森の息吹に包まれる、富士山麓の暮らし方
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森の息吹に包まれる、富士山麓の暮らし方

田中麻喜子・別府大河 〈noi〉

noi〉は2023年秋にスタートした、富士吉田市にアトリエを構えるワイルドアロマブランドだ。『野と生きる』をコンセプトに、富士北麓の森で収穫した樹木のエッセンスを製品に仕立てている。立ち上げたのは、食のイベント企画や商品開発といったフードビジネスに携わってきた田中麻喜子さんと、編集業から飲食店の企画運営まで、幅広いジャンルで活動してきた別府大河さんの2人。東京出身の2人は、富士吉田市に来るまでは森とかけ離れたライフスタイルを送ってきた。

なお、今回の取材は富士山麓に拠点を構える〈アミューズ〉がプロデュース・運営するレーベル、〈Under the Tree Club〉の協力のもとに実施された。〈Under the Tree Club〉では、さまざまなカルチャーを媒介に、都市と自然をシームレスにつなぐコンテンツを制作している。

» Fuji Hokuroku , Yamanashilife

森での実体験をプロダクトに

移住のきっかけは、コロナ禍に田中さんが東京と富士吉田の2拠点生活をスタートしたこと。富士山が目の前にそびえていて、東京への距離もちょうどよく、自然が身近でいつも空気と水がおいしい……ロケーションありきの移住だったから、こちらで何をやるかについてはノープラン。けれども、ハーブ農園〈HERB-STAND〉を営む友人に連れられて森の中を歩くうち、森やそこに自生する植物の奥深さに、すっかり魅入られてしまった。

「森林浴というように、森に入るとリラックスできたり、いきなり空腹を感じたり、副交感神経のスイッチがオフになるのを感じられます。樹木が発する芳香成分は、樹木が外敵から自分たちの身を守るために進化の過程で獲得した生存戦略で、つまり生命力そのもの。その力強さに圧倒されました(田中)」

試しに蒸留機を買って、森で採集した枝や葉を蒸留してみたら、樹木の香りをそのまま閉じ込めたようなエッセンシャルオイルを抽出できた。

「都心部に暮らしていると、森に対して心理的な距離感を感じてしまうかもしれません。そういう方々に向けて、森を身近に感じてもらえるプロダクトを作りたいと思いました(別府)」

2人にとって、森は学びと発見の宝庫だ。この時期の樹皮からはこんな香りがするんだ、とか、こんな雪深い地中でも次の芽吹きの準備が進んでいるんだ、とか、日々、新しい発見に胸を躍らせながら、プロダクトのアイデアや素材となる枝葉を集める。だから〈noi〉のプロダクトには、富士山麓の森の生命力がそのまま閉じ込められている。

「一言で“森”といっても、その営みは細胞が新陳代謝するかのごとく、猛スピードで移り変わっています。そんな森の、あふれるような生命力を届けたい(別府)」
「〈noi〉のキーボタニカルは、日本古来の植物であるクロモジ。国内に広く自生していて、香りがよくて鎮静作用や抗菌作用もあるため爪楊枝に、伝統薬にと、さまざまに活用されてきました。日本の風土や暮らしに深く根ざしているこの植物のストーリーを、香りを通じてたくさんの人に伝えたい。〈noi〉の活動の根底には、植物の新しい価値を届けるという、私たちの思いがあるんです(田中)」

森と人の豊かな関係を、富士吉田で作っていく

こちらに移住してわかった富士吉田の良さは、自然に恵まれているのに田舎すぎないこと。郷土の文化がしっかりと息づいているけれど、新しいものを柔軟に受け入れる懐の深さもあること。そしてなにより、暮らしの起点に、当たり前のように自然があること。

「東京で誰かと会うときはカフェに行ったり、飲みに出かけたりが一般的ですが、こちらではカフェに行くよりも、湖畔でピクニックをすることが多いんです。自然を好きな人が多いから、自ずと屋外のシチュエーションが多くなる。人間と自然の関わりが日常の中に当たり前に存在する。それがなんだか北イタリアの田舎暮らしを思い出させてくれ、いまの私に心地いい(田中)」

「〈noi〉のアトリエの正面に富士山がそびえていて、春夏秋冬、朝昼晩と、移り変わる富士山の表情を楽しむことができます。たとえば富士山の森が紅葉するなんて思ってませんでした。富士山を間近にしていると、かつては信仰の、現在は鑑賞の対象になっている富士山には、もっといろいろな関わり合いの可能性があるはずという確信を得られます。先日は山麓の森のなかでお茶会を開催し、森の香りを嗅いだり味わったり、富士山の新しい楽しみ方を提案してみました。そうした価値観を少しずつ広め、そこでもたらされるものを森に還元したい。人と自然が互いにポジティブな持続可能な共生関係性を考えているところです(別府)」

愛車Compassで樹木採集へ

「里よりも3歩、先を進んでいる」という樹木の季節感を追いかけるべく、ほぼ毎日、森に分け入っている2人。そんなライフスタイルに欠かせないのが「JEEP コンパス」。東京の暮らしでクルマが必要になることはほとんどなかったが、いまではほぼ毎日、クルマに乗っている。

「4駆で、タフで、山に入っていける走行性能をもち、ロードクリアランスに配慮されているという4つの条件で探しました。ジムニーや軽のワゴンも候補に挙がりましたが、頑丈で安心感があるボディと、ハンサムな顔が決め手になって「コンパス」に(別府)」

富士山麓には運転していて気持ちのいい道がたくさん。別府さんが推薦してくれたのは、紅葉シーズンの、鳴沢から朝霧高原に至る県道71号や、北口富士本宮浅間神社から中ノ茶屋へのルートなど。冬以外は窓を開け、戸外の空気の匂いや温度を楽しんでいる。

「クルマにはいつも〈noi〉のアロマスプレー“Morning Lake”と、椅子2脚、お茶セットを積んでいます。コーヒーセットとパンだけ持って、朝から湖でピクニックしたり、収穫の合間に椅子を出してティーブレイクしたり。屋外でちょっとした隙間時間を過ごせることも、富士山麓ライフの醍醐味なんです(田中)」

田中麻喜子 (たなか まきこ)
noi〉の香りの開発・ブレンド担当。高校生のとき、イタリア北部の街に留学したことをきっかけに、土地の風土に合った食文化や、それと人間の幸福度の関わりに興味をもつようになり、大学卒業後は料理レシピのプラットフォーム立ち上げに携わる。帰国後はフリーランスで食の商品開発などを行う。コロナ禍に東京と富士吉田の2拠点生活をスタート、2022年に完全移住を果たした。

別府大河 (べっぷ たいが)
noi〉の蒸留担当。大学時代からフリーランスとして編集、コピーライティング、ブランディング事業などに携わる。飲食系の企画運営会社に入社し、さまざまな新規事業開発を担当した。先に移住を決めた田中さんの暮らしに触発され、2022年富士吉田市に移住。現在は〈noi〉の運営ほか、市の地域活性化プロジェクトなども手掛けている。

IG:@noi_aroma

Photo by Kenichi Muramatsu / Text by Ryoko Kuraishi / Edit by Mariko Ono