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2021.10.13 [PROMOTION]

#07 100%再エネで操業するスコットランドのウイスキー蒸留所
by グレンウィヴィス蒸留所

深刻な気候変動に際し、脱炭素の動きが世界中で加速している。近い将来、社会は大きく変わるはずだ。太陽光・風力・水力・地熱・バイオマスなどの再生可能エネルギー、通称「再エネ」が社会を循環し、クルマはガソリンエンジン車からEVに変わり、電気は買うものではなく作るものに。そんな社会が理想とするのは、各家庭が発電システムを備えて自家消費する、「オフグリッドな暮らし」である。

このシリーズで取り上げるのはオフグリッドライフのケーススタディだ。スコットランド北部で操業をスタートした、マイクロ・“グリーン”ディスティラリーのチャレンジをご紹介しよう。

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スコットランドの北部にあるディングウォールは人口6,000人足らずの小さな町だ。中世には交通の要衝として、またスコットランド北部でもっとも大きな城の城下町として栄えたという歴史を持つ。周辺には“幻の恐竜”、ネッシーが棲むと言われるネス湖訪問の拠点となる街、インヴァネスがある。が、インヴァネスからほど近い立地でありながらも、近年のディングウォールはツーリストを呼び込むだけの目新しさに恵まれずにいた。

そんな街にかつての活気を取り戻すべく、マイクロディスティラリー(小さな蒸留所)を造ろう! という計画が浮上する。2016年4月、発起人である地元の退役軍人のジョン・マッケンジーさんが、蒸留所設立のためのクラウドファンディングをスタートした。この話は瞬く間に広まって、地元はもちろん、世界中の注目を集め、開始当初の目標額は150万ポンドだったにもかかわらず、最終的には3,000人超の出資者から380万ポンドの資金が集まった。出資した人々が運営の一端を担うコミュニティとなり、蒸留所を作り上げる夢を実現化したわけだ。そして、それはスコットランド初の“コミュニティ蒸留所”として一躍注目を集めることにもなる。

スコットランド初、100%コミュニティ所有の蒸留所

2017年にスコットランドの守護聖人セント・アンドリューの日である11月30日に、<GLENWYVIS DISTILLERY(グレンウィヴィス蒸留所)>はオープンした。

「ベン・ウィヴィス蒸留所を筆頭に、かつてはディングウォールとその周辺ではいくつかのウイスキー蒸留所が稼働していたのですが、1926年にベン・ヴィヴィス蒸留所が閉鎖されて以来、インヴァネスの周辺では蒸留所が途絶えていました。

そうした背景があり、“ならば再び。この地でウイスキーを造ってみよう”という発想がこのプロジェクトのスタートでした。そもそもスコッチウイスキーは世界的に知名度があるうえ、新興国での需要の高まりを受けてその輸出量・輸出額は過去最高水準に達しています。ビジネスチャンスは無限大であり、その利益を地元コミュニティに還元できる点も大きなメリットでした」(オフィスマネージャーのジョッシュ・フレーザーさん)

若きマネージャーのジョッシュさん

ウィスキーは蒸留してから販売するまでに長い時間を必要とするため(蒸留してから最低でも3年の熟成期間が必要)、現時点では地元への貢献は具体的なものに至っていない。しかし、地元への還元のための基金を設立してネットでの売り上げの5%をこれに投資しており、まとまった金額となるのを待っているところだと言う。

目指すは、地元に根づいた造り手であり続けること、小規模ならではのこだわりの品質を貫くこと。

「ウィスキー生産者としては小さな規模ではありますが、そのなかでもとびきり質の高い製品を目指しています。ウィスキーは水とイースト、麦という3つの原料だけで造られるのに蒸留所の数だけ個性があり、その味わいは千差万別。だからこそ、私たちは大きな蒸留所では難しい、小規模な造り手ならではの手間暇かけた製造を行って味わいを差別化したいと考えています。例えば、味に深みをだすための発酵のプロセスは低温でじっくりと、実に144時間かけて行っています。

私たちはここをコマーシャルで大きな会社にしたいとは考えていません。自分たちのルーツを忘れず、地元に根付いた存在でこの土地らしいものづくりをしていきたい。そんな風に考えています」

敷地内にあるウインドタービン。

自然に優しい“グリーン”ディスティラリー

「100年前に操業を始めたという蒸留所も珍しくないほど、スコットランドのウイスキー造りの歴史は古い。けれど、そうした蒸留所の多くはオイルやガスなど、昔ながらの化石燃料を用いてウイスキー造りを行っています。中には環境への負荷を考慮して蒸留方法を見直すところも出てきていますが、近年の気候変動や地球温暖化への意識の高まりを受けて、新たに創業する私たちは100%グリーンエネルギーでの稼働以外ありえないと考えました」

現在、グレンウィヴィス蒸留所内では3つの方法で電力を作り出している。46kWhをソーラーパネルで発電し、水力とウインドタービンによる風力で12kWhずつを賄っている。

「スコットランドの天気は曇りで暗くても、風すらないということはまずありませんから(笑)。この3系統で十分、まかなっていけます」

ウイスキーの蒸留に欠かせないボイラーは、550kWhの発熱量を供給できるスチーム・バイオマスボイラーを使用。燃料には、非常に高温で燃焼し、ウィスキーの蒸留に欠かせない蒸気を即座に作れるウッドチップを利用している。このウッドチップは15マイルの距離にある、同じエリア内の農場から仕入れている。これは材料の輸送にまつわるCO2排出量をできるだけ少なくするためだ。一方、バイオマスに関してはRHI(Renewal Heat Incentive)という政府機関からの支援を受けられる。バイオマスで作る蒸気の量に応じたサポートがあり、ウッドチップ購入価格のおよそ半分をそれでまかなっているそうだ。


ウッドチップを利用したバイオマスボイラー。

エネルギーの調達だけでなく、施設内にはさまざまな節電方法の工夫が施されていた。蒸留所の屋根には天窓を多く設置して自然光を多く取り入れ、できるだけ照明器具に頼らず作業ができるようにしている。暖房は、屋外の熱を集めて室内に運ぶヒートポンプだ。このシステムであれば空気中にある熱を集めて室内に移動させるので、より少ないエネルギーで温熱効果が得られるのだ。

その一方で、困難な面ももちろんある。特にスチーム・バイオマスのボイラーは、小さな子どもよりも扱いが難しいとか。

「現在、蒸留所が稼働するのは月曜から金曜の朝8時から夕方5時まで。金曜にボイラーの火を消すと月曜の朝にはボイラーが冷えきってしまっています。冷えてしまったボイラーを再び温めることは、実はなかなか大変なのです。

現状ではウッドチップを燃やし続けて対処していますが、オイルやガスを使用したボイラーであれば、これほどの苦労はないはずです。けれど、100年以上前の蒸留所ではコンピュータ制御がなくても効率のよいウイスキー製造を可能にしていました。それは職人たちの腕があったから。彼らと同様、私たちもまた経験を積むことで、この問題にもうまく対処できるようになるはずです」

ウイスキー蒸留用のポットスチル。手前が再溜窯、奥が初溜窯。このほかにジン用のスチルも。

イギリスの環境政策

現在、イギリスでは国をあげて環境保全のための取り組みを進めている。例えば、2030年にガソリンおよびディーゼルの新車の販売は禁止となる。それを受けてEVの売り上げは年々アップしており、ロンドン名物のブラックキャブも近年はEVが増えている。グレンウィヴィス蒸留所でも社用車としてEVを所有していたが、クルマは不要であると判断してそれすらも手放してしまったそうだ。

これはスコットランドではなくイングランドの話になるが、たとえばヨークシャー海岸沖には174基のウインドタービンがあり、これは世界一の規模を誇る。ヨークシャーばかりではなく、他の海岸沖や高台のある場所ではウインドタービンを目にすることは少なくない。

電力が自由化されていることもあり、再生可能エネルギーを多く扱う電力会社を選ぶ消費者も少なくない。実際に市場シェア最大のブリティッシュ・ガス(ガス会社ながら電力も供給している)では、その供給量の7割以上を再生可能エネルギーに頼っている。

こちらは水力発電施設。

一般の人々の環境への関心も確実に高まっているという実感がある、とジョッシュさん。

「いま私たちは大きなターニングポイントにいると感じています。どの企業もグリーンカンパニーになるための取り組みに、今まで以上に真剣に向き合っています。COP26(第26回気候変動枠組条約締約国会議)の開催も目前に迫っていますから、その影響も大きいでしょう。

私たちの業界でもそうした取り組みは加速しています。スコッチウィスキー協会が環境に関する取り決めをスタートしたのは2009年のこと。スコッチウィスキーにとって蒸留所の周りに広がる自然はとても大切と考えていたからです。良質な水の保持、燃料、パッケージ、サスティナブル素材のカスクなどで基準を満たすよう努力してきました。

今年、スコッチウィスキー協会は、新たなサステナビリティ戦略を打ち出して、気候変動と環境保全への対策を発表しました。そこには2040年までにはウイスキーの製造過程でゼロエミッションとなることを盛り込んでいます。その目標を達成するべく、業界はいま力を合わせて真剣に取り組んでいますよ」

グレンヴィヴィス蒸留所のあるディングウォールの風景。奥に控えるのはベン・ウィヴィス(ウィヴィス山)

スコッチには、スコットランドの自然が欠かせない

英国全土でゼロエミッションとする目標年は2050年。スコットランド全体では2045年を定めているが、スコッチウィスキー協会はそれよりも早く2040年を掲げている。そうしたことからも、この業界がスコットランドの気候風土をいかに大切にしているかが伺い知れる。

ゼロエミッションを達成するためにはグリーン・エネルギーの活用を筆頭に、商品の輸送、従業員や蒸留所を訪れる観光客の移動手段を、EVや鉄道など公共交通機関とすること、気候変動への影響が少ない、サスティナブルな栽培方法で作られた穀物を原料とすること、100%リサイクル可能なパッケージを採用すること、などの課題が盛り込まれている。

スコッチウィスキーという“スコットランドの背骨”ともいえる歴史ある飲食産業で、グレンウィヴィス蒸留所のように、スコッチ造りの伝統を守りながらも新たな挑戦に果敢に取り組む、しなやかな姿勢が清々しい。

「私たちの目標は、完全にオフグリッド化した蒸留所にあります。そのためには蒸留所が稼働していない夜間や週末の間に作られたエネルギーをバッテリーに蓄電するシステムが必要です。こうした大容量バッテリーが実現可能になれば、製造のピーク時に蓄えたパワーで稼働し続けられる。まずは数年後、それを実現したいと考えています」

Text by Miyuki Sakamoto Edit by Ryoko Kuraishi Supported by Yingli Solar