小さな時から田舎暮らしに憧れていた
東京で生まれ育ち、いわゆる「田舎」がなかった自分にとって、田舎暮らしは幼いときから憧れの対象でした。家族でしょっちゅう、キャンプにでかけていましたが、そうした経験も田舎に対する憧れをかき立てたのだと思います。そうした漠然とした憧れがリアルな願望に変わったのは、4、5年前、家族で行った四国横断のロードトリップで徳島に立ち寄ったことがきっかけです。そこで出会った人や風景、風土、食のカルチャーに大いにインスパイアされて、地方移住やデュアルライフの可能性を本格的に探るようになったんです。とはいえ、当時は自分が立ちあげた会社で代表を務めていて目が回るように忙しかった。いずれは自然共生、地方創生、多拠点生活を自ら実践し、これらのキーワードを絡めたビジネスに携わりたいと思いつつも、なかなか踏み切れなかった。
マイクロリゾートとキャンピングカーの可能性
こうした状況をがらりと変えたのが昨年のコロナでした。ご多分に漏れず自分の会社が抱えていた案件の多くがキャンセルになり、かつてないほど時間ができました。ちょうどその頃、後輩がキャンピングカーのオーナーになりまして、これを使ってなにかできないかという相談を受けたんです。ハイエースを使った車中泊の旅を趣味としていたことを覚えてくれていたようでした。これまでの遊びの経験を生かしてキャンピングカーのリビルドを請け負うことになり、加えてキャンピングカーをベースにしたイベントを山梨や長野で開催しようと考えました。
マイクロリゾートをコンセプトに掲げたそのイベントではキャンピングカーの遊び方を提案するだけでなく、都会と地方の橋渡しのようなことができればと、参加者と地元の交流を促すことも視野に入れて企画を進めて。イベントのプランニングという自分がこれまでやってきたこと、キャンピングカーという得意とする遊びの領域、そして地方活性や地方共生という、いずれやりたいと思っていたことを一気に実現するまたとないチャンスがコロナによって巡ってきたんです。結局、このイベント自体はコロナの影響もあって延期となったのですが、これをビジネスとして本格的に展開してみようと、前職を辞して〈ON GO Inc.〉を立ち上げることになりました。
レンタカーサービスを開始している〈ON GO Inc.〉の1号車。ご興味のある方は、@ongo.gram までDMにて受付中。
キャンピングカーを使った遊び、暮らし、旅の提案
現在、〈ON GO Inc.〉ではキャンピングカーのリビルドやクルマと自然の楽しみ方を提案するイベントの企画・運営を主軸に行っています。〈ON GO Inc.〉を立ち上げるにあたり、キーワードとして考えたのが「ライフモジュール」。「ライフスタイルを変える」というとなんだか仰々しいけれど、これからの時代はもっと気軽に、軽やかに、たとえば都会の暮らしを維持しながら、多拠点生活や地方と都会の行き来、キャンピングカーを使った旅……自分のリズムにあった生活、旅、遊びを楽しめるようになるんじゃないか。そういうワークライフバランスには、「ライフスタイル」というよりむしろ「ライフモジュール」という規模感がぴったりくる。そういう意味で「ライフモジュール」をコンセプトとしました。
これとは別に、ランドクルーザー・ハイエース専門の中古車ディーラーである〈FLEX〉が立ち上げた『MOVING INN』という新規事業のクリエイティブディレクターを務めています。これは、キャンピングカーをホテルに見立てて、最高の瞬間を最高の場所で過ごすためのノウハウを提供する事業なのですが、〈ON GO Inc.〉にしろ『MOVING INN』にしろ、移動や通勤、遊びに関してこれまでの当たり前が当たり前でなくなった社会で、新しい移動手段や働き方・遊び方、暮らしを作っていこうという思いが共通しているのかな。
クリエイティブディレクターを務める、北海道帯広市を拠点に展開する“移動するホテル“をコンセプトにした宿泊サービス『MOVING INN』。オリジナルのキャンピングカーレンタルとエリアガイドを提供し、一夜限りの絶景に泊まることができる。写真提供:MOVING INN
旅で大切なのは目的地よりも立ち寄り先
キャンピングカーの旅や車中泊の何が魅力かって、目的地至上主義ではなく、立ち寄り先をつないで旅を深めていけるところ。目的地を1つに決めない分、フットワークが軽くなるし、旅の自由度も高い。チェックイン・チェックアウトの縛りもないから、宿泊施設に滞在するより自分のペースで動き回れます。食事は旅先の飲食店を利用して、自炊の場合でも食料品店や市場に出かけて現地の食材を調達します。地元の人にとってもこれはチャンスです。その土地の魅力をモバイルキャンパーに発信することが地方創生につながるかもしれない。彼らと地方の橋渡しをしてあげる多彩なコンテンツも求められていると感じますね。
これからのバンライフを考える
キャンピングカーの旅や車中泊を楽しんでいる僕自身、日本のバンライフで不自由に感じていることがあります。それは自然の中に身を置けるシチュエーションがものすごく限定されていること。「自然」といってもキャンプ場がせいぜいで、バンライファーにとって選択肢があまりにも少ない。もっと自由に雄大な自然の中で寝起きできたら……多くのバンライファーがそう感じているのではないでしょうか。
たとえば、新たに携わるようになった『MOVING INN』は、北海道・帯広の広大な草原にモバイルキャンピングリゾートをしつらえ、バンライファーにとって最高のシチュエーションを追求した宿泊体験を提供するというものです。これは今春、開発がスタートする予定ですが、いずれは北海道から本州へと拠点を広げていきたい。日本全国をバンライフの長大な旅ルートとして提案できるようになったら……そんなことを考えています。
日本ならではのカルチャーを醸成するために
現状、日本のバンライフは選択肢がない。だからカルチャーが生まれず、マナーやルールが周知されないという問題をはらんでいます。たとえば道の駅の駐車場に宿泊してテーブルを広げたり、トイレの洗面所で顔を洗ったり、そんなマナー違反が顕在化するにつれ、キャンピングカー乗り入れ不可という道の駅まで出てきました。車中泊協会といった団体が立ちあがってルール作りを進めているようで、こうしたルール作りとともに日本らしいキャンピングカー・カルチャー、バンライフ・カルチャーをみんなで作り上げることが欠かせないんじゃないかな。そのためには選択肢を広げること。『MOVING INN』のようなモバイルキャンピングの拠点を各地で設けていけば、いずれは日本におけるキャンピングカー・カルチャーが醸成されるはず。そんなふうに感じています。
モノよりコト、そして体験へと消費のニーズが変化していますが、その体験にしても1週間であちこちを巡る観光的なものより、さらに時間をかけて深度を深めた体験へとニーズが変化していくはず。バンライフもしかりです。海外のバンライフは半年、1年なんてスタイルもザラですが、日本には日本らしい旅の仕方があるはず。そこに地方創生というキーワードをからめたら新しい旅や遊び、暮らしのスタイルとしてのバンライフ・カルチャーが育まれていきそうですね。
渡邉桂志
〈ON GO Inc.〉CEO、『MOVING INN』クリエイティブディレクター、〈TRANSIT crew〉アウトサイドディレクター。立ち上げに携わり代表取締役を務めたトランジットクルーを離れて独立。趣味で車中泊を実践してきた経験をベースに、キャンピングカーのブランディングやイベント企画、プロモーション企画を行なっている。
instagram: @ongo.gram
instagram: @movinginn_japan
Photo by Shinji Yagi / Text by Ryoko Kuraishi