003 life

ジープに乗って狩猟へ、釣りへ。里山暮らしの醍醐味、ここに極まる

大竹明郁(プチマルシェ/モッキ)

長野県伊那市の山あいの集落に、にポツンと佇む一軒の山小屋。ヨーロッパのどこかの風景を思わせるこちらは、ヨーロッパ郷土料理のオーベルジュ『プチマルシェ』だ。オーナーシェフの大竹明郁さんは、家も遊び道具も生活道具も、なんでも手作りしてしまう、いわば“暮らしの達人”である。そんな大竹さんの、半自給自足ライフを覗いてみよう。

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» Inadani, Naganolife

“できるものは自分で”、アイデア勝負の生活の柄

名古屋のレストランで働いていた料理人の大竹明郁さんが、伊那市新山地区に家族で移住してきたのはいまから10年前のこと。自然豊かな環境を探していたところ、名古屋からさほど遠くないこのエリアに行き当たった。山岳信仰の対象だった高烏谷山(たかずやさん)の中腹にある一帯には、豊かな自然が残されていた。街との距離感もちょうどいい。ここに建っていた別荘を買い上げて、半年かけてセルフリノベした後、ヨーロッパの郷土料理と西洋民芸の店『プチマルシェ』をオープンした。

とはいえ、料理人で、名古屋の都会で暮らしていた大竹さんにとって、大規模な大工仕事はこれが初体験。
「もともと大工仕事が得意だったわけではなく、必要に駆られて勉強して少しずつ身につけてきたというか……」

ちなみに店舗前の庭に点在する薪小屋やヤギ小屋、犬小屋、鶏小屋も大竹さんの自作。『プチマルシェ』から徒歩5分のところに構える、1日1組限定の宿泊施設『モッキ』も、中途半端な仕様の別荘を趣のあるログハウスへと自分たちの手で蘇らせたもの。こんな風に、遊び道具も生活道具も自作するのが大竹流だ。

そんな大竹さんの暮らしの流儀は、レストランで提供される料理や日々の食卓にも反映されている。畑では完全有機栽培でおよそ50種類の野菜を栽培し、春は山菜を、秋にはキノコを取りに山へ入る。夏は清流でイワナを釣り、冬にはジビエだ。なんといっても目の前は自然の宝庫、これを味わい尽くさない手はない。アイデアと意欲と、ほんの少しのスキルがあれば、里山暮らしはこんなにも豊かになるのである。

目の前にある“天然の”肉を食べたかった

3年前からは狩猟もやるようになった。好きなのはキジやヤマバト。「今日は雨が小降りだからキジが出そうだな」とか、「晴れているからハト日和だな」とか、狙いを定めて狩りに出かける。たまに鹿を仕留めるが、みんなが狙うイノシシは、「他の人が獲るから俺はいいや」となんとも鷹揚なのである。

「狩猟を始めたきかっけは、スーパーで並んでいる肉に違和感を持ったから。この辺りは庭にも野生動物が出るような環境なのに、どうしてスーパーには天然ものの肉が並ばないんだろう。それがすごく不思議だった。レストランを始めると近所にいる猟師が獣肉を分けてくれるようになったのだけれど、料理人として言わせてもらうと、これがどうもおいしくない。“料理のための食材”という意識を持たずに絞めたり捌いたりするからなのかな。なら、一から自分でやってみるのが手っ取り早いと思って」

大竹さんの狩猟のモットーは、一頭一頭と大切に向きあう。仕留めたらすぐに血抜きをし、血を抜きながら家に飛んで帰って、帰ったらすぐに内臓を抜いて精肉する。もちろん味わいはスーパーのそれとは全く別物。ちゃんと野生の味がする。とはいえ自分で捌いたものは代金を取れないから、家族で味わうか、レストランの常連客にサービスで提供するのみ。

「狩猟を初めてわかったのは、動物のすごさ、大きさ。鹿一頭を仕留めただけで家族4人がこれだけ豊かに暮らせるんだって実感させてもらいました。できれば何も無駄にしたくないから、肉を取った後の鳥の羽や鹿の毛を取っておいて、毛鉤を作リます。これで夏に釣りをするのが至福なんですよ」

「狩猟というと、生き物がどうとか命をつなぐみたいな話になりがちだけど、そんな観念的なことじゃなくて、自分はシンプルに、ただそこにあるものをそのままいただきたいだけ」と大竹さん。捌くときは小学生の息子にも毎回手伝ってもらっている。貴重な学びの場でもあるからだ。

「息子には常々、『生き物を殺したら絶対に食えよ』と教えています。子どもって遊びでアリを潰したりするじゃないですか。潰したらそれも食えよ、それがうちの方針です。植物にしても動物にしても、命をとったら食べなくちゃいけない。食べないのに殺すのはただの殺生。それを息子にきちんと教えたい」

若かりし頃の愛車、三菱ジープ、再び

大竹さんの里山暮らしのシンボルが、三菱製のジープ。三菱ジープは太平洋戦争終了後に誕生した警察予備隊の採用が決まって1956年に生産がスタート。ロングホイール、ショートホイール、ハードトップ、ソフトトップと様々なモデルがあるが、大竹さんのそれはJ44モデル。ソフトトップ、9人乗りのディーゼル車である。
「実は、免許を取ってすぐに買ったクルマが三菱ジープでした。ただ買った直後に排ガス規制が決まって、名古屋では乗れなくなっちゃって。あの時は数十万のフィルターを買えなくて泣く泣く手放したけれど、いつかまた乗りたいという気持ちは持っていたんですよね」

長野に移住してようやく念願かない、再びあのジープを手に入れた。現在は軽トラックとの2台持ちである。
「宿泊客の送迎には人も荷物も運べるサイズのジープが重宝します。泊まりで狩猟に出かける時も、車中泊が快適なジープで。仕留めた獲物もそのまま荷室に載せられるしね。軽トラは山に入ったり薪を運んだり、もう少し日常よりの使い方をしています。

軽トラは“働く車”に求められる機能美を凝縮したようなクルマ。一方、ジープは今から狩猟しようぜ、とか川に釣り行こうぜ、というように、俺のテンションをもう一段階上げてくれるエモーショナルなもの。そういう存在って大事じゃないですか」

古いクルマゆえ、それなりに手はかかる。クルマの整備も自分で行うようになって大竹さんの整備技術も格段に向上したそうで、この冬は大規模なオーバーホールに着手した。
「ずっと調子が悪くてスピードが出なくなっちゃって。いよいよボンネットの中を総取っ替え、この際なのでエンジンも積み換えました。整備技術?トラブルが出たらその都度、勉強しながら直しています。同じ人間が作ったものなら直せるはず、が信条なんで」

狩猟も釣りも、大工仕事も車の整備も、うかつに手を出すと抜け出せなくなりそうな魔力を秘めている。この伊那谷の里山は、そんな魔力に囚われてしまった大竹さんの習作の場なのかもしれない。

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※この撮影は2019年10月に実施され、一部加筆修正した記事になります。なお、5月11日現在、全国の緊急事態宣言を受けまして、長野県では「外出自粛の要請」、「県域をまたいだ移動自粛の要請」を中心とした措置を実施しています。まん延を食い止めるため、該当期間中は、読者の皆様のご協力をよろしくお願い申し上げます。

事態が収束し、自由に移動できるようになったときには、旅先の候補として「伊那谷」を検討いただければ、編集部としては何よりです。

静岡県出身。名古屋のイタリアンレストランで経験を積んだ後に独立。2009年、同じ名古屋でヨーロッパのヴィンテージ店を営んでいた妻の美保子さんとともに伊那市に移住。ヨーロッパ郷土料理と西洋民芸の店『プチマルシェ』、1日1組限定で宿泊客を受け入れるログハウス『モッキ』の2施設を構える。独自の視点で里山暮らしを切り取り、その衣食住の魅力を発信している。
instagram:@lepetitmarche99
プチマルシェ HP

Photo by 55inc Text by Ryoko Kuraishi