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2023.05.06

#04 旅の目的は「憧れの波に乗る」
by 藤田一茂

パンデミックを経て、僕らのトラベローグ(旅行談)は饒舌になるのではないかー 旅することがより特別なものになったからだ。そう思った時、「最近の旅について自由に書いてほしい」と何名かにメッセージを送ってみた。返答がきたひとりが、プロスノーボーダーにしてフォトグラファー、映像作家、ライターでもある藤田一茂。長野県の白馬に暮らし、スノーとサーフをシーズンや気候によって行き来する人だ。

2022年夏、数年ぶりに訪れたニュージーランドの旅を綴る。

藤田一茂が綴るニュージーランド旅行記 | 「DISTANT NEIGHBORHOOD」記事一覧

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念願のニュージーランドでの初のサープトリップ

今回の旅の目的の一つ、サーフィン。これは僕にとって海外サーフトリップという初めての挑戦でもあり、旅なれたスノーボードとは違い、一つ一つ緊張が多い出来事だ。自分で波を探して、見つけた乗るという時間にはロマンという言葉がとても良く似合う。パンデミック前に訪れた2019年、僕はサーフィンはほとんどやっていなかったけど、その時に見た波とサーファーはとても印象的で、「こんな波に乗れるんだ。羨ましい」そう思ったのを覚えていた。

それからパンデミックになり、海外にも行けないしなと、本格的にサーフィンに手を出して2年。今では一番の趣味になったサーフィンの目標は常に、ニュージーランドの波に乗るということだった。ニュージーランドで1年間バンライフをしながらサーフィンをしていた友人から、500箇所以上のポイントが載ったサーフガイドブックを預かり、2003年製のそれを片手に「彼が訪れていないポイントを埋めてくるよ」と海に向かった。

バックカントリースキーと似たような感覚

ある日、1人で海に行く機会があった。街から2時間の運転。「この先はプライベートエリア」という看板の横にクルマを停めて、そこからビーチへは30分、サーフボードバッグにボードとウェットを突っ込み、農場の中を歩いて向かう。見渡す限り、羊と牛。遠く下に見える波が目的の場所。期待と不安の狭間での大きな深呼吸、不思議な冷静さは、雪山のバックカントリーで滑る場所へアプローチしている時の感覚と同じだった。今、初めて、見知らぬ海に1人で向かっている。何かあっても誰も助けに来ない。この状況は雪山のバックカントリーでは味わったことはあるが、海では今までにない感覚だ。もちろん無茶をする気はないが、この感覚をついに海でも味わえる時が来たんだと、本当に胸が踊っていた。僕がサーフィンにハマった理由はまさにこれだ。


1人で沖へパドルアウト、見渡す限りひと気のない世界。心の中から込み上げてくる感謝の気持ちは、僕にサーフィンを教えてくれた全ての人を思い出させてくれた。気がつくと4時間くらい海に浮かび、最後にはビーチに大の字で寝転がり、「ありがとー!」と叫ぶ。もし人がいたらこんなこと出来ないなと思いながらも、大人気なく、柄にもなく、ここへ導いてくれた全ての人の名前と共に、ただ叫んでいた。

その後も8箇所ほどポイントを巡り、パンデミック前に見た憧れの波にもガイドブックに見開きで写真が掲載されていたロングライドな波にも運良く巡り合うことが出来た。そのどれもが、僕の短いサーフィン人生では過去一番。BiggestもLongestも余裕の更新、ダブルオーバーから1分以上のロングライドまで、パンデミックが無ければこんな体験を得られなかったのかもしれない。


 

かけがえのない数秒を求めて

サーフィンもスノーボードもとても不思議なものだ。あのたった数秒、数十秒の全てを覆すあの感覚。時間とお金をかけてでも得たいあの瞬間は一体なんなんだろう。心の奥底から込み上げる感情、自然と一体化出来るなんて良くいう言葉で言い表すのは勿体ないけれど、他に例えようのないあの感覚。

「ノリモノ好き」な僕の先輩は、彼を含めた僕らのことをこう言った。横乗りも、クルマも、音も、自然も、ノルことが好きな僕たちはこれをやめられない、と。僕が「自然のリズムに乗る」とテーマを掲げてスノーボードをしているのは、「いつもそこにある訳ではない自然の魅力」を掴むためでもある。限られた瞬間だから、そこに価値が生まれる。いつでも出来たり、誰もが出来ることよりも、そう簡単にできない、叶わない何かに魅力を感じるのは僕だけではないだろう。

身体の維持が何よりも大切。そんなことを年齢的にも感じ始めた今日この頃。健康で、身をもって感動を得られるなんてとても幸せなこと。これからも続けれるように励まないと。

藤田一茂 (ふじた かずしげ)
日本三景・天橋立で有名な京都県宮津市で生まれ、日本海と山に挟まれた小さな町で育った藤田一茂は、15歳でスノーボードと出会い、20歳からプロスノーボーダーのキャリアを開始。ビッグエアーなどのコンテストでの活躍を経て、現在ではバックカントリーでの撮影を中心にスノーボードの魅力を創造する活動を行っている。自らも撮影や映像制作、プロデュースを手掛け、国内外問わず旅へ出ては、スノーボードの魅力を発信している。また、雪のない時期は映像制作やクリエイティブなワークの傍、自宅の畑での家庭菜園やスケートボード、波乗り、四季を通して自然のリズムを追いかけた生活を送っている。

HP:forestlog.net
Instagram:@forestlogd

Photo&Textby Kazushige Fujita / Profile Photo by Eriko Nemoto Edit by Ryo Muramatsu