旅の窓/沢木耕太郎
長旅に持参したい、沢木耕太郎の超短編集
沢木耕太郎が心に止めた情景を読む
小説『深夜特急』といえば、作家・沢木耕太郎さんの文才が発揮されているのはもちろん、ノンフィクションライターである観察眼に裏打ちされた、情緒的な描写も魅力の名作。今なお多くの人々を旅に駆り立てているが、2013年に出版された『旅の窓』もまた、旅のバイブル的存在となっている。これは沢木さんが海外取材で撮り溜めた写真に短文を添えたフォトエッセイ集で、著者の出会った風景を覗き見ることできる。
「旅するように生きる友人から勧められ、次の長旅には持参したいと思っている超短編集。ひと見開きにワンストーリー、著者自身が旅先で何気なく撮影した1枚の写真と、短いコラムが掲載されている。きっと発売される時代が違っていたら、“まるで沢木耕太郎の Instagram ようだ”などと形容されていたかもしれないが、似て非なるもの。沢木さんは文庫版のあとがきで『旅の窓』を『心の窓』でもある、と補足していた。旅の途中、“ぼんやり眼をやった風景のさらに向こうに、不意に私たちの内部の風景が見えてくることがある”と。こうした心象風景が映えている、映えていないで評価されるものと並列ではないだろう。Instagram批判とかではなく、せめて旅の移動中くらい、電子画面から離れるべきなんだな、とこの1冊を読み終わって痛感したのは僕だけだろうか。(村松亮)」
発売:2013年04月
著者:沢木耕太郎
出版:幻冬舎
詳細:gentosha.co.jp/book/detail/9784344424630/
価格:660円 (税込)
Recommender:noru journal 編集長:村松亮
東京-伊那谷-御代田の3拠点ライフを実践中。会社・編集部は東京なので、週2~3回は出稼ぎに。2022年より、家族と米作りを始めました。
IG:@ryomuramatsu
芭蕉の風景/小澤實
芭蕉の吟行を追いかけた20年の集大成
21世紀の風景を訪ね歩いて見えてきた、新たな芭蕉像
旅雑誌『ひととき』などで連載された『芭蕉の風景』とは、芭蕉が23歳から45歳までに行った吟行を俳人・小澤實さんがなぞり、芭蕉と同じ土地で俳句を詠むという人気連載。本書は2000年から約20年にわたって掲載されたその軌跡を、上下巻合計712頁にまとめたもの。
「芭蕉の句が詠まれた土地を旅して、その句を解説し、自らも句を詠む。わずか3ページのショートトリップを、私は毎日一編ずつ読んだ。おおよそ人生を辿るようにして並べられた芭蕉の句は、年齢を重ねるごとに少しずつ諧謔から、侘寂へと変化をしている。その変遷に筆者の視点による数百年を経た土地の変化が加わる。さらには私自身の日々の波のようなものまでシンクロして、旅が幾層にも積み重なっていく。季節の移り変わりは言わずもがな。その感慨が句に織り込まれているから、また次のページへと指が伸びる。俳句とは、それらの変化を串刺しにする、やわらかくも鋭利な芯のようなものだと知った。(村岡俊也)」
価格:各3,300円 (税込)
発売:2021年10月18日
著者:小澤實
出版:ウェッジ
詳細:wedge.ismedia.jp/ud/books/isbn/978-4-86310-242-2
霧の彼方 須賀敦子/若松英輔
須賀敦子の人生を導いた物事を探る
須賀作品の魅力の源泉に迫る本格評伝
イタリア文学者・翻訳家として活躍、晩年には随筆家として愛された須賀敦子さんの評伝。その生涯を批評家で詩人の若松英輔さんが紐解いていく。『霧の彼方 須賀敦子』というタイトルは、須賀さんがイタリアで生きた日々を題材に描き、女流文学賞、講談社エッセイ賞を受賞した『ミラノ 霧の風景』のオマージュ。
「どんな評伝も人生をすべて記述することはできず、断片を散りばめながら、ひとつの像を結ぶしかない。この本は、須賀敦子がどんな人たちと出会い、心を通わせたのかに焦点が当てられている。須賀の文章と出会った人々の言葉、時代、街、それぞれに潜り込むようにして思考を沈め、浮き上がってきた言葉だけがまとめられている。時折、ため息が漏れてしまうほどに深く。そうやって著者に導かれながら、作家がいかにして言葉を紡ぎはじめたのか、その始点にともに立つと、霧の彼方にあったはずの光景が、手触りを持って眺められる。遠い彼方まで旅をして、本を閉じ、自分ひとり。その読後感は須賀の著者に通じている。(村岡俊也)」
Recommender:ライター 村岡俊也
鎌倉市出身、在住。旅とその土地の記憶を一つのテーマに執筆を行う。著書に、アイヌの木彫り職人を取材した『熊を彫る人』(小学館)、新橋駅前のビルをルポした『新橋パラダイス 駅前名物ビル残日録』(文藝春秋)など。
深い深い水たまり/奈良美智
現代美術の巨匠、渾身の絵画集
初めて奈良作品に触れる方にもおすすめ
睨みつけるような目の女の子をモチーフにしたドローイングや絵画で知られる、稀代のアーティスト・奈良美智さん。『深い深い水たまり』は、自らが作品を厳選し、文章を添えながら丁寧につくり込んだという、奈良さん史上初の絵画集。1997年に出版されたモノで、パステル風のやわらかい作風に変化する以前の作品が収録されている。
「美術家の奈良美智さん初の作品集。文中の言葉はほとんどが奈良さんの日記から抜粋された言葉。ラフで読みやすいのですが、私は奈良さんが好きなので読むと胸がいっぱいになりました。文字や、作品のレイアウトにも遊びがあってパラパラみるだけでも面白いですが、じっくりゆっくり読むことをおすすめします。作品と文章が合わさって奈良さんの世界を感じられるかと。奈良さんは世界的に有名なので作品を見たことがある人は多いと思いますが年末年始のお休みを機に、もう少し作品に触れてみてほしいです。現在、青森県立美術館では奈良さんの大規模個展を開催中なので行く機会があれば是非!(石川美帆)」
発売:1997年10月31日
著者:奈良美智
出版:角川書店
価格:2,860円 (税込)
詳細:kadokawa.co.jp/product/199999873076/
穏やかなゴースト 画家中園孔二/村岡俊也
取材を通して明らかにされる、夭逝の画家の人生
作者不在の言葉なき作品たちに迫る
25歳という若さで夭逝した画家・中園孔二さん。東京藝大在学中から画壇に頭角を表し、将来を有望視されていた彼はおよそ600点もの平面作品を残したが、そのほとんどは無題だった。この本の著者はノンフィクション作家の村岡俊也さんで、中園さんの家族、友人、恋人など、親交のあった人々を取材。中園さんが残した150冊以上の日記やドローイングを読み解きながら、その生涯と人物像を探っている。
「25歳で急逝してしまった画家・中園孔二さんの評伝です。読みはじめると、絵を言語化することの難しさも感じられ、ましてや当事者なくして、この本はどうなるんだろうとハラハラ。亡くなってまだ数年の身近な人たちのリアルな話、残された数々の本人の記録、それが集まって見えてくる中園さんの人間像。何気ない一言や文章に救われることがあるように、文中にある中園さんのフレーズを読み終わった後、私はすごく、救われるような気持ちになりました。特に美術が好きな方や少しでも興味がある方におすすめですが、美術に興味がない方でも面白く読める内容だと思います。一気に読めてしまうので、年末年始に是非楽しんでほしいです。(石川美帆)」
発売:2022年7月18日
著者:村岡俊也
出版:新潮社
価格:3,630円 (税込)
詳細:shinchosha.co.jp/book/355291/
Recommender:noru journal 編集 石川美帆
都内近郊に暮らすnoru journal編集部員。休日は月に数回シェアカーを借りて地方の美術館や神社を目指してロングドライブに出かけている。いつか自分のクルマで各地を旅してみたい。
IG:@ishi_mih0
たびたびの旅/安西水丸
絵日記で綴った旅エッセイ
ゆるくて味わい深い、水丸ワールドの旅
旅から旅へ、酒場から酒場へと、人生を自由に訪ね歩いたイラストレーター・漫画家の安西水丸さん。『たびたびの旅』は安西氏が訪れた旅先の様子を、イラストと文章で書き留めたエッセイ集。第1章では国内外の遠くの町での体験を、第2章では東京の夜の街のようすを、絵日記形式で紹介している。
「エッセイストや作家としての顔も持つ故・安西水丸さんの旅絵日記の復刊。あらゆる旅をした最中で、場所や出会った人、その場面など、通り過ぎてしまいそうな小さな気づきや出来事が記されています。特にゆるーくなごやかでユーモアあるイラストのタッチと、語りかけてくるようなさっぱりとした文章がお気に入りです。オスロやコペンハーゲンなど遠くの町にいきたくなったり、ディープな狭小居酒屋に入りたくなったり、旅が好きな人はこの自由気ままな旅路に共感できるかも。実際に訪れるのも、脳内仮想旅もできちゃいます。(小野真理子)」
発売:2022年7月18日
著者:安西水丸
出版:田畑書店
価格:1,980円 (税込)
Recommender:noru journal 編集 小野真理子
東京在住・長野県出身。
メディア「mark」「onyourmark」「perfectday」の編集スタッフとして携わったのち、フリーランスで活動。ヨガインストラクターとしても日々勉強中。移動は主に自転車。
IG:@marik.ono
illustration by by Rui Nakamura / text by Junpei Suzuki / edit by Mariko Ono