column

セカンドライフとクルマ#03 「ちょうどいいカーライフ」を提供する、地域のガソリンスタンド by 有田石油(アリセキ)
2024.05.23

セカンドライフとクルマ#03 「ちょうどいいカーライフ」を提供する、地域のガソリンスタンド by 有田石油(アリセキ)

和歌山県の湯浅に、書籍を販売する、カフェ併設のガソリンスタンドがある。コーヒーと本を扱い、不定期イベントを実施する〈有田石油〉が目指すのは、地域のハブとしてのサードプレイス。変わりつつあるガソリンスタンドの、未来の役割について考えてみた。

セカンドライフとクルマ|記事一覧

» セカンドライフとクルマ

和歌山県の中部西岸に位置する港町、湯浅町。水陸交通の要衝として、町の南北を貫く熊野古道の、古道歩きの拠点として栄えた町でもある。そんな湯浅町で、1959年から地域のガソリンスタンドとして“地域のクルマのなんでも”を請け負っているのが〈有田石油〉だ。〈アリセキ〉の呼び名で親しまれているこちらは、ただのガソリンスタンドではない。店内ではコーヒーを販売し、店主が揃えた書籍を扱い、不定期でイベントも開催する。取材当日の日曜日は“Good morning ,Good day”と題したイベントが行われており、朝7時半からサンバヘギ(サンバ+レゲエ)のパーカッション軍団が最高にファンキーなリズムを刻んでいた。〈アリセキ〉って、一体、何もの?


湯浅町地域おこし協力隊員とのコラボ企画、“Good morning ,Good day”。ハンドドリップコーヒーとスペシャルモーニングを用意し、とっておきのサンデーモーニングを演出した。

現在、〈アリセキ〉を率いる薮野睦士さんは創業家の3代目。1959年、和歌山県を南北に貫く大動脈・国道42号線が完成する以前に、国道完成後の需要を見越して薮野さんの祖父が創業した。先見の明に恵まれた祖父の亡き後、20代で家業を継いだのが2代目である薮野さんの父だった。

「そんな父を見て育った僕自身はガソリンスタンドを継ぐつもりはまったくなく、長く陸上競技をやっていたこともあり、将来は体育の先生かな……なんてぼんやりとイメージしていました」

家業よりも教員を、と思ったのは、ガソリンスタンド経営の難しさを間近にしたからだ。昔はガソリンの販売だけで十分、利益があがっていたが、近年はタイヤやオイル交換、洗車といった『油外』と呼ばれる商品に力を入れないと、経営は成り立たない。給油に比べ、タイヤ交換やオイル交換は、ユーザーがその必要性を感じづらく、声がけの難しさを感じていた。ユーザーにとって良かれと思ってオイル交換を勧めても、『オイル交換の押し売りと思われているのでは?』、そう勘繰ってしまうことが度々あった。

親父の接客がかっこよかった

「ところが学生時代にアルバイトを経験してみたら、学生みたいに大声で挨拶したり、お客さんと冗談を言って笑い合ったり、ガソリンスタンドの仕事っておもしろいなって感じたんです。お客さんと対等に意見する親父も、ヘコヘコしていないでかっこよかった。それで、これまでのガソリンスタンド観をあらためました」

というのも、薮野さんのなかに『商売とは、売り手と買い手の双方にメリットをもたらす関係であるべし』という商売観があったからだ。学生時代、海外の文化や暮らし、政治に興味をもった薮野さんはバックパッカーとして世界のあちこちを旅したのだが、このときの経験から、『儲けること、稼ぐことこそ正義』という、日本の社会にはびこっていた一元的な価値観とはまったく別の豊かさの軸が芽生えていた。

「売り手は買い手に対してプロの知識や技術を提供するわけですから、お客さんに対してへつらったり必要以上にへりくだったりせず、対等な関係でいることが大切です。親父は顧客とそういう関係を築いていたし、自分もそういう関係を築いていきたいと思いました」

ウィンウィンの関係を築くには?

実際に経営に参画するようになって感じたのは、価値観もライフスタイルも異なる人たちが集まるガソリンスタンドという場所の意義だ。この町で地域の人々をつなぐハブのような存在になりたいと願い、地域の人と接点を増やす方法を考える。そこで、自社でイベントを実施するところからスタートした。

「なにから手をつければいいのかわからなくて、まずは新車の展示会をやってみました。でも、クルマの展示会だと商売っけが強くて、お客さんとウィンウィンの関係にはなれないんですね。そもそも給油は出費だから、お客さんにとってのスタンドってワクワクする場所ではありません。こちらが『油外の商品を販売する!』という気持ちをもっていたら、いくら熱心に営業してもお客さんにはまったく響きません。そこで、クルマに関連しつつも商売には直接関係がなく、地域の人に喜んでもらえそうな内容を考えてみました」

そこでやってみたのが、子どもたちが廃車に落書きできるイベント。クルマを使いつつ味わえる非日常感がウケて、子どもにも保護者にも好評を博した。

「以来、『ちょっとした非日常』をイベントのテーマに据えるようになったんです」


サンバへギの演奏に拍手喝采。

さらに、地元の先輩に背中を押してもらい、影響を受け、ガソリンスタンド内にカフェスペースを設けてみた。ガソリンスタンドを『給油のために行かなくてはいけない場所』から、『用事がなくてもぶらりと遊びに行ける場所』に変える。発想の転換だ。

「その先輩が紹介してくれた〈オオヤコーヒー焙煎所〉(京都)と手を組んで、コーヒー×メキシコ料理×ガソリンスタンドのトリプルコラボイベントを開催してみました。そうしたら、やってくるお客さんの表情がゆるゆるで。これだ!と思いました。ガソリンスタンドでこういう表情を見ることができるんだ、って。これで僕たちの方向性が見えてきました」


この日のイベントでは、湯浅町地域おこし協力隊の隊員がハンドドリップのコーヒーと2種類のピタパンを用意。


提供した「テリヤキチキンピタパン」。フルーツを提供してくれた生産者も遊びにきてくれた。

わざわざ遊びに行きたくなるスタンド

その直後、コロナ禍に入ってしまったが、その間に改装の準備を進め、2020年11月にリニューアルオープン。現在も不定期に開催しているイベントでは、料理人、アーティスト、ショコラティエと、さまざまなジャンルのクリエイターを呼び、地域にとって新しいもの・こと・価値観を提供している。いつしか、この街で新しいチャレンジを考えている人や地域と関係を築いていきたいと考えている人から、声もかけられるようになった。この日のイベントは地域おこし協力隊のメンバーが朝食とコーヒーを提供するというものだったが、これもその一例だ。〈オオヤコーヒー焙煎所〉を通じて知り合った京都〈誠光社〉の書籍を扱うイベントを開いたことをきっかけに、昨年からは自社で仕入れた書籍も店内で販売するように。セレクトは、『田舎だけれど、ちゃんと新しい価値観に触れられる』という視点のもと、薮野さん自身が行っている。

『ついつい仕入れすぎてしまう』という書籍。自然科学、経済、料理と、ジャンルを超えて薮野さんが興味のあるタイトルを集めた。

「こういう試みを始めて3年が経ち、お客さんとの関係がとても良くなりました。イベントで顔を合わせ、他愛もないおしゃべりをしていることで、みんなのライフスタイルや趣味好がわかるようになりました。お客さんもそういうことで僕たちに親近感を感じてくれ、中にはクルマのことを丸ごとお任せしてくれる人も。商売って、信用の積み重ねで築いていくものなんだと実感しています」


店頭には『BOOK STAND』の看板。ガソリンスタンドと思えない店構えが〈アリセキ〉らしさかも。

地域の“クルマのよろず屋兼ホームドクター”

薮野さんの父親の常連客は、用もないのに毎日スタンドに顔を出し、新聞を読んだり、勝手に洗車を始めたり……ガソリンスタンドとの自由な付き合い方があった。『時間をかけて築き上げられた信頼関係があった』と薮野さんは見ている。一方、現代のカーオーナーたちはといえば、ルールが明文化された大手チェーンのガソリンスタンドに使い勝手のよさを感じがち。『でももっと、わがままや要望を主張してほしい』というのが薮野さんの希望だ。ときに、大手では対応できないわがままにもフレキシブルに応えるのが、個人経営のスタンドだ。

「できないことはできないってはっきり言いますが、多少効率が悪くてもお客さんの『困った』を解決できる体制を整えることが、街のスタンドの役目だと考えています。ちょっとした『困った』を解決し、より専門度の高い技術が必要なら専門店へおつなぎする。そんな、“クルマのホームドクター”のような存在です」

“クルマのホームドクター”としての〈アリセキ〉が目指すのは、地域のみんなに『ちょうどいいカーライフ』を提案すること。どんなクルマがいいのか、誰とどう乗るのか、何年乗りたいのか。3年ごとに新車に乗り換えたい人から、15万キロ、20万キロと長く乗り続けたい人まで、クルマに対する思いや価値観は人それぞれ。ドライバーの数だけカーライフがあるといっても過言ではないだろう。そんなとき、カーオーナーたちの走り方やメンテナンスを見ている“ホームドクター”だからこそ、できる提案がある。

「販売から修理・メンテナンスまで、それぞれのドライバーにフィットした『ちょうどいい』提案を行うのが僕たちの役割です。本、コーヒー、イベントを活用して、たくさんのドライバーといい関係を築き、みんなにとっての『ちょうどいい』を実現していきたいですね」

そんな〈有田石油〉の次なるステップは、完全手洗い・オプションメニューを多数取り揃えたディテーリング洗車!ガソリンスタンドの隣の土地で、来年春ごろの開業を目指しており、現在、薮野さんが〈ARMOR TOKYO〉で研修中。

「ワクワクする洗車体験をみなさんにお届けしていきます!」


書籍のコーナーの隣には、子どもが楽しめるボルダリングウォールも。

有田石油 (ENEOS有田SS)
住所:〒643-0004 和歌山県有田郡湯浅町湯浅1457
TEL:0737-62-4646
営業時間:8:00〜19:00 (月〜土)、9:00〜18:00 (日・祝)
IG:@arisekiauto

Photo by Ryuta Iwasaki / text & edit by Ryoko Kuraishi