story

2021.10.11

異国のゴミの山が旅の価値観を変えた。
プロサーファーがドキュメンタリー映画を作るまで
by 和光大

日本の若きプロサーファー和光大、金尾玲生、石川拳大、齋藤久元が異国の雄大な自然とそこにあるゴミの山と対峙していくドキュメンタリー映画『Breath in the moment』が完成した。企画・監督を務めたのは、プロサーファーでありながら、トラベラー、デジタルクリエイターとしての多彩な顔を持つ、和光大さん。「自然の素晴らしさを伝えたい」と、映像や写真で自身の旅を発信している彼だが、数年前まで「移動」はあくまで波乗りのための行為に過ぎなかった。自問自答を繰り返し行き着いた現在地について、そして今作のテーマ「今を生きるとは」――その言葉に込めた思いを聞いた。

» 和光大

オーストラリアでのサーフィン修行を経て、プロになるも挫折を味わい、再びオーストラリアへ

――キャリアのスタートはプロサーファーから、だと思いますが、プロサーファーになるまで、そしてなってからどのような道のりでしたか

父親の影響で9歳の頃にサーフィンを始めて、生まれは横浜なんですけど、平日でも波があれば4時起きで湘南まで海に入りにきてました。10歳の時には、学校の行事で10年後の自分に宛てて書いた手紙に「プロサーファーになってますか?」って書いてたんです。その夢のために小学6年の頃に家族で湘南に引っ越して、世界で活躍できるサーファーになりたいと思い、中学卒業後5年間オーストラリアに行きました。

サーフィン修行のための留学だったので、すべての行動をサーフィンのためにしている感じ。波乗りは1日3ラウンド、トレーニングにコーチングに、できることは全部やったから自信もついて。5年後、帰国してプロツアー2戦目でプロになれた。その勢いで1年目にして、トップシードにも入れた。嬉しかったですけど、「世界の試合に出る」ってことが目標だったので当然だろ、という気持ちありました。遠征費も必要だし、ということでスポンサーに交渉するんですけど、まあうまくいかなった。当時は結果出せばどうにかなるだろっていう浅はかな考えだったし、多少調子に乗ってたのかなって今となっては思うんですけど、自分の希望と折り合わずスポンサーの契約も辞めて、自分を追い込んでしまった。

さらにはそんな状況で実家を出たりして、遠征費も生活費もアルバイトで稼ぎながらの生活。練習量も減って下手になってる気がするし、プロになって2年目以降どんどんネガティブになっていきました。成績が毎年10位ずつ落ちていったんですよ。あと1回勝たなきゃ来週の生活費ないっていう状況もあったり。ギリギリで。頼れる人もいなくて、心身ともにズタボロになって……もう試合出るのやめようかなとも考えたりしていた24歳の(プロツアーの)シーズン終わりに、何がしたいんだろうって自問して『純粋にサーフィンがしたい』ってことに行き着きました。それで、もう一度オーストラリアに戻ることにしたんです。

ワーホリでオーストラリアに戻って、毎日、日中はサーフィンして夜はレストランで働いてっていう生活をしていたら、色んな感覚が戻ってきたというか、自分の状態が良くなっていきました。2年目からはサーフィンのコーチングの勉強もして、それで食べていけるようにもなった。けど、なんか、ふつふつと自分が今やりたいことってこれなのかな? って思うようにも。そこでまた、自分に問いかけました。何がしたいんだろう?って。そしたら、旅がしたいっていうのが出てきた。それが2017年頃、26歳の時、大きな転機だったと思います。

自分の生活そのものだった。サーフィンという存在

――サーフィン一筋だった大さんが、旅がしたいというのは、どんな心境の変化があったんですか?

24歳からのオーストラリア生活では、サーフィンというものの価値観や人生の向き合い方が大きく変わりました。サーフィンをやってるからこんなに苦しんでるって思ってる時があったんですけど、ただ毎日サーフィンをするだけで自分がものすごく満たされて幸せだった。それまで、自分の中で生活とサーフィンは切り離されてたんですけど、サーフィンは自分の生活のそのものなんだって気づいたんです。

そんなマインドシフトもあって、サーフィンは自分の一部だけどそれだけじゃないよなって、とにかくやりたいことやろうって思って、山だったり観光名所だったり色んなところに行くようになりました。今までも色んなところに行ってきたのにサーフィンとステイ先の行き来しかしてこなくて、それって勿体無いなって思ったし、色んなところに行って経験するという楽しさに気づきました。それで、YouTubeとかで海外のクリエイターの旅の映像とかを見るようになって、色んなところ行ってていいなーって思ってたんですけど、ある日突然、なんでいいなー?なんだろ、なんで俺行けないんだろう、いや、行けるよな、行こう!ってなりました。

セルフブランディングした世界一周サーフィン旅

――その意識の変化が、トラベラーとしてのはじまりなんですね。

日本に帰ったら旅をして生活したいと思い、そのためにはどうしたらいいんだろう?と考えた時に、箔を付けるために世界一周というキャッチーな旅をしようと思いました。1年かけて資金を貯めて、めちゃめちゃ細かく計画を練りました。独学で映像と写真の勉強もしたし、SNSにどんな写真をどんな色合いでどう載せたらいいかってことも考えてたし、周りの人にも旅に出る前日まで言わなかった。この旅は次へ繋がる糧にしたかったから、自分なりにブランディングして周りを驚かせてやろうって思ってました。

――その世界一周の期間、プロサーファーとしての活動はお休みしたんですか?

いや、世界一周の期間は3ヶ月間で。世界一周にしては短いんですけど、それは、サーフィンの試合も出たかったから。日本のプロツアーのオフシーズンの時期に行ったんです。当時、周りからはなんで映像なんか作ってるの、とかサーフィンがない場所に遊びに行ってるの?ってすごい言われました。旅をするっていうと、特に日本だと引退したみたいな、第二の人生を歩みだしたみたいな風潮があるんですけど、それがなんか嫌で。僕は、全部やりたかっただけだから。試合にも出るし、旅も行くし、映像も作るしって。

躊躇いなく捨てられたモロッコでのゴミの塊が、旅の価値観を変えた

――一念発起した世界一周旅、どんな収穫がありました?

結果的に、この旅での経験が今回の『Breath In The Moment』に繋がって、今につながりました。この旅で行ったモロッコで、子どもたちがゴミを躊躇いなくポイッて捨てる瞬間を見たときに、はっとさせられて。その反面、モロッコには異世界のように綺麗な自然がある。そのコントラストを肌で感じて、本当にまずいんじゃないのかなって思った。中東から、ヨーロッパに移動したんですけど、先進国では、これ僕の偏見も入ってますけど、いかついタトゥーのおっちゃんでもマイボトル持ってて、意識の差が激しすぎちゃって。カルチャーショックでした。ゴミへの意識もそうだし、旅というものに対しての意識がガラッと変わりましたね。

で、旅を終えて帰国して何かしたいな、と。世界一周の旅では映像を頑張って作って出してたんですけど、その反響が思ったより良かったので、映像と旅であれば、自分でも伝えられるんじゃないかと思いました。僕はゴミ問題の研究がしたかったわけでもないし何も知らない。でも、自分にある武器でできることをやろうと。それが『Breath In The Moment』というかたちになりました。

映画『Breath In The Moment』予告トレーラー

――それで、『Breath In The Moment』では、環境汚染につながるゴミ問題が取り上げられていたんですね。映像に写されたモロッコのゴミの映像はショッキングでした。また、街と自然、土地土地の人の様子、途上国と先進国……といったコントラストを強く感じたのも印象的です。

そうですね。コントラスト、というのはすごく意識しましたね。僕が衝撃を受けて価値観が変わった場所がモロッコだったからモロッコには行こうと決めていて。あとは、アイスランドは絶対行きたいと思っていた場所で、じゃあモロッコとアイスランドの間のヨーロッパにも行こうと。モロッコでは観光地マラケシュ滞在後に自然豊かなサーフポイントである漁村のタガズートに行ったり、中東からヨーロッパその後のアイスランドという流れが結果的に、「光と陰」を色濃く見せることに繋がったと思います。





――金尾玲生さん、石川拳太さん、齋藤久元さん、飯田航太さん。4名のサーファーたちとの旅のドキュメンタリーでしたが、彼らはどんな存在でしたか?

もともとみんなサーフィンで繋がっている友だちで、企画を考えた時に、それぞれとちょうどタイミングが合って企画に誘ったらノッてくれてって感じでした。サーフィンでは繋がってるけど考え方は全然違うよねっていう人を集めたかったっていうのはあります。同じ状況を見てみんなが何を思うのか、が気になったし、自分の価値観だけじゃなくて、新しい価値観が産まれたらいいなと思ったから。映画の中でも会話や意見を聞くこと、僕らが自問自答をするということは一つの軸でもあります。やっぱり同じサーファーでも、性格や生活は一人ひとりもちろん違うから、衝突もありましたよ。

この瞬間を生きることの大切さをシェアしたい

――1ヶ月、各地でのゴミの問題と向き合いながら、仲間とぶつかり合って、波を追いかけてサーフィンをして……作品の出来栄え、手応えはどうですか?

良い作品になったと思っています。最初はゴミ問題をテーマにしていたけど、旅の中で貧困や教育の問題にも直面して。ゴミだけが問題なわけじゃないよなと。一概に、何が悪いって言えるものではない。だから、この映画で何を伝えたいかっていうのは、ないんです。僕から伝えることはなくて、逆にこれを見てどう思ったのかを知りたいし、それをシェアしていきたい。自分がこんな風に感じ思いました、皆さんはどう思いますか教えてくださいって思っています。だから、「ゴミ問題」を伝えたいのではなく、あくまでテーマは「今を生きる」なんです。

そもそも僕は今の問題意識に行き着くきっかけはなんだったかと考えたら、つねに節目節目で自分が何をしたいかっていうことに向き合って、そのパッションを純粋に追っかけてたからじゃないのかなって思って。この瞬間を生きることの大切さを改めて感じて、その感覚をシェアする手段の一つがこの映画になっているかなと。

移動をすることでマインドがミニマムになる

――大さんにとって移動をすること、旅をすることの恩恵ってどんなことですか?

旅で移動を繰り返すことによってマインドがミニマムになると思っています。旅では必要なものだけしか持っていかないし、それでも自分が楽しめるって思うと、必要以上に物を欲しなくなりますよね。買う量が減ったり、一つを大事に使うとか、そういうマインドシフトですかね。僕自身買うという行為は最小限になってきました。けど、サポートいただいてる企業からは新しいものをもらうということもあって、その点はめちゃめちゃ模索中です。買うことで何かをサポートできたり、自分の意思を伝えられるような消費活動ができたら、買うことも悪ではないと思いますし。矛盾をわかって行動することが大切かなって思います。わかった上で自分ができることを考えたり、伝えていくことをしていきたいですね。

今回、映画の上映会もドネーション形式にしたんです。映画をみて、一人ひとりが思った対価を払って欲しいと思って。今って、電子決済とかで気軽に物が買えるし安価なものも多いし、でも例えばそういうのが食品ロスに繋がったりしていると思うので、お金を使うことも考えて欲しいって思いで自分なりの価値を考えてくれたらと思っています。

――上映会も企画中なのですね。ぜひ多くの人に観てもらいたいですね

制作段階でクラウドファンディングを募っていたので、その支援者に向けて6月に先行上映会を開催しました。それを皮切りに、一般上映会も続々と企画中です。8月には北海道で、9月には軽井沢で、10月の末からは5週連続で、各地で開催予定です。上映会のコンセプトは、「Experience Day五感を通して感じよう」というもの。アクティビティやワークショップ、地産地消の食を味わってもらうなど、1日を通して、五感で自然を感じてもらえるイベントを企画しています。

※上映会の詳細は、Breath in the momentのInstagramで随時更新中。
@breath_inthemoment

次回作は『Mountain to Ocean』。
山と海の人が繋がれるような場所を作りたい

あと実は、映画は3部作まで作ろうと思っているのでそれに向けても動いています。次は、『Mountain to Ocean』と題して、「山と海を繋げる」というテーマにしようと思っていて、今作の上映会でも、山と海をクロスオーバーさせるということを目指しています。自然の中では山と海は一体なのに、それぞれのフィールドの人たちは意外と繋がってなかったりするので、そこが繋がれるような、まったく新しいコミュニティができるようなことをしていきたいです。僕自身も今、山を勉強中。船山潔という山の先生がいるんですけど、長野県のプロのアルパインクライマーで。彼にクライミングとか山のことを教えてもらっていて、逆に僕は彼にサーフィンを教えているんです。

色んなことやってるって見えるみたいなんですけど、結局僕の中では全部一つに繋がってて。サーフィンも旅も、映像を撮ることや発信すること、山登りも、全部が自然の素晴らしさを伝えるための手段であり、表現方法なんだなって思っています。自分の活動を通して、自然のことを考えるきっかけになってくれたら嬉しいです。

和光大
1991年8月28日生。父親の影響で幼少期からサーフィンを始め11歳から本格的にプロサーファーを夢見るようになる。中学卒業のとともにサーフィン、英語のステップアップの為、オーストラリアへ留学を決意。現地の高校、専門学校を卒業後20歳で日本へ戻りJPSAプロトライアルを受け見事合格。公認プロサーファーとなる。同年ルーキーイヤーでALL JAPAN PROで優勝しトップシード入りを果たす。2018年11月下旬から3ヶ月間にわたり世界一周サーフィンの旅に出る。現在ひとりひとりが少しでも行動することで世界は変わるという思いで活動している。

Instagram:
@wombat0828
@breath_inthemoment

Photo by Breath In The Moment / Arata Funayama Text by Anna Hisatsune