか、のチョイスです。リアエアコンが搭載されていないバンよりもワゴンの方が家族にとっては快適だろう、ということで、ベース車両はハイエース100系のワゴンに」(佐藤)

「そこからベースカラーをどうするかという相談になったんですが、初めはネイビーをゴリ押しされて(笑)。そういえば、すごく若かったころに、グランドワゴニアに乗りたかったことを思い出し、木目調をいれてもらうことにしました」(河野)

「ネイビーで数種類、調色してみたものの、なんだかしっくりこない。健児さんに『木目』と言われて、一気にプランが見えてきました。グリーン系のツートンで、上は昔のレンジローバーを思わせる、森をイメージしたグリーン。下は、ややくすみのある明るいカーキ。その2色をつなぐウッドは、普段使っている自動車用の塗料でペイントしたものです。内装はお任せしてもらい、できる範囲で手をいれました」(佐藤)

「外で使った道具を積み込むし、外遊びの機会も多いし、子どもたちが猛烈に汚すので、シートはそのまま。でも、家族も僕も大満足で、特に子どもたちが喜んでいます。走行距離は12万キロですが、『このクルマにはこれから10年は乗りたいね』って家族と話しているところ。10年後、長男が18歳になるとき、まだまだ現役続行できそうならその時は長男に譲ろうかな」(河野)

Paint Up Sugar
お客さまと1人1人とじっくり向き合いながら、企画・提案・制作までをすべて自分たちで担当するオーダーメイド・スタイルのカーショップ。長年、品質に厳しい板金工場での経験を活かし、現場を経験してきたからこそ分かる細かな部分や色の感覚、ニュアンスを活かして品質の高いペイントを施工し、世界にたった一台のリノベーションカーを提供します。

営業時間:10:00-17:00
定休日:日曜日・祝日(予約のみ可)
TEL:0269-38-0838
HP: paintupsugar.com
IG:@paintupsugar


河野健児
1983年長野県野沢温泉生まれ。小学校から高校卒業までアルペンレーサーとして活躍し、2002年にフリースタイルスキー・スキークロスに転向。12年間、ナショナルチームメンバーとしてスキークロス世界選手権、ワールドカップ、X-GAMESに参戦。元全日本チャンピオンで、ワールドカップ最高位は4位。現役を退いた現在もスキーヤーとして国内外の山に足を運ぶ。故郷でもある野沢温泉村を拠点に〈nozawa green field〉代表として一年を通して自然の中に身を置き、アウトドアスポーツの魅力を発信。また、野沢温泉村観光協会の理事も務めている。
IG:@kono_kenji

photo by Moe Kurita / text by Ryoko Kuraishi / edit by Ryo Muramatsu