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境界を越えて働く、暮らす、遊ぶ―― 「BEYOND WORKING」の世界
2025.09.16

境界を越えて働く、暮らす、遊ぶ―― 「BEYOND WORKING」の世界
by 山口陽平

「本を出すなんて、10年前の自分には想像できなかったですね。ただ、“働くこと、暮らすこと、遊ぶことの境界がどんどん溶けていく感覚”だけは、ずっと自分の中に残っていたんです」

2024年、〈トレイルヘッズ株式会社〉代表・山口陽平さんが監修し、編集長として生み出した書籍『BEYOND WORKING BOOK』。

“働く場”が持つ課題を解決するフィールド・デザインの会社・トレイルヘッズによる発刊。その根底にある思想と、そこへ至るプロセスについて、彼はじっくりと言葉を重ねる。

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『BEYOND WORKING BOOK』とは、トレイルヘッズ株式会社が発行する仕事と遊びの垣根を越えた新しい働き方・生き方の可能性を探る一冊。本誌では、SANUの本間貴裕氏、Jリーグ執行役員・元パタゴニア日本支社長の辻井隆行氏、Purveyorsオーナー・Perk inc.代表取締役の小林宏明氏、SPECTATOR編集長の青野利光氏など、多様なフロントランナーへのインタビューを中心に構成。彼らの働くこと、旅すること、人生の哲学に加え、ロードトリップから得られる仕事の知見、地域で働く場を創出する実践例、編集者推薦の写真集や選書なども掲載されている。

きっかけは“価値観の揺らぎ”──ウェブメディア立ち上げの頃

「今振り返ると、最初の構想は2011年の震災の直後です。社会全体が“これまで通りではいけない”と思い始めて、働き方も暮らし方も問い直す空気が生まれていました。『BEYOND WORKING』は2013年にウェブメディアとしてスタートしましたが、取材した人たちは、すでに新しい働き方に動き始めていたんですよ」

メディアの第一歩には、『SPECTATOR』編集長の青野利光さんの取材などがあった。

「青野さんはちょうど東京から長野に拠点を移して、まさに“働く場所も変える”ことの実践者になっていました。その取材で、“自分のメディアを持つことが新しい乗り物になっていくから”と、僕の背中を押してくれたんですけど、その言葉がすごく印象的でしたね」

『社員をサーフィンに行かせよう』がもたらした衝撃

ウェブメディア期には、パタゴニアの働き方への取材も印象的だったと語る。

「『社員をサーフィンに行かせよう』は2006年の発売ですが、読んだときに素直に“本当に社員が海に行きたいタイミングでサーフィンに行けてるのか?”と気になっていたんです。それでパタゴニアの店舗やスタッフに直接話を聞きにいきました。あの本には“仕事と遊び”の境界がどれほど流動的でいいのかを示す大きなインパクトがあったと思います。“働くことのあり方”自体に疑問符をつけてくれた本ですよね」

その後、働き方改革が世間で一気に注目され、情報も飽和する中で、山口さんはメディアの休止を決める。

「僕のメディアの役割はもう終えたかなと感じたんです」

再始動――出版物として立ち上げる理由

「メディアを持つことで、自分の好きな人やテーマに会いに行く理由ができる。それは自分の人生の中でもすごく大きな意味がありました。休止した後も“いつかはまたやりたい”、しかも次は本のかたちで残したい――という想いがずっとありました。トレイルヘッズも10周年を迎えて、“これまでの10年と、これからの10年”を見つめ直したくなった。それで、コロナ禍が少し落ち着いた時期から取材を再開したんです」

コロナ禍が働き方に与えたインパクト

「3.11も社会の意識を変えたけど、コロナでの変化は別次元でした。“リモートでも十分働ける”という体験が万人に共有されて、“場所に縛られずに働く”ことが一気に加速して、全国民の価値観が変わったと思います」

「以前は地方からオンラインで会議なんてあり得なかったのに、今では普通のことです。リアルに戻りたいという“揺り戻し”もあるけど、移動して直接会うことには、むしろ価値が高まったと思いますね。働き方の多様化は確実に進んだな、と感じます」

答えを求めない強さと、
「言語化しない」価値

書籍『BEYOND WORKING BOOK』で最も掘り下げたのは、“働くことと自然の中で遊ぶこと”のバランスだ。

ここで象徴的なのは、SANU Founder兼Brand Directorの本間貴裕さんや元パタゴニア日本支社長で現Jリーグ執行役員(サステナビリティ担当)辻井隆行さんから聞いた“自然の中で遊ぶこと”その捉え方だろう。

「取材を通して強く感じたのは、本間さんも辻さんも“なぜ自然に惹かれ、遊ぶのか”という問いに対して、明確に言語化していないことでした。むしろ言語で説明しきれない価値を彼らが大事にしているような。“なんでだろう、理由はあまりない。ただ、自然と身体が向かってしまう”。そんなふうに笑いながら語ってくれるんです。それこそが本質なのだとも感じましたね」

一番大事なのは、“理由はない”ということも受け入れることではないか、と山口さんは続ける。

「今の時代は何でも解像度高く、言語化しなきゃと思いがちだけど、実は“言語化しないこと”にも大事な意味がある。一見無意識のまま続ける自然との関わりや、仕事以外の時間、その“答えを出さない余白”こそが、現代人の創造性を育てているのかもしれません。“なぜ?”に答えが出ないから、新しい気づきやインスピレーションが生まれる。その余白を大切にしている人たちは、人間としてのエネルギーが高いように感じます。だからこそ長く、柔軟に働き続けていけるのだと感じています」

「ビジネス本や自己啓発書では“問題には必ず答えがある”けれど、この本にはそれがないと思います。だからこそ、この不定形の豊かさを、もっと広めていきたいです」

SANU本間貴裕さん――
二拠点生活と“自分ごと”の拡張


(BEYOND WORKING BOOKより)

SANU Founder兼Brand Directorの本間貴裕さんは、都心と地方に複数拠点を持ち、セカンドホームの庭も“自分の庭”と思えるようになったと、以前noru journalの記事でも話してくれた。自分の庭にゴミが落ちていたら拾うように、拠点が増えることで“世界中が自分ごとになっていく感覚がある”とも。

山口さんはこう捉える。

「おそらく移動によって思考や行動がアップデートされるんです。アウトドア・アクティビティを通じて都市と自然をシームレスに行き来することで、クリエイティビティも、働く力も磨かれていくのだとヒロくんとの対話を通して実感しました」

SPECTATOR 青野利光さん――
移住の実践と編集者の


(BEYOND WORKING BOOKより)

オンライン版から、2度目となる青野さんの取材も実施した。

「長野から現在は茨城県のつくば市に移っていました。地方を拠点にしながら、『SPECTATOR』という雑誌は刺激的で進化し続けていて、地方で暮らしながら、自分の信じる編集を続ける。そんなあり方も“新しい働き方”のロールモデルなのだと再確認できました」

山口さん自身の暮らしと、働くことの哲学

「移動は自分の大事なテーマですね。僕は年間約3万kmはクルマで走っています。週末はほぼ毎週、家族や仲間、ときには一人で山や海へ。平日はフルで働くけど、金曜だけはできる限り“自分の自由な時間”にして、自然にも出かけています」

「移動や自然の中では、仕事じゃないインスピレーションが湧く。音楽を聴いたり、ポッドキャストで情報をインプットしているうちに、思考がどんどん解き放たれていくんです。働くためだけじゃなく、“自分らしくあるため”に自然に出るのは、必須だと感じているんです」

書籍として伝えたいこと——
自分らしく境界を越える時代

『BEYOND WORKING BOOK』は、単なるビジネス本ではなく“生き方の物語”だと山口さんは語る。

「働き方に悩んでいる人、もやもやしている人がこの本を読んだ時、“自然の中で遊ぶ”ことが仕事にもいい影響をくれると感じてほしいんです。自然以外でもいい、暮らしや遊びが仕事に混ざること、好きなことをシームレスに行き来する働き方、そんなリアルを、インタビュー記事で伝えたいと思っています」

「答えはまだ昧かもしれないし、言語化できていない部分も多い。でも、この境界が溶けていく時代を、自分らしく“楽しむ”ための一冊として、読者の方に響いてほしいですね。むしろ、“答えを出し切らないこと” “言い切らないこと”が、これからの働き方や生き方には必要なのかもしれません」

山口さんのインタビューから感じ取れるのは、“仕事”も“遊び”も、それぞれが人生の一部であり、始点と終点などない「乗り物」のようなものだという哲学だ。

山口陽平 (やまぐちようへい)
トレイルヘッズ株式会社〉代表取締役。
1983年生まれ。群馬県出身。大手不動産会社、オフィスや店舗デザイン会社を経て、TRAIL HEADSを創業。移動式オフィスの〈OFFICE CARAVAN〉や東京都檜原村で会員制キャンプ場の〈HINOKO TOKYO〉を手掛ける。2018年12月に〈MAKITAKI〉をスタートしプロデュースに携わる。

photo by Masayuki Nakaya / text by manmaru / edit by Ryo Muramatsu