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2021.12.29

フルタイムバンライファー。365日、バン1台で暮らす。
by 黒田有貴

カナダ、スコーミッシュでフルタイムバンライフをする日本人女性、黒田有貴。バンを住まいとする彼女が、どのようにこの地に辿り着き、彼女は、どのようにこの地に辿り着き、現在のライフスタイルに行き着いたのか。彼女の友人であり、カナダ在住の写真家・竹内天平がその暮らしを綴る。

» 黒田有貴

2005年、ホスピタリティの勉強をするためにラスベガスの大学に留学した黒田有貴、将来の夢はホテルで働く事だった。しかしラスベガスで暮らし、出会った友人らとアウトドア・アクティビティをするようになってから人生は変わっていった。

「私はアメリカで、ロッククライミングの虜になりました。それも大学の土地柄と友達のおかげです。以前は虫を触るのでさえ苦手で、外遊びは好きではなかった。だから日本にいる母親にアウトドア業界で働くことや外遊びにハマっていると話したらビックリされましたね。大学卒業後は、アメリカ大手アウトドア・リテイルストアの〈REI〉に就職して、アメリカのビザが切れるタイミングでカナダに移りました」

そうして移り住んだのは、クライミングのメッカである、カナダのスコーミッシュ。街のすぐ横にチーフという大岩壁のあるスコーミッシュでは、誰もがクライマーなのでは? と思うほど日常でクライマーに出会う機会が多い。彼女はすぐにコミュニティに溶け込んでいく。

アークテリクスのコミュニティーアンバサダーに就任。クライミングライフに没入していく

「ラスベガスではレストランで働いていたので、その経験を活かしてスコーミッシュでもレストランの仕事につき、生活をしていました。働く時間以外をクライミングに使い、ローカルのクライマーの友達がたくさんできました」

そしてローカルブランド、アークテリクスのコミュニティアンバサダーとして選ばれ、スコーミッシュクライミングシーンとの繋がりを一層強めた。さらに、クライミングショップでの仕事もはじめ、登ることだけでなく、仕事でも、自分の大好きなクライミングに関わるように。クライミングが、より生活の中心になっていった。

カナダに移住して5年目の2017年。移民権も取得し自らの生活とクライミングに集中できるようになった頃にバンライフが始まった。

「スコーミッシュに住んで5年間のうち、10回も引っ越しをしたんです。家主の問題で引っ越しをせざるを得ない状況になったり、なんだか運もなかった。そうしていく中で、私は家賃を払うことに疑問を覚え始めたんです。それで、以前から夢に見ていたバンライフを始めることを決意しました。バンを買う際、車種はいくつか悩んだんですが、最後は最も自分のライフスタイルに合う4WDのバンで、ベンツのスプリンター4×4にしました。値段は高かったんですけど、オフロードを走れるバンのおかげで、ストレスなくアウトドアを楽しんでいます」

こうしてバンを購入した彼女の次なるステップは内装作りだったが、工具を買って自分で作業するより、プロの大工にお願いすることを選んだ。

「バンを買ってすぐの頃は、何も無い車内にスリーピングパッドを敷いて寝ていました(笑)。それで知り合いにバンの改造をできる人がいたので、その人にお願いしました。プロにお願いした方が仕上がりも良いし、自分でやるより早くできると思ったんです。バンの内装というと、多くの人がDIYでやることをイメージすると思うんですけど、私にはその選択はなかったんです。むしろ、海外へのクライミングトリップ期間中にバンを預けて内装を作ってもらったぐらい、私の優先すべきはクライミングなんです」



365日、1台のバンで暮らす。扉を開ければすぐにフィールドという日常

こうして始まったバンライフ、日々の生活にどのような影響を与えてくれたのか。

「まず大変だったのは、バンへの引っ越しです。私はミニマリスト的な生活をしていたんですが、それでも夏と冬のアウトドアギアを含めた生活必需品をバンに収めるのはかなり無理がありました。家具はもちろん全て処分して、季節で使わないものは貸し倉庫に預けて。洋服からアウトドアギア、各季節で必要なものだけを持って移動し、狭い車内をできるだけ広く使えるようにしました」

クライミングを中心に、アルパインクライミングやバックカントリースキーも楽しむ生活。彼女が理想とするアウトドアアクティビティ中心の暮らしは、バンによって少しずつ実践されていく。移動式の家に住むことにより、パッキングの時間は短縮される。バンライファーには装備の選定や準備に費やす、その過程がいらないのだ。バンのドアはどこへでもつながり、扉を開ければすぐにフィールドだ。

「バンライフの良いところはアクティビティの準備が簡単なところです。生活の全てがバンごと移動してくれるので、普段の生活リズムのまま山奥のトレイルヘッドに行き、メインアクティビティのパッキングだけをして出発できるんです。山の状況に合わせて行き先や日程の変更をするのも、以前より楽になりました。それに、バンで長期トリップに行く場合は、スコーミッシュに家がある訳ではないので無駄に家賃を払う必要もなくなったんです」

彼女の日常は、アウトドア中心の生活をしながらクライミングショップの正社員として働く。バンで起動しながら暮らすの中で、困ることと言えばどんなことなのだろうか。

「基本的に困ることはほとんどないんですよ。強いて言うならば、今日本もそうだと思いますが、北米もここ数年、アウトドアブームで、バンライフがとても流行っています。とくに夏になると、スコーミッシュの街は、キャンパーバンだらけになります。その影響で、2020年からは規制が厳しくなってしまい、街中で車中泊できる場所がほとんどなくなってしまいました。バンライフを始めた頃は、スコーミッシュの街中でも車中泊をしていたが、仕方ないので最近の寝床(駐車スポット)は、街からダートロードを15分ほど走った場所、静かな森の中なんです。朝は木漏れ日と鳥の声で目を覚まして、バンのドアを開けて身支度をしています。こんな贅沢ができるのも奮発して4WDのバンを買ったおかげなんです(笑)」

勤め先であるクライミングショップでは、在庫管理などを担うバイヤーなのだそうだ。店頭で働くことはほとんどなく、日々の業務は快適になったオフィスでこなし、旅の途中や外に出ている時はパソコンひとつでも仕事ができる。

「自分でスケジュールを組めるので、自由度は高いですね。お店で働き始め、バイヤーという仕事にすごく興味を持ちました。自由に動けるポジションというのもあるけど、その仕事内容が楽しそうだったんです。私の働くお店は小さいクライミングショップですが、大手アウトドアストアでは扱っていないような物を沢山売っています。一般の人に向けた商品よりも、マニアックな物をマニアックな人達に提供できるのが嬉しいんですね」

現在彼女が手にしている自由は、努力があっての生活だと言える。スコーミッシュのクライミングコミュニティと深く関わり、お店で働く以前は頻繁にギアを買うカスタマーでもあった。そして、3年以上もお店で働き、信頼関係を築き上げた成果だ。

いつかやってくるバンライフの終わり

この生活を、いつまで続けるのだろうか。

「カナダに移住してクライミングが私の人生の中心になりました。バンライフを始めたのも、よりフィールドに近い生活を追求した結果でした。なので、好きな仕事とクライミング中心の生活を続けているうちは、バンライフを続けるつもりです。森の駐車場を寝床にする生活を始めて、まもなく2年になりますが、なんの苦も感じませんし、これが私の追い求めたライフスタイルの形なのだと思っています」

バンライフの終わり、それは「子供を生むような時になれば」と言う。北米ともなれば、移動しながら子育てをし、家族でバンに暮らす人も決して珍しいことではない。でも、彼女にはその選択はないそうだ。


「できるできないではないんです。きっとバンライフそのものの目的が変わってしまうと思うんですね。もし子どもができたなら、子育て中心の生活になりますよね。これまで追い求めてきたクライミング中心の生活とは違いますし、子育てしながらクライミングを楽しむにはきっと家に住んだ方が快適だと思います」

もしそうなった時はバンを売る覚悟もあると少し悲しそうに話す。愛車でありながら自宅でもある。3年以上も冒険を共にしてきた動く家を手放すのは想像したくないことだろう。

カナダに移住して約10年、そのうち3年半をバンで暮らしてきた。彼女が今後どのような人生を歩むのか、楽しみである。

黒田有貴
バン1台で暮らす、カナダ在住の日本人女性クライマー。アークテリクスのコミュニティアンバサダーでもある。
Instagram: @yukikurod

Photo&Text by Tempei Takeuchi