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「共有」すること、それが僕の仕事
2020.05.18

「共有」すること、それが僕の仕事
by 田中嵐洋(THE NORTH FACE)

春から秋にかけては山を走り、雪が降り始めたらスキーのために山に篭る。自然の営みに合わせてアクティビティを変え、ほとんど一年中、絶景の中に身を浸している。モンブラン、オマーン、利尻島。国内外でシューティングを続けてきた〈THE NORTH FACE JAPAN〉のクリエイティブ・ディレクター、田中嵐洋さんは、自然へ人々を導くことが自らの仕事だと自負している。けれど、今は、山にも、どこにも行けない。自宅周辺で過ごすしかない状況で、田中さんは自分の仕事を見つめ直している。次の旅のプランを夢想しつつ、人と自然との関わり方を改めて考える時間を過ごしている。

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» 田中嵐洋(THE NORTH FACE)

——四季を通じて自然の中に身を浸す生活と対極の状況だと思います。今、自宅周辺ではどんな風に過ごしていますか?

おっしゃる通り、一年を通して国内外を動き回っていて、それがもちろん仕事でもあるんですけど、自分が今まで見たことのなかった場所に行きたいとか、ちょっとエクストリームなアドレナリンが出るようなことをしていたかったんです。いろんな場所に行って、いろんな人に会って、自分のコミュニティが広がっていくのがすごく面白かったんです。今になっては、あの生活は嘘だったんじゃないかって思ってしまうくらい(笑)。
今年は 4月にカムチャッカに雪山撮影に行く予定だったんです。グーグルアースで斜面を見つけて、いろいろ調べて、そのために撮影班と一緒にずっとトレーニングしてました。だから中止ですって終わりたくなくて、今は終息後のための準備期間だと思って、体を鍛えたり、時々、瞑想したりしています。
 
——でも実際に行けるかどうかはわからない。

はい、それはどうなるかはわからないけど、準備は常にしておきたい。ただ、朝、筋トレのようなヨガをしている時に、鳥の鳴き声がやたらするなって思ったんです。
自分自身が海外の情報を知りたいと思っていたから、写真家さんにグリーンランド行ってもらったり、キルギスに行ってもらったり、『PLANET』っていうタブロイドを作る時にも目線が海外に向いていたんですね。でも、日本では一体何が起こっているんだろうって、気になり始めたのは、この自粛生活のおかげかもしれない。
アウトドアスポーツをしていても、環境問題にまったく興味がなくて、情報も持っていない人っていっぱいいるんです。特に雪山のスポーツをしない人は、雪が減っているような気候変動の影響を肌で感じずらいですから。どうにか伝えたいと思った時に、今まで海外に向けていた目線を変えて、身近な日本の自然環境を伝えた方がいいのかもしれないって思い始めました。
例えば、植林って自然に貢献しているイメージしかないですけど、実はただ植林をすればいいわけではなくて、日本ではむしろ伐採した方がいい地区もある。身近な日本の問題をきちんと伝えた方が、グローバルな環境問題にも関心が持てるのかもしれないって思い始めています。


——世界の問題として考えるには、自分の足元を知る必要があると。新型コロナウィルス感染症は、まさしくそういう感染症かもしれないですね。

自粛中の今は、終息した後でも普段の生き方が変わるんじゃないかって思ってますけど、結局はまた元の生活に戻っちゃうと思うんです、どうしたって。自分自身だってそう。でも、その時に情報をきちんと伝えるっていうことを諦めたらいけない。
僕の仕事は、「共有」することなんですよ。「自然環境がどうなっているのか?」を共有することもそうだし、かっこよく言えば「自然の素晴らしさ」とか、「アウトドアスポーツの感動や興奮」とか、そういうものを共有したいんです。
今は、山に行きましょうとは言えないわけです。でも、アウトドア遊びが楽しいよとか、自然の中に身を浸す喜び、みたいなものは伝えていかなきゃいけないと思うんですよ。もちろんどうなるかわからないし、1〜2年は山に行けない可能性だってあるけれども、希望は持ってた方がいい。いつか山に行けるっていう希望があるから、毎日トレーニングできるんですから(笑)。

——田中さんの中には、自然は素晴らしいと大きな声で言えるだけの、確固たる体験があるんですね。

3年前かな、シアトルの雪山に撮影で行った時(その際に撮影したロードトリップ映像はコチラ)に、途中で天候が悪化して、ネイティヴが管理しているビーチにキャンプしに行ったんです。その時の、あまりに手付かずの場所でキャンプをした経験が、僕の人生観にはすごくプラスになってて。それで帰ってきて、日本のビーチを調べまくったんです。だけど、日本には人がいないビーチがないんです、知床に行かないと。でも、本来キャンプは、そういう場所が面白いんだぞっていうことは言いたいんです。
〈THE NORTH FACE〉でも環境問題を意識して、サステイナブルやSDGsをキーワードにして、情報を整理していますが、常に勉強が必要もあるんです。でも自然の中に、自分たちしかいない、っていうアウトドアの本質を経験したことがあれば、きちんと自立した考え方を持てるようになると思っているんです。政治に対しても、環境問題に対しても自分の意見を言えるようになると思うんです。

大人が、探求を止めない手伝いをする

——田中さんが「共有」という言葉を使うのは、それぞれが自立していながら繋がっている状態を目指しているからですね

そういう自立した人を増やすために必要なことは、まだ柔らかい、これからの世代への教育が大事なんじゃないかと思っています。例えば、昨年、野沢温泉で一週間のサマーキャンプを開催しました。〈THE NORTH FACE〉単体ではなく、〈Life Is Tech!〉というITテクノロジーを教えているスクールと組んで。集まってくれたのは、ほとんどアウトドアスポーツなんてやったことのない中高生たち。午前中には〈THE NORTH FACE〉側のコンテンツとして、山登りをしたり、湖をSUPしたり、自然の中で遊んで、午後に〈Life Is Tech!〉がプログラミングの授業をしてくれる。すると、野沢温泉の森や湖をプログラミングで表現したり、自然をモチーフとした作品が生まれたりしました。
アウトドアとテクノロジーって、自分の中でも相反するようなものかと思っていたんですけど、作品がどんどん変わっていって、子どもたちの未来は自然体験によって少しずつ変わることを実感できたんです。やっぱり自然の中で遊ぶことには本質的な価値があって、そこへ導いていくのが僕の仕事なんだと強く思いました。

——海外の山に登って、壮大な景色と共に問題点を伝える、という今までのアプローチではなく、未来を作るためには教育的な考え方を導入していった方がいいと。

今、考えているのは例えば国立公園でVRの映像を作って、歩いて行くとその森の主のような方が「この木は樹齢300年で……」って解説してくれる。さらに深部に入って物語が進んでいくような映像を現地の人と一緒に作る。そうやってその土地の自然に興味を持ってもらってから、実際にキャンプに連れ出していく、みたいなことをしたいんです。導入はVRで、まずは興味を持ってもらって、そこから実際に体験してもらう。やっぱりいきなり森の中でキャンプって、ハードルが高いんですよ。その導入をテクノロジーに担ってもらおうと。未来について考えるって、やっぱり子どものことを考えるってことだと思うんですよね。もちろん僕を含めた大人も、これからどうなるんだろうって不安だけど、学校に行けないとか、友達に会えないっていう不安は、子どもの方がずっと大きいんじゃないかって。

——そのためのプロジェクトも動いているんですか?

この5月から開催予定だった〈YOUNG EXPLORERS〉という企画があるんです。中高生から「どこどこに行きたい」とか「これを研究したい」とか、“夢”を募集して、僕らがサポートしていく企画。〈THE NORTH FACE〉のタグラインである「NEVER STOP EXPLORING」から来ているんですが、その探求を止めない手伝いができたらと立ち上げた企画です。探求を続けたら、素敵な大人になると僕は思うんです。
今は学校に行って友だちと夢を語り合う場面も少ないだろうから、その分、親が手伝ってあげてほしい。子どもたちの探究心を親はサポートするべきだし、見つける作業も手伝うべきだと思うんです。やっぱりみんな不安だけど、未来を考えて、探求はやめるべきじゃない。そのメッセージを伝えたいと思って、まずはこどもの日に映像を発信しました。

大人以上に不安を抱える子供たちを応援する映像「Young Explorers」を発表。特設サイトも同時に公開され、YOUNG EXPLORERS のコンセプトに共感したTHE NORTH FACE契約アスリートからメッセージも掲載されている。

——メッセージを発信し続けることが、田中さんが考える、今するべきことなんですね。

そう思います。僕自身も不安なんです。でも、この自粛の間に、ヨガの三点倒立できるようになりたいし、できることは全部やっていきたいんです! その姿勢こそが、僕が自然の中で遊ぶうちに身につけた、前向きで、何事にもがっついていく精神ですから(笑)。

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田中嵐洋 
1982年生まれ。THE NORTH FACE JAPANプロモーション。幼少期から登山とスキーを楽しみ、現在は趣味と仕事を両立させる。THE NORTH FACE JAPANのクリエイティビティーを全般に管理し、映像からカタログまでアウトドアコンテンツを盛り込んだブランディングを行う。2019シーズンに公開した雪山映像「The Kingdom of Snow」がカナダで開催されたバンフマウンテンフィルムフェスティバルのファイナリストに残る。

illustration by Takashi Koshii / Text by Toshiya Muraoka