ヨガビジネスの成功から感じた「違和感」
「税理士さんから“これでもう、天変地異がない限りは倒産しようがない”って言われてたんです。店舗経営も順調でしたし、経営者としてまわりからは成功者のように見えていたと思います」
ヨガインストラクターとしてキャリアを積み重ね、複数店舗を展開。20代後半の西川順喜さんは、社会の「成功」に乗ったかのように見えた。
「でも、どこか心にモヤモヤがあったんですよね。自分でスタジオを始めた理由は、ただ“ヨガを伝えたい”という思いだったはずなのに、いつの間にかスタッフが増えて、組織運営そのものが目的になってきていた部分もあったのかもしれません」
ほどなくしてコロナ禍が始まり、社会全体が“強制停止”を余儀なくされる。
「拡大し続けてきた流れがピタッと止まった時、“あれ? 自分が進んできた道、これが本当にやりたかったことだったっけ”って初めて立ち止まれた気がします」
価値観が変わった一冊との出会い
そんな西川さんが手に取ったのが、フォスター・ハンティントンの写真集『Your Home on the Road』だった。

「彼はラルフローレンのデザイナーだったのに、都会の生活に窮屈さを感じて、必要最低限の荷物を詰めてフォルクスワーゲンのヴァナゴンで旅に出たんですよね。写真とストーリーを見て、“自分も自由に生きてるつもりだったのに、全然自由じゃなかったな”ってはっとしたんです」
本の中でフォスターが語った“ヴァナゴンは遅い。でも、それがちょうど良かった”という言葉に強く共感したと振り返る。
「社会の流れじゃなくて、自分の流れをつくればいい。遅さの中に豊かさがあるんだって、価値観がひっくり返る感覚でした」
その衝撃をきっかけに、同じ“白いヴァナゴン”を日本中で探し始めた。ヴァナゴンとは、1979年にフォルクスワーゲンからT2の後継モデルとして発表されたトランスポーターの第三世代、「T3」と呼ばれるマルチユースワゴンのことだ。なお、北米では『VANAGON(ヴァナゴン)』、欧州では『CARAVELLE(カラベル)』という車名が与えられた。
白いヴァナゴンとの旅の始まり
「探しに探して、ようやく2020年12月に理想のヴァナゴン(自身の誕生年に製造された1988年製)を手に入れたんです。その時は店舗経営の現場をスタッフに任せて、思い切って旅に出ました」
最初の1年は、意図も目的も決めず、ただバンで日本各地を巡る日々。
「本当にただ走って、ただ過ごす。社会のスピードから離れて、クルマのゆっくりな速度を感じながら、自分のペースに身体ごと慣らしていく。そうすると、不思議と心が落ち着いてくるんです」
旅は彼のヨガにも新しい発想をもたらす。
「バンライフは、どこでも自分次第でクラスを開催できる。オンラインだけでなく、現地でリアルにヨガを届ける機会も増えました」
GOENプロジェクトがつなぐ人と土地
「1年間ただ旅を続けただけでは飽きちゃうだろうと思ったんですよね。次は何か目的を持って動きたい、と。それで始めたのが“GOEN”というプロジェクトでした」
GOENは、バンで日本中を巡りながら、土地土地でヨガのクラスを開催し、人や地域の“ご縁”をつなげていく試みだ。
「場所が変わると、ヨガのあり方も変わる。道路脇やキャンプ場、公民館まで…どこでもやる。多拠点生活をしながら、自分の持ち味も広がっていった感じです」
SNSを始めたきっかけもバンライフだった。
「それまでSNSなんてほとんど使ったことなかったんです。けど、フォスターのインスタグラムを見て、“世界観を表現するツールだ”って気づいて。自分も始めてみたら、フォロワーさんからDMが届いて、いろんな人と繋がる実感が湧いてきました」
『YOUR LIFE ON THE ROAD』への取材・制作
そんなある日、フォスター・ハンティントンの日本版書籍を手がける出版社から突然のDMが届く。
「“日本のバンライフを紹介したくて、西川さんを取材したいんです”って書かれてて。もうビックリしました。自分が影響を受けて動き始めた本の制作側から声がかかったなんて」
最初は取材だけで終わるかと思いきや、その日本版のバンライフ本の話がなかなか進まずに発刊が難航。西川さんは「せっかくの企画がこのまま消えてほしくない」と、自ら編集・撮影まで手を挙げる。


「カメラの経験はほとんどなかったんですけど、表紙も僕が撮ります!って。その勢いがきっかけで、プロジェクトの方向性も変わっていきました」
完成した書籍『YOUR LIFE ON THE ROAD』は、バンそのものよりも“バンと共に生きる人々”のライフスタイルや哲学に着目した内容となった。

書籍『YOUR LIFE ON THE ROAD』(トゥーヴァージンズ)
“VANと共に自分らしい人生を歩む16名のインタビュー、日本各地でのVAN LIFE、ロードトリップ風景を収めたヴィジュアルブック”として刊行されたこの本には、西川さん自身を含めバンで人生や価値観を大きく変えた人々が登場する。それぞれが、速さや効率を捨てて「自分の流れ」「自分だけの幸福」や「家族との時間」を模索。書籍中には、旅の過程で撮影された美しい写真も多数掲載。
【主な掲載人物】
西川順喜「VANLIFEで見つけた柔軟な生き方」
金原誠「どこにでも会いに行ってハートをつかむ」
高橋敏幸(T&T AUTO REPAIR SERVICE)「ヴァナゴンが教えてくれる“自分にとっての幸せ”」
秦龍平「ヴァナゴンは“選択肢”を増やしてくれる相棒」
横澤剛治「VANがつなぐ、自分と家族と仲間」
重弘剛直(0/0 neru design works)「壊れたら捨てるようなものは作りたくない」
石本ヒロキ(LAKESIDE ANTIQUE MALL)「“自分が着たい、乗りたい”を大事に」
YURIE「予定を決めず自由に旅する VANで無限の選択肢へ」
Nachos「自由と不自由のコントラスト」
小濱潤平(VANCAMP JAPAN)「自然の中で自分らしく楽しむ」
国本真治(SAUNTER Magazine/Kitty BOOKS)「旅が日常になる時」
カンマタカヤ「定住からの原点回帰」
水野大册(BUDDY-AUTO)「ワゴニアとカルチャー」
山口洋平(TRAIL HEADS)「都市と自然を行き来する」
鈴木大地「世界で一つだけのVAN LIFE」
竹内友一(TREEHEADS)「タイニーハウスは問題解決のための“ツール”」

ヴァナゴンの遅さ、非合理の中の豊かさ
西川さんの人生を大きく変え、書籍でも象徴的存在となるのが“ヴァナゴン”だ。
「今の時代、合理性を考えたらプリウスやテスラの方が圧倒的に“正解”なんです。それでもみんな旧車に乗り続ける理由は“非合理”を楽しんでいるからですよね。エアコンも効かないし、故障も多い。速くて高性能を追求してきたこれまでのクルマの価値観とは真逆で、でもそれを経験して初めて見える景色や人間関係があるんです。というのも、ヴァナゴンで走っていると、ただ遅いだけじゃない、目に入る風景も、人との出会いも全部“自分のペース”で味わえるんです。社会のスピードから離れて、自分軸で生きる。ヨガと同じ、“内なるリズム”を大切にする感覚なんです」
AI時代だからこそのシンプルライフ
効率性重視の現代社会。そして今、AIへと加速していく世界。そのカウンターとして、西川さんは“シンプルライフ”に改めて価値を見出す。
「かつてフォスター・ハンティントンが投げかけた“必要以上のものを持たない生き方”や、“本当に大事なものだけを選び取る”姿勢は、今すごく共感を呼ぶと思うんです。AIは効率重視だけど、人間にしかできない“非合理の豊かさ”は無くならないんじゃないでしょうか」
かつてフォスターの名を世に知らしめたバンライフ以前のプロジェクトが書籍にもなっている『The Burning House: What Would You Take?』。これは「もし家が火事になったら、あなたは何を持って逃げますか?」というシンプルかつ深い問いを人々に投げかけ、その答えを集めて写真やストーリーとしてまとめたもの。“実用的”、“価値がある”、“思い出が詰まっている”など、その物を選ぶ個人の優先順位や性格、人生経験、価値観などが反映され、“物質的な消費文化”や“本当に大切なものとは何か?”を考えさせる内容となっている。
「“火事が起きたら、何を持って逃げますか?”ってすごい問いかけですよね。現代人はものを持ちすぎている。全部手放してみて初めて見える感覚、バンライフもそこに通じます」

身の丈で生きる。人をつなぐバンライフ
ヨガの事業家として成功しながら、自分の流れを取り戻すためにバンライフに舵を切った西川さん。「GOEN」や『YOUR LIFE ON THE ROAD』を通じて、ただ自分が生き方を変えるだけでなく、移動とご縁、コミュニティという広がりも生まれた。
「全部が合理的でなくていいんです。自分の身の丈に合った人生こそ豊かなんです。必要以上のものはいらない。自分のリズムで、自分が本当に納得できる毎日を生きればいい。ヨガも、バンライフも、そこは同じなのだと思います」

西川順喜 (にしかわ なおき)
ヨガ・瞑想指導者、バンライファー、焙煎士。元々消防士として7年間務めていたが、交通事故による怪我のリハビリをきっかけにヨガに出会い、ヨガの世界に魅了されて指導者に。大阪でヨガスタジオを開業し、最大3店舗を運営した後、コロナ禍の影響を受けて閉店。その後、バンライフを開始し、全国47都道府県を巡る「GOEN PROJECT」をスタート。また、コーヒー好きが高じて〈NOMAD COFFEE STAND〉もプロデュース。2022年11月には、オンラインコミュニティ「THE VILLAGE」を立ち上げ、ヨガ3.0という新たな世界観の実現を目指している。
IG:@nomad_yogi_naoki
photo by nachos / text by manmaru / edit by Ryo Muramatsu