column
パンデミックは身近な自然に目を向かせてくれた
イギリス人のホリデーは長い。数泊程度の旅は“ショートブレイク”と呼ばれ、いわゆる“ホリデー”となると、週単位で休日を楽しむのが基本。そんなホリデーの過ごし方として定番人気となっているのが、郊外にあるコテージやキャビンでの滞在だ。食器やカトラリー、リネン類など必要なものがすべて備わっているから、身体ひとつで出かけても暮らすようにくつろいで過ごせる。そんな旅のスタイルが、若い世代はもちろん、ファミリー層や中高年など幅広い層に浸透しているのだ。
ロフトのある大型キャビンの「ザ・デン」。
ジョー・ヘンダーソンさんとベン・ランソンさんが運営するデヴォン・デンズは、ホリデーのデスティネーションとして人気の高い南西部のデヴォン州にあるオフグリッドなキャンピング施設だ。こちらでは、ソーラーシステムとコンポストトイレを備えたホリデーキャビンを2棟、備えている。昨年完成したばかりの「ザ・デン」は大きな窓から森を望むラウンジが魅力的で、6人までの宿泊が可能だ。それよりややコンパクトな「ザ・キャビン」は4人まで収容可能のキャビンで、池の前にハンモックを備えたデッキが設けてある。どちらもベッドルームやキッチン、バスルームはもちろん、BBQなどの設備が整っており、快適な滞在を約束してくれる。
オーナーのジョー・ヘンダーソンさんとベン・ランソンさん。
旅行とカーボンフットプリント
ふたりは、近隣エリアにて持続可能な方法で育てられたベイマツやカラマツを使ってロッジやタイニーハウスのデザイン・製作を手掛ける〈Barrel Top Wagons(バレル・トップ・ワゴンズ)〉という会社も経営している。
「デヴォン・デンズをスタートしたのは、まずはバレル・トップ・ワゴンズのキャビンに滞在してその快適さを体験して欲しいと思ったからです。そして、ホリデーにおけるエコロジー意識が年々高まってきているいま、その2つを組み合わせてみようというアイデアを思いついたのです」とジョーさんは語る。
「ご存知のように、ツーリズムはカーボンフットプリントが突出して高い産業です。特に、飛行機なりクルマなりといった移動手段が排出するCO2量の高さが指摘されています。ならば、まったく違うアプローチを取ることで、可能な限り環境にダメージを与えることなくゲストに楽しんでもらう方法を提案したいと思いました。理想のロケーション探しに時間がかかりましたが、最終的にはソーラーシステムに最適な南向きの場所がデヴォンに見つかって本当に嬉しく思っています」
大きな窓から周囲の風景を楽しめる、「ザ・キャビン」の室内。
しかしオフグリッド環境を整備するにはコスト面で問題があった。例えば「ザ・デン」と「ザ・キャビン」それぞれのソーラーシステムとして、4KWの蓄電システムと6KWのバッテリー、12枚のソーラーパネル、コントローラー、インバーターなどが必要となり、それらの設置だけで約2万ポンドを費やしたという。
「とはいえ、更地に電気を引くのも同じくらいの費用が必要です。ソーラーシステムは月々の電気代の支払いはないので、良い選択だったと感じています」
「ザ・デン」と「ザ・キャビン」ではともに、冷蔵庫、ラジオ、照明、シャワールームの換気扇の駆動を太陽光からの電力でまかなっている。一方、給湯、セントラルヒーティングによる暖房、調理器具はガスの力を借りている。このエリアで得られる太陽光ではこれらを駆動させるまでのパワーを得られないからだ。また、ヘアドライヤーのように短時間で高い電力を消費する家電も使用できない。トイレは水洗ではなくコンポストタイプを採用した。ちなみに携帯電話は圏外で、Wi-Fiも設置していない。
「コンポストトイレに戸惑う人も多いですが、使っているうちに慣れてしまうようです。それよりも通信手段やネット環境がないほうが苦労するようですね。これらがないために、手持ち無沙汰になっているゲストも時々見かけますよ(笑)」
なかなか耳が痛い。
クルマ以外の移動手段も選択してほしい
森に囲まれたオークハンプトンはデヴォン州の観光名所。
ここを訪れるゲストには、このエリアへの敬意を忘れずにエコロジー精神に則った行動をとって欲しいと事前に声をかけている。可能な限り使い捨てのプラスチック製品を持ち込まず、リサイクルに協力すること。大きな音を出して大騒ぎするのではなく、自然のなかでの時間を大切に過ごすこと。また、地元への貢献も重要な課題と考え、リクエストに応じて地元産の食材を詰めた朝食やアフタヌーンティー、BBQ用食材をバスケットに詰めて届けるサービスも。地元でお薦めのパブやレストラン情報も提供している。
ジョーさんたちが頭を悩ませるのは、ゲストたちの移動手段だ。立地の関係からデヴォン・デンズを訪れる手段は、どうしてもクルマに頼らざるを得ない。
「ここまでの移動はクルマとなりますが、ひとたび到着してしまえばアイデア次第でクルマなしで過ごすことができます。周辺には整備されたトレイルがたくさんあるので、ハイキングをおすすめしています。近い将来、地元の駅が再開することが決まっているので、いずれは近隣の町へ電車でアクセスできるようになるし、駅を起点にバスのルートも整備されそう。今後、移動手段は選択肢が増えていくと思っています。
また、将来的にはデヴォン・デンズ内でEVの給電が可能になるようにしたいという希望を持っています。ただし夏の間はそれが可能でも、それ以外の季節は太陽光だけで十分な電力を得ることは難しいので、その対策は今後の課題となりそうです」
近隣のダートマーなどで育てられたサスティナブルな材で建てられたキャビン。地産地消と地元コミュニティへの貢献も意識している。
暮らしにおけるエコロジカルなアクション
キャビンだけでなく、ジョーさん自身の暮らしのエコロジー化も進行中だという。
「私たちの家は1950年代に建てられたもので、近い将来、給水と暖房の設備を付け替えなくてはならないこともあって、自分たちが満足できるような環境負荷の低いシステムを考えています。南向きの丘の上に建つ家ということもあり、ソーラーシステムとともにウィンドタービンを使った風力発電を候補に考えているほか、バレル・トップ・ワゴンズのビジネスで木材を使っていることもあり、廃棄する木材をペレットやバイオログにできないかも検討中。そのほかにも、薪を燃やした熱を給油システムや料理用コンロに使えないかなど、さまざまな方法を模索しています」
施設内で栽培している野菜やハーブ類。
移動に関しては、次の自家用車にはEVを考えているとか。
「パンデミックの影響で人々の暮らしは大きく変化しました。移動が制限されたことで旅のスタイルも変わりました。でもそのおかげで、飛行機に乗って遠い異国に行かなくても素晴らしい自然が身近に存在すると気がついた人も大勢いたはずです。そんな流れを受けて、私たちの次の目標は3つ目のキャビンを建てること。それ以外にもミツバチと共存できる畑を作って、その野菜や果物を使った食事や飲み物をゲストが味わえるようにするなど、さまざまなプロジェクトを思案中です」
デヴォン・デンズを始めてから、グリーンであり続けることは簡単ではないと身をもって学んだ、というジョーさん。
「例えばコンポストトイレの後始末は本当に大仕事! それに比べると“オングリッド”の暮らしはなんて快適で、労力も少なくてすむことか。でも私は自分の信条を変えることなく暮らしていきたいし、最新のテクノロジーによってオフグリッドの手段がどんどんと多彩になっていることを目の当たりにしてワクワクしています。試行錯誤しながら、いろいろなチャレンジを繰り返していきたいですね」
Jo Henderson
イングランド北西のカンブリア出身。アムステルダムやブライトンを経て2001年にデヴォン州に移住。デヴォンでは、ヨーロッパで食品業界に携わったキャリアを武器にレストラン経営を行っていた。2011年、ベンとともにバレル・トップ・ワゴンズを立ち上げる。現在、ベンとともに同社とデヴォン・デンズを運営する。
Ben Ranson
ヴィンテージキャラバンや興行用ワゴンからインスピレーションを得て<バレル・トップ・ワゴンズ>をスタート。伝統的な手法から現代的なものまで、木造建築にまつわるさまざまな手法を身につけ、デヴォン・デンズを立ち上げた。バレル・トップ・ワゴンズの創業当初から、サスティナブルな方法で育てられた地元産の材を使うことに情熱を費やしている。
Text by Miyuki Sakamoto Edit by Ryoko Kuraishi Supported by Yingli Solar