Column2026.05.02

#05 夢に見てきた大雪山縦走

根本絵梨子

写真家・根本絵梨子とフィルマーのエリナ・オズボーンが、天気と直感を頼りに北海道をバンで走った2025年夏の記録、連載「Roads to Meet」。第5弾では、その旅の中盤、二人はずっと夢に見てきた大雪山縦走へと足を踏み入れる。花が咲き乱れる稜線、ヒグマの気配、避難小屋で交わすささやかな会話。ただ自由にクルマを走らせ、歩くだけで「また会える」不思議を確かめるように歩んだ縦走前半の記録。

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誰かとまた歩きたかった稜線

SSAW BIEI』で、これから5日間は食べられないであろうフレッシュな食材を存分に身体に取り込み、道中で湧き水もたっぷり汲んで、ついに大雪山の登山口へ向かった。

今回の大雪山縦走は、ずっと「いつか」と夢に見てきた山行だった。2022年、初めての北海道登山でトムラウシまで単独縦走したとき(天候悪化で忠別岳で撤退)、稜線の先に見えた十勝岳までいつか歩いてみたいと思った。2023年に再挑戦したときも天気が続かず、白雲岳避難小屋で断念。そこからずっと、心のどこかで「また必ず戻ってこよう」と思い続けていた。

ヒグマの多いエリアで、登山者も本州のアルプスほど多くはない長い縦走路。

「ここは、誰かと歩きたい山だ」と感じていたから、エリナと一緒に歩ける今回のタイミングは本当に心強かった。しかも、なんとこの先5日間は、予報にずらっと快晴マークが並んでいるという、なかなかない好条件だった。

1日目:旭岳ロープウェイから白雲岳避難小屋へ

今回のプランでは、もともと上ホロカメットク山を越え、上富良野岳から十勝岳温泉へ下る最短ルートでの縦走を考えていた。でも、東川の〈SALT〉の友美さんにおすすめされて、富良野岳へと続く稜線も歩くルートに、直前になって変更した。旅の途中で地元の人にルートを“増し増し”してもらう感じが好きだ。

登山口の旭岳ロープウェイの近くにある野営場で、前夜は車中泊。日帰り温泉を利用できる宿も多くて、登山口もすぐそこ。早起きとはいえ、起きてすぐ出発できる距離感がありがたい。

クルマを停めさせてもらうために立ち寄った大雪山山荘は、ちょうど朝ごはんの時間で、常連らしき登山者たちで賑わっていた。「次はここに泊まりながら登りたいなぁ」と、また新しい夢がひとつ増える。入口にかかっていた「山と旅」という看板の言葉に、「まさに」と心の中で頷きながら、いよいよ出発。

この日の行程は、旭岳ロープウェイ山頂駅から白雲岳避難小屋まで。コースタイムにして約6時間半の一日だ。

ロープウェイを使わずに下から歩くこともできるけれど、「これからたくさん歩くしね」と言い訳しつつ、素直に文明の利器を使わせてもらうことにした。

ロープウェイ山頂駅に着くと、案の定のんびりモードが炸裂する。「記念コインだ!」と、早速コインづくりをはじめてしまうエリナ。刻印にKUMA(熊)の文字を入れた。

初めてここに来たときは、私の後ろに熊がいたのに気づかずに歩いていたし、前回はテント場の近くにヒグマが出ていた。今回はどうか会いませんようにと、2人でコインに願掛けするような気持ちになった。

お土産屋さんで「靴下、足りないかも」とアイヌ柄のソックスを買い足したり、白樺エキスのドリンクを飲んだり。気づけば、山に入る前からすでにあれこれ満喫してしまっている。(全然出発できない。)

ようやく歩き出すと、早速チングルマが迎えてくれた。この時期に大雪山に来てみたいと思っていたからこそ、今回の旅を決めたのだけれど、まさかここまで天気も花のタイミングもぴたりと合うとは思っていなかった。

7月上旬の大雪山、花だらけの道

旭岳までのルートは、季節を変えて何度も来ている。それでも、来るたびに「やっぱりここは特別だ」と思う。
7月上旬は雪解けの時期で、登山道の周りにはさまざまな花が次々と咲きはじめる。場所によっては、まだ雪渓もたっぷり残っていて、その白さと花の色合いのコントラストが、息を呑むほどきれいだ。雪の斜面を慎重にトラバースしながらも、つい足を止めて眺めてしまう。

本を持ち歩く余裕もなく、電波も届かないから、その場で花の名前を調べることはできない。「この花は初めて見るな」と感じたものだけ、忘れないようにせっせと写真に残していった。

下山してからひとつひとつ調べてみたら、40種類以上もの花と出会っていたことがわかった。そのうち約3分の1には「エゾノ〜」と北海道の名がつき、さらにその中には大雪山でしか咲かない固有種もいくつかあり嬉しくなった。

この鮮やかな黄色いスミレも、やはり固有種だった。「初めて出会った」と感じた直感は、ちゃんと合っていたのだと嬉しくなる。

絶景と花に心を奪われつつ進んでいると、途中から急に風が強まり、霧が立ちこめてきた。避難小屋が近づく頃には視界がほとんどなくなり、熊に出会わないように歌を歌いながら歩く。やっとの思いで白雲岳避難小屋に着くと、白雲岳の斜面にヒグマがいるとのことで一緒に眺める。iPhoneのビデオでアップにしてみるとパンダのようなヒグマの姿が見えた。遠目で見るには可愛らしいが、この夏初めてヒグマが出現した日だったようだ。明日からは、彼らが沢山生息している地域に足を踏み入れるので緊張が高まった。

ここ数年、この周辺ではテント場近くに羆が出ることもあり、テント場が閉鎖されることもある場所だ。初日にそのニュースを聞くとは、エリナはやっぱり“何かを持っている“気がした。のちのち、その運の強さは別の場所でも証明されることになる。

水と小屋と、縦走者たち

こんなに豊かで広大な山域なのに、水を得るのがなかなか大変なのが大雪山縦走の難しさだ。秋には水がほとんど枯れてしまい、何日分もの水を担がなければならず、縦走のハードルがぐっと上がる。前に秋に来たときは、頼りにしていた水場がほぼ水たまりのような状態で、「ここでこの先数日分を汲ぐのか」と途方に暮れたこともあった。

でも、雪解けのこの時期は水量が豊富で、本当にありがたい。避難小屋は二階建てで、改装されていてとてもきれい。「ここで暮らせるんじゃないか」と思うくらい、木の香りが気持ちよくて温かい空間だった。

花の季節とあって登山者も多く、この日はほぼ満室。初めて縦走したときには、この先のトムラウシ方面に進む人にほとんど出会わなかったけれど、今回は私たちと同じように、十勝岳・上ホロカメットク方面へ縦走する人が5〜6人いた。

話を聞いてみると、みんな口をそろえて「富良野岳まで絶対行った方がいいよ。花がすごいから」と教えてくれる。まだ見ぬ花の稜線の話を聞いてしまったら、もう迷う理由はない。私たちは、さらに長く歩くことを、その夜の小屋で決めた。

2日目:花畑の向こう、トムラウシの麓へ

2日目は、トムラウシ山の麓・南沼野営指定地まで、コースタイムにして約10時間の長い一日だ。

ここから先は、ヒグマの生息数もぐっと増えるエリア。「霧が早く晴れてほしい」と願いながら歩きだすと、少しずつ予報どおり空が抜けていった。

トムラウシまで縦走する人も多く、白雲岳避難小屋では「今日は人が多いな」と感じたけれど、この広大な高原帯に入ると、登山道ですれ違う人はほとんどいない。
(単に私たちの出発が遅いせいかもしれないけれど)

前回、ここを一人で歩いたときは、一日で出会ったのは2人だけ。そのうちの1人が、広い高地のど真ん中でばったり会った知り合いだった。「山は広くて、狭い」。あのときの感覚をまた思い出していた。

とにかく、ずっと花畑。あまりにも美しくて、足が前に進まない。忠別岳を越えると、エゾノハクサンイチゲの大群落が迎えてくれる。「多すぎる」と笑ってしまうほどの密度で咲いている。立ち止まっては見惚れ、写真を撮り、名残惜しくてまた振り返る。その繰り返しで、なかなか先へ進まない。

ハイマツ帯を歩くときは、熊に出会わないかどうしても緊張してしまう。でも、その緊張をふっと忘れさせてくれるのも花の力だった。

トムラウシ岳へと続く道は、記憶どおり、いやそれ以上に花畑が続いていて、ところどころには木道も敷かれている。花の海の中にぽっかりと浮かぶように見えるのがトムラウシ。「みんなが憧れるのもわかるな」と思った。もし天国があるとしたら、こういう景色なのかもしれない。

たまに、登山道を見失う。晴れていても迷いそうな広さと起伏だから、これでガスが出たら方角がわからなくなるだろうと実感する。人気の山域とはいえ、北アルプスと比べれば入る人はずっと少ない。旭岳から離れれば離れるほど、道も景色もどんどんワイルドになっていく。

体力には自信がある方だと思っていた私たちでも、さすがに疲れ果てた。最後の最後で、野営地へと降りる道がなかなか見つからず、雪渓のトラバースに手こずる。
やっとのことで南沼野営指定地に到着したときには、全身が心地よい重さで包まれていた。

私たちはこの日、ほぼ最後の到着組で、テントを詰めてもらいながら張らせてもらった。
隣にテントを張っていた同世代くらいの女性も、富良野岳まで縦走する予定だという。
この先の数日を思うと、同じ方向に向かう“山仲間”の存在が、少しだけ心細さを和らげてくれた。

やがて雨が降り出し、疲れもピークに。それぞれ簡単に夕食をとり、早々にシュラフへ潜り込む。トムラウシ岳には、明け方の光が差す頃に登ることに決めた。


根本絵梨子 (ねもとえりこ)
群馬県出身の写真家。ファッション、アウトドア、カルチャー、ポートレイトなどボーダレスに活動。山小屋で働いたりと、都会と自然を行き来しながらアウトドアフィールドを旅する生活を送る。7月末〜都内にて初の二人展を開催予定。

HP:erikonemoto.com
IG:@neeemooo

Elina Osborne(エリナ・オズボーン)
映像作家。日本にルーツを持つ日系ニュージーランド人。世界中のロングトレイルを歩き、その様子を撮影したドキュメンタリー映像をYouTubeで公開し、日本を初め世界中のロングトレイルハイカーたちから絶大な信頼を得ている。
HP:elinaosborne.com
IG:@elinasborne

Photo &Text by Eriko Nemoto Produce by Ryo Muramatsu Cooperation by Moving Inn

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