富士北麓の自然がもたらす感覚を、テキスタイルにしてみたら
03 life

富士北麓の自然がもたらす感覚を、テキスタイルにしてみたら

渡邊竜康 (〈Watanabe Textile〉主宰、写真家、建築士)

1000年以上もの間、織物の一大産地として高品質なテキスタイルを産出してきた富士吉田市。先染め、高番手、高密度という難易度の高い織物を得意とし、贅沢を禁ずる奢侈禁止令が出された江戸時代には、羽織の裏地にあしらわれた色鮮やかな「甲斐絹(かいき)」が“江戸の粋”として大ブームを巻き起こした。そんな機織りの文化は現在、機屋の2代目、3代目である若手の職人たちによるオリジナルブランドのなかに受け継がれている。戦後すぐに創業した〈渡邊織物〉の3代目で、自身のブランド、〈Watanabe Textile〉を主宰する渡邊竜康さんもそうした文化の担い手の一人だ。

なお、今回の取材は富士山麓に拠点を構える〈アミューズ〉がプロデュース・運営するレーベル、〈Under the Tree Club〉の協力のもとに実施された。〈Under the Tree Club〉では、さまざまなカルチャーを媒介に、都市と自然をシームレスにつなぐコンテンツを制作している。

» Fuji Hokuroku , Yamanashilife

発想を変えたら、テキスタイルがおもしろくなった

甲斐絹のような高品質な織物で名を馳せた産地も、高度経済成長時代に海外から安いテキスタイルが大量に入ってくるようになり、一気に衰退してしまったという。近年はOEMが中心になっており、〈渡邊織物〉も数年前まではOEMメインで製造していた。

その〈渡邊織物〉の工房では、髪の毛よりも細い糸を縦横に張り巡らせた何台もの織機がフル稼働していた。24時間休むことなく動き続けているという織機が仕立てているのは、スーツの裏地などでおなじみのキュプラ。〈渡邊織物〉が得意とする織物である。裏地には肌あたりの良さが求められるため、極細の糸を使って仕立てるのだが、たとえば〈渡邊織物〉が手掛けるキュプラの経糸の数は、108cm幅で5340本!機織りの工程は、5000本超の糸を一本一本、手作業で織機にかけるところから始まる。

「織機はマニュアルの機械仕掛けのため、糸をかける段階で細かく調整しなくてはいけません。この作業を専門に行う職人もいるのですが、うちは父が自分でやるスタイルを好んだので、必然的に僕もやるようになりました」

経糸をかけたり、織機のメンテナンスを行ったり、職人として身につけたスキルや知識は、やがてオリジナル生地の開発という形で花開く。

「キュプラを織る織機の横糸に異素材の糸をかけてみたら、想像以上におもしろいものに仕上がったんです。それまでキュプラしか織っていなかったから新鮮でした。発想を変えてみたら、織物でこんな表現もできるんだって、新たなフロンティアが見えた瞬間でした。」

そうして手織りと機械織りを融合した独自の織り方を開発し、7、8年前からオリジナル生地の創作をスタート。現在は糸そのものの素材感を際立たせる、ユニークな織物を追求している。

建築、写真、テキスタイルの融合

大学で建築を勉強していた渡邊さんは、家業を継ぐ前は建築士として働いていた。建築に感じていたおもしろさ――人が使うもので、使うことで人の暮らしに心地よさや、豊かさを添えてくれるものはテキスタイルのデザインにも通じるという。建築士であり、写真家としても活動していた渡邊さんにとって、テキスタイルが写真や建築と同様、表現活動の対象に変わった瞬間だった。

「建築もテキスタイルも、素材と素材の組み合わせから無限の表現が生まれるという点で同じです。たとえばコンクリートの壁面に直接ガラスが嵌め込まれた建物には、キュプラとウールの組み合わせと同様の、異素材の質感がかなでる妙を感じたんです」

たとえば〈Watanabe Textile〉を代表するブランケットは、ウール、アルパカ、キュプラと、特徴の異なる糸を組み合わせている。ウールやアルパカのもこもことした質感と、キュプラならではの艶やかな光沢の組み合わせは、ハッとするほど美しい。そうした質感は、繊細かつ表情豊かな色合いで表現されている。“自然のカラーパレット”というのだろうか、淡く優しい色合いは、自然に身を置いて感じられる心地よさをそのまま表したものだ。

「キュプラの原料はコットンの種実の周りにある産毛ですが、繊維の断面が丸いことから、肌を傷つけづらいのです。化繊のポリエステルと違って水分を吸う性質があるので静電気が起きず、ウールとの相性もいい。昔から好きな素材でしたが、ラフで素朴な質感のウールと組み合わせてみたら、ナチュラルな佇まいのなかに凛とした緊張感が生まれ、従来のキュプラにはない可能性を感じました」

理想のものづくりにも通じる、完璧なクルマ

そんな渡邊さんの審美眼はクルマ選びにも貫かれている。愛車は、「尊敬する吉村順三先生の建築に通じるプロポーション」という「フィアット パンダ」。左ハンドル・5速ミッションの「パンダ」は、渡邊さんがずっと乗りたいと夢にみていたクルマだった。

「『パンダ』といえば、(ジョルジェット・)ジウジアーロが生み出した傑作です。小さくて簡素で、それでいて満ち足りているというところは、自分が理想とするものづくりに通じています。そうした感性をクルマから学びたいと思い、「パンダ」に乗りたいと思っていました。10年くらい乗っていますが、乗れば乗るほど、年月を重ねるほどに好きになる、そんなクルマです」

愛車を駆って出かけるのは、創作のインスピレーションを授けてくれる本栖湖の周辺。陽光とともに移り変わる湖畔の景色をのんびり眺めていたいから、朝早く、もしくは夕暮れの、人のいない時間帯を狙って出かける。カメラやキャンプ用チェアを持参持してその環境にどっぷりつかり、その風景が自分にもたらすさまざまな感情を分析する。

「山々に囲まれた水の中心は、何も無いようでいて実はさまざまなもので満たされており、人間が生きている世界とは全く別の時間軸が流れていることを実感させられる。その時間に包まれていると、宇宙や自然に宿る普遍性に気づくことができます」

そうした気づきこそ、渡邊さんの創作の源。渡邊さんが手掛ける写真もテキスタイルも建築も、富士北麓の自然があればこそ、なのである。

渡邊竜康 (わたなべ・たつやす)
山梨県富士吉田市出身。東京電機大学工学部建築学科卒業後、建築設計事務所勤務を経て家業の〈渡邊織物〉に入社。多くのブランドに生地を提供する傍ら、デザインから製造までを担う自身のブランド〈Watanabe Textile〉で、テキスタイルの可能性を追求している。大学時代に始めた写真では、フランスのウェブメディア『Les Chroniques Purple』に参加するほか、ファッションブランドのカタログ撮影、個展の開催などで活躍。また、2級建築士として店舗設計なども手がける。近年はオブジェの制作も始めるなど、ジャンルを超えた創作活動を継続中。
https://tatsuyasuwatanabe.com
IG:@tatsuyasu_watanabe

Photo by Kenichi Muramatsu / Text by Ryoko Kuraishi / Edit by Mariko Ono/ Cooperation: AMUSE ADVENTURE