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#04 イケてるクルマに乗ることも、カッコいい大人の一条件
2024.05.16

#04 イケてるクルマに乗ることも、カッコいい大人の一条件
by 服部 昌孝

移動の快適さだけを考えれば、便利で安全、故障も少ない現代のクルマに乗ることは至極合理的な選択だ。しかし、移動そのものを楽しみ、自分らしさを追求する人々からすれば、機能性なんてものはにのつぎ。そもそもクルマを持つことがマストではない都市生活者、特に若い世代があえてクルマを持つのには、便利さ以外の理由があるのではないだろうか。連載企画『Ridin' in my car』では、新たな潮流を生み出すキーパーソンたちを訪ね、彼らがクルマに抱く独自の価値観を探求していく。

今回取材したのは、スタイリストの服部昌孝さん。時代を先取り、ファッションからカルチャーを作り出している彼は、クルマ趣味に生きることで「真にかっこいい大人」とはなにかと自分に問い、その姿を世に発信している。

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止まることを知らないマシン愛

都内のインタビュー場所で待つこと5分……そろそろ連絡を入れようかという頃合いに遠くから地響きのようなエンジン音が聞こえてきて今日のインタビュイーの到着を告げる。ダッドサン 240Zは、日本でいうフェアレディZの北米輸出モデルで、排気量は国内モデルよりもパワフルな2.4L。NISSANが誇ったL型エンジンのエキゾーストノートは、屋根ありの駐車場に入るとさらに迫力を増して感じられた。

「お待たせしてすみません。結構余裕を持って出たんですけど、こいつのご機嫌をとるのに予想以上に時間がかかっちゃって……」。レモンイエローのZから降りてきた服部さんは、そう言って苦笑いを浮かべる。

スタイリストとして第一線で活躍する服部昌孝さんは、あいみょんやAwich、RADWIMPSなどのスタイリングを担当していることでも知られる人物。また広告や雑誌でのヴィジュアル作りだけでなく、自身が立ち上げた製作プロダクションでは、スチール・ムービーを問わず、アグレッシブに企画製作の陣頭指揮をとっている。

そんな服部さんの今日のファッションはまるでレーシングドライバーのような装い。キャップは〈BALENCIAGA〉、レーシングチームジャケットは〈HUF X GReddy〉と、その独自のスタイルを貫く姿勢も、彼自身の象徴と言えるだろう。

「こう言ってはなんですけど、俺は今のファッション業界に全然興味なくて。もちろん本気で仕事してますけど、興味があるのは断然乗り物。取材も基本的にはファッションでは受けてなくて、今はクルマとかバイクだけにさせてもらってるんです」

ストリートファッション誌〈Smart〉で連載中の「スタイリスト服部昌孝のマシン沼。」や、クルマとバイクに特化したInstagramアカウント「服部のマシン愛」からも、そのエンスーぶりが伝わってくる。

服部さんが2024年5月現在で所有しているクルマは、1983年式 マツダ・サバンナRX-7、2011年式 フォード・エクスプローラー、2022年式 スズキ・ジムニー、1973年式 ルノー・ルノー4、1990年式 トヨタ・マークⅡワゴン、1971年式 ダットサン・240Z、1995年式 トヨタ・タコマ、2023年式 マツダ・ロードスター。まずはその台数と守備範囲の広さに驚くが、実は運転免許を取得したのはたった2年前というから恐れ入ってしまう。

36歳で取得した運転免許

「バイクにせよクルマにせよ、子どもの頃からなんでもマシンには惹かれていて。ミニ四駆も小学生のときはゴリゴリに改造して遊んでました。あとうちの親父がスズキの社員なのでスズキのイベントにもよく連れて行ってもらってたし、実家が浜松で鈴鹿サーキットも割と近いから、よくレース観戦にも行きました。当時はシューマッハの全盛期だったのでF1にも熱狂していたんです」

そんな少年時代を経たものの、服部さんがクルマやバイクに乗りはじめたのは意外にも最近のこと。ただでさえスタイリストを生業にしていると、服を運ぶのにクルマが必要不可欠のように思えるが、アシスタント時代は自転車や公共交通機関が移動手段。独立した後はタクシーやロケバスを駆使したり、アシスタントに運転を任せるなどしながら、これまでスタイリストとして第一線を歩んできた。

「なんで免許を持ってなかったのかと自分でも不思議なんですが、アシスタント時代は金がなかったし、独立したらしたで忙しくて教習所に通う時間なんてなかったんですよね。で、クルマの免許を取ろうと思ったのがコロナ禍で少し時間に余裕が持てたときでした。この前、スタイリストの師匠に会って『アシスタントの時に持っててくれたらよかったのに』なんて言われましたけど、あの時こそ激務だったから、ヘトヘトの状態でクルマに乗ってたらきっと事故ってた。だからある意味自分を守るって意味もあったのかもしれません(笑)」

アシスタントのために用意していた軽バンを除いて、服部さんにとっての最初の1台はマツダの初代RX-7。免許を取らざるを得ない状況にするために、その往年のスポーツカーを購入したのだという。初心者マークをつけて乗るにはなにかとハードルが高いクルマのように思えるが、案の定、乗り出し初日は数えきれないほどのエンストを経験したそうだ。

しかし、服部さんの名誉のためにもう少々説明をしておくと、このエンストはクルマの整備の問題。さっそく旧車の洗礼を受けたことで新しいクルマの必要性も感じ、フォード・エクスプローラー、新型ジムニーと、実用性にも配慮したクルマを迎えつつ、同時に趣味性の高いクルマを増やしている。

「やっぱり昔のクルマはヴィジュアルが圧倒的にヤバイ。シェイプや窓、面構えといった外観もそうですけど、コックピットからの眺めや個性的な乗り味、その個体のヒストリーも気にし始めちゃったら、もうハマっちゃいますよね。できれば旧車だけに乗りたいって思うんですが、すでに散々痛い目を見てきてるので、仕事に穴を開けないためにも新しいクルマも必須。だから新めのでも、楽しんで乗れそうなモノを選んで買ってます。

自分にとってクルマは服や靴と感覚が似ていて、今日はどれに乗ろうか考えるのも気分が上がるし、それぞれの乗り味を楽しめるからいいんですよね。ベンツのGクラスを新車で一台買うのと、同じ金額で安価で面白いクルマを何台も持つことを比べるなら、俺は断然こっちの方が楽しいかなって。実際は保険やら駐車場のことを考えるとむしろお金かかっているんですけど……」

服部さんにとって、ネットでクルマと駐車場情報をチェックするというのはすっかり日常。この2年のうちに多くの苦渋を味わった経験から、“マシンも不動産も迷ったら負け”というのが信条に。今ではよい出物を見つけたらすぐに契約書を取り寄せて、時間を作って現車確認、内見に行っているという。

「一応、自分の中で240Zはいつか持ちたい憧れの1台だったんですけど、タイミング良く状態のよいモノが手に入ってしまったんで少し目標を失った感があるんですが、まだまだ収集欲は収まりません。今はどちらかというといろんなクルマに乗ってみたいっていう気持ちが強くて、このボディでこの排気量ってどんな感じなんだろうとか、所有して実感したいんです。そんな俺の欲望を叶えるために〈服部プロ〉と〈栄光丸〉では劇用車として撮影のためにクルマを貸し出す事業も行っています。こうすることで対外的にも、胸を張ってクルマを買うことができるんです(笑)」

マシンが見せてくれる世界

クルマと同じように、バイク熱も一気に加速。服部さんは教習所に通い自動車免許を取ったあとすぐに中型、続けて大型自動二輪を取得し、スズキ・GSX400インパルス タイプSを購入。さらにはスズキ・GSX750S3カタナ、ホンダ・スーパーカブ、ハーレーダビッドソンXLCRと、ガレージの空きスペースを埋めるように次々と鉄馬たちを迎え入れている。

なにをもって一般的とするかは難しいところだが、ファッションに興味のある人が乗るバイクでいえば街乗りに適したストリートバイクや、ヴィンテージのアメリカンが一般的。一方で、ライディングスーツに身を包んで乗るイメージのあるスポーツ系バイクは、おしゃれさとは縁遠いように感じられる。しかし、「いや、これこそがファッションでしょ」と言い切るのが、スタイリスト服部昌孝という男なのである。

「クルマは割と満遍なくいろんなモノが好きですが、バイクの趣味は偏ってて、俺はレーシーなモノが好みなんです。こんなヨシムラのマフラーやオーリンズのリアサス、アンダーカウルをつけたインパルスに乗ってるファッション業界人なんて、他にいないんじゃないかな。でも俺からすると、ファッションもバイクも、ダサカッコイイっていうのが一番かっこいい。例えばソープランドピンクのハーレーをモノにしているハンバーグ師匠なんて最高ですよね。俺からすれば、あれをダサいって言ってる方がダサいと思います」

当時の不人気車がかえって魅力的に見えるというのは、旧車好きのあるある。ハーレー唯一のオリジナルカフェレーサーであるXLCRは77年から78年の2年間の間に3133台だけ生産されたモデルで、服部さんはそのハーレーらしからぬスタイリングに惹かれて購入。移動手段というよりも、一人きりで首都高ツーリングして乗り味を楽しんでいるという。

「仮面ライダーのサイクロン号っぽいモノが俺のバイクの好み。服でもそうですが、俺は邪の道を行くタイプなんですよね。一般的にはバイカーのファッション=アメカジっていう風潮があると思うんですけど、それだけじゃツマンナイ……。そんな思いをネペンテス代表の清水さんに伝えていたら、その感覚に共感してもらえて。夢のような話なんですが、モーターサイクルをテーマとした新ブランド〈紫電(SHIDEN)〉のディレクションを任せていただくことになったんです。クルマやバイクは自分のファッションにもかなりの影響を与えていますが、紫電は1番のトピックスですね」

スタイリスト服部の目指す先

洋服だけがファッションではないと示すのも、スタイリストのあり方だというのが服部さんの考え方。自身がマシン沼にハマっていくことは、彼の欲望に忠実であることの表れだが、その中には戦略的なセルフプロデュースの側面も含まれている。

「ファッション業界でもクルマ好きってたくさんいますけど、あんまり自慢げにカッコつけてる人っていないんですよね。そこで俺は、周りなんて関係ないっすよってスタンスで、クルマにガチで向き合う姿を見せたいんですよね。若者のクルマ離れもすごいし、乗れればなんでもいいじゃんって人も多いと思うけど、スタイリストとして率先してクルマもファッションの一部だと伝えて、憧れる大人像を発信していきたいんです。免許取って2年の男がいうのもなんですが、探せばいくらでもカッコいいクルマがあるので、単純に乗らないのはもったいないと思いますしね」

服部さんが1日のうちに何台かクルマを乗り換えたり、クルマによってグローブをつけ替えているのは、純粋に乗り物が好きなスタイリスト服部昌孝であるから。一口に形から入るタイプと言っても、美学がある人とない人とでは、大きな違いがあるのだと考えさせられる。

「ファッションのアイコンとしては色んな先輩がいるけど、俺が思う本当にカッコいい大人ってどんなものなんだろう? そんなことをコロナのときによく考えたんですよ。それで思ったのが、自分の趣味に生きて、お金とかじゃなく自分が楽しんでいる大人が1番だってこと。まさに所ジョージさんのような感じで、自分の価値観を持って好きなことをやってる人がカッコいいんだよね」

「コイツ、次はなにをしでかすんだろう? って感じの方が人として魅力的。だから俺はスタイリストだけど制作会社としてディレクションもやって、雑用もこなし、劇中車のレンタルやロケバス会社の経営もしている。意図的に服部昌孝の実態をわからない感じにしてるんですよね。俺のスタイルはいつも業界荒らし。クルマ趣味もこれからガチンコでやっていって、その結果になにか面白いことをしていきたいですね」

“僕の前に道はない 僕の後ろに道はできる”とは高村光太郎の「道程」の書き出しの言葉だが、それは服部さんの生き様にもリンクする。スタイリストは流行をキャッチして世を切り開く人だと思われているが、彼に言わせれば、流行は乗るモノではなく作るモノ。自分が向かいたい方向に自由にハンドルをきり、その轍を新しい道としてディレクションしていくのだ。

服部 昌孝 (はっとりまさたか)
静岡県浜松市出身・ファッションスタイリスト。2012年の独立以後はエディトリアル、ブランドヴィジュアル、コレクションのスタイリングで活躍。メンズ・ウィメンズ問わず、人気アーティストや俳優のスタイリングも手がけている。2020年に制作会社「服部プロ」、21年にロケバス会社「栄光丸」を立ち上げるなど、自らの手で活躍の場を広げている。
IG:@Masataka Hattori

photo by Misaki Tsuge / text by Junpei Suzuki / edit by Mariko Ono