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ロックダウン中のNYで考える、これからの社会のこと、暮らし方のこと。
2020.06.09

ロックダウン中のNYで考える、これからの社会のこと、暮らし方のこと。
by 佐久間裕美子(ライター)

2ヶ月強という長期に及ぶロックダウン生活に入っているニューヨーク。段階的に解除されていくことが予想されるとはいえ、今後の先行きは全く不透明だ。そんな、日本とは全く異なるシチュエーションでロックダウン生活を強いられているのが、ライターの佐久間裕美子さん。東京とニューヨークを頻繁に行き来していた佐久間さんがポスト・コロナウイルスの世の中に思いを馳せる。

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ーー東京とはまったく異なるニューヨークのロックダウン事情。現在はどんな風に過ごしていますか。

ここ数年、隔月のペースで東京とニューヨークを行き来していて、東京からニューヨークに戻ったのが3月8日。東京ではほとんどの人がマスクをつけて行動していたけれど、ニューヨークでは誰もマスクをつけていなかったし、レセプションやパーティにも誘われて遠慮したりしていました。この時点ではまだ、ニューヨークではコロナが身近なものではなかったんだと思う。そうこうしているうちに感染者の数が爆発的に増え、私の仕事も次々とキャンセルに。自宅のあるブルックリンを離れ、アップステートにあるセカンドハウスに来たところでロックダウンが発令され(3月22日)、そのままここにとどまっています。もう3ヶ月近く、スーパー以外はどこへも行かない生活をしています。



今回のニューヨークを見ていて「らしい」と思ったのは、すぐに、高齢者に食事を届けたり、医療機関や医療従事者に食事を寄付したり、そういう支援活動を行う市民グループや団体がすぐに組織されたこと。午後7時に、医療従事者やファーストレスポンダー、食料品店などエッセンシャルビジネスに携わる人たちに拍手や声援、音を鳴らして感謝の気持ちを伝えるという習慣が生まれたのもこの街らしいなと思います。

一方で、アメリカ全体を見てみるとロックダウン疲れもあってか、団結フェーズが少しずつ薄れてきているのも事実です。GPSのデータを見るとビーチやオープンスタイルのバーに人が繰り出している。こういう人出はもちろん、次のクラスターを生む可能性があるのでみんな心配している。特にアメリカはコロナウイルス感染症が重症化しやすい基礎疾患を持つ人が多く、ハイリスクな高齢者と一緒に住んでいるという世帯も少なくない。こうしたリスクを抱えている人たちは、もう前と同じ世界には戻れないし、これまでと同じような外出の仕方はできないってわかっているけれど、以前の生活に戻りたい、戻るんだという力も一定数ある。

レストランや飲食店はそれぞれが安全な方法を模索しながら営業していくことになると思います。テイクアウトにしろ営業にしろ、スペシャル感の高い食事のセットを、事前に注文をとってピックアップしてもらうなど、それぞれが工夫をしている。小売業では、事前オーダーやアポイントメント制を採用するなど、一進一退する状況の中で、少しずつコロナウイルスと共存する長期的な解決策が生まれてくるのかなと思っています。

コロナウイルスによって顕在化された、現代社会が抱える問題

ーー世界中が新しい社会形態に直面しているわけですが、近年、アメリカで起きた大きな社会の変化とそれに伴うマインドセットというとリーマン・ショックが思い浮かびます。あの時の状況と比べるとどうなのでしょう。

確かに感覚としてはあの時に近いものがあるけれど、いちばんの違いは、これがリーマン・ショックより長期化するだろうと、そして世界規模のイシューであるということ。リーマン・ショックにしろ、ハリケーンにしろ、ニューヨークにいて「これはヤバいかも」と思わせられたことは何度かあったけれど、先行き不透明感は短期的だった。でも今回はそうじゃない。コロナウイルスが騒がれ始めた当初、アメリカ人は、日本人も、「これはどこか遠い国で起きていること」だと思っていた。けれど、グローバリゼーションが進んでしまった今、疫病を他人ごとと捉えることはもはやできないんだと思います。

医療の問題、深刻な所得格差……結局、コロナウイルスは現代社会が抱えていた問題を顕在化しています。今の状況は、最初は自然派生のウィルスが原因という意味では人災ではなかったけれど、人間がそのダメージを広げていて、つまり人災に変わりつつある。新しい社会の枠組みを考えるなかで「人命か経済か」という議論が起きているけれど、どちらかをとったらどちらかがダメになるのは明らかです。私たちはこれから続く長い戦いの中でそのバランスを取っていかなくちゃいけない。そして為政者次第でその方針やスタンスが大きく左右されてしまうということも心に留めておかなくてはいけない。

でも、ネガティブな状況の中にもポジティブなことはあるんです。例えば、ニューヨークだとこれまで保険に入れなかった人が入れるようになって、これまで無休扱いだった病欠について企業は有給を認めるようになり、フリーランスを労働者として保護しようという議論も生まれている。オバマやバーニー(・サンダース)が求めたことが、コロナウイルスをきっかけに少しずつ実現され始めている。それに、あのままだったら今年11月の大統領選挙でトランプは再選されていたはず。けれどコロナ禍をきっかけにそれにも赤信号が灯った。だから私は「世直しコロナ」と呼んでいます。ネガティブなことばかりを考えていても仕方ない。ここから何か少しでもいい状況が生まれればと思っています。

ーー元の世界には戻らないということですが、社会は今後、どうなると予想しますか?

どうなるんでしょう。元の世界に戻らないことは確かだけれど、半年後の社会がどうなっているのか想像もつかない。感染をこのまま減らしていくことができるのか、人々の生活や景気やどうなっていくのか。 さらに、ジョージ・フロイドさんが警察に殺された事件、また、ブリオナ・テイラーさんが殺された事件を受けて、#blacklivesmatter運動が再燃し、史上最大の規模にはなっている一方で、デモによる感染拡大を危惧する声もある。不特定要素が多すぎて、近未来は想像しにくいですが、コロナも、警察の暴力も、社会全体のイシューとして受け止めようという気運を見ていると、「ミー」の時代から「ウィ」の時代への変貌が進むのだと思います。

特に、コロナ時代になって特に圧迫されるのは文化でしょう。特に屋内のイベントはおそらくしばらくはできないだろうし、オンラインのライブ配信が主流になって、さらに進化したり、屋外の広々とした場所でソーシャル・ディスタンシングを守りながら、イベントができるようになるのか。

「移動」が与える地球へのインパクトを実感した

移動やそれに伴う体験もガラッと変わるでしょう。これまで東京-ニューヨーク間はドア・ツー・ドアで20時間ちょっとくらいだったんですが、搭乗前にヘルスチェックがあって、入国前のチェックがあって……と考えると、今後は目的地まで倍近い時間がかかるようになるかもしれない。倒産する航空会社も出てくるでしょうし、大量のレイオフもありそう。便数そのものが減って、エアチケットの値段が上がる可能性もあるも。そもそも、このシチュエーションでどこかの国を訪ねようという気になるのかどうか。そう考えると、旅、観光、移動というものはとんでもない贅沢な体験になっていくのかもしれない。

移動についていえば、経済活動がほぼストップしたことで、多少だけれど空気や海がきれいになって……というニュースを耳にして、自分の以前のライフスタイルを省みています。自分は大量生産の商品を買わないようにしているし、ゴミもなるべく出さないようしているけれど、飛行機には乗りまくっていて、それこそ気候変動に貢献していた。

例えば今年、北海道7都市を訪ねる旅をしたけれど、1日1都市をまわるというスケジュールを考えると自分のやっていたことは全然サスティナブルじゃなかった。確かに旅自体は楽しくて充実していたけれど、これからは一つ一つの場所をもっと大切にまわりたい。そう考えると、もう前のライフスタイルに戻ることはできないし、もしかしたら自分の営みそのものが変わっていくということなのかもしれない。

この先、自分がどういうバランスで暮らしていくのかはわからないけれど、これまでずいぶん駆け足で生きてきたからとりあえずいまはのんびりしようと思っています。

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佐久間裕美子
ニューヨークを拠点に活動するライター。22年に及ぶニューヨーク暮らしの中で、政治家、作家、ジャーナリスト、アーティストなど多彩なジャンルで活躍する人々にインタビューを敢行してきた。近年はフードプロデュース業にも取り組んでおり、原宿にビーガンバーガー専門店「SUPERIORITY BURGER」をオープンさせたばかり。著書に『真面目にマリファナの話をしよう』(文藝春秋)、『My Little New York Times』(NUMABOOKS)、『テロリストの息子』(朝日出版社)など。近日、『ヒップな生活革命』の第二弾を上梓予定。

illustration by Takashi Koshii / Text by Ryoko Kuraishi