story

「移動できないこと」がもたらすもの
2020.05.15

「移動できないこと」がもたらすもの
by 伊藤直樹(クリエイティブディレクター)

10年以上前からリモートワークを実践、多拠点という働き方を模索しているのが、クリエイティブ集団「PARTY」を主宰する伊藤直樹さんだ。現在は代官山と鎌倉に構えたオフィスと自宅を行き来しながら全国を飛び回る。移動の時間は「外からの情報をシャットアウトして企画やアイデアに集中して向き合えるひと時」という伊藤さんに、「移動できない」という特殊な状況はどんなマインドセットをもたらしたのか。

僕らの時代のWayfinding 記事一覧

» 伊藤直樹(クリエイティブディレクター)

ーー現在(2020年4月現在)の暮らし方、働き方を教えてください

オフィスが代官山と鎌倉にあるので僕自身は2箇所を行き来していまして、社員もリモートワークを積極的に取り入れています。もともと僕たちの会社は分散型の働き方、つまり支社を設けるのではなく他の会社とシェアするスペースを多拠点に持って働くスタイルを模索していたんです。そうやって各地を移動して気分を変えながら、世界中のクリエイターと仕事をしています。

前職はポートランドに本社を構える外資系の広告代理店勤務。現在、日本でも多くなってきたビデオコールは当時(14、5年前)から頻繁にあって、リモートワークは当たり前という環境でした。「PARTY」を立ち上げてからも、自宅や駐車中のクルマからビデオコールでミーティングに参加しています。

ーーコロナ禍に伴う外出自粛生活の中で気づきや心境の変化はありましたか?

都会と地方を行き来する中で、自宅やオフィスをどうしようか……と考えていたところだったんです。リモートワークの可能性を探るなかでこう(外出自粛)なって、スタッフ全員が本格的な自宅勤務になりましたが、それも業務はうまく回っている。とすると、オフィスの必要性はますます揺らぎますよね。

ひょっとしたら、オフィスは物理的なオフィスとバーチャルオフィスを持ち、どちらかに出勤することになるかもしれません。スタッフ全員が物理的なオフィスに毎日一緒にいなくても、バーチャルオフィスでお互いの気配を感じることでコミュニケーションをとれたり、緩やかなつながりが持てるようになる。物理的なオフィスがまったく必要ないわけではなさそうですし、すべてバーチャルオフィスになりそうな感じもしません。タイムカードとかの仕組みでなく、バーチャルオフィスにチェックインする感じがいいかもしれないですね。

新しい「移動時間」の可能性

ーーリモートワークが進む中で、移動という概念そのものに対する考えも変わっていきそうでしょうか。

僕にとって移動とは、行った先での目的よりも移動のプロセスそのもののこと。そちらに価値を感じています。例えば新幹線の車窓から高速で流れる風景を眺めたり、飛行機の中でかすかな重力を感じながらモニターに映し出されるフライトマップをみたり、そんなことで脳内に刺激を与えることができ、少し違った角度から企画やアイデアを練ることができる。
オンラインを遮断して頭の中をリセットできる点も移動の良さ。インプットする情報量が多すぎると仕事の質は下がります。何かに集中したい時、インプットはむしろ邪魔なんですよね。

移動時間の価値をさらに高めるために必要なのは、音声入力の精度の向上でしょうか。もしこれが実現したらクルマの中でも、それこそトレランをしながらでも企画書を書き上げられるかもしれない。運転にしろトレランにしろ、身体の感覚は路面状況に集中しつつ、頭だけは高速で回転している、こういうシチュエーションはクリエティブな作業に向いているんじゃないかな。

10年単位のスパンで社会変化を考えると、今後、移動時間は1人でできる仕事や自分のことに費やせる貴重な時間になっていくのではないでしょうか。例えば20分で目的地に到着するけれどその時間に原稿や企画書を仕上げたいから、あえて90分かかるようにルートを設定する、とか。これはもちろん自動運転の話ですが。とすると、移動時間は目的地までの捨て駒ではなくクリエイティブかつポジティブなものになります。過ごし方や移動時間の作り方だって必然的に変わってきます。
そういう意味で、物理的な移動って今後も重要だと思うんですよ。ただしその時間と重心の置き方が変わるということです。

ーー外出自粛を経験した日本の社会には、今後どのような変化が生まれると思いますか。

まず都市にオフィスを持つことの意味が問われるでしょう。都市に人口が集中するのはそこで仕事が派生しているからなわけで、他のエリアに仕事があるなら、もしくはリモートワークが進んで東京にいなくても仕事ができるなら、わざわざ東京にいる必要はないんです。現代の住環境を考えると郊外や地方都市に暮らす方がQOLは上がりますし。うちの会社でも、趣味を充実させるため、あるいは家族との時間のために長野や湘南で物件を探している社員がいますよ。

となると、今後は地方都市が機能を持った分散型の社会になるのではないでしょうか。東京のラッシュアワーも消えつつある風景なのかもしれません。それに伴い、地方都市や郊外に宿泊機能付きのシェアオフィス、シェアスペースやシェアテーブルが増えていきそう。それもサブスクやドロップインなどユーザーのライフスタイルに合わせて使い方を選択できる、自由なスタイルのものが生まれてきそう。

移動中に快適に仕事ができるよう、懐かしのサービスが復活するかもしれません。例えば電車の中のフォンブースやコンパートメント。これにより、車や電車を動く会議室として活用できますから。

ーー伊藤さんご自身が目指す働き方、理想的なクリエイティブのあり方はどうでしょう。

僕が考える理想は、プロジェクトチームごとにノマド的に動く、そんな働き方なんです。例えば地方の蒸留所のクラフトジンの仕事なら、チームごと蒸留所の近くで合宿を張って仕事をする。それによってメンバーのモードも切り変わりますし、それぞれが日常生活を遮断して短期集中型で取り組むことで生産性も上がりますしね。衣食住の経験をみんなで共有することでアイデアも深まります。そもそも、プロジェクトのテーマによってそこの風土にまみれることが誠実だと思うんです。

最終的には、プロジェクトメンバーみんなでキャンピングカーに乗り込んで、アメリカを旅しながら仕事をしてみたいですね。ネットワークさえあればどこでも仕事ができる、そんな素晴らしい時代なんですから。

「移動できない」という状況下でこれからの暮らしを考える|僕らの時代のWayfinding 一覧を見る

伊藤直樹
PARTYクリエイティヴディレクター、『WIRED』日本版クリエイティヴディレクター、京都芸術大学情報デザイン学科教授、デジタルハリウッド大学客員教授、The Chain Museum チーフクリエイティヴオフィサー、CYPARチーフクリエイティヴオフィサー。2011年にアート、サイエンス、デザイン、エンジニアリングを越境するクリエイティヴ集団「PARTY」を設立。2020年、スポーツ観戦をDXするStadium Experiment社を起業。

illustration by Takashi Koshii / Text by Ryoko Kuraishi