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エネルギーマネージメントで実現する、再エネ100%の未来を描いて
2022.03.11

エネルギーマネージメントで実現する、再エネ100%の未来を描いて
by 塩出晴海(Nature 創業者)

累計販売台数40万台を超えるスマートリモコン『Nature Remo』や電力を見える化するエネルギーマネジメントデバイス『Nature Remo E』を開発・販売するとともに、2021年からは電力小売り事業も開始した〈Nature〉。2014年、塩出晴海さんが大学在学中に立ち上げた、注目のクリーンテック企業だ。彼らが掲げるミッションは「自然との共生をドライブする」。目指すのは、インターネットとセンサー技術を活用し分散型で再生可能な電源を普及させ、再生可能エネルギー100%の世の中だ。

理想の未来へどのように歩みを進めていくのか、また〈Nature〉の起源とは。創業者の塩出晴海さんに話を聞いた。

» 塩出晴海(Nature 創業者)

乗り物と起業

塩出晴海さんは、広島県尾道市の向島町という自然豊かな小さな島で育った。起業を志すようになったきっかけは父との思い出の中にあるという。

「僕の父親はクルマの制御デバイスみたいなものを作る人でした。小さい頃のことなので詳しくは把握してないですけど、とにかく、クルマの車内通信関係のハードウェアと組込みソフトウェアを作ってて、それをプロダクトとして出していました。最初は僕が小学2年生の時。当時F1が流行ってたんですけど、アイルトン・セナの名前にちなんで『セナ』っていうデバイスを出したんです、自分の会社で。その後、小学5年の時にはプレステの3Dのレーシングゲームを出しました。父がいきなり独学で、ゲームのソフトを作ったんです。当時僕もレーシングゲームが好きだったので興味津々。一緒にゲームを試してああでもないこうでもないと言ったり、マージンがいくらで今何台売れていてといったことを聞かせてくれたり、家のトイレで録音していた“ready,go!”って声がゲームに入ってるみたいな。そんな製作過程を身近で見て聞いて、こういう生き方いいなって思ったんですよね。」

ヨットで感じたピュアな高揚感。自然への回帰の意識

13歳の塩出さんは、祖父母の家の倉庫で見つけた父が以前使っていた古いコンピュータを使って、次は自らの手でインベーダーゲームを作った。それをきっかけにコンピューターの世界へ。日本、アメリカ、インド、スウェーデンで情報工学を学んだ。そうしてコンピューターサイエンスの分野で技術と知識を身につけた塩出さんだが、生涯を捧げられるテーマに出合ったのは海の上だった。

「起業のルーツは父親とのレーシングゲーム制作でしたので、クルマという乗り物でした。そして〈Nature〉という会社の起源は、これもまた乗り物で、ヨットなんです。ヨットを始めたのは大学時代に父に誘われて。大学院を卒業してから3ヶ月、広島から沖縄まで父とヨットで旅をしました。その旅でのある日、沖縄から奄美大島への道のりで、夕暮れ時にヨットがスーッて進む感じがすごく気持ちよかった。本当に自然しかないところで風だけで動いている、その感覚はとても爽快で、それを色濃く感じた瞬間でした。そのピュアな高揚感、原体験が、〈Nature〉という社名の由来であり、“自然との共生を実現していく”という〈Nature〉のミッションに繋がっています。

人間が誕生して、今に至るまでものすごく長い間、自然の中で過ごしていたわけですよね。人間が自然の中でずっと生きてきて、そうやって遺伝子が成長してきたのは今の僕らに刻まれてる、とした時に、単純に自然の中にいて高揚感を感じるっていうのはナチュラルだし、むしろ、そっちに戻っていくべきだと思うんです。最近ではエピジェネティクスという分野でそれが科学的にも証明されてきましたね。」

〈Nature〉のルーツは3ヶ月に及ぶヨットの旅での原体験。(提供写真)

時代のトレンドと自分の感性。
そのふたつにマッチしたのが、クリーンテック

〈Nature〉の礎となるヨットの旅を終え、岐路に立った塩出さんが「起業するために」選んだのは、研究職につく技術的な道ではなくビジネス開発の道だった。大学、大学院で追いかけていたテーマである「ユビキタスコンピューティング」の事業部に入りたくて、三井物産へ就職。しかし、入社後すぐに希望の事業部はなくなってしまった。ユビキタスコンピューティングとは、マーク・ワイザーが80年代から提唱していた、端末を携帯することなく、どこでもコンピューティングができる情報環境を表す概念。いわばIoTのようなことで、今の時代であれば通じるキーワードだが、当時はまだ「早すぎた」のだ。

「そういうことに、まだ時代が追いついてなかったんですよね。そこで、はたと立ち止まりました。それまで情報系、コンピューター分野の勉強してきたからその方向にいったんですけど、本当にこれは自分の生涯をかけたいテーマなのかな? と、考えました。なんだかすごくレールの上を乗ってる感じがして、改めて僕のテーマってなんなのかと考えてたときに、ふたつ大事だなと思ったんですね。

ひとつ目は、自分が生涯を捧げるのだから自分の感性にマッチすることをやりたかった。そこで思い返して、たどり着いたテーマが“自然”だった。ヨットでの原体験もあるし、もともと僕は広島県尾道市の向島町という小さな島出身。大学も北大で、大学院はスウェーデン。自分の人生にとって“自然”って大きなキーワードだなと。もうひとつは、タイミングがマッチしてることをやるということ。例えば、ユビキタスコンピューティングというものは、僕が就職した当時は、早すぎたんですよね。自分がやりたいって思ってるだけだと、大きなインパクトも出せないし、ビジネスをやる以上はダメだと思っています。なので、当時僕は24歳でしたが、自分がビジネスマンとしてのピークを迎える35〜45歳くらいで波が最大化する領域を選ぶのが大事だと思ったんですね。このふたつを満たすこと、その結論がクリーンテックでした。」

エネルギー開発への違和感。
ミニマルコストでエネルギー消費を削減する“効率化”という考え方

クリーンテックとは、再生不能資源を使用しない、または利用する量を抑制した製品やサービス・プロセスを開発すること。自分は何をやるべきか、26歳の塩出さんは考えていた。勤め先の三井物産で、再生可能エネルギーを扱う部署へ移りたいと手を挙げたが、配属されたのは昔ながらの石炭火力の部署だった。石炭火力発電所の立ち上げのためインドネシアに滞在していた時、2011年3月11日の大地震、原発事故が日本を襲った。日本では原発事故によって多くの命が失われていく現実。またインドネシアで目の当たりにしたのは炭鉱拡張のために壊されていく自然。建設中の事故で多くの人が犠牲となったことも知ったのだった。エネルギー開発の現状に強い違和感を覚えたという。エネルギーを持続可能なものにするために、考えを巡らせた。

「自分はエネルギーの分野で何をやるべきかってことを考え始めたのが27歳。その頃読んでいた本で“エナジーエフシェンシー(Energy efficiency=エネルギー効率化)”が最も安いリソースだと書いてあって。効率化して削減するだけなので、コストはすごくミニマルにできるというのを読んで、その考え方は面白いなと思ったんですよね。そこから色々調べて、デマンド側、需要側をマネージメントする仕組みがアメリカでは出来始めているというのがわかってきて。それが、まだ出来てないところで何ができるって考えたときに、僕はエアコンに注目した。そこから、スマートリモコン『Nature Remo』というものに至ったわけです。」

2017年に発売された『Nature Remo』シリーズは、スマートリモコンの草分け的存在で、スマートフォンアプリを使えば、インターネットを通じて、どこからでもエアコンを含めた家電のリモコン操作を可能にするIoTプロダクト。デバイスには、温度・湿度センサー、人感センサー、照度センサーも搭載(※)。室内の人やペットを検知したり、自動化機能を使って、電気代を節約するというもの。

※Remo miniシリーズは温度センサーのみ搭載

続いて、2019年から2020年にかけては『Nature Remo E』シリーズをリリース。Nature Remo Eはエネルギーマネジメントを目的としたデバイスで、電力消費活動の見える化を実現。そして、昨年3月には“電気を賢く使う”新しい電気のカタチを提案する、電力小売サービス『Nature スマート電気』もスタート。電力の需要供給に応じて電気代が変動するプランの採用や、ユーザーはマイページから翌日の電力量料金単価(1kWhあたり)を確認することができるなど、重要供給バランスに応じて電気代を節約することができるようなシステムを構築している。Natureスマート電気では、Nature Remoとの連携により、その日の電力量料金単価に応じた家電の自動操作も可能だ。

例えば、電気代が高くなる時間にエアコンが反応し、自動で設定温度や風量の調節を行う、というもの。自動で賢く、快適に、電気代の節約ができる、というわけだ。ユーザーが電力を節約することは電力需要のピーク分散に繋がり、火力発電所の不要な稼働を減らし、温暖化の原因となる温室効果ガスの排出削減に寄与することになる。

Nature Remo』、『Nature Remo E』、そして『Nature スマート電気』。すべてのコンテンツが〈Nature〉が描く未来像への布石となっているのだ。


写真右から『Nature Remo mini 2』、Remo mini 2のプレミアムモデルでブラックとネイビーの新色をラインナップした『Nature Remo mini 2 Premium』、『Nature Remo 3』。miniシリーズは、Nature Remoよりも機能がシンプルでコンパクトなのが特徴で入門編におすすめ。
家庭のエネマネを実現できる『Nature Remo E』シリーズ。2022年2月のアップデートではEVパワーステーションにも対応した。

「今思うのは、各家庭向けの電気供給の仕組みをリデザインするという思想が必要だということ。戸建であれば太陽光パネルを載せてEVや蓄電池でタイムシフトさせて、自家発電自家消費の世界を作っていくことだし、一括供給せざるを得ない集合住宅に関しては、電源を極力再生可能エネルギーにしていくためには何が必要かということを、デマンドを制御して平準化をするという話とともに、ひとつひとつコンポーネントとして分解してやっていく必要があると思うんですよね。なので、〈Nature〉はスマートリモコンから入ってるけど、電力小売り事業もやっていますし、今後太陽光発電と蓄電池とを組み合わせたエネルギーマネージメントのところもやっていこうと準備しています。」

エネルギーマネジメントから考える、EVの可能性

着実に歩みを進める〈Nature〉の直近のトピックは、今年2月9日に『Nature Remo E』がEVパワーステーションとの連携に対応するアップデートを行ったことだ。EVを家庭用の蓄電池として活用するV2H(ビークル・トゥ・ホーム)システムのエネルギーマネージメントを実現した。さらに今後EVパワーステーションの開発も着手予定だという。エネルギーマネージメントの観点からEVというものに感じる可能性とは、どのようなことなのだろうか。

「なぜEVに注目してるかというと、付加価値として蓄電池利用ができること。蓄電池を買うと100万円の追加費用になりますが、自動車、EVというのは移動するために買っているのでそれを蓄電池として使う原価費用って0円なんです。しかも、容量で考えても、通常の蓄電池だとパワーウォールなどで10kWhほどですが、EVは40〜60kWhと、4倍とか6倍なわけです。そして、蓄電池としてペイするかしないかではないというのが大きいですよね。

実は〈Nature〉では、湯河原に『Smart Energy Lab』という施設があるんですが、そこは中古の一軒家に太陽光パネルを載せて、蓄電池や給湯器、EVパワーステーション入れてEVも置いて、自動車から家に電気供給して電気を賄うということをやっています。そういう世界がもっと広がっていくんじゃないかなと思います。離島や小さいコミュニティからでもそういうモデルケースをいかに早く我々主導で実現していくかっていうことは、今後やっていきたいと思いますし、それをいかに普及させられるか、ですよね。」


福利厚生や開発拠点として活用するという、V2Hシステムを取り入れた『Smart Energy Lab』。(提供写真)

コロナで気づいた、移動と日常

2050年カーボニュートラルに向けた変革が求められる時代、コロナウイルスの出現で暮らしや移動のあり方はここ数年で急速に変化している。“移動”にもたらすエネルギーのインパクトについて塩出さんは「移動をしなくなることは人間らしくない」と、コロナ渦での気づきを話してくれた。

「僕は毎朝、泳ぐか、走るかしてるんですけど、40分走ると400kcal、30分泳ぐと大体200〜300 kcalを消費します。で、実は会社に出社すると大体それくらいのカロリーを消費してる。だからコロナで在宅になって出社しなくなると、頑張って運動した分が相殺されるんです(笑)。そう思うと人間が動かなくなるって影響が大きいなっていうのを感じますよね。

今の僕らの世の中って、すごく狭い範囲のことでお金を稼いで生きていくことができるので、人間が使わなくなってしまった潜在的な能力って、きっとあると思うんです。つまり、人間が一部退化してるところもあるんじゃないか、と。例えば、走ってて感じるセカンドウィンド(走りだして15分ぐらいたつと心拍数や血圧が安定し楽になる状態)の感覚ってマインドがリフレッシュされるし、頭も冴える。移動という行為によって、インスピレーションが生まれたり、集中力が上がることがあると思いますが、全然動かずに家にいて仕事をしてる、みたいになると人間という生き物が変わってくんじゃないかなと。自分の能力をきちんと開放するという意味でも、移動をしないというのはあまり健全じゃないと思いますね。人間は、動物だから。」

塩出晴海
13才の頃にインベーダーゲームを自作、2008年にスウェーデン王立工科大学でComputer Scienceの修士課程を修了、その後3ヶ月間洋上で生活。三井物産に入社し、途上国での電力事業投資・開発等を経験。2016年ハーバード・ビジネス・スクールでMBA課程を修了。ハーバード大在学中にNatureを創業。

photo by Sakie Miura Text by noru journal