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美意識は、さらに本質に向かう
2020.06.12

美意識は、さらに本質に向かう
by 小西神士(ヘア&メイクアップアーティスト)

自宅のある宮崎と東京を行き来しながら、ヘア&メイクアップアーティストとして広告やファッションの撮影、映画の現場に関わる小西神士さん。ほとんどの撮影がキャンセルとなり不自由さを感じているクリエイターは少なくないけれど、宮崎に留まり、生きがいであるサーフィンをしながら家族と過ごす小西さんは、画面越しにも溌剌として見えた。

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東京と宮崎を行き来する2拠点生活

ーー小西さんは宮崎と東京の2拠点生活を送っているということですが、コロナ禍でどんな影響を受けていますか。

9年前、震災をきっかけに家族と一緒に生活のベースを宮崎に移しました。以来、宮崎-東京を月に3、4回ほど行き来して、月の2/3は東京で仕事、残りを宮崎というペースで過ごしていました。現在は2ヶ月近く宮崎で家族と一緒に自粛生活をしています。




日常的に手を入れている敷地内の竹林、家族の趣味の道具が詰まった離れの外観とその室内の様子。

中学生から宮崎の山奥の全寮制の学校に行っていた次男がこの春高校を卒業したんです。春から東京の大学に進学予定だったんですが、大学もクローズしているのでずっと自宅にいるんですよ。次男とこれだけ一緒の時間を過ごせるのは6年ぶりで、こんなことがなかったらこういう機会は訪れなかったはず。不幸中の幸いというのか、そんな事情もあってこの2ヶ月はとても特別な時間になったと感じています。

僕たちの場合、自粛生活といってもこちらにはやることがたくさんあるので退屈することはありません。うちは家族みんなサーフィンをするので一緒に海に行って、自宅の裏にある竹ヤブの整備をして、畑の世話をして。宮崎の海にも一時、自粛要請が出ていて、その時はもっぱらランニングと下半身強化のトレーニングに励んでいました。家族のために料理もしています。自粛生活がはじまった当初はこれまで作ったことのない料理に挑戦したり、家族のために三食を作ったりしていたんですが、さすがに最近はそれにも飽きてきちゃったな。

というわけで、外出制限をしているなりに充実した生活を送れるよう、その時にできる事を最大限やろうという努力はしています。もし東京にいたら、外に出られないわ、サーフィンもできないわ、なかなかストレスフルだったと思いますね。


3男のテイクオフシーン。

ーーところで小西さんが宮崎に移住したきっかけはなんだったのでしょう。

2011年までは葉山に住んでいたんです。震災直後はあの状況でしたから、もちろん海にも行けなくて、それじゃあ家族みんながサーフィンできる海辺のどこかに引っ越そうということになって。四国、奄美、色々候補はあったんですが、それまで家族でサーフトリップに出かけていた宮崎に決めました。知り合いのつてとか、そういうものは一切ありません。

こっちに来たら葉山と違って土地も広かったので、畑も始めました。この野菜はこうやって花が咲くんだ、こうやって実るんだ、そういうプロセスにいちいち感動して。おまけに収穫したら達成感もあじわえる。一から自分で作ると意識が全く変わりますね。

ミニマル、コンパクト。そういう働き方があってもいい

ーー今回の状況を受けて日本のクリエイティブの現場はどうなると考えますか?

先日、都内で撮影があったのですが、最低限のスタッフ、最小限の規模で、最短時間で行われました。ADやクリエイティブディレクターは現場に立ち合わず、リモートで確認する。撮影だけしてパッと解散する。これはこの業界に限らずだと思うんですが、今後はこういうミニマルなスタイルの仕事が増えていくんじゃないでしょうか。コンパクトにできるものはどんどん無駄を削ぎ落とす、僕はそういう仕事の仕方があってもいいと思う。もちろん、それでは現場のモチベーションが上がらないという考えもあるけれど、むしろ、そういう状況の中でどんな視点でものを見るか、がクリエイターには求められるんじゃないかな。制約があるからこそひねりのあるものが生まれる、そういうことも少なからずあると思う。

ーーこれから社会が求める美意識にも、なにか変化が生まれるのでしょうか。

美に対する意識、ねえ。世間一般が求める方向がどこを向くかはわからないけれど、自分自身のやりがいは被写体のパーソナリティや本質を引き出すこと。それを追求していくだけだと思っています。昔、まだモードの現場に多く携わっていた時は、もっと見る人をハッとさせたい、自分の好きな感じを表現したい、そんな風に自分のエゴ丸出しでやっていました(笑)。でもいまは、被写体ときちんと向きあってその人のコンプレックスをうまく消化してあげたり、それぞれのパーソナリティをきちんと引き出したり、そういう工程が面白いと感じています。

そういう意味では自分が「きれい」と感じる対象も変わってきました。ぱっと見た印象ではなく、その人の個性やパーソナリティを知るほどに、そこに美を見出すようになる。結局、その人の本質に興味が向くようになったんだと思います。


自宅から眺める夕景。

ーーとはいえ震災当時を振り返ると、社会全体が変わるような大きなできごとを経験すると人々は生活や暮らし、人生に本質的なものを求める方向に変化する気もします。

それぞれが体験したことをきっかけに、多くの人がそういう方向に舵を切り始めるということはあるかもしれない。僕も、震災をきっかけに移住した口ですから。そして移住したことで時間の使い方や仕事の仕方もガラリと変わりました。やりたい仕事を全部受けることはできないから取捨選択をしなくちゃいけない。東京にいる時間が限られているから今までみたいにダラダラできない。それまでは作業場に1週間こもって、あれこれ試行錯誤して……なんてやっていたけれど、そんな悠長なことをやっている時間はないわけです。一つ一つの現場の時間が大事になって、瞬発力、集中力、直感みたいなものを大事にするようになった。現場に行って被写体を見て、瞬時にものごとを判断して、直感が命じるままにヘアメイクをする。

そういう意味でも自分のオンとオフをきっちり切り替えて現場に臨むことが必要で、もしかしたら宮崎からの移動時間がそれに一役買ってくれているのかもしれない。でも、いまの自分にはそういうクリエティブが合っているんだよね。

これからのクリエイティブのあり方がどうなるかはわからないけれど、しばらくはミニマルな方向に向かうでしょう。そうやって新しい仕事のやり方を経験し始めた時、もしかしたらこの国の大人たちも生き方を変えるかもしれないね。これまでは若い人たちが好きなことをやって、自分の時間を充実させるようなライフスタイルを模索してきたけれど、大人もそれに追随し始める。僕は散々好きなことをやってきたから余計なことは言えないけれど(笑)、そういう社会も悪くないと思いますよ。

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小西神士
1990年にヘア&メイクアップアーティスト として独立。ファッション誌、ミュージックビデオ、映画、広告など幅広いジャンルで活躍する。レディー・ガガ、ビョークなど海外アーティストからの信頼も厚い。リオオリンピックの閉会式で行われた東京オリンピックのプレゼンテーションではヘア&メイクアップデザイナーに抜擢された。

illustration by Takashi Koshii / Text by Ryoko Kuraishi