story

人や街との「分断」が進む今、これからのヘルスケアを考える
2020.07.20

人や街との「分断」が進む今、これからのヘルスケアを考える
by 山名慶(NOMON代表取締役CEO)

社会活動が再開し、心とカラダの健康が改めて問われている。ヘルスケア領域の専門家は現代のセルフケアをどう考えているのだろうか。人生100年時代を見据え、プロダクティブ・エイジングの実現を目指したニュートラシューティカル製品を開発・販売する「NOMON」を率いる山名慶さんがポストコロナの健康観を考察する

僕らの時代のWayfinding 記事一覧

» 山名慶(NOMON代表取締役CEO)

高まるセルフケア、セルフメンテナンスへの意識

ーー外出自粛が要請されている間はどう過ごしていましたか。また、その間にどんなことを考えていたでしょうか。

多くの方が「移動がなくなると有効に使える時間はこんなに増えるのか」という驚きを感じたのではないかと思いますが、僕も同様です。ここ3ヶ月というもの、業務はリモート、学会もオンラインで行われていて、ほぼ自宅にいました。移動がなくなったので本を読む時間もあるし、自炊のおかげで体調もいいですし、睡眠時間もしっかり確保できている。何よりも「人生、意外とゆっくりできるもんだな」という余裕が生まれました。このリモートワーク経験からミーティングや学会はもはや対面である必要はないと僕自身は感じています。

飛行機に乗りさえすれば、誰でも手軽に地球の裏側にでもアクセスできる時代です。そもそも移動が簡単になりすぎ、人やモノの行き来が過剰だったのかもしれません。飛行機や新幹線という移動手段はオンラインという電子の流れに取って代わられたわけですが、それは必ずしも悪いことではないと感じています。もちろん、航空、自動車、交通といった産業は巨大ですし、何よりもヒトは移動する生き物ですから、これがなくなることはないでしょう。ただ今後は多くの人がこれまでとは違った移動の仕方を選択し、そこに異なる価値を見出すようになると考えています。とすると、移動の時間そのものを体験の一つとして捉えるような考え方に変わっていくのかもしれません。

ーー山名さんの専門であるヘルスケアの業界においてポストコロナの社会で求められるものはどのようなものでしょうか。

コロナウイルス感染症では感染者の数にばかり目が行きがちですが、注目すべきは“感染しているが発症していない”というケースです。感染しているが発症しないという方が少なからずいるはずなのですが、それでは発症するケースとしないケースでは一体、何が違うのか。そこに光を当てるのがヘルスケアだと思っています。まず考えられるのは免疫力で、多くの方が改めて自身に備わった免疫力の大切さを痛感していることでしょう。日ごろから食事や生活習慣に気を配って免疫力を高めて未病を防ぎ、コロナウイルスに備える。セルフケアやセルフメンテナンスへの意識が高まっていますね。

また、コロナ禍を受けて多くの方が「コロナウイルス感染症以外の疾患で病院に行きづらい」ということを実感されました。感染者を受け入れた病院ではそれ以外の疾患の患者を受け入れられなくなったということもありました。オンライン診療や薬の処方も徐々に導入されていますが、こうした背景から、病院に行かずに済むような健康状態を維持するという方向へ向かうと見ています。ということは、より本質的なセルフケアが必要になると言えるのではないでしょうか。

ーーソーシャルディスタンシングによって社会との関わりが絶たれることで孤独感やストレスを感じたという人も少なくありません。ソーシャルディスタンシングはメンタルヘルスへどのような影響を与えるのでしょうか。

感染対策上、ソーシャルディスタンシングは必要ですが、行きたいときに行きたいところにいける、会いたい時に会いたい人と関われる、これらは“生活の質”そのものと言えます。こういう状況では特に高齢者が孤立しがちですが、プロダクティブ・エイジング、心身ともに健康で幸せに長寿を全うするためには人とのつながりが欠かせないということがこれまでの研究で明らかになっています。

つまり、心身ともに健やかに生きていくためには、ソーシャルディスタンシングを維持しながら社会や人とのつながりを保たなくてはならないのです。例えば、高齢者がデジタル技術を活用できるような支援を行うとか、感染者がゼロの地域では感染リスクを減らす適切な方法をとりながら、同じ空間を人とシェアしてコミュニケーションを取れるようにするとか。ポストコロナ社会では社会的孤立や孤独に関してこれまでとは違ったアプローチが必要になるでしょう。

一方で、引きこもりはプレコロナから顕在化していた社会問題です。厚生労働省は昨年、中高年の引きこもり支援を促すという方針を決定しましたが、ソーシャルディスタンシングをきっかけにこの問題にさらに注目が集まれば、より対策が強化されるかもしれません。

コロナに備える健康法って?

ーー個人的にコロナ対策として注目しているセルフケアはありますか?

ヘルスケアの世界では最先端の知見を求める動きがありますが、感染症対策はいたちごっこです。健康食品、食事法、運動、睡眠……医療ではない分野でどこまでこれに貢献できるのかは、まだまだこれからというところでしょうか。

感染症対策というかストレス対処法として注目しているのは呼吸法です。アスリートもコンディショニングに取り入れているという逆腹式呼吸法を1ヶ月実践してみたら、体型の変化をリアルに実感しました。ストレスを抱えている人は呼吸が速いとか、深呼吸で自律神経が整うとか、呼吸が心身に与える効果は医療の世界でももちろん認められています。ただし、どうしてそういう効果が生まれるのかは医学的に証明されていないんです。

自宅にいる時間が増えたことで自炊するようになったという方も多いと思いますが、実は自炊の頻度と健康寿命の関係についての学説もあるんです。NOMONによるプロダクティブ・エイジング支援プロジェクト「新型コロナウイルス流行下の食と運動による健康の維持・増進」に対して、ウェルビーイングの研究で知られる石川善樹博士が「『在宅での料理』が『体重・ウェルビーイング』に与える影響に関する研究」を提案してくださいましたが、こちらも検証はこれからです。先日、その提案内容をホームページにアップしたのでぜひご覧いただきたいのですが、このようにサイエンスでは未だに答えが出せていない、エビデンスを構築中という事柄がまだまだたくさんあるのです。これこそ僕たちがカバーすべき領域だと思っています。

セルフケア専門家からの提言

ーー経済、健康、交通システム、社会のあり方……。山名さんはポストコロナの社会問題をどう考えていますか。

SARS、MARS、そして新型コロナウイルスとさまざまな感染症がありますが、こうしたパンデミックを引き起こすウイルスのほとんどが野生動物に起因します。野生動物の食用問題は各国固有の文化ということでこれまで規制しづらかった側面がありますが、プラネタリーヘルス(=地球環境や生態系、全ての生命に対する倫理を考慮しながら健康や福祉を向上させ、公平な社会を実現させるというもの)という考えも広まりつつありますし、今後は生態系を守り、野生動物と人間社会の垣根をむやみにいじらないという世界的な取り組みが必要になってくるでしょう。

僕が気がかりなのは、日本だけでなく世界全体の話ですが、人種間、地方対東京、夜の街対昼の社会というように、コロナ禍において分断ばかりが促されていること。現在の状況を少しでも良くするために必要なのは分断よりもむしろ連携、繋がることだと思っています。こうした繋がりの一助になるのが移動ですよね。家族だけで、あるいは小さな地域コミュニティの中だけで生きていくことが幸せで健全な暮らしなのか。先ほど「行きたいところに行く自由は生活の質そのもの」と言いましたが、移動とは、つまり別のコミュニティや社会、他者と関わることなんですね。他者と関わることで、お互いの違いにばかり目を向けるのではなくそれぞれの価値を認め合うことができるはず。ポストコロナで私たちはどう移動して他者と関わるのか、今後はこうしたニーズを受けて、新しい移動の文化やシステムが形成されていくのでしょう。

さて、最後はごく私的な意見です。ポストコロナで大切なことは、個人的には「いい加減さ」だと思っています。バイオロジカルな観点でいうと「いい加減さ」って極めて重要で、例えば“全ての生物の祖先”とされる単細胞有機体、LUCA(ルーカ)の進化の過程では「いい加減さ」が絶妙に発揮されています。LUCAが生まれたのは、深海の熱水地か陸地の温泉地か、といういくつかの異なる説がありますが、いずれにしてもある一か所で生まれて地球上に「移動」していったLUCAから細菌(バクテリア)と古細菌(アーケア)が生まれました。そしてある時、たった一度だけ、古細菌がパクッと細菌を食べたら真核細胞(ユーカリオート)が生まれ、食べられた細菌がミトコンドリアになって……で、まあ、色々あって人類に進化したと言われています。そのLUCAの進化にはきちんとした戦略なんて何もない。「いい加減」なんです。

何が言いたいのかというと、今回のコロナウイルス感染症もLUCAの進化や真核細胞の誕生のように、生きものの歴史上で起こった“たった一度”の大きな出来事なのかもしれません。

私たちはなんでも他者と差別化して戦略を練って、それをノウハウに落とし込んで……と、何事も「きちっと」やりたがりますが、これからの未来を明るくするのはいい意味での「いい加減さ」を持って前向きに楽しく生きていくことなのではないでしょうか。僕はそれこそがプロダクティブ・エイジングだと考えています。 

「移動できない」という状況下でこれからの暮らしを考える|僕らの時代のWayfinding 一覧を見る

山名慶
帝人株式会社にて20年以上、医薬品研究・ニュートラシューティカル製品の開発に携わった後、2019年にプロダクティブ・エイジングの延伸を掲げるNOMON株式会社を立ち上げる。老化を抑制することが期待されるサプリメント、NMN(ニコチンアミドモノヌクレオチド)を配合した「NADaltus」などを開発・販売するほか、健康寿命の延伸に役立つヘルスケア領域の情報を一般向けにわかりやすく発信する独自メディア、「LIFE IS LONG JOURNAL」を運営している。

illustration by Takashi Koshii / Text by Ryoko Kuraishi