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建築家として、スリーポイントラインから1m離れてシュートを打つこと
村松亮(以下 村松):第1回目のゲスト、建築家の谷尻誠さんとお届けする後編ですね。引き続きよろしくお願いいたします。
谷尻誠(以下 谷尻):お願いします。
村松:前編では、谷尻さんがどのように移動しているのか、移動することがどんなメリットがあるのかという話を伺っていきましたが、後編では建築家として大切にしていることをテーマに色々とお話を伺えたらと思います。以前インタビューした時に「僕はストリートの建築家ですから」って仰っていたことがあって、それはそれですごい印象に残っていて。建築家として“ストリート”っていうのは谷尻さん的にどういう意図だとか、経緯なんでしょう?
谷尻:基本、落ちこぼれなので。他の雑誌とかで活躍している人を遠くから見ていて、みなさん建築学科に大学で入り、設計事務所、いろんな事務所で働かれて独立される、みたいな人が使命を全部占領しているように僕から見えていて(笑)。やっぱりそういう人たちじゃないとこういう所に出れないんだなって憧れていたんですよね。僕は勉強も苦手だったし、そういう風にしてこなかったから、やっぱ大学行かないとダメだったのかなってずっと思っていて。コンプレックスがあって、それをずっと言い訳にしていたんですよね。でもある時、施工会社の社長が「お前建築好きなのか?」って聞かれた時に「もちろんすごい好きです」って言ったら、「それはもしかしたら誰よりもお前が1番好きかもな」って言ってくれたんです。なんかその時に吹っ切れたというか、それまでは人のことばかり気にして自分の方がダメだって思っていたんですけど、誰かと比べたりしなくていいんだなって。自分が好きだったらそれでいいんだって、ふと我にかえったというか。
村松:リスナーの皆さんに補足しますと、今でこそメディアにたくさん登場している谷尻さんですけど、建築家としてはいわゆるエリートコースではなかったってことですね。
谷尻:はい。のび太みたいなもんですよね、ドラえもんの。他力本願で (笑)、嫌なことから逃げ続ける感じでしたね(笑)。
村松:(笑) 活動のスタートは広島ですか?
谷尻:広島です。
村松:何か今の谷尻さんに繋がるきっかけとなるような取り組みだとか、はたまた何か頭角を表していくような出世作になるようなものだとか。どうやって今に至りましたか?
谷尻:高校時代まで、まあ社会人でもやってましたけど、バスケット(ボール)をやってきて。僕はそんなに背が高い選手じゃないんですけど、ある日スリーポイントラインから1m離れて練習を始めたんですよ。それは試合中、スリーポイントラインでシュートを打とうと思うと邪魔されるので練習通りの成果が出せないことに気づいて。遠くから打ち始めたんですよね。そうすると、誰も邪魔しなかったし、仮に離れた場所から入れれば入れるほど、ディフェンスが守る範囲が広くなるので、中のプレイヤーがプレーしやすくなったんです。つまり、ゴールから離れて、かつ背が低い方が有利なポジションを見つけ出した経験があって。それが僕らのチームが圧倒的に強くなった瞬間だったんです。設計の仕事を始めても僕は設計業界でいうならば落ちこぼれで、背が低いバスケットプレイヤーと同じポジションなので、だとしたらまた同じように1m離れた場所から建築の世界を見てみてもいいかなって思った。あらゆる建築家がいろんな雑誌に出ていてすごいなって思うけど、難しいことを言ってる人が多くて。社会性のある仕事の割には孤立しているなとも感じたので、世の中の人が建築に興味を持ったり、分かりやすく物事を伝えられる建築家がいてもいいんじゃないかなって思って。僕はそこならできそうだなと思ったので、それをやってみようっていうのが1番最初かもしれないですね。
村松:具体的にどんなことをやって積み上げていくんですか?
谷尻:1番最初にやったのは、初めて住宅が出来上がった時にオープンハウスと呼ばれる内覧会をすることにしたんです。よくある内覧会って同業者が見にきて批評し合うみたいなことがあるんですけど、その時は友達の家具屋さんに2日間そこで家具屋やろう!と言って家具を運び込んで。告知方法は、昔よくクラブとかで遊んでたんですけど、クラブってイベントのフライヤーがあるじゃないですか。それを建築版でつくって、広島市内のいろんなショップとかカフェとかに配って置いてもらい集客したんです。そしたら2日間で300人くらいの人が来て、そうするとこういう建物が世の中にあるんだってことをみんなが知ってくれたり、こういうものがつくれるんだってことが知ってもらえたりして。それで毎回、何かできるたびにフライヤーをつくって配って、みたいなことをやっていると“変わった奴がいるな”みたいな(笑)。たくさん人も集まってくれるようになって。そうやって伝えていきました。
村松:その時はどこかに所属していたんですか?
谷尻:もう自分で始めてやっていました。
村松:どこかのタイミングで東京に出てくる、東京の拠点もつくるっていうタイミングになるわけですよね。
谷尻:最初はどこかで東京がいいってもんじゃないんだよってコンプレックスがあって。いいものがあれば、広島までメディアもちゃんと取材に来てくれるんだって強く突っ張っていましたけど、少しずつ実績が増えていくと、その写真を持って東京の雑誌社とかにノーアポで行ったりとかしていましたね。
村松:へ〜。
谷尻:それで行ってみたら、色々と専門的な質問を受けて、これが足りないから雑誌は取り上げないんだなとか、こういうことがあれば逆に取り上げてくれるんだなっていうことが、何度も行くうちにわかってきて。少しずつ伝え方がわかってきたというか。世の中の批評性に乗るような建物の作り方を理解して、そういった専門性のものと、もっと分かりやすい社会性と両方を並走できるように、建築を従えるようになっていったんですよね。
村松:現在も東京と広島の2拠点で活動していますが、広島も残しつつ東京に出てくたのは何かこだわりがあったんですか?
谷尻:広島で始めたんだから広島でやればいいやぐらいにしか思ってなかったんですよ。たまたま〈プリズミックギャラリー〉という建築家のエキシビションばかりやるギャラリーがあって、そこで展示をしませんかというお誘いをいただいて展示をすることになったんです。ほとんどの展示は過去につくったものの模型とか、ダイアグラムみたいなものとかを飾って思考のプロセスを見せていくんですけど、僕らは東京に事務所がなかった時期だったので思考のプロセスを見せる最もいい方法として、自分たちの事務所に来てもらうのはどうか、と。そこで『東京事務所』っていうエキシビションにしたんです。そのギャラリーを1ヶ月ぐらい前かな? 全部机とかパソコンとか模型とか書類を持ち込んで、そこで仕事まですることにしたんです。1ヶ月。そうするとみんなが東京事務所をつくったんだねってめっちゃ花が届いて、東京で事務所をつくったんだったらこの仕事してよとか、どんどん仕事を頼まれるようになって、1ヶ月の東京事務所というエキシビションが終わった後、同じくらいの広さの場所を借りて、本当に東京事務所をつくりました。



PRISMICギャラリー東京事務所展:Photo by Toshiyuki Yano
村松:そのアイディアを思いついた時には、その先に実際に契約するかもってどこかで想定してました? 全然なかったですか?
谷尻:その先にいずれは契約しようとは思っていました。そもそも普通に東京事務所をつくっただけでは、メディアが取り上げることもなく、人も来ることがないままひっそりとオープンすることになるわけですけど、エキシビションにしてしまえば、僕らが広島から東京に出てくるということが社会に伝える方法論にもなるなと思ったので、そこは戦力的にやりました。
村松:先ほどのスリーポイントの話じゃないですけど、何か考える時に1歩引いてちょっと違うこと、まだやられてないこと、こうしたら面白いんじゃないかっていうのは必ず1個2個つける、日々そんな感覚なんですか?
谷尻:まず普通にやるとこうなるよねって考えて、それをやったら誰が喜ぶんだろうとか、何がいいんだろうとか、やる意味あるのかとか考える癖がついているので。もっと効果があるとか、もっとみんなが喜ぶとか。そのために何ができるだろうっていうのはいつも考えてしまうというか。1度止まると書いて正しいっていう漢字になるわけですよね。
村松:おお〜なるほど。
谷尻:だから普通にやるとこうだよね、のままやらずに1度止まって考えると新しい正しさが出てくる気がするので、考え直す習慣をつけています。
村松:日々止まって考える、みたいなことをずっと意識はされてきたんですか?
谷尻:今までは広島、東京を週に行き来したり、大阪でも教鞭を取っていたんで毎週大阪に行ってすごい移動をしていたんです。けど、ちょうど今年50になったんですけどこのままだと、講演会の依頼がある、学校の授業があるとかって全部誰かから頼まれてやっていることで、僕の24時間365日が埋め尽くされていったので、もう少し立ち止まって自分のやりたいことの時間をこれからは増やしていく方がいいのかなと思ったので、ちょうど今年から大学も辞めて講演会とか、今はここで喋ってますけど(笑)。
村松:ありがとうございます(笑)。
谷尻:できるだけいろんな依頼を断って(笑)、自分のやりたいことの時間をつくるってことを今は意識化してやるようにしました。
村松:みんなが疑問に思わないことを疑問に思うとか、みんなが当たり前と思っているものをもう1度と見直すことをされてきていて、日々の暮らしの中でこの時立ち止まろうとか、ここで考えようとか、ゆっくりしようって事前に計画してるんですか?
谷尻:全然してないです。
村松:(笑)。
谷尻:その辺はぼんやりですね。
村松:へ〜。
谷尻:でもなんか不安なんですよね。仕事がうまくいくとかなんでうまくいってんだろうなって考えてしまうんですよね。
村松:性格で。
谷尻:はい。
村松:確かにオフェンシブに見えるけど実はディフェンシブって仰ってますよね。
谷尻:はい。でもみんなうまくいってることは問題視しないけど、問題が起きるとなんでこうなったんだろうって問題視するわけで。うまくいく方法論を知るためにはうまくいくべき問題点をあぶり出しておく必要があるなって思って。だから不安なんですよ(笑)。いつももっと何かできるんじゃないか、やるべきことが絶対あるんじゃないかなって。じゃないと絶対サボっちゃうんで僕自身が。基本はのび太ですから(笑)。
村松:(笑)
谷尻:サボり体質(笑)。でもやるべきミッションを与えておけば割と頑張れるので、油断させないようにしている感じですね、自分を。
建物に働いてもらう。“シュウマイ”の成功例となった自宅
村松:個人的な質問なんですが、オンラインのミーティングも日常化して、谷尻さんぐらい忙しいとほっておくと1日埋まりませんか?
谷尻:埋まります。
村松:どうしてるんですか? ブロックするところつくってるんですか?
谷尻:そうですね。だから色々辞めてって出来上がった空白の時間をここは何も入れないっていうふうにしています。
村松:ちょっと前にご自宅をつくられましたけど、自宅をつくろうと思った経緯ですとか、もちろんこのご時世、東京の1等地に自宅を持つといくらかかるとか、どうそれを返済するとかっていう課題もありますけどもどんなふうに暮らしてるんですか?
谷尻:うちの奥さんが東京に住むなら東京の真ん中がいいって言ったんですよ。東京の中心部じゃないところに住むんだったら、あっさり地方に離れた方がいいっていって。それはごもっともだなと思って。東京を感じるために東京に住みたいっていうので。めちゃめちゃ高いじゃんって思って。
村松:(笑)。
谷尻:で、やっぱり一様にみんな自分のお財布事情と使えるお金でどう建てるかって考えるんですけど、それをずっとやってきて。当時僕は、44歳。家を探した時は42,3歳とかでしたけど。それから住宅ローン35年で東京の1等地で当時、僕らが探そうとしていたエリアが坪400~500万。坪っていうと畳2畳で、400万とか500万するわけですよね。20坪の小さな土地を買ったとしても20坪って66平米ですけど、すでに400万だとしても土地が8千万。建物に4千万、経費とかで1千万かかったらもう1.3億ですよね。それ35年で割ったら月々35万ぐらい払わないといけないですよ。仕事は順調だし、払えるとは思うけど44から79歳まで35万を払うって、ゾッとしたんですよね、なんか(笑)。
村松:そうですね(笑)
谷尻:でも、みんなこうやって家を建ててるんだなって、初めて僕らに依頼する人の切実な気持ちになれて(笑)。正直、嫌だなっと思った。ふと自分のお財布事情や自分の労働環境に返済を依存すること自体が本当にこれでいいのかなと。これからはAIが働く時代になので、僕の働きだけではなくて、AIに働いてもらうっていう思考で建物のことを捉えれば、建物に働いてもらうことができれば僕が仮にダメになっても建物が家賃を稼いでくれるなと思ったんです。それって昔からある大家業のことでもあるので、では大家になるっていうのがいいなと思って。それでお財布事情は1度棚上げして、もっと広い土地で自宅以外にも賃貸があって収益がある状態をつくれば、自分の支払いを少し抑えて仮になんかあったとしてもどうにかなるなっていう状態にしようと思って家を建てることにしたんです。
村松:今は結果、渋谷の1等地に建物建てましたね、3階建て。
谷尻:そうですね。1階は貸して、僕らは2階に住んで、3階も貸してます。
村松:今は下と上はどんなふうに貸し出ししているんですか?
谷尻:下はキッチンのショールームみたいな感じで使われているのと、上はレストランをやってます。
村松:日々人が出入りするような形ですか? それぞれ。
谷尻:上のレストランは週に1度しか開けないので週に1度だけ人の往来があって、下は結構あるんでしょうね。
村松:人によっては自宅って当然プライベートな空間でゆっくりしたいじゃないですか。上下に人が出入りするようにあえて設計して実装してるわけですけど、実際暮らしてみてどうですか?
谷尻:もちろん設計によってプライベートが確保できるように設計しているっていうのもありますけど、大家ってそんなもんじゃないですか。マンションを建てて、最上階に住んでるみたいな大家さんはたくさんいるので、僕も集合住宅に住んでいると思ってるので、そんなに全然嫌な感じはないんです。
村松:確かにそう考えるとそんなふうに家を建てることってあんまり聞いたことないですけども増えていくんですかね。
谷尻:当時の僕はお金のことを全然わかってなかったのでお金を借りるためにはお金を理解しておく必要があるなと思って、結構、本を読み漁ったんですよね。たどり着いた答えはお金は紙だと。だから紙を紙のまま持っていても価値化しないので紙を不動産に変えてちゃんと銀行の金利が何%かあるとして仮に1%だとしても1%よりも利回りが良い状態で建物を運用しておけば、お金の返済もできるし、お金が減ることはない状態がひとまずは出来上がるんで、めっちゃ簡単じゃんって思ったんですよ(笑)。
村松:(笑)。
谷尻:日本の金利は安いし。しかも建物は一応、他の賃貸をつくって大家が住んでいる家よりは絶対僕の方がいいものがつくれる自信があるので。っていうふうに一応収益型マイホームと呼ばれるものらしいんですけど。1番読んだ本の中で泉正人さんの本をたくさん読んで、後々その泉さんに会うことになって「それシュウマイっていうんだよ」って教えてくれたんですけど。収益型マイホーム、略してシュウマイ。そういうものがあるみたいで、泉さんもシュウマイをたくさん持っていて。僕は知らないうちにそれが出来上がっていて、うまく形になり、数字もちゃんと取れた。これ、すごいいいなって思って、このシュウマイをたくさんつくったらいいじゃんって思ってます。
村松:依頼もありそうですよね。同じようなものつくってくださいって。
谷尻:うまくいったのでいろんなメディアも取材してくださって、その際に全部、数字もオープンにしたんですよ。どれだけお金を借りて、収支と返済計画を明るみに出して、自分でやってる有料ブログのnoteには資産表とか銀行から借り入れるための資料とかを全部オープンにしてシェアしたんです。そしたらすごくみんな読んでくれたし、お金のことってみんな口に出すのを嫌がるけど、本当は心配だし興味のあることだろうから、これはもっと伝えたほうがいいなと思って、ちゃんと隠さずに話すようになりました。
村松:自宅の空間はどんなことを大切に考えて設計されたんですか?
谷尻:本当に自分が住みたい家がなんなのかってことを見つめ直してみた時に、やっぱり育った家だったんですよね。幼少期は昔の町屋で育ったんですけど、家の中は暗くて、中庭があって、五右衛門風呂で毎日薪をくべて風呂を沸かしていたんですけど、幼少期は。すごく嫌だった経験が、今改めて自分の住みたい家を考えてみた結果、あの町屋の静かで暗いけど外がすごく綺麗に明るく見えている様子とか、それが自分の原点というか。住みたい家なんだなっていうのを改めて思って。普段設計していると、皆さん明るい家を依頼されるんです。明るい家ももちろんいいけれど、必要な明るさは手に入るとして、暗い場所にいるとやっぱり心も穏やかで静かな気持ちになって、集中力も高まるんですよ。居酒屋だって明るい居酒屋だと大事な話ができなかったりするじゃないですか。暗いから、本来自分の心のうちを明かすことができたり、親密な距離感で人と接することが生まれるように、暗さにも実は魅力があるなと思って。自分の求めた落ち着く空間が少ししっとりとした空間だったので、それをつくったら、こういう家もいいですねって。明るい家を設計することが多かったんですけど、両方いいんだよってことが伝えれるようにはなりました。
村松:いわゆる自然の光で暮らすみたいなこととも近いんですかね?
谷尻:そうですね。自然光がしっかり入る場所と、段々奥に行けば行くほど暗くなる、ちょっと洞窟のような感覚というか。
村松:薪ストーブじゃなくて、暖炉なんですか?
谷尻:はい。やっぱり暗い中で火があるからの心地良さ、キャンプの焚き火みたいな感じですよね。それはいいなと思いましたし、本物の木があるのも危ないって言う人もいますけど子どもの教育にもすごくいいなと思いましたし、あんなに薪割りして五右衛門風呂に火をくべるのが嫌だったのが今はすごく豊かな時間になる。なんか不思議なものだなと思いながら。
村松:暖炉はいいですよね。
谷尻:家の中で焚き火しているみたいな感じです。
村松:上に煙突で(煙が)抜けるんですよね?
谷尻:はい。
村松:じゃあ、建物のどこかに煙突はあるんですか?一応隠しているんですか?
谷尻:わかりにくいところにあります。
村松:拠点を複数持たれて日々移動されている中で、自宅は拠点になるわけですけど、住居に求める条件(環境)みたいなものって谷尻さん的にどう考えているんですか?
谷尻:本当に自分がいいと思っているものをちゃんと形にできるまたとない機会ですよね。うちの奥さんには不便を強いてる部分はたくさんありますけど、でも結局社食堂もそうでしたけど形にしないと誰もわからないんだなというのは結構実感してて、僕らは空間が出来上がった時のことを想像できているから、設計を本業にできてるとは思うんですけど。ほとんどの人って、ないとわからないじゃないですか。でもないとわからないものを提供しないといけない仕事でもある。本来建築家ってショールームを持ってないんですが、ショールームをつくったみたいな感覚ではありますね。
村松:積極的にご案内したりするんですか?
谷尻:依頼された時にタイミング合えばお見せすることもあります。
村松:素材の選定など、コンセプトだったりテーマだったりっていうのはあるんですか?
谷尻:あります。高級な材料は使うことなく、ラグジュアリーな空間をつくろうというのは1つ自分のチャレンジの中にはあったと思います。
村松:建築家として、そのときどきの理想の空間はつくりながらも、かたや美瑛ではリターニングというプロジェクトで、建物物そのものの必要性すらを見直すような、ある種、自分の価値を見直すような実験的なプロジェクトをやっているよね。常に自分のいいものだとか自分の好きなものみたいなのは、疑っているんですか?
谷尻:そうですね、どこまで自分がクリエイティブでいることができるのかってことにすごく興味がある。実際、家を建ててみて、収益型マイホームになったことで借入金額は大きいけど支払い金額は少ないわけですよね。これ、自宅は1軒じゃなくてもいいなと思えたんですよね。

村松:おお。
谷尻:それで、これと同じモデルで、別荘もつくりましたし、今また北海道で家1軒を着工して、もうひとつ家をつくろうとしてるんですよね。だからそうやってまた今自分がどういうクリエイティブでどういう空間がつくれるのかってことを実験するというか。東京の自宅はエアコンもないですし、人様の家で実験して失敗すると怒られるので自分の家で実験して、快適な環境がつくり出すことができれば自信を持って人様に勧めることができるので。
村松:夏とか冬はどうしてるですか?
谷尻:夏は天井面に冷水の流れるパイプを這わしてあって、結露させる。そうすると、結露すると水蒸気が生まれる。そのひんやりとした水蒸気が空気より重たいので下に降りてきて、ひんやりとした空間がつくれるんですよね。まさに洞窟とか、入るとちょっと寒いというかエアコンがないのに涼しかったりするじゃないですか。あれは空気のコンディションでそれが起きる現象なので機械的な冷たい風を出すんではなく、すでにその空間にある空気をコントロールする。そうするとエアコンがないけどエアコンがあるのと同じような環境がつくれる。夏はそれで涼しく、冬は床下に温水を流して、床暖房と暖炉で暖をとっている感じですね。
足りなさが生む豊かさ。引き算の美学
村松:発想の原点が先ほどの町屋の話だったり、リターニングでもされていることであったり、〈DAICHI〉にも通じますけど、すごくオーガニックというか、自然的なものが多いですよね。
谷尻:例えばキャンプに行ったりしてもなんもないのに最高じゃないですか。
村松:はい(笑)。
谷尻:別にエアコンもないし、照明もないし、でもそんな場所で寒ければ火を焚いて暖まったり、暑い時は川に飛び込んで涼しくなったり、そよ風が吹くとこんなに気持ちよくて。でもエアコンの風が吹いてる時にああ、気持ちいいなって思ったことは1回もないんですよね(笑)。
村松:(笑)
谷尻:確かに涼しいけど快適じゃないので。だとしたら元々あるもので何ができるのかってことを考える方が1番純粋だし気持ちいい場所ができるはず。エアコンをなくせないかなとか、別荘の時は照明なくせないかなって考えたり。なので別荘もエアコンはつけてないんです。
村松:何を引けるかみたいなことがアイディアを考える時にすごく大事なポイントなんですかね?
谷尻:1度、どこかまでなくせるのかってことは考えてますね。普段設計していても、例えばですけど、レストランを頼まれるとレストランっぽいものをつくるわけじゃないですか。でも究極、火と水があってテーブルと椅子があって、そこで料理を提供したら、まあレストランなわけですよね。でも全部レストランっぽい面構えしているじゃないですか、レストランって。でも何でレストランをレストランっぽくつくるんだろうっていう問いがあるんですよね。そこを自分なりに考える。その人らしいスタイルとか、個性とか場所性みたいなものからレストランの要素が出来上がるわけじゃないですか。だからレストランをつくらなくてもレストランはできるし、レストランに限ることなく美術館だって、住宅だってそれを定義する最小限のものは必ずある。それを考えた上でスタートしないとなんか無意味に足していってしまう気がして。なんとなく美容院をつくるって言ったら鏡を置いちゃうとか、別に鏡がなんで要るのかって誰も考えないじゃないですか。切る人と切られる人の信頼関係があれば、今こんな髪になってますよってことをお客さんに見せなくても本当は美容院はできるわけですよ。それを考えないと、風をつくってるというか、美容院風のものをつくってるだけになる気がするので、なくていいんじゃないかなっていう。
村松:面白いですね。それいうと究極、箱さえあればいいっていう考え方もある中で、逆に建築家として依頼をされて考える時に何を大切に設計していくんですか?

谷尻:究極は行為が空間に名前を付けるっていつも言ってるんですけど、髪を切れば美容院、食べればレストラン、作品を飾れば美術館じゃないですか。その時に“らしさ”みたいなものは、そこに愛情持って接する人の個性みたいなものを空間化するためにやったりだとか、あるいはその場所性みたいなもので、その地域でとれるもので空間をつくるだとか、そこにストーリーを乗せるために足している感じですよね。
村松:本質的なところを見つけて、それをどう最低限表現できるかみたいな、そういうやり取りなんですね。
谷尻:なんか自分がいろんな場所に行って、感動した時に何が豊かな気持ちになったんだろうって思うと、ほとんどの自分の感動体験は何か足りない感じの場所なんですよね。いろんなものが便利で満たされている場所よりも、足りてない場所の方が感動体験していることが多いんですよ、実際。だからラグジュアリーってそういうことなんじゃないかなって僕の中ではあるので、どう引いて最小限の足し算で成立しているのかってことの方が人の心を揺さぶるんじゃないかなと思うんですよね。
村松:面白いですね。確かにそうなんですけど、その感動体験の定義ってもはや何なんでしょうね?
谷尻:自分で完成させる感じというか、全部足りてると自分じゃなくても成立するので。
村松:確かに書籍(著書:『職業=谷尻誠』)の中でも紹介されていましたけど、DIYが得意なオーナーさんの家をつくった時に、1階の床が土のままの物件ありませんでしたっけ?
谷尻:土のまんまの家ですね。そうですね。家に入ってもまだ外で、壁はあるけど窓はまだついていないみたいな部屋をわざとつくりました。住む中で窓ガラスを入れたら内部になるし、床を貼れば部屋になるし、庭なのか部屋なのかわからないようにつくってたんですよね。でもそれも生活環境が変化したり、価値観が変わっていく時に家がすべて完成していたら変化に対応できないので、完成させないってことを完成と定義して提案したことはあります。
村松:そうだそうだ、それだ。自分で足していくだとか、それが誰かが住む環境なんだったら、その人に足してもらう。
谷尻:そうですね。はい、なんかキャンプの時間が最高なのは、何もなかった場所に自分でつくり上げているからだと思うんですよね。そこで食べるご飯って三ツ星レストランより美味しいし、そこで飲むお酒もどんな立派な高級なお店で食べる、飲むよりも美味しいワインになりますし、なんかそういう足りない場所での方が僕にとってはすごい豊かな体験なので。
村松:そういう余白を提供しようとか、空間としてつくろうという意識は面白いですね。
谷尻:足りてないからクリエイティビティが生まれるし、ストレスあるから思考が芽生えるわけで、それを探している感じなんですよね。
(談)
谷尻誠 (たにじり まこと)
1974年 広島生まれ。2000年建築設計事務所〈SUPPOSE DESIGN OFFICE〉設立。2014年より吉田愛と共同主宰。広島・東京の2ヵ所を拠点とし、インテリアから住宅、複合施設まで国内外合わせ多数のプロジェクトを手がける傍ら、近年〈絶景不動産〉〈tecture〉〈DAICHI〉〈yado〉〈Mietell〉をはじめとする多分野で開業、事業と設計をブリッジさせて活動している。2023年、広島本社の移転を機に商業施設〈猫屋町ビルヂング〉の運営もスタートするなど事業の幅を広げている。
IG:@tanijirimakoto