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2022.03.22

#10 “後ろめたい”気持ちにさせない山小屋
by 村田淳一(冷泉小屋オーナー)

長野県と岐阜県の県境にある乗鞍岳の中腹に位置する冷泉小屋。2006年にクローズしたこの山小屋を再生するプロジェクトが進められている。国立公園内という完全オフグリッド環境にある山小屋はどんなエネルギー源を採用するのか。現代にマッチするエネルギーのまかない方とは。

今夏のオープンを目指す冷泉小屋から、山小屋のエネルギー事情を紹介する。

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長野県と岐阜県の県境にある乗鞍岳の中腹に位置する冷泉小屋。2006年にクローズしたこの山小屋を再生するというプロジェクトが進められている。プロジェクトのキーパーソンにして小屋の新オーナーである村田淳一さんの本職は映像プロデューサー。“日本でいちばん過激でヘタなカヌーチーム”を謳う「サラリーマン転覆隊」の一員として世界の川をカヌーで下ったり、趣味で縦走登山を楽しんだりはしてきたものの、山小屋運営については知識も経験もなかったという。それが山小屋運営に携わることになったのは、2018年にとある企業の旗振りでスタートした、登山愛好家の裾野を広げるPR事業に関わったことがきっかけだった。


リフォーム工事前の冷泉小屋。15年も閉め切りだった山小屋はぼろぼろで、まずは橋を渡して小屋に入れるようにするところからスタートした


昭和6年当時の冷泉小屋の様子。実は山小屋の経営は世襲制となっており、親子間以外の譲渡はあまりなかったことから経営権を得るところから大ごとだったとか

山小屋で過ごす時間をもっと充実させたい

「山小屋で過ごす時間って、ぼくは結構好きなんです。夕方からだらだらとおいしいお酒を飲んだり、星空や朝日が昇るさまを眺めてのんびりしたり。けれど山小屋は消灯時間などのルールが多く、部屋が狭くて窮屈だし、トイレが汚いところも多い。そこで、新しい技術を取り入れて登山者の拠点となる山小屋をもっと快適にリノベーションしたらどうかというアイデアが生まれました。ちょうどそのタイミングで経営を譲りたいと後継者を募っていたのが冷泉小屋でした」

企業主導のそのプロジェクトは残念ながら終了してしまったものの、冷泉小屋の旧オーナーの再建にかける思いに打たれた村田さんは、小屋の新オーナーとなり参加型の山小屋再生プロジェクトを立ち上げることになったのだ。

去年の夏から秋にかけて投資型クラウドファンディングで資金を調達したのだが、それに先駆けて毎月オンラインイベントを開催していた。イベントを通じて思っていた以上にさまざまな意見をもらうことができ、その道のプロフェッショナルたちの協力も仰げることになった。そうした知恵やスキルを集めて昨年5月に外装工事がスタート。現在は外装の修復がほぼ完了しており、今年の春から内装を仕上げて夏にオープンする予定である。

冷泉小屋のエネルギー事情

さて、冷泉小屋の再生プロジェクトで面白いのはエネルギー問題への取り組みだ。

「日本の多くの山小屋では下から燃料を運んで発電機を回し、それで電気をまかなっています。だから山小屋に滞在すると、常に発電機のぶんぶんいう音が聞こえるんですね。それはそれで風情がありますが、新たなスタートを切る小屋ならば時代にマッチした自然ネルギーの導入を考えたいと思いました」

冷泉小屋は中部山岳国立公園内にあり、つまりガス管も電線も通っていない。とはいえ、小屋のすぐ上で冷泉が湧いており水には事欠かないし、立地にも恵まれていて遮るもののない斜面では日射量も期待できる。村田さんが考えたのは、豊富な水資源を可能な限り利用すること、時代にマッチした、効率の良い自然エネルギーの取り入れ方を模索すること、できれば冷泉を沸かして入浴できるようにすることだった。


小屋のすぐ上で硫黄や鉄分を含む鉱泉が年間を通じて湧き出ている

「とくにエネルギー問題には頭を悩ませました。当初はソーラーパネルや風力、小規模水力などで発電して蓄電池に蓄電しようと考えたのですが、小屋全体を動かすほどの電力をそこから抽出する技術はいまの自分たちにはないと判断しました。次に、EVをバッテリー代わりに利用する方法を検討しました。ただしEVは輸送手段としても使うので、小屋にない時間のエネルギーをどうするのかという問題があります。そこで大容量のモバイルバッテリーと、それを補う自然エネルギーを利用した発電機の2系統でまかなうことにしました」

メインとなるのは大型(3500kw/h)のポータブルバッテリー。当面はこれを3台つないで小屋全体のエネルギーをまかなう予定だ。このバッテリーのメリットはEVステーションで急速充電が可能なところ。なんと1時間で満充電できるという。


今年の夏にオープンする冷泉小屋の内観イメージ

冷泉を使った小規模水力発電を

「発電はポータブルソーラーパネルと、さらに小屋の冷泉を利用した小規模水力発電も導入したいと思っています。小規模水力発電については、この技術に詳しい方がオンラインイベントに参加してくださったことがきっかけで道が開けてきたところで、現在は林野庁と環境省に沢の利用許可を申請しています。そのほか、風力発電もテストを重ねて導入したいですし、乗鞍岳にはたくさんのサイクリストが登ってきますので、自転車型の発電機を設置してサイクリストに発電してもらう体験型コンテンツも考えています」


マイカー規制を行なっている乗鞍はサイクリストたちの聖地。このプロジェクトにもスポーツジャーナリストでサイクリストの橋本謙司さんが参加しており、サイクリスト向けの施策を担っている

冷泉だけど、山上で入浴を楽しみたい!

村田さん念願のお風呂は、冷泉を2段階に分けて温めることで実現しそうだ。

「冷泉は年間を通じて5度前後と冷たいため、これを一気に温めるには莫大なエネルギーが必要となります。そこで昔からある太陽熱温水器を取り入れることにしました。太陽熱を利用して20℃以上に温度を上げてからガスを使ってお湯を沸かすことで、エネルギー利用量を抑えることができます。まだ排水の問題をクリアできていませんが、いまは濾過システムも格段に進歩していますから、自然へのインパクトが最も少ない方法を模索しています」


ダイニングやキッチンなど共有スペースが占める2階の様子

快適さと環境意識を両立させる

このようにさまざまな技術を組み合わせて快適さと環境へのローインパクトを両立させようという新生・冷泉小屋。「水、エネルギー、輸送」が変われば日本の山小屋に大変革が訪れるはず、というのが村田さんの考えだ。山岳輸送については機材も技術者も減ってきており、輸送費が年々あがっているというから、これがドローン輸送に代わったら山小屋の負担は大きく緩和されるはずだ。山岳エリアのドローン物流についてはすでに実証実験も行われているのでそう遠くない未来に実現するだろう。

「排水だって濾過システムの精度があがってほぼすべての水を再利用できるようになるといいますし、エネルギーもこれまでのように運搬するのではなく現場で発電する方式をとることで山小屋のアップデートは一気に進むはず。せっかく自然の懐に抱かれる経験ができるのだから、拠点である山小屋で後ろめたい気持ちを味わいたくないというのがぼくの思いです。それでは、自然と共存しながらかつ快適に過ごすためにどうすればいいのか。ぜったい正しいという解決策は見つからないけれど、そのためにも冷泉小屋をさまざまな試みの実践の場にできたらと思っています」


リフォームが完了した小屋から眺める絶景

同時に、山小屋を利用する人も意識を変えていかなければいけない。

「客室にはあえてコンセントを設けませんでした。お泊まりの方にはチェックインの際にポータブルバッテリーをお渡し、滞在の間はそれを利用していただきます。自分たちが普段、何気なく使っているエネルギー量を実感してもらえたら、エネルギー問題にも意識を向けてもらえるようになるかもしれません」


カヌー、登山、オートバイと、多彩なジャンルでアウトドアフィールドを楽しむ村田さん

自律性を重んじる山小屋に

現在は東京と松本にそれぞれ拠点を構え、山麓から乗鞍岳を目指す乗鞍エコーラインと乗鞍スカイラインが開通する5月〜10月には冷泉小屋も含めた3拠点を行き来する村田さん。これまでと変わらない東京での生活を維持しながら、パラレルな暮らしを乗鞍岳で実現することでオンとオフの切り替えを楽しんでいるようだ。

「『サラリーマン転覆隊』や山登りを通じて世界のアウトドアフィールドでいいなと感じたものを冷泉小屋に反映していると思います。アラスカ、パタゴニア、アマゾン、モンゴルとさまざまなエリアに出掛けて感じたことは、海外のアウトドア・シーンでは自律性が重んじられているということでした。それぞれが自己責任でアクティビティを楽しむ、だから文化が成熟する。一方で日本にはそれが欠けているとも感じます。だから冷泉小屋はルールに縛られず、自律性を重んじる山小屋でありたい。そうすることで登山愛好家やサイクリストの裾野が広がり、アウトドア文化が成熟していくのではないでしょうか」

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村田淳一
東京生まれ。KDDI、Coca-Cola、Googleなどをクライアントにもつ映像・CMプロデューサー、(株)RESISEN代表取締役。〈YAMAP〉の企業プロモーションに参加したことから冷泉小屋の再生に携わることになる。大学時代はオートバイ旅に夢中になり、キャンプ道具を積んで北は北海道から南は鹿児島まで全国を旅していた。30歳を過ぎて本田亮さん主宰のカヌーチーム「サラリーマン転覆隊」に参加。10年前から登山を始め、国内の主要な山はもちろん台湾まで遠征するように。2020年より乗鞍・冷泉小屋再生プロジェクトを手がけている。4月1日までクラウドファンディング(https://camp-fire.jp/projects/view/457761)を実施中。

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Text by Ryoko Kuraishi Supported by Yingli Solar