日本海で育ったスノーボーダー、藤田一茂さん。2009年の「THE SLOPE」で優勝。2011年の「TOYOTA BIG AIR」で日本最高位の5位に入賞。第一線での競技者を経て、「Heart Films」というフィルミングクルーに参画しカナダやアラスカに遠征するようになる頃から、スノーボードをツールとして捉え、新しい表現を追い求めていった。
現在、藤田さんは長野県白馬を拠点として、畑を持つ借家にて反自給自足の生活を送っている。いつからか、スノーボードは人と競うものではなく、乗るものになった。自然に合わせて、どう乗るか、と。そうしたライフスタイルへと移行していくきっかけから話を聞いた。
ボードが、ギアから乗り物に変わった
――現在の暮らしに行き着いたきっかけというと、どんなことがありますか?
ずっと大会を中心にやってきたんで、スノーボードを競技スポーツとしての枠でみてたんですよ。やばいジャンプしたやつがかっこいいとか、スノーボードはこういうものだ、っていうのが自分の中であって。でも、雪と向き合うことを人生で一番のプライオリティとしているGENTEMSTICKの先輩達と出会ってから、それまでの概念がガラッと変わりました。大事なのはどれだけ真摯に雪と向き合えるか。どれだけ雪を知れるか。今日の雪は今日しかないので、日々向き合う事が大切なんです。大山は一回滑っただけでは、わからない。長い時間かけないと辿り着けない深みってあるじゃないですか。そこに行き着くには、どれだけそのカルチャーに居続けるかが大事なんだと思うようになりました。それに気付かされたのはよかったし、もし気づかなかったらスノーボードを続けていなかったと思います。
――意識の変化は、スタイルにも現れました?
雪やシチュエーションにあわせて板を選ぶようになったのもそのひとつです。シーズン中は10本以上はいつでも使えるように準備していて、旅でも5本は持って行きます。サーフィンも波に合わせて長いものや短いもの、フィンの数を選ぶじゃないですか。それと同じ感覚で、この板はこういう乗り方、こっちの板はこういう乗り方っていうように、スノーボードの板に対して「乗り物」っていう意識が芽生えました。同じコンディションだったとしてもシェイプで乗り味が全然違うんで、乗り物を変えて遊ぶ。大会に出ていた頃はやっぱりスポーツとして捉えていたので、自分のカラダの動きに合う板を選んでいて、そういう感覚って全くなかったんです。
――醍醐味そのものというか、軸が変わった感じですね。
昔は「早く、でかく、遠くに」っていうのが自分の楽しみだったんですけれど、今は楽しみ方の幅がでてきましたね。ゆっくり滑るのも楽しいし、お客さんに教えるのも楽しい、むしろ伝えたいっていう思いが出てきました。これまでは「どや、おれ」みたいな感じで誰かと競い合っていたけど、今はもうそうゆうのはいいかな、って。雪があって、板に乗れれば笑顔になれる。今はそうゆうスノーボードのシンプルな魅力を広げていけるような滑りや作品づくりを心がけていますね。
土をいじるようになって、少しずつわかってきた自然の循環
――白馬を拠点にしたきっかけはなんだったんですか?
八方に『head café』っていうカフェがあるんですが、そこのオーナー夫婦と仲良くなって店舗の2階に寝泊まりさせてもらってた時期があったんですよ。最初は数泊だったのが、そのうち荷物も置きだして、終いには今シーズンずっといてもいいですか?って(笑)。それが白馬にくるきっかけでした。そのあたりからカナダとかアラスカに行き始めていたんですが、そういった海外のフィールドに近い山って日本だとどこだろうって考えたら白馬だったんですよ。パークもあればパウダーもあって、山に登ればすごい斜面もあって。アクセス条件も含めて、そういうことが全部叶うロケーションって日本だと他にはないと思います。
――白馬に来てから、畑も始めてますよね?
5年前に長野県美麻村に家を借りて、そこで畑もやるようになりました。当時ベジタリアンになったこともきっかけになって、野菜ができる過程って頭では解っているけど、実際にやってみて初めて知れることはあるんじゃないかって。それで近所の人に教えてもらうとしたら、本通りやったらできるからって言われました (笑)。有機栽培と無農薬栽培で育てているんですが、虫にどう対処するとか、肥料をこれぐらい入れるとこうなるとか、このぐらい放置するとこんなふうになるんだとか、少しずつわかってきた感じです。野菜作りのプロセスを一通り経験することで、自然の循環を身を以て感じるようになりましたね。雨が少ないと土が乾いてるな、とかめちゃくちゃ単純なことですけど、実感としてわかる。雪に関しても同じだなって。雪が降って、太陽にあたって水蒸気となって雲になったり、雨になったり。これまで雪を滑っていてもそういう感覚になったことはなかったので、新しい発見でした。
海でも山でも、水の循環の中で遊ばせてもらってる
――循環の中に身を置いているという発見の後、暮らしに変化はありました?
変化かどうかはわかりませんが、冬だと雪だし、雪じゃないときはサーフィンだし、自然のリズムにあわせた生活を自然とするようになりました。天気予報や天気図を見るのは年中日課になっていて、気になるスポットは全部見ないと気がすまない。サーフィンだったら石川ぐらいまでは日帰りで行ったりもします。冬だと、たとえば白馬では12月から滑れるんですが、雪の降り始めからずっと観察するんです。雪は蓄積していくものなんで、浮き沈みであったり、気温の変化を観察することが必要なんですよ。例えば、積もった雪が気温が上がることで溶けて凍って、その上にまた雪が積もると危険なんです。ツルツルの上に雪が積もるんで、雪崩になりやすい。実際に行く日を決めてたとしてもそこまで観察してなかったらコンディションが読めない。つまりアタックするチャンスが巡ってこないわけです。だから毎日天気図を見ながら、風向きがどっちで、どこに雪がついているなって現地を想像しているんです。はたから見たらただの雪バカに見えるかもしれないですけど、僕らにとっては、そうゆう観察や想像も、雪を滑る魅力になっているんです。そうやって自然の流れに身を置くことで、見えるようになった変化もあるのかなと思っています。
――暮らしの中で、環境についての意識が芽生えたきっかけはなんでしたか?
原発事故のあたりから、それまで当たり前に感じていた世の中のサイクルに対して不安になって、もっと色々と勉強しなきゃって思うようになりました。環境に対しても同時期です。今言われているエネルギーシフトについても広い視野で物事の本質を知りたいと思っていて、そもそも原発もシステム的には問題視されることが多いですけど、C02排出という視点では完全にだめだとも言い切れないのか? とか、自分の中には色々な疑問があって、でもその答えはなかなか見つからない。
――他には、どんな疑問を抱えています?
たとえば、物は長く使おうと思うけれど、プロスノーボーダーとしての立場とすると、スポンサーによってはまだまだ使えるものを差し置いて、新しい製品を使ってPRしなきゃいけないときもある。もちろんそれにはなるべく抵抗したいなという思いもあるので、同じような道具はもらわないようにしたり、大切に使う努力や長く使える製品を開発したり、どうしても余りが出た場合には友達や家族の輪でその道具が輝ける場所に届けて使ってもらったりしていますね。つまり、経済を止めることはできないんです。人間本位な選択しかできないかもしれないけれど、小さなアクションが大きな流れになって、様々な矛盾を解決できるテクノロジーの発展にもつながれば、とは常日頃、考えていますね。
自宅のリビングにて、THE NORTH FACEの新素材「フューチャーライト」を搭載したスキーウエアをはじめ、冬支度をしている藤田さん。高い防水・透湿性としなやかな着心地とが共存する「フューチャーライト」を使用した製品は、環境負荷を少なくするため、素材を挟む表地と裏地は100%リサイクルのポリエステルを使用し、生地同士をつなぎ合わせる糊の量も削減している。「フューチャーライトは、滑る時はもちろん、滑るまでの登りや移動中での動きやすさも抜群。これまで防水性能を高めようとすると、どうしても生地に張りが出て伸縮性が損なわれがちなんですけど、そこをクリアして高いバランスで仕上がった生地だと思います。またリサイクル可能な素材ということも革新的な部分。長く使うことが第一ですけど、身を守る道具としてはそうできない場合もあります。リサイクル素材を使って作られた、リサイクル可能な高性能ウェア。これまでありそうでなかった、まさに物の選び方、使い方が変わる時代を象徴するの商品だと思います」
矛盾の中で、自分ができることを見つけないといけない
――アスリート活動の中でできること、できないことと向き合い始めているってことですよね。
そうですね。移動の話にしても環境に配慮したいなって思いつつ、燃費の悪いガソリン車に乗っていますし、僕は移動することが大好きなんですよ。雪も海も移動しないとできない。そんな僕が何がだめ、これがだめって言ったって、説得力ないじゃないですか。でもその反面、スノーボードは色々な景色を見て、旅するものだと思っていて、その姿を通して伝えられることはあるなとも思うんです。だからそこは、捨てたくない。こういった矛盾をどう解決していこうか、これからの僕に何ができるかっていうのは、ずっと考えていますね。
愛車のピックアップトラックは「Toyota Truck Xtra cab 1993年式」。月間の走行距離は2000~2500km程度。藤田さんにとってクルマとは、“新しい世界へ連れて行ってくれる、自然と自分とをつないでくれる存在”なのだそうだ。
最近思うのは、僕自身が実感している自然の恵みや循環のことを人に伝えていくことはできるんじゃないかなって。つながりを意識することが、最初の一歩になることもあるから。
後編では、持続可能エネルギーの専門家と藤田さんとのクロストークを通して、明日からできる低炭素ライフについて考えていきたい。
いかにライフスタイルを転換できるか |連載「アスリートと低炭素社会」記事一覧
藤田一茂
日本三景・天橋立で有名な京都県宮津市で生まれ、日本海と山に挟まれた小さな町で育った藤田一茂は、15歳でスノーボードと出会い、20歳からプロスノーボーダーのキャリアを開始。ビッグエアーなどのコンテストでの活躍を経て、現在ではバックカントリーでの撮影を中心にスノーボードの魅力を創造する活動を行っている。自らも撮影や映像制作、プロデュースを手掛け、国内外問わず旅へ出ては、スノーボードの魅力を発信している。また、雪のない時期は映像制作やクリエイティブなワークの傍、自宅の畑での家庭菜園やスケートボード、波乗り、四季を通して自然のリズムを追いかけた生活を送っている。
HP:https://www.forestlog.net
Instagram:@forestlogd
photo by Eriko Nemoto text by Ryo Muramatsu supported by THE NORTH FACE