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#03 “インターネットの車屋”に秘められた大きな可能性。
2024.03.01

#03 “インターネットの車屋”に秘められた大きな可能性。
by tokyo basic car club

インターネットや電子機器がある環境で育ったデジタル世代が、便利で機能的な現代のクルマではなく、なぜちょっと古いヤングタイマーに惹かれるのか。そもそも、クルマがなくても問題なく暮らして行ける都市生活者の若者が、クルマがステイタスではない時代に、なぜわざわざクルマを手にするのだろうか? 連載企画『Ridin' in my car』では、決して多数派ではないが、俄かに増えつつある若き旧車乗りを取材。新たな潮流を起こすキーパーソンたちから、クルマに対する価値観を探る。

今回は車屋・メディアの立場から、事業として新たなカーカルチャーの創造に取り組んでいる〈TBCC〉を取材。オープンを控えた飲食店や、アプリの制作など、クルマと若者との接点を作る彼らの活動について話を伺った。

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ベーシックだけどちょっとイイ。定番好きのゴルフⅡ

都会では外車が走っていても誰も気に留めないし、マニア垂涎のクルマが停まっていても驚きもしない。しかし、オーナーにはそれぞれ愛車の思い入れがあるし、それを手にするまでのストーリーがあるもの。こと、ディーラーで普通に手に入る現行車でなく、わざわざ旧車を探し出して乗っているとなるとなおさらだ。

ヤングタイマー車のカーマッチングサービスや、若者のクルマ文化を発信している〈tokyo basic car club〉、通称〈TBCC〉の代表である南部翔也さんの愛車は、1991年製の「Volkswagen ゴルフ Ⅱ CLi」。彼が人生のファーストカーに選んだのは、自身が生まれる少し前に作られた1台だった。

「僕はベーシックなのが好きなんですよ。今日の格好も、ジャケットはノースのヌプシ、靴はヴァンズのAuthentic、時計はロレックスのサブマリーナ。そんな自分の持ち物をクルマで表現すると、ゴルフっぽいなって思ったんです。世界の大衆車と言われているけど、高級車でも安いクルマってわけでもない。色んな面でフラットに乗れる普通のクルマ……なんですけど、僕はちょっと捻くれてるから、2ドアで左ハンドルのマニュアル。そしてカラーは純正色にないイエロー。気をてらわず、でも少し他と違うってところに自分らしさが出てるのかもしれません(南部さん)」

南部さんは生まれも育ちも東京。土地柄的にも世代的にも若い頃からクルマを持つのが当たりまえというわけではなさそうだが、クルマ好きだった祖父や父の影響もあり、子どもの頃からクルマは身近な存在。小学校時代から、将来「NISSAN GT-R」を購入するためお年玉を貯金に回していたほどで、大人になったら自分のクルマを持つという意識があったという。

「僕がゴルフⅡを買ったのは、広告代理店に勤めていた25歳のときです。18歳になったらクルマに乗りたいって思ってはいたのですが、当時はバンド活動に時間もお金も費やしていて。早く買わなきゃって感覚は常にあったものの、手に入れたのは社会人3年目。少し無理して一念発起しました」

南部さんがゴルフⅡを購入した当時は、周りに同じ感覚でクルマを持っている友人は少なかったそうだが、クルマを手に入れて友人と遊んだりしているうちに、同世代の友人たちも別にクルマに興味がないわけではないということがわかってきた。

問題は、若い人たちが感化される形でクルマが紹介されていないことや、購入までのハードルの高さ。そこを解消すれば、既存のクルマ文化ではない若者たちのカーカルチャーが作れるのではないか。そう思うようになったという。

オンラインが旧車乗りの架け橋に

26歳まで広告代理店でSNS広告やマーケティングに携わっていた南部さんだが、もともと起業思想はあったそうで、ずっと打ち込めるなにかを探していた。そんな時に思いついたのが、自身が好きなクルマと、仕事で培ったSNSのマーケティングを掛け合わせた事業だった。

「代理店では主にSNS広告の販売の仕事をしていて、デジタル周りの広告ってこんな感じなんだなと感覚的にわかってきました。当時はTikTokが日本進出したタイミングで、僕もその広告枠の販売を担当。その過程で、SNSをうまく使って一夜にしていろんなことを成功されるような方々を目の当たりにしたんです。そんな現場から俯瞰してみると、自動車業界のデジタル化ってかなり遅れている感じがして。そのうちクルマもネットで売れる時代になるよねって思ったんですよね。幹線道路沿いの大規模な店舗を持って『車何百台展示』みたいなやり取りじゃなくても、もうちょっとスマートな売り買いができるようになるよねって。そう思って独立して、2020に〈tokyo basic car club〉をはじめました」

〈TBCC〉が目指すのは、クルマをもっと気軽に楽しめる社会の創造。少し大袈裟に聞こえるかもしれないが、“インターネットの車屋”にはその可能性が大いに秘められている。

〈TBCC〉を事業として成立させるため、まず南部さんが目論んだのは、ヤングタイマー車を売りたい人と買いたい人をつなげるカーマッチングサービス。Instagramをプラットフォームに個人売買の仲介を行って、売り手と買い手の双方が納得できるカタチで、車輌のみならず思いも引き継げるようサポートすること。しかし、そのためにはまず〈TBCC〉の認知拡大が必要と考え、ヤングタイマー車との生活を紹介するYouTube動画や、フォロワーの関心を掘り起こすような投稿をしていった。

「最初は大学生だった弟に手伝ってもらいながら自分たちで撮影をしていましたが、今のヴィジュアルは〈TBCC〉の活動に賛同してくれるビデオグラファーやフォトグラファーのメンバーと一緒に制作。カーマッチングに掲載写真にもこだわっていて、日本一かっこいい出品写真を撮ってる車屋だと自負しています。

普通の中古車情報って、店の駐車場で撮ってるじゃないですか。僕たちはそのクルマに似合う場所で写真を撮るっていうのを徹底していて。例えば海っぽい雰囲気のあるクルマだったら湘南まで行ったり。時には中身を空にせず、売り手の私物のサーフボードを積んだままにしたり。その車輌が持ってる空気感がなるべく伝わるような感じで出品するのがこだわりですね」

これからクルマを手にしたい。そんなユーザーに対して彼らが提供するのは、オーナーたちのリアルなクルマとのストーリー。おしゃれに乗ってるけど、購入するまでに実はこんな苦労があった……など、ぶっちゃけ話も聞き出すことで、乗ってる人とクルマの関係性がより立体的に伝わってくる。

また、ユーザーの背中を押すという意味では、過去に一風変わった購入支援キャンペーンを実施したというのも面白い。例えばパートナーに反対されながらも購入に踏み切った人に向けた『パートナー割』や、購入者の生まれ年に初年度登録された車輌を購入した時に適応される『タメ割』など、その条件に該当すれば仲介料から3万円キャッシュバック。〈TBCC〉のフォロワーには10代、20代も多いので、一歩踏みだす勇気を与えるべく行ったのだという。

「〈TBCC〉のBasicって言葉には、クルマがある生活は特別じゃないよっていうメッセージが込められていて。『都会に住んでても、大人になったらクルマを持つのはフツーのこと』って認識が一般化すればいいなと思います。

アパレルは最初は身内で着れるようにとノリで作ったんですけど、意外とそれで人気になって。中には、Tシャツを買った時はまだ10代だったけど、働きはじめて念願のクルマを買いましたって連絡をくれた人がいたりして。最近はクルマに興味を持っている若い子が多いことを実感することがあります」

理屈じゃなくて自分の信念でクルマを選ぶ

〈TBCC〉として扱うのはヤングタイマーと呼ばれる80〜90年代の車輌が基本。200万円ほどあればかなり広い選択肢があり、若い世代でも手が出しやすく、各々の個性も出すことも可能だ。それに、維持やメンテナンス面でもヴィンテージカーと比べるとハードルが低く、エアコンもパワステも当然のように搭載されている。

「ヤングタイマーはとっつき易さとデザイン性が魅力。古着に似ていると思うんですが、昔って古いモノ至上主義って風潮がありましたけど、今って90年代レギュラー古着みたいなのも人気ですよね。あの感じに近い気がします。リーヴァイスの大戦モノとかは高いし着るのも躊躇するけど、ちょっと昔のステューシーのTシャツなら、気軽に買えてガンガン使えるじゃないですか。そんな空気感がクルマにも当てはまります」

南部さん曰く、実際の〈TBCC〉でクルマを求める人たちの多くは、ライフスタイルの延長として自分の思考に近いモノを選んでいるようで、元からのクルマオタクというのは少ない傾向。それよりも、ファッションにこだわっていて、自宅もおしゃれにしていて、そしてその延長でクルマに手を伸ばすというパターンが多いのだという。

「言ってしまえば、クルマは一番デカいアウター。身に着けるモノの最も外側にあるファッションアイテムみたいな感じでクルマを選ばれる方が多いですね。みんなスペックなんかより、そのクルマが自分に似合ってるかどうかを考えてますよ。

だから販売するときも、このクルマは何馬力で速いんですよとかって紹介の仕方は絶対してなくて。好きな音楽とかファッションとか聞いて、あなただったらこういうのが似合いそうですよねと提案してみたり。それに、キャンプ好きだからSUVっていうのも違うでしょうし、この人のライフスタイルと世界観に合うクルマを一緒に探しています」

「レンタカーとかカーリースでその都度借りるのと、ヤングタイマーを所有することを、経済的・スペック的な目線で比較していったら、ヤングタイマーが勝てるところなんて一個もないと思うんです(笑)。でも、コレを所有するカッコよさってあるじゃないですか。僕たちのカーマッチングで購入するお客さんって、燃費なんか諦めてて、とにかく欲しいから乗るって人ばかり。

無駄なことが多いなか、こういうクルマを持つことに価値を感じられる人って色気がありますよね。無理して、頑張ってクルマに乗ってる、成りあがり感。若い旧車乗りって、そんな風に心の中にYAZAWAがいる人も多い。理屈じゃなくて、とにかく自分の美学でクルマに乗ってたりするんですよね」

若いクルマ好きに集いの場を

ヤングタイマーの個人売買の仲介事業にはじまり、20代のカーオーナーを紹介するメディア事業、そのほかアパレル展開やカーミーティングの主催、撮影用の車輌提供サービス、果てはトヨタのYouTubeのプロデュースまで、オンラインから人とクルマをつなげる活動をしている〈TBCC〉。デジタル方面から精力的な立ち回りをしているが、2024年3月1日には、クルマで来れる飲食店〈SIT ON TOKYO〉をオープン。彼らの初となる、オフラインで繋がれる空間が世田谷区野沢に誕生した。

環状7号線から一本入った龍雲寺通り沿い。店前には3台の駐車場が備わっている。取材時は改装工事のまっただな中で店の全容がわからない状態だったが、腰を据えてくつろげるゆとりのある空間が作られようとしていた。

「マッチングやカーミーティングなど、今まで僕らが作ってきたコミュニティは、オンラインで約束してリアルで会うという感じ。この店はその逆で、約束をしなくても誰かに会える場所になればいいなと思っています。同じようなクルマ好きが集まって、知らない人同士でコミュニケーションをとってもらいたいし、クルマで走りに行くための目的や待ち合わせ場所に使ってもらいたいです」

3台停められる駐車場があり、かつガラス窓からクルマが見渡せる立地探しには苦労したらしいが、最終的には都心からアクセスもよい場所を確保。ファッション業界や美容業界などで働くお客さんも仕事終わりに立ち寄れるよう、夜まで営業を行う予定だ。

「昼はカフェで夜はバー。食事はフードコンサルタントの仲間が監修した和食で、おすすめは唐揚げの柴漬けタルタルです(笑)。このエリアは僕の地元でもあるんですが、この辺の方って美味しい飲食店が多い一方で、外食に飽きてる方も多いと思うので、食事のテーマはちょっといい家メシにしました。毎日来てもある程度ヘルシーで、クルマ好きのパートナーと一緒に来た女性でも楽しめるメニューも充実させています」

TBCCが描く、クルマ業界の地図

インタビューの最後に今後のカーカルチャーの展望を尋ねると、〈TBCC〉が取り組んでいる一大プロジェクトの計画を教えてくれた。多方面から若者へクルマの楽しさを提案している彼らだが、これから始まる活動の話を聞くと、今まではイノベーションの序章にすぎなかったのかもしれないと思わせてくれる。

「クルマをもっと気軽に。という想いで〈TBCC〉をやっているのですが、そもそも若者のクルマ離れってクルマ業界の構造的な問題もあるんじゃないかな? と思うことがあります。例をあげるなら、業者や中古車販売店の不透明さだったり、そもそもの業務プロセスがアナログな感じだったり。やっぱり日本のクルマ業界ってデジタル革新って全然できてないんですよね。

僕たちが業界を変えるっていうのはおこがましいのですが、今年10月にスマホアプリをローンチして、ヤングタイマー車界隈からDX化ができないかと開発を進めているところなんです」

アプリでは彼らがこれまでやってきた個人売買の仲介だけでなく、愛車の整備履歴を登録する機能、おすすめの業者の紹介・レビュー機能、ユーザー同士で作るカスタムマップ、同じ車種に乗るユーザー同士が助け合えるヘルプ機能、電話やFAXではなく整備士とチャットでやりとりできるサポート機能などを搭載予定。クルマの趣味にまつわる面倒ごとをシンプルにし、カーライフを楽しくさせてくれるという。

「おすすめの整備工場を教えあったり、同車種の仲間での情報交換とかって既存の溜まり場で行われてきた会話なんですけど、それをアプリに持ってくっていうような感じです。もちろんクルマって高価なモノですし、古いモノはある程度乗り手を選ぶと思うんですけど、コミュニティとしての敷居の高さは関係なし。クルマを愛するユーザー同士で情報を共有するような、開かれたコミュニティが作れればと思っているんです。

入り口のハードルは低く、みんなが知識を蓄積して行くようなプラットフォームがあれば、クルマを持つ若い人たちも増えるでしょうし。クルマを趣味とする人にとってのよりよい未来を作る。今が正念場ですね」

tokyo basic car club

ヤングタイマー中古車の個人売買仲介サービスや、若者のカーライフを発信するメディア運営など、デジタルの世界から新しいカーカルチャーを発信。〈FREAK’S STORE〉とのアパレル制作や、YouTube『トヨタドライバーズチャンネル』内『ヤングタイマーラヴァー』のプロデュースなど企業コラボなど、業界での注目度も高い。
IG:@tokyo_basic_car_club


SIT ON TOKYO supported by U-POHS

『車好きの溜まり場』として2024年3月世田谷にオープン。こだわりの和食をナチュールワイン、BASIC ジャパニーズウィスキーで楽しめる。駐車場3台完備。
IG:@sit_on_tokyo

photo by Misaki Tsuge / text by Junpei Suzuki / edit by Mariko Ono