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ポストコロナ社会で考える気候問題と不確かな未来
2020.07.16

ポストコロナ社会で考える気候問題と不確かな未来
by 江守正多(気候科学者)

地球温暖化とパンデミックの関連性も指摘されている現在、ポストコロナの社会において私たちは不確かな未来に向けてどんな行動をとり、環境問題をどう考えるべきなのだろう。国立環境研究所で地球温暖化の予測とリスクを研究する江守正多博士のインタビューから、未来に拓くべき道筋が見えてくる。

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» 江守正多(気候科学者)

–研究者の間では新型ウイルスのパンデミックがあるだろうと予想されていたという話も聞きます。江守先生は今回の事態をどう捉えていますか。

生態系が変化することで野生動物と共存していたウイルスが社会に入り込み、感染症を引き起こすのではないか。以前、同僚の五箇公一(生態学者)と仮説としてそんな話をしたことがありました。気候変動がもたらす影響の一つに生態系へのダメージが挙げられますが、自分の知らないところで知らない生物種が絶滅したところで気にしない人は何も思わないですよね(笑)。けれど人間に実害を及ぼすとするなら話は別です。今回の新型コロナは気候変動に起因するものではないでしょうが、この仮説に近いことが実際に起こってしまった。社会に与えるインパクトの大きさを実感するとともに、未知のウイルスが人間社会に入り込んで瞬く間に拡散したという事実は、それこそが現代社会の脆弱性と持続不可能性を表しているのでは、そんな風に考えました。

ポストコロナの気候変動問題

–世界中で経済活動が抑制されたことで大気汚染や水質汚染が改善し、CO2排出量が減りました。この事実は気候変動を専門とする研究者はどう捉えているのでしょう。

僕がチェックしているCO2排出量でいうと、世界中で外出禁止令が発令された“ステイホーム”のピーク時には前年と比べて10数%減少しました。今後の状況次第ではありますが、今年1年の数値は昨年度比でせいぜいマイナス7〜8%と試算されています。ただ、これはすごい数値で、例えばリーマンショックに起因する経済活動の停滞では排出量の減少は2%未満だったのです。マイナス7〜8%というのは未曾有といえるでしょう。

ではこれがどれだけの減少幅かというと、もし来年以降もこのペースで減り続けるとすると世界が直面する地球温暖化問題が解決に向かいます。2020年以降の気候変動に関する国際的な枠組みであるパリ協定はご存知だと思いますが、パリ協定では1.5〜2度で温暖化を止めると各国が合意しました。もし気温の上昇を1.5度に抑えるなら今世紀半ばまでに世界のCO2排出量を実質ゼロにしなくてはなりませんが、もし今後も毎年8%ずつ減っていくならあと30年で実質ゼロに近くなる計算です。

しかし実際には、今年のマイナス7〜8%というのは一時的な減少ですし、今後は各国が景気刺激策を打つことが予想されることからリバウンドするのではないか、トランプ大統領は経済回復のために環境規制を緩めるのではないか、そういう予想もされています。そもそも経済を犠牲にしてCO2排出量を減らすことは世界が目指していた減らし方ではないのです。だって、温暖化を止めるためにさらに経済を犠牲にして、外出や移動や色々なことを我慢しなくちゃいけないみたいなことは誰も望みませんから。

今回はたまたまこういう形で排出量が減ったけれど、本来はエネルギーを化石燃料から再生可能に置き換え、自動車は電気自動車や燃料電池車など化石燃料を燃やさないものにスイッチし、しかもCO2を出さずに電気や水素を作っていく。このように必要な生活を営んだまま、必要な移動も経済活動も行いながらCO2排出量を減らすべきなんです。僕が言いたいのは、今年の減り方と目指していた減少とは全くの別物だということ。皆さんが間違った解釈をしないよう、それだけは注意喚起しなければと思っています。

–アメリカで環境規制を緩めるという議論が出ているというとですが、一方でヨーロッパでは景気刺激策を打ってお金をばら撒くならば環境に配慮した内容に投資しようという「グリーンリカバリー」という動きが出ています。そこで気になるのが日本での気候変動対策です。新たに火力発電所を建造しようという計画も各地で進んでいますが、気候変動を研究される立場から日本の取り組みをどう考えていらっしゃいますか。

日本では、震災後に再生可能エネルギーの固定価格買取制度が整備されたことで太陽光発電が一気に増えました。いささか乱暴に増えてしまったものですから自然破壊、景観破壊といった問題も生じていて、それは今後是正されなくてはいけません。エネルギー供給でいうと日本はヨーロッパ諸国のように他の国とグリッドで繋がっていませんし、自国で化石燃料資源も取れない、さらに再生可能エネルギーも他国より割高。そういう事情があって、いまだ石炭に頼らざるを得ないという意見がそれなりに受け入れられています。

現在ある火力発電の設備を活用しながら徐々に再生可能エネルギーに移行していこうというのはいいんですが、新たに石炭火力発電所を作ってしまうことは話が全く別です。新たに建設するということは今後40年稼働させることが前提ですから、今後30年でCO2排出量を実質ゼロにするというパリ協定の1.5℃目標と整合しません。新設の動きは「パリ協定がよくわからなかったんで、とりあえず投資しちゃった分の火力発電所は見逃してね」という状況なのではないかと想像しています。
注:日本では2012年以降、新たに50件の石炭火力発電所の建設を計画。いくつかは中止され、またいくつかは他の燃料に転換されたが、他の事業は建設中もしくは計画中の段階にある。

日本の場合、CO2を排出しない新しい経済の中で製造業が充分に儲けを生むシステムが確立されていないことが、旧来型のビジネスから一気に舵を取りきれない原因になっているのかもしれません。日本の産業が太陽光・風力発電、水素・電気自動車でガンガン儲かるようになっていて、さらに国際的な競争力もあってどんどん輸出できる、そんな状況だったらみんなが喜んでそっちの方向に進むはず。いまは移行期にあるのでしょうね。

–それでは社会の価値観はどうでしょうか。コロナ前後で消費者の意識に変化はあったと思われますか?

そもそもヨーロッパに比べると、日本では気候変動問題に興味を持っている人が少ないですね。熱波や大雨、洪水といった災害が起きたときに、「気候変動によりさらに災害が増えますよ」というと反応する方は一定数いますが。一昨年くらいまで、つまり西日本豪雨や熱中症でたくさんの方が亡くなった2018年くらいまでは、災害があっても防災を強化する方向にのみ多くの方の意識が向いていて、パリ協定だ、脱炭素だという議論にはならなかった。潮目が変わったのは昨年。9月に気候行動サミットがあってグレタさんの演説があって、それが朝の情報番組で流れて……気候変動が日本中に広まったんですね。直後に、台風19号が上陸して東日本各地に甚大な被害をもたらし、気候変動と災害が繋がりをもって理解されてきた。しかし、今年のコロナによって、多くの方にとって気候変動なんて再び遠い彼方のことになってしまったと思いますが。

–とはいえ、ポストコロナの社会においても私たちは気候変動のために何かしらアクションを起こさなくてはいけないと思っています。まず、何から手をつければいいでしょう?

温暖化問題に関してこれまでは、「電気をこまめに消そう」、「水の出しっぱなしをやめよう」、「公共交通機関を使おう」、そのような、一人一人が生活の中で意識できるCO2削減の提言がなされてきました。けれど、もはやそのフェーズは過ぎたと言わねばなりません。それだけをやっていても到底勝ち目がない段階に来ているのです。社会がエネルギーや交通のシステムを総入れ替えしないと間に合いません。私たちができることは、家の電気を再生可能エネルギーの新電力に変えるとか、政治に働きかけるとか、「どうすればエネルギーの総入れ替えを一人一人が後押しできるか」、なのです。

そのための一歩として、まずは気候問題がどうなっているのかを知るところから始めませんか。世界各地で起きている極端な気象や新しく発表された研究結果を見聞きすれば事態の深刻さを実感できるはず。日々、流れているニュースにアクセスする習慣がつくかつかないかでその人の気候問題の見方はガラリと変わります。

常識や既成概念の先に、未来の選択肢がある

–気候変動という観点から先生がポストコロナにおいて興味を持っているイノベーションやムーブメントはなんですか?

これは自分の専門ではないのですが、自動車や交通のカテゴリーは面白いと思いますね。カーシェア、自動運転、電動化というトレンドが一気に来ていて、実際に「100年に一度の変革期である」とトヨタの社長も言っています。それがどちらの方向に向かい、そうした動きが気候変動の対策をどれだけ早め、一人一人がどのように関われるのか、興味深く見守っています。

鉄やコンクリートを代替する木造建築のCLT(Cross Laminated Timber、ひき板を並べた層を、板の方向が層ごとに直交するように重ねて接着した大判のパネル)工法にも注目しています。鉄鋼業では鉄鉱石から鉄を作り出す際に石炭を使っていて、そのプロセスでCO2が排出されることから、現代の製鉄業界は「水素で鉄鉱石を還元すればCO2が排出されないので、今世紀末までには水素を使った技術を確立したい」と言っているのですが、そもそもこれは鉄を作ることを前提にしたイノベーションなのです。

けれど、鉄を作ることを前提とせずに「鉄を使わなければいいじゃん」という発想で考えれば、もっと幅広い選択肢が生まれますよね。このCLTは高層建築物を建てられるほどの強度があるので鉄を代替するとされていますが、木材は循環型資源であり、国内の森林資源を有効活用してCO2をあまり出さずに建物を建てることができます。まだまだ克服すべき問題はありますが、途上国でこれから都市化するところはビルをすべて木造で造ればいいという論文も出ているほど。

このように、現状の産業界が発想するとイノベーションの幅が狭くなりがち。例えば自動車業界でいうなら、どうやってCO2を出さない車を作ってそれをたくさん売るかという発想になりますが、広い視点に立てばシェアライドや自動運転タクシーというオプションがあり、さらにはオンラインコミュニケーションで移動そのものを代替すればいいということになります。より広い視点でイノベーションを考え、その先に幅広い答えがある。新しいイノベーションには業界の常識や既成概念を打ち破る柔軟な思考が必要ですが、そう考える人たちが増えてきているのではないでしょうか。

誰も我慢しない無理しない、でも環境負荷が低い。そういうのがいい

–それでは、社会を変革するアイデアやイノベーションを促して定着させるのはどんなことなのでしょうか?

今回のステイホームをきっかけにオンラインでのやりとりが定着し、もはやリモートコミュニケーションが移動の代替になりつつあります。今後も海外出張はオンライン会議になり、よほどのことがないと飛行機に乗らないということになるのかもしれません。リモートコミュニケーションについてはコロナ前からこうあるべきと考えていましたが、なかなか定着しませんでした。けれど、強制的なスイッチが入って実際にリモートを体験した人が「これで問題ないじゃん、ガソリン代も移動時間も節約になるじゃん」とメリットを感じることができた。このようにみんながメリットを感じられることは一気に定着するでしょう。

今後はホログラムやAR、VRの技術革新が進んでまるで対面で話しているかのような、臨場感のあるミーティングがオンラインで可能になるのかもしれません。食の話でいうなら、家畜由来のCO2やメタンの排出量が高いことから肉食が見直される動きがあり、環境負荷の少ない代替肉や昆虫食が取り沙汰されています。これもテクノロジーが進化して、おいしくて安くて手軽な代替肉や昆虫食が開発され、「それでいいじゃん」とみんなが思えるようになったら社会に定着すると思うんです。

環境保護主義者の中にはテクノロジーを嫌いな人もけっこういて、「人間が技術に頼ったことでこうなったのだから、テクノロジーが問題を解決するわけがない」という意見があります。しかし、僕は、テクノロジーは問題解決の鍵になると思っています。今後、再生可能エネルギーを爆発的に普及させて30年でCO2排出実質ゼロにしなくてはいけませんから、現状の経済システムのプレイヤーもみんな巻き込んでいったほうが早いのではないか、経済の仕組みを変えている猶予はないのではないか、と僕は割り切って考えている面があります。ただ、一方で現状の経済のあり方は環境問題のみならず貧富の差という問題を引き起こしているのだから、それを根本的に変えなくてはいけないというポスト資本主義的な考えにも説得力は感じます。

もうひとつは、グローバル経済で人やモノが凄まじい勢いで行き来するようになり、予期せぬモノまで運ばれた。グローバル経済をなんとかしない限り、第二、第三の新型コロナのような感染症がやがてまた広がる、という問題もあります。これも、経済システムのあり方を大きく見直す必要性を意味しています。僕自身はまだ答えを持っていないですが、これはみんなで向き合わなくてはいけない課題だと思っています。

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江守正多
地球温暖化問題を専門とする気候科学者、国立環境研究所地球環境研究センター副センター長。
気候変動に関する政府間パネル第5次、第6次評価報告書主執筆者を務める。研究論文のほか、気候変動に関する一般向けの著書に、『地球温暖化の予測は「正しい」か?』(化学同人)、『異常気象と人類の選択』(角川SSC新書)など。

illustration by Takashi Koshii / Text by Ryoko Kuraishi