story

風通しよく生きるために「複数の選択肢」をもつようになった
2020.07.13

風通しよく生きるために「複数の選択肢」をもつようになった
by KENGO AOKI × TAO

自粛生活を余儀なくされ、多くの人が立ち止まる時間を得た今日。これから何を元に戻し、何を新しい習慣として取り入れるのか、僕らはその岐路に立たされている。価値観やライフスタイルが大きく変わろうとしている今、風通しよく生きるためのヒントとなる対談をお届けしたい。登場するのはKENGO AOKI さんとTAOさん。会社員の傍らで、創作活動を行う「兼業アーティスト」とも呼ぶべきふたりである。

» KENGO AOKI × TAO

会社員とアーティスト、二足の草を履くきっかけ

ーーまずはおふたりそれぞれの活動について教えてください。

TAO アートディレクターとして会社に勤務しています。そして会社に勤めながら、TAOという名前で絵を描いたりしています。

KENGO AOKI(以下、KENGO) 僕も会社勤めのアートディレクターです。その傍ら、イラストやオブジェなどの創作活動もしています。

ーー会社員でありながら、アーティストとしての活動を始めたきっかけはあったんですか?

KENGO 僕は40歳近くなって、漠然と何か自分発信のものを作りたいって思うようになりました。そんな時に写真家の平野太呂さんに『LOS ANGELES CAR CLUB』っていう写真集みせてもらった。内容も超良いんですが、それが私家版だと聞いて、「わーっ、こういうことだ」と思って。TAOのダンボールサーファーもそうですけれど、やりたいことがあったら勝手に自分でどんどんやればいいんだって、急に火がつきました。で、展示しよう!と思って、駒場にあったNo.12 Galleryで大学の同級生のOTANIJUNくんと2人展を行いました。OTANIJUNくんも働きながらコンスタントに自分の作品を発信し続けていて、すごく良い影響を与えてくれる友人です。この展示は高校の時に初めてバンドでライブをやった時みたいな、初期衝動を思い出すような素晴らしい体験で、「やっぱり作品作りって楽しいぞ」と強く思いました。


KENGO AOKI作品解説:2018年12月に実施された『DIFF’RENT FOLKS KENGO AOKI & OTANIJUN EXHIBITION』。立体と平面による様々な民族(=キャラクター)を製作し発表した。

ーーそれから作品作りを続けているんですか?

KENGO はい。今やっているイラストシリーズは、猫と街と車の絵なんですが、なんてことないけれど、思い返すと『なんか日常っていいな』っていう瞬間を切り取っています。コインパーキングで精算するときにパワーウィンドウをあけて外の冷気が入ってきた時の気持ち良さとか、夜中の誰もいないセブンイレブンの前でタバコを吸っている時だとか。みんながどこか知っている、ふとした瞬間に感じる”なんか良い気分、なんか良い時間”を描きたいな、と思って始めました。




KENGO AOKI作品解説:「猫」「街」「乗り物」をモチーフに、日常のふとした風景を切り取ったドローイングシリーズ

TAO 僕は、仕事でのものづくりの事とかに悩んだりして、会社を辞めた方がいいのかな……って考えていた時期がありました。それで、仕事とは関係なく何かを作りたいなって想いが膨らみ始めて、シャツに絵を描いてみたり、ちょっとずつ思うままにやり始めていたんです。ちょうどその頃に地元の先輩でサーフボードを作る職人さんと出会って、その人に教えてもらいながら波乗りを始めたんですよ。そしたら本当に楽しくて、教わることもとっても多くて、なんだか気持ちが救われました。ある時その職人さんが波に乗っているのを見ていたら、それがすごくかっこよくて、とっても楽しそうで。その姿を「描きたいな」って漠然と思ったんです。そしたらちょうど家に宅配のダンボールの切れっ端が転がってて、思いつきでそこにペンでひょろひょろと描いてみたら、思いの外いい感じになったんですよね。

ーー作品に描かれているのは実在の人物なんですね。

TAO そうですね。それからは波乗りをした時に一緒に海に入った人たちを見ながら、楽しいとか、かっこいいとか、ステキだなとか感じた瞬間を描くようになりました。




TAO作品解説:ダンボールの破れた部分を波に見立てて、気持ちよく波乗りするサーファーたちの姿を描いたシリーズ「ダンボールサーファー」。

仕事には自己実現欲を過度に持ち込まない

ーー会社員としての仕事と、アーティストとしての活動のバランスは、どう保たれているんですか?

KENGO 会社員としての僕は、当たり前ですが、クライアントの要望に応えたデザインを作ることが仕事です。とてもやりがいのある作業だし、みんなで作り上げる楽しさもある。だけど、ものづくりの比重が仕事だけになってくると、ちょっと息苦しくなってくる時もあるんです。どこかに自己表現としてのものづくりを求める自分もいるんですね。そういう時に、100%自分の好きなように作った作品や、その制作に没頭できる時間があるだけで、仕事上で自己実現欲を過度に持ち込まなくてもよくなるんです。許容範囲が広くなるし、そういった意味では、結果的に仕事にもいいフィードバックがある。


KENGO AOKI作品解説:『TEXT SKATEBOARDING』スケートボードの”音”を文字起こしした作品。1991年のスパイクジョーンズによる名作スケートビデオ「VIDEO DAYS」のマーク・ゴンザレスパートを擬音で表現。

TAO わかるなぁ。たぶん僕の場合も、仕事での表現に自分の感覚や感性を持ち込もうとしすぎていた時期があって。それで崩しかけていたバランスを保つみたいにして絵を描き始めた結果、仕事の方でも気持ちのゆとりを持てるようになってきた。両方やっていることで、今はいいバランスの取り方ができていますね。

KENGO 仕事の中で自己表現も叶えて大成功している方もたくさんいると思うので、“僕らの場合は”ということになるんですが。僕も今はこのバランス感でやってみようと思っています。

TAO 仕事でも作家活動でも、もちろんものづくりに限らず、何かひとつに専念してそこに全てを注ぎ込んだ表現には、説得力や迫力が出てくると思いますし、その方が心地良かったり、気持ちが安定する人もいるとは思います。僕も仕事か絵を描くか、どっちかに絞るべきなのかなって悩んだこともありましたが、あまり「こうすべきだ」って決めすぎないで、今は今のカタチが僕にとってはいいんだなって思うようになりました。



TAO作品解説:自分が着る服に思いつくまま描いたところから始まったシャツのシリーズ。オーダーをくれる人がいれば、1点ずつ描き下ろしている。

なぜマルチチャンネルで生きるのか

ーー暮らしの中で、複数のチャンネルを持つことで、仕事にも創作活動にも相乗効果が生まれている。A面もB面も必要不可欠で、そのチャンネルの掛け合わせも個性になっている、と。

TAO チャンネルって意識みたいなものかな、とも思うので、今やっていること以外に意識を置くことで、今やっていることを少し俯瞰して見れるようになったり、新しいものが生まれるきっかけになったりすることはあるんじゃないですかね。もちろん、いくつか持つことが絶対いいとは限らないですが。

ーーひとつのチャンネルが、もうひとつのチャンネルのカウンターになったりもしますよね。

KENGO 僕は仕事でPCを使ってグラフィックデザインをするっていうことをずっとやってきたから、紙を切るとか、貼るとか、描くとか、そういう手を使った作業をやりたくなったんですよ。ある意味、仕事の反動で突き動かされたっていうのもあると思います。




TAO作品解説:ダンボールの切れ端に描かれるサーファーは、作家自身が海で出会った仲間たちの姿を、まるで絵日記のように記録して作品化されている。

「移動」が担っていたマインドチェンジをどう補うのか

ーーマルチチャンネルで生きていく、そのコツってなんでしょうか?

TAO 「あれやってみようかな」って意識がそっちに向いた時がそのタイミング、というか。自分の中で自然とバランスが変わって、チャンネルがひとつ増えていたという状態が理想なんですかね。どこか無意識というか、自分で気づけなくても、必要な時に自然と増えていくようなものだとも思うので、今の暮らしで気持ちが落ち着いているなら、無理に広げようとしなくても良いのかもしれません。

KENGO こうしなきゃいけないとかあんまり決めすぎないことですよね。スポーツとか、恋愛とか、食べ歩き、とか、自分が「好きだなぁ」とか「わくわくするな」という感覚をつかまえて、何をしていると良い気分で居られるかを自分自身で把握することが大切なんで。それが分かると、自分でチャンネルの切り替えができるようになるのかも。たとえば仕事場からちょっと遠いところに住んでみる、とかでもいいじゃないですか。物理的な移動によって変わるマインドチェンジもありますから。

ーー確かに僕らは、移動によって自然に意識の切り替えができていた。出勤がその一例で、それがリモートワークによって切り替える時間を奪われたという人も少なからずいると思いますね。

KENGO その移動が担っていた役割を、色んなチャンネルを持つことでいくらか解決できるのかなと思います。たとえば、僕でいうと、仕事の自分、家族の自分、庭いじりの自分、ものづくりの自分……いくつかあります。会社員の自分がへこんでいるときに、庭いじりの自分は全くそこを気にしていなかったり。そうやって、いろんな自分を持つことで気持ちがラクになる。そうすると自分を追い詰めずに、風通し良く生きていけるんじゃないかなと思います。

TAO 確かに。仕事や生活にこれまでの移動を組み込めなくなったり、今の生活の中でバランスを崩しそうになったら、別に意識を置くことで、気持ちを切り替えられたり、考え方に余白を持てたり、救われることがあるかもな、と思います。いろんなチャンネルを持つことで選択肢が増えて、自分のバランスで行ったり来たりできたらいいですよね。

KENGO AOKI / 青木謙吾
1979年生まれ。神奈川県茅ヶ崎市出身。武蔵野美術大学卒。広告会社勤務のアート・ディレクターとして活動しながら、個人活動として立体作品やイラストなどの制作を始める。2018年No.12 Galleryで2人展開催。
[instagram]@ken05_aoki

TAO
1979年生まれ。神奈川県横須賀市出身。東京藝術大学卒。広告会社勤務のアート・ディレクターとして活動しながら絵を描き続ける。
[instagram]@tao_hirosuke_yoshimori



Text by Ryo Muramatsu