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TOP:雨の降るカトマンドゥのツーリストエリア・タメル地区にて
2025年8月、雨季のまっただなかだったネパールでは、いっしょに出かけた中学1年生の次男の体力消耗を避ける意味でもたくさんの移動手段にお世話になった。
カトマンドゥの街では買い物やお茶時間のあとに店を出たら土砂降り、なんていうことも多く、そんなときは「リキシャ」と呼ばれる三輪タクシーのチョイ乗りが安価で気軽でありがたかった。ネパールの南部、野生のサイやトラが暮らす国立公園を擁するチトワンでは、軍用車のごとき堅牢なオープンジープに乗ってサファリにも出かけた。その他、国内線のプロペラ機に川を行き来するカヌー、サファリを遊覧するゾウも含めて、私たちは日本の日常ではなかなか出会うことのないたくさんの移動手段を目にし、その恩恵にあずかりながら日々をすごしていた。

インド財閥マヒンドラグループの主力事業の一つ「マヒンドラ&マヒンドラ」。悪路も走り切るSUV車に定評があるらしい

ラプティ川で洗われているゾウたちも移動手段の一つ
そんな移動生活のなかでもやっぱり一番助かったのは、配車アプリで呼ぶタクシーの存在だ。ただし、ネパールではUberではなく〈inDrive〉なるサービスが主力で、「料金交渉型」と言われるシステムは慣れるのにちょっと時間がかかった。
inDriveでクルマを呼びたいとき、利用者はアプリを立ち上げ、行き先とともに支払う料金を提示する。すると、交渉に乗りたいドライバーからも金額のオファーがはじまる。その駆け引きのなかで利用者がドライバーを選び、選ばれたドライバーが迎えに来る。互いに料金を提示しあえるのがこの配車アプリの特徴だ。
呼びかけてすぐにたくさんの手が挙がるときもあるが、雨天時など利用者の多いタイミングで料金が安すぎれば誰からもオファーのない時間が経過し、こちらは料金を少しずつ上げてドライバーからのを待つ格好になる。慣れないうちはよくわからない間にずいぶん料金が吊り上がっていたこともあった。
また、利用可能な車種が価格別にバイク、エコノミー、コンフォートとわかれているのも面白い。バイクはさすがに利用しなかったけれど、エコノミーカーはそのほとんどがスズキ、なかでもアルトがほとんど。試しにとコンフォートカーも利用してみたら、停電が日常なネパールにも関わらずEVカーで登場した御仁もいて驚かされた。
こうしてさまざまなクルマに乗っていると、ある一つの共通項に気が付いた。程度の差こそあれ、ほとんどが車体に何らかのデコレーションを施しているのだ。フロントガラスに大きなステッカーを貼る人も多いし、トラックは車体を色とりどりに塗る「デコトラ」がマジョリティーと言って良いほど市民権を得ているようだ。ダッシュボード周辺は、言うまでもなく、ドライバーの世界観を表現する舞台。ネパールの国旗を立てたり、花のレイが敷き詰められていたり、老いも若きもド派手に飾っていて面白い。

今回最も派手だった、バラトプル空港からチトワンへ向かう際に乗ったときのタクシー。運転手さんのノリも良かった。

こちらはシンプルに、国旗を飾るパターン

運転しづらくないのかな?と思うほど装飾が垂れ下がっている。
旅の最中は、たんに「みんな派手好きなんだなあ」と思って眺めていたけれど、撮影した車内の写真たちを帰国後に見返していて「この派手さにはひょっとしたら理由があるのかも」、とふと思い立ち、今回の旅で20年ぶりに再会しお世話になった旅行会社〈ヒマラヤンアクティビティーズ〉代表の春日山紀子さんに尋ねてみることにした。
すると予想通り、いや予想以上の答えが返ってきた。
「クルマを飾りつける理由、いろいろありそうですが、一つとしては、安全祈願/魔除け的なものもあるようです。ボディへの派手な飾りつけは、装飾としてだけでなく対抗車両からわかりやすくするという実用性も兼ねています。三角反射板でいろいろなカタチを造り貼り付けたりすることもあるのですが、こちらもデザイン性と安全性を兼ねています。
車内も派手にしがちで、花輪や、女性が髪につける髪飾り、腕輪などをじゃらじゃら飾りがちです。これらは、夜間に出没する女のお化けに目をつけられないようにする目的があるそうです。ネパールには、男性しか乗っていないクルマを夜間止め、誘惑して事故に遭わせる女性のお化け『キチカンニ』がいるという迷信があります」
なんとクルマの装飾は、ネパール男子たちによる強火の安全祈願だったのだ。たしかに、最も派手だったチトワンのドライバーのフロントガラスの文字を翻訳するとヒンドゥ教最強の女神「ドゥルガー・ディーヴィー」を讃え帰依する意味の文字が書かれているようだし、チトワンで乗ったジープのフロントガラスにさりげなく貼られているステッカーは「バジャンバリ万歳!」とやはり力強いヒンドゥ教の神を讃えているらしい。

TRUE LOVE NEVER DIES…
異国を旅していると、目に入るものすべてが珍しく、次第に「珍しい」ことそのものに慣れてしまう。その無条件の受容は自分の器を広げてくれるが、ときに「なぜ?」とあえて立ち止まってみることで、こうして予想外の扉が開くこともあるのだろう。
旅はいつか終わるけれど、記憶のなかに旅がひとかけらでも残っている限り、何度でも振り返ることができる。そして振り返ることで、その日々をさらに深めることもできる。いつも、そんなふうに感じている。今回はこうして記録をお伝えしようとすることで、ふだんよりちょっと早めに、もう一度記憶の旅に出ることができた。
玉木美企子(たまきみきこ)
東京生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て2015年、家族4人で長野県に拠点を移し、フリーランスに。食・農・暮らしを主なテーマに編集・ライターとして活動しながら、日本国内のほかヨーロッパ、アジア、中米などを旅している。2026年新春に自身初となるエッセイ/俳句集『蝸牛の虫干し』を刊行予定。
HP:tobira-sha.com
IG:@mikiko0705