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#03 1週間のキャンプ生活を終えふたたび路上に。
2024.05.13

#03 1週間のキャンプ生活を終えふたたび路上に。
by 井 卓

国内外の国立公園巡りをライフワークにするライター、櫻井 卓が、約3年振り8度目となるヨセミテ国立公園までのロードトリップを綴った「Re:visit YOSEMITE」。過去に何度も通った道を辿ることで、記憶を掘り起こす旅でもあったという。馴染みの店はいくつか潰れてしまっていたものの、壮大な自然の前では、パンデミックの影響は跡形もなかった。

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Yosemite National Park〜Mammoth Lakes〜Bishop

び、ビールをくれ。

毎度のことながら、トレイルからクルマに戻ってくるとホッとひと安心する。今回は、4泊5日でヨセミテ国立公園の北部エリアを歩いてきた。美しい森を抜け、誰もいない湖の畔でテントを張り、いくつかの川を渡り、どこまでも続きそうな草原を通り過ぎる。点と点を繋いで線にしていく旅という意味で、トレイル歩きとロードトリップは似ている。

地図を見て「ここにはなにがあるのか」を想像して、自分だけの線を地図上に描いていく。旅というものは、事前の準備からしてすでに楽しい行為なのだ。いまならスマートフォンを見ればだいたいのことは分かったような気になれる。けれど、たまにそれに頼りすぎない旅を、無性にしたくなるのだ。だから電波なんてまったく届かない荒野を旅するし、ネイティブではない英語圏の国にも出かけていく。

要するに、不便なのだ。ただそういう不便さを忘れてはいけない気がしている。大都会に住んでいると、快適が当たり前になってくるが、それは自分自身の力によるものではない。僕にとってのトレイル歩きや海外のロードトリップは謙虚さを取り戻す行為でもある。

前入りと後泊を入れると1週間のテント生活を終え、向かった先はクルマで3時間ほどの、マンモスレイクという街。

道中の景色も素晴らしい。特にタイオガロードは、適度なワインディングが続く高山帯の道で、ドライブコースとしても世界屈指だと思う。景色をさえぎるガードレールなんて野暮なものもない。そしてアメリカは空までデカイ。日本では見たこともないような変な形の雲が出ることもあって、見飽きない。

マンモスレイクに着いたらすぐさまモーテルにチェックインし、待ちに待ったシャワーの時間だ。1週間分の汚れというのを知らない人も多いと思う。ただ、それだけ汚れきった後のシャワーは、まさに天国。ビールと一緒で、我慢した後のほうが、そのありがたみを感じられるというのが僕の持論だ。抑圧があるからこその解放感。

マンモスレイクはこのエリア最大のスキーリゾート。最初にヨセミテでオーバーナイトハイキングをした時のゴール地点でもあった街。ここもパンデミックの影響はもはや影も形もない。最初に訪れた時にはなかった、オシャレなショッピングモールもできている。

ファーストフード店に入ってたまげた。物価高もあるのだろうが、ハンバーガーとポテト、ドリンクのセットが12ドルする。円安で1ドル150円ほどだから、なんと1800円のバリューセット。Uber Eatsも真っ青だ。円安のお陰で日本の輸出産業が盛り返して、景気は上向くと言われているが、旅人にとっては痛い。

アメリカをロードトリップしていると、ブリュワリーの多さに驚くはずだ。それこそ街ごとにブリュワリーがある感覚。もちろんマンモスレイクにも〈MAMMOTH LAKE BREWERY〉というローカルのブリュワリーがある。以前来た時にはなかったテラス席も出来ていて、みんな昼間っから気持ち良さそうにグビグビやっている。

次の目的地はビショップという街だ。今回は、来た道を戻るのではなく、あえて遠回りをして、グルリとループをするルートを選んだ。

これぞモーテル!というビショップの〈EL RANCHO MOTEL〉にチェックインしてから街の散策へと出かける。ビショップは2kmほどのメインストリート1本の、いわゆるスモールタウン。クルマ旅の途中で歩いてまわれるこういう街に立ち寄るのが大好きなのだ。移動速度の違いで、些細なことが目に入ってくるようになるのも良い。

この街は7年前にひとりで訪れた思い出深い地でもある。コロナの影響か閉店しているお店が目立つ。以前訪れたときに親切にしてくれたアウトドアショップも、看板しか残されていない。釣り許可証を取得するべく立ち寄ったお店なんだけれど、身長はフィート、体重はポンドで聞かれるもんだから、とっさに計算が間に合わない。まごまごする僕を見て「うん、だいたいワタシと同じくらいね。でも瞳の色はあなたの方が素敵」とウィンクしてくれた青い瞳の彼女は、いまどうしているのだろう。

櫻井卓 (さくらいたかし)
ライター。「TRANSIT」「Coyote」などの旅雑誌を中心に執筆。国内外の国立公園巡りをライフワークとし、これまで訪れた海外の国立公園はヨセミテ、レッドウッド(カリフォルニア)、デナリ(アラスカ)、アーチーズ(ユタ)、グランドキャニオン(アリゾナ)、ビッグベンド(テキサス)、サガルマータ(ネパール)、エイベルタズマン(ニュージーランド)など。GOLDWIN×環境省が日本の国立公園の魅力を伝えるWEB「National Parks of Japan」の文章も担当している。
IG: @sxuxb.sakurai

Photo by Hinano Kimoto,Text by / Takashi Sakurai