column

2023.04.14

#02 「自然そのまま」その言葉の本質
by 藤田一茂

パンデミックを経て、僕らのトラベローグ(旅行談)は饒舌になるのではないかー 旅することがより特別なものになったからだ。そう思った時、「最近の旅について自由に書いてほしい」と何名かにメッセージを送ってみた。返答がきたひとりが、プロスノーボーダーにしてフォトグラファー、映像作家、ライターでもある藤田一茂。長野県の白馬に暮らし、スノーとサーフをシーズンや気候によって行き来する人だ。

2022年夏、数年ぶりに訪れたニュージーランドの旅を綴る。

藤田一茂が綴るニュージーランド旅行記 | 「DISTANT NEIGHBORHOOD」記事一覧

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クラブ員で運営するスキー場の魅力

クラブ員で運営するスキー場、クラブフィールドの良さは#01で紹介したような所属する人々の魅力だけではない。日本ではバックカントリースキー場とも紹介される、自然そのままのフィールドもその一つだ。圧雪車もなければ、リフトもない。岩がゴツゴツした山にロープが掛かっているのみ。ハイクアップするのも当たり前で、アバランチギアの装備も必須。そんな場所には玄人しかいないだろうと思うかも知れないが、それは少し違う。老若男女、本当に様々なレベルの人々が集っている。

1950年代に始まって、親子代々この場所へ通う人達も多く、今では開拓者の2世代目が長老クラス。「ここで初めてスキーを始めた」なんて言う人が沢山いるのは羨ましい限りだ。「みんな友達だから、子どもを公園に連れてくる感じ」と話す。

それとクラブフィールドを知る上でキーになるのは、ロープトゥとナッツクラッカーだ。日本にはまず馴染みのないこのシステムは、予算や自然への環境負荷など、クラブの持続可能な運営を考えた形でクラブ創設機から生み出されたもの。それは乗るというか、滑るというか。リフトのように親切な物ではないが、このフィールドの価値を押し上げている一つの要因でもある。

ロープトゥに乗るために必要な装備は、ナッツクラッカーと呼ばれる、その名の通りクルミを割る道具のような鉄のギア。そしてそのナッツクラッカーと身体を繋ぐハーネス、皮のグローブ。この3点を常につけたまま登り、滑る。

ロープトゥとナッツクラッカーの実物はYouTubeで検索してみて

ロープトゥの長さは、数十メートルから数百メートル、角度も多種多様で、数十個の滑車の上をグルグルと回り続けている。そのロープを皮のグローブで掴み、滑りながらロープをナッツクラッカーで挟み込む。あとはナッツクラッカーを握ったままハーネスに身体を預けて、滑りながら登って行く。ロープは滑車の上を通っているので、ナッツクラッカーも滑車の上を通り、ナッツクラッカーは手で持っているから手と滑車の距離は10cmほど。手が挟まったら一貫の終わりだけど、身体が当たっても相当痛い。とはいえ、それから逃げようを離れるとロープが滑車から外れて後続に迷惑がかかる。ロープトゥ初心者の場合、ほとんどの場合で滑車からロープを外してしまうので、後ろには上級者が乗り外れたロープを直しながら登っていく。もうこれについては異文化すぎるので、あとはYouTubeなどで検索するのも良いかもしれない。

兎にも角にも、これに苦戦する人は多いが、僕はこれが大好きだ。実際、子どもからおじいちゃんまで乗っていて、特にトラブルがある訳でもない。滑るのが楽しいのは当たり前だけど、滑り降りてきて、止まる事なくそのままロープトゥに乗る。慣れてくるとロープトゥに乗って登っている時も滑っている感じで楽しくなってくる。滑車から外れたロープを直すことも出来るようになってくる。そんな時、コミュニティの一つになれている実感が少し味わえるのだ。

「自然そのまま」その本当の意味

クラブフィールドの帰り道も相当ワイルド。落石や滑落注意の崖の道、何十キロも続くオフロード。運転好きには堪らないであろうこの道は、日本では法律上の問題でまず存在していないと思う。スタッドレスタイヤも存在しないし、アスファルトの道路にしようという考えもない。石や砂利の道路の方が整備がしやすく安全という考え方だ。

良きものは残し、使えるものは使うということを本当の意味で実践している彼ら。それは彼らのウェアやギアに対する姿勢からも垣間見えるが、クルマや道路、建物においても、同じことが言える。新しいテクノロジーの使い方と、自然そのままの魅力の残し方のバランスがとても素敵。その点、クラブフィールドはこのまま変わらないという方向性で進んでいくだろう。最近のトピックは「どこにロープトゥを増やすか」と、気候変動で雪も減っているので、もう少し標高の高い所へ作るのも良いかなということらしい。リフトをかけるなんて話は出て気もしないのだ。
 

「雪よ、降ってくれ~」と叫びたくなる理由

この「変わらない」というアプローチは自然遊びにおいてとても大切な要素。デジタル化に伴い、より自然の中でのフィジカルの体験は価値が増しているが、ほとんどの場合はそれを手軽に簡素化してクイックに提供することが多い。しかしこのクラブはどう見てもそうではない。本質的なものに価値があると彼らは理解し行動しているのだと思う。

僕がこのスノーボードという遊びにハマっているのも、この遊びのポテンシャルはまだまだこんなものじゃないんだよな~と考えているからだ。だって、身体一つで雪の上であんなことやそんなことも出来ちゃうんだから、それはもう凄い遊びなのだ。

藤田一茂 (ふじた かずしげ)
日本三景・天橋立で有名な京都県宮津市で生まれ、日本海と山に挟まれた小さな町で育った藤田一茂は、15歳でスノーボードと出会い、20歳からプロスノーボーダーのキャリアを開始。ビッグエアーなどのコンテストでの活躍を経て、現在ではバックカントリーでの撮影を中心にスノーボードの魅力を創造する活動を行っている。自らも撮影や映像制作、プロデュースを手掛け、国内外問わず旅へ出ては、スノーボードの魅力を発信している。また、雪のない時期は映像制作やクリエイティブなワークの傍、自宅の畑での家庭菜園やスケートボード、波乗り、四季を通して自然のリズムを追いかけた生活を送っている。

HP:forestlog.net
Instagram:@forestlogd

Photo&Textby Kazushige Fujita / Profile Photo by Eriko Nemoto Edit by Ryo Muramatsu