オンとオフのメリハリがちょうどいい、伊那×東京のデュアルライフ
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オンとオフのメリハリがちょうどいい、伊那×東京のデュアルライフ

高橋カズマ・マユ

昨年、長野県伊那市の市街地にユニークなコンプレックスショップが誕生した。ヘアサロン『ソウイ』と厳選したユーズドウエアを扱う『クヌート』を併設する店舗を営むのは、美容師の高橋カズマさんと妻でバイヤーのマユさん。カズマさんが30歳を迎えた節目の年に、手探りで始めた夫婦2人の2拠点ライフ。伊那と東京を行き来する2人の日常は、リアルな発見にあふれている。

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» Inadani, Naganolife

12年ぶりの故郷での暮らし

美容師の高橋カズマさんが故郷の伊那市に戻り、もうすぐ1年が経とうとしている。美容師という夢を追いかけて18歳の時に上京したが、当時から「独立して自分の店を構える際にはきっと故郷に戻ってくる」、そう心に決めていたという。
「東京にはあらゆるカルチャーやファッションが集まっていて、最新の情報が手に入って。刺激的で楽しかったけれど、やっぱり東京で店を持とうとは思わなかったな。これまでも2か月に一度は実家に帰って家族の髪を切ってきましたし、伊那の方が暮らしをイメージしやすかったから」

帰郷して改めて感じた伊那谷の魅力は、四季がはっきりしていること。南アルプスと中央アルプスに囲まれたこのエリアでは、肌で感じるより先に季節の移り変わりを視覚でキャッチできる。
「ああ、紅葉が始まったなとか、千畳敷に雪が降ったな、とか。東京では寒い、暑いは感じるけれど、見た目に季節を感じられることって少ないでしょう?それに夏と秋の境目がはっきりしているのも伊那谷の特徴でしょうか」

夫に伴って伊那暮らしをスタートさせた妻のマユさんは埼玉県出身。高校卒業後は東京の実業団の陸上部に所属してマラソン選手として活躍していたが、怪我をきっかけに別の道へ。美容師からセレクトショップ『1LDK』のプレス&バイヤーに転身後、独立してオンラインショップ『クヌート』を立ち上げた。昨年春には念願の実店舗を祐天寺に構え、ビジネスが軌道に乗り始めたところで、まさかの2拠点ライフに突入した。
「『なんでこのタイミングで』とは言われましたが、これまで東京近郊を離れたことがなかったし、人生は色々経験した方が豊かになると思っていたので夫と一緒に長野に移ることに迷いはありませんでした。むしろ、いつか子育てをするなら空気がきれいで環境のいいところがいいな、そんな考えも頭にあったのです」

現在はひと月のうち1週間を東京で、残りを伊那で過ごすデュアルライフを楽しんでいる。
「伊那は時間の流れがゆっくりしているから、のんびり楽しくやっています。ここにいる間はスケジュールにも余裕があるし、予約がなかったら早めに店じまいしてしまう。だからプライベートの時間を大切にできています。朝食をのんびりとったり、夜も早めに自宅に戻ったり。QOLは上がりましたね。

一方、1週間しか滞在しない東京では朝から夜までお客さんの髪を切って、美容の情報をキャッチして、フル稼働しています。情報は東京の方が格段に早いから、この仕事を続けるなら定期的に東京に出ていくことは必要だと思う。むしろメリハリが生まれて生活が充実しているし、自分にとってはいい刺激になっています。だからしばらくはこのサイクルを続けたい」(カズマ)

「私もこっちにいるときは家庭モード、ポップアップショップをしたり打ち合わせを入れたりする東京では完全に仕事モード。別人になってそれぞれのことに集中できるから、私にもいいバランスなんです。こちらに来る前はもっと東京を恋しく思うかと思ったけれど、そんなこともなかったですね」(マユ)

移住が決まって最初に向かったのは教習所

長野に来る前は、クルマはおろか免許証さえも持っておらず2人で慌てて免許合宿に駆け込んだ。免許取得後、晴れて購入した愛車は、カズマさんが新型ジムニーシエラ、マユさんはマットカラーにリペイントしたクラシックなジムニー。なんと夫婦で同じクルマ!

「一昨年亡くなった私の父は、実は元レーサー。クルマ好きが高じて中古車屋を営んでいて、父も母もしょっちゅうクルマを乗り換えていました。幼い頃からたくさんのクルマを目にしていましたが、中学生の時に一目惚れしたのがジムニー。その時から、自分が免許を取ったら絶対にこのクルマを買うって決めていたんです。

私にとってジムニーは、もはや自分のスタイルの一部。クルマなら人目が気にならないからおしゃれもしなくなるかなって思ったけれど、このクルマを愛しすぎているのでむしろ手抜きができなくなりました(笑)」(マユ)

「クルマがあるので東京より格段にフットワークが軽くなりました。まず天気が悪くても行動できるし、帰りの電車の時間を気にせず気軽にどこへでもいける。マユが山に行きたいというので、最近は近くの山をクルマで探検しています」(カズマ)

2人が伊那暮らしで最も気に入ったのは、実はカーライフなのだという。免許を取ったばかりの高校生のように、山へ、渓谷へと少しずつ行動範囲を広げ、クルマのある暮らしを純粋に満喫しているようだ。

伊那で迎えたSTAY HOME。自粛生活が変えたもの

クルマがあってよかった。心からそう実感したのは、コロナ禍に伴う外出自粛生活だった。

「そもそもこっちに来てからは飲みに行ったり外食に出かけたりすることも少なくなっていたけれど、家にいる時間がさらに長くなったことで、自宅でできる楽しみを見つけるようになりました。いまは料理にハマっていて、2人でキッチンに立って色々作っています。それでも、たまの気晴らしに山や渓谷や、誰もいない自然のスポットまで足を延ばせるのは大きいと思います」(カズマ)

「ちょっと時間ができたら景色のいい自然にでかけてリフレッシュしたり、休日はキャンプに行ったり、移住をきっかけに自然回帰的なライフスタイルに移行してきたところでした。そんな中、伊那でこういう状況を迎えて、考え方や価値観もよりシンプルで地に足のついたものに変わってきた気がします」(マユ)

カズマさんが営む『ソウイ』は完全予約制かつマンツーマンのプライベートサロンということもあり、外出自粛や休業要請という状況にあっても問い合わせがあるという。「こういう時でも問い合わせをくださるお客さんにも、誰かに必要とされるこの仕事にも、感謝の気持ちしかない」というカズマさん。それとは対照的に、海外での買い付けがストップしオリジナルを生産する工場も休業中と、マユさんの事業は深刻なダメージを受けている。そんな中、マユさんは洋服の生地を使い、手縫いで日用品を製作するプロジェクトを立ちあげた。改めて自分たちができること、必要なものを見つめ直してみたら、「自分たちで手縫いする生活必需品」という新たな選択肢が見えてきたからだ。

改めて自分たちができること、必要なものを見つめ直してみたら、「自分たちで手縫いする生活必需品」という新たな選択肢が見えてきたからだ。

「東京にいた頃を振り返ってみると、あの時はSNSでの繋がりを必死で求めていました。でも、それよりもリアルな日常が楽しいし大切なんだって、いまならわかる。もちろん、ファッションのような仕事をしているとオンラインの発信や繋がりは欠かせないものだけれど、それもオフラインがあってこそなんですよね。

いまはどこにも行けないけれど、移動できるようになったらすぐに全国でポップアップショップをやるつもり。そう思えるのは、オンラインでやりとりしているみんなと直接、言葉を交わしたいからなんです」(マユ)

これを機に、街と人の距離感は変わっていくだろうとカズマさんは言う。自分たちにとって快適な距離、人との関わりあい、暮らし方。そこに正解はない。うつろう社会の中で試行錯誤しながら、手探りで2人らしいスタイルを模索している。
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※この撮影は2019年10月に実施され、一部加筆修正した記事になります。なお、5月11日現在、全国の緊急事態宣言を受けまして、長野県では「外出自粛の要請」、「県域をまたいだ移動自粛の要請」を中心とした措置を実施しています。まん延を食い止めるため、該当期間中は、読者の皆様のご協力をよろしくお願い申し上げます。

事態が収束し、自由に移動できるようになったときには、旅先の候補として「伊那谷」を検討いただければ、編集部としては何よりです。

高橋カズマ・マユ
カズマさんは長野県伊那市出身、ユマさんは埼玉県出身。結婚をきっかけに伊那に移住、ヘアサロン『ソウイ』と厳選したユーズドウエアを扱う『クヌート』をオープン。平時は、伊那を拠点に月の1/4程度を東京で過ごすデュアルライフを実践する。
instagram:@soui.hair
instagram:@kunut__

Photo by 55inc Text by Ryoko Kuraishi