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2拠点生活と家族で過ごす時間のこと
2020.05.20

2拠点生活と家族で過ごす時間のこと
by 相場正一郎(LIFEオーナーシェフ)

忙しない日常を送る東京とは別に、ホームと呼べる場所を家族と築きたい。イタリアンレストラン「LIFE」のオーナーシェフ、相場正一郎さんは、5年前から東京・那須の2拠点生活を実践する。外出自粛を受けて家族との時間がますます増えている相場さんが考える、家族と囲む食卓のこと、2拠点生活のこと。

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» 相場正一郎(LIFEオーナーシェフ)

ーー相場さんの2拠点生活について教えてください。スタートしたきっかけはなんだったのでしょう。

僕はもともと栃木県出身で、イタリアでの修業を終えて帰国後は東京をベースにしています。長く暮らす東京での暮らしに不満があったわけではなく、あくまでもホームと感じられる場所を持ちたいと思ったことが2拠点生活をスタートするきっかけでした。2015年に縁あって那須の山の中で素敵な家と巡り合い、以来、平日は東京、週末は那須で過ごすというデュアルライフを送っています。

那須は息抜きをする場なのでここには仕事を一切持ち込まず、家族と過ごす時間を大切にしています。東京では妻が家事をやってくれているので、那須での掃除や食事の支度、クルマの運転は僕の担当。自分の仕事や子どもの学業などで余裕がない時は東京でやるべきことをやることにしていますし、いまはどこにもいけないので東京で仕事にいますが、現在のようなストレスフルな状況ではますます那須に家を持っていることのありがたさを感じます。早く那須の家のデッキで寛ぎたいですね。向こうもちょうど新緑の季節を迎えているんですよ。



ーー東京と那須を行き来することでもたらされる喜びってなんでしょう。

東京でも那須でもやっていることはあまり変わらないんです、映画をみたり本を読んだり。じゃあ何が違うかって、目的に費やす移動時間ですよね。ある程度の距離を移動することで日々のモードが切り替わるということもありますが、わざわざ3時間弱をかけてここまで来たと思うからもたらされる充足感や達成感があるんじゃないでしょうか。と考えると、1、2時間の移動はちょっと物足りない。東京から那須までの2時間半くらいが、気持ちも切り替わるし風景や気候の違いも感じられるし、僕たち家族にちょうどいいんだと思います。

うちの場合は生活の拠点がある東京の暮らしが中心。もし2拠点が家族の負担になるならやめると、妻もはっきり口にしています。ただ、我が家には子どもが2人いて長男は中1なので家族揃って週末を過ごすという機会は今後、減っていくと思うんですよ。家族というのはそういうもので、その時の家族の形に合わせて2拠点生活を変えていけばいいんですが、子どもたちが大人になる前に家族みんなで環境の良い場所でのんびり過ごせる、そういう機会を持てることはラッキーですよね。

栃木県那須の家での生活をおさめた映像。二拠点生活を楽しんでいる相場家の日常風景をご覧ください。

全国配送のミールキットを開始。食卓が変わるきっかけに

ーー現在の「LIFE」と相場さんの状況を教えてください。

現在は各店舗のテラスや入り口部分だけを使って営業していて、テイクアウトもやっています。周囲にあるオフィスが軒並みテレワークになりまして、ランチタイムもずいぶん静かになりました。当初は営業中止も想定していたのでそれに比べればまだマシですし、こういうタイミングを利用してできることはやっていこうと考えています。それで、以前から食のウェブショップの可能性を探っていたのですが、これを機に全国配送のミールキットをスタートしました。これがすごい反響をいただいて僕たちのモチベーションになっています。

もちろんビジネスは大いに打撃を受けていますが、うちは親父の代から商売人ですから、借金や倒産という大事は一通り体験してきています。人生は順風満帆なものだとはつゆほども思っていないし、ビジネスはこういうものだ、10年に一度くらいは社会がガラリと変わるようなできごとが起こる、そんな覚悟をしていました。だから「コロナのせいで」というような気持ちは持っていません。こういう状況だからこそ、なんとかアイデアを搾り出してそれを形にしていこう。これを切り抜けたら今後、何があっても対応できるスキルが身につくな。今は何をやっても儲からないのだから、いっそのことトライ&エラーの期間と捉えて普段できないことを試行錯誤してみよう。そんな風に前向きに頭を切り替えたら気持ちもだいぶ楽になりました。

ーー外出自粛という状況でどんなことを考えていますか?

街を歩いていていいなと思うのは、リモートワークが本格化する中で、家族みんなでランニングしたりお父さんと子どもが2人で散歩していたりという風景が目につくようになったこと。コロナという原因に目をつむれば、家族と過ごす、のんびり暮らすというこの状況も悪くないのかもしれません。うちはもともと家族で過ごす時間が多いのですが、それがさらに増えましたね。平日の明るい時間に家族みんなで食卓を囲めるって、実はすごく贅沢なこと。店も短縮営業しているので、スタッフもみな早い時間に帰れています。多くの人があらためて自分や家族と向き合うことができているのではないでしょうか。

すぐには難しいかもしれませんが、これからの社会はリモートでできる業務はできるだけ自宅から行うなどして家族やプライベートの時間を大切にする、そんな方向に移行していくのでは。

ーーそう考えると、今後は食卓のあり方も少しずつ変わっていくのでしょうか。

そうですね、変わっていったらいいですね。先ほどお話ししたミールキットには裏テーマがあって、テレワークになったお父さんたちがキッチンに立つきっかけになったらいいなと考えてキットの内容を考えました。僕が過去に上梓した『30日のパスタ』というレシピブックも、男性が興味を持てるようなレシピを集めたもの。お父さんが趣味で料理をすることで家族の時間の過ごし方が変わるんじゃないか、そう考えているからです。ミールキットには、自宅にいながらいつもと違う気分で食卓を囲んで欲しいという想いを込めて、食材の他にお気に入りの音楽を集めたCDも入れました。世の男性たちにもぜひ、食卓に意識を向けて欲しいと思います。

これまで「LIFE」がウェブショップで食材を扱わなかったのは、食事は「LIFE」へ食べにきていただくのがいちばんだという自負があったから。けれど今回のことをきっかけに、そうではない食の提案をいままでになかった方法でできるようになっていると思っています。もしこのミールキットが、男性がキッチンに立って家族のために食事を準備する、そんなライフスタイルのとっかかりになるのだったら、これを始めた意味があるなって励みになりますね。

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相場正一郎
参宮橋ほか4店舗で展開するイタリアンレストラン、「LIFE」のオーナーシェフ。高校卒業後、イタリア・トスカーナ地方に渡り料理の修業を積む。帰国後、原宿のイタリアンレストランの店長兼シェフを経て2003年、代々木八幡に「LIFE」をオープン。2015年より東京と那須の2拠点生活を行なっている。著書に『30日のパスタ』、『山の家のイタリアン』(ともにmille books)など多数。

illustration by Takashi Koshii / Text by Ryoko Kuraishi