新カテゴリLOCALでは、ローカルな土地の魅力を「移動」という視点から掘り起こしていく。最初の舞台は、近年移住者が増えている長野県・御代田町。この地で暮らす人々の「移動時間」が、どのように日々の実践や思想を育てているのか。
冷涼な高原で育つブロッコリー畑。そこを軽トラで駆け抜けるのは、タイ・バンコク生まれの37歳、コンタ・ナタコーンさん。町のタイ人住民は外国人戸籍全体の約3割を占め、本格タイ料理店も点在する御代田町。母親のレストラン『ナムプン』を手伝いつつ就農した彼は、“田舎のベンツ”と呼ぶ軽トラで畑を往復し、トラクターで音楽をかけながら作業を楽しむ。異国ルーツの若手農家が、クルマとともに切り開くローカルな日常の一片をお届けする。
「移動が育む暮らし 長野県・御代田編」記事一覧
冷涼な気候と山間部の多さから、稲作に不向きだった長野県では「そば」や「おやき」といった郷土料理が誕生した。さらに地域ごとに「ソースカツ丼」「あんかけ焼きそば」「山賊焼き」「野沢菜漬け」といったローカルフードが数多く存在する。それでは御代田町はどうか、というと、地域を象徴する現役と呼べるメニューはこれといって存在しない。その代わりに「美味しいタイ料理が食べられる場所」というユニークな評判を得てきた。


県外から訪れる方も少なくない本格タイ料理の『ナムプン』
本場のタイ料理が並ぶ御代田の食卓
8歳の時にタイのバンコクから御代田町に移り住んだというコンタ・ナタコーンさん。現在は37歳になり、3年前に就農した。
ナタコーンさんの母親は『ナムプン』というレストランをひとりで切り盛りしている。御代田町に4、5軒あるという、本格タイ料理店のひとつだ。店内の一角でタイをはじめとする東南アジアの調味料や輸入食材に加え、自家菜園で収穫したという生姜、パクチー、ガパオ(ホーリーバジル)などが販売されている。本場と変わらない味覚に加え、新鮮な地元産野菜をふんだんに使用した料理の数々に、訪れた人々は「美味しい!」と口を揃える。


御代田町役場の公表する「外国人国籍別人口・世帯数」(令和6年10月1日現在)によると、569人の在留外国人のうちタイ人は200人と、全体のおよそ1/3を占めていることが分かる。タイが現在ほど豊かな国ではなかった四半世紀前、外貨を求めての出稼ぎや日本人との結婚などを理由に移住したタイ人は一定数いて、ナタコーンさんのように幼少時から日本で歳を重ねた人も少なくない。彼らは成人して新たな家庭を築くと、タイにルーツを持つ第3世代が誕生するようになった。
毎年7月に町民総出で行われる御代田町の龍神まつりでは、タイ人による出店が非常に盛り上がる。とはいえ強固なコミュニティが存在するわけでもなく、ナタコーンさんいわく「肩を寄せ合って暮らしているわけでも、互いに助け合っているわけでもなく、『同じ故郷を持つ友だちの集まり』」という感じらしい。

サラリーマンから畑へ、家族の転機
ナタコーンさんは就農するまで、建設機械を扱う会社や自動車販売店などで働いていた。もともと農業を営んでいたのは彼の母で、学生時代のナタコーンさんは、休みになると農作業を手伝った。しかしある時、お母さんがトラクターを運転中に転倒して怪我を負ったことを機に、サラリーマンを辞めて自ら農業を始める決心を固めた。
「御代田町の特産品であるブロッコリーをメインに、白菜やリーフ類をたまにつくっています。嫁とアルバイトの人と、たまにお母さんも手伝いに来てくれて。農業って楽しいですよ」



ブロッコリーの苗。ナタコーンさんの畑で収穫されるブロッコリーは、ワンシーズンで15万個にもおよぶ。
出勤は朝の4時半。ほぼ毎日、畑に出ている。午前中に収穫したものを出荷して、午後は天候の様子を見ながら色々な作業をこなす。とはいえ一日中作業に追われるというわけでもないので、それほどハードな仕事でないとナタコーンさんは感じている。
家と畑の往復は、軽トラやトラクターに乗ることが多い。家から畑までは10分くらい。音楽を聞いたりラジオを流したりしつつも、常に仕事のことを考えている。ブロッコリーは雨に弱く、天気に左右されやすい作物だからだ。

「ブロッコリは年2回収穫があります。ただしこのところのゲリラ豪雨のような、局地的な大雨への対策を怠ると、最悪の場合、出荷できない品質になってしまう。なので運転中は天気のことや次の作業のことばかり考えています。移動時間が短いということもあるけれど、家族や休日のことを考える暇もないですし、『自分と向き合う時間』にはならないですね(笑)」

軽トラ3台とトラクターの日常カスタム
ナタコーンさんは現在、7台のクルマを所有している。トヨタ・アルファード以外はすべて仕事用のもの。軽トラックを3台と1.5トントラックを1台。そして2台のトラクターだ。ナタコーンさんは軽トラを“田舎のベンツ”と呼んでいる。最近納車したという1台は、荷台に幌をつけた特別仕様車だ。資材を運ぶだけでなく、作業中の日除けにも雨よけにもなる、農家にとって強い味方だ。
畑の面積を増やし、事業を拡大させているというナタコーンさんは、さらなる生産の効率化を図るべく、トラクターを新たに購入したばかり。その乗車体験は格別のもので、彼の気分をぐっと高めるパートナーなのだそうだ。



「スピードは遅いけど、とにかくデカい。一般的なクルマよりも目線が高いので、見える景色がぜんぜん違います。家と畑のスローな道中を楽しませてくれ、畑に着いたらバリバリ働いてくれる。お金を稼ぎ出してくれる存在ですし、これ以上ない相棒です。最近のトラクターは作業時の効率性と快適性を高いレベルで両立しているから、乗り心地も素晴らしい。サカナクションとか平成ベストヒット集とか、自分の好きな音楽をかけて農道を行き来するのが、心からリラックスできる瞬間になりました。新車ですし、気分が上がらないわけがない。この至福を、ひとりでも多くの人に味わってもらいたいです(笑)」


時間割のグラフ
#06コンタ ナタコーン
age36
出身地
タイ王国
現所在地
長野県
職業/肩書き
自営農業
現在乗っているクルマ
DAIHATSU ハイゼット
日々の移動手段を教えてください
トラクター、軽トラ、ときどき トヨタ・アルファード
移動時間に何をしていますか?
音楽、ラジオ
移動時間にどんなことを考えますか?
次の作業
移動する時間は自分にとってどんな時間ですか?
次の目的地に向かう時間
あなたにとって移動とは
仕事の一部
Photo by Keita Noguchi/ Arata Funayama Text by numa Edit by Naonori Kato Produce by Ryo Muramatsu