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上海発、〈NIO〉のデザイナーが考えるデザインが表現できるもの
2022.03.03

上海発、〈NIO〉のデザイナーが考える
デザインが表現できるもの
by 吉俊彦(NIO)

世界を牽引するEV大国といえば中国だ。その中国で最も注目されているEVベンチャーが〈NIO〉である。 “中国のイーロン・マスク”ことウィリアム・リーが立ち上げた〈NIO〉はフォーミュラEでのチームをもつほか、世界ではじめてAIシステム搭載のモデル(ES8)をローンチしたり、どこにいても充電可能な「パワーモバイル」という電力供給車を導入したりと、その先進性が高く評価されている。その〈NIO〉のチーフ・インテリア・デザイナーに、日本人の吉澤俊彦さんが就任。〈NIO〉に至るまでの道のりを伺った。

» 吉俊彦(NIO)

アメリカに行きたいと思ったときから、上海への縁がつながっていた

「長くなるかもしれない」と前置きしつつ、吉澤さんは〈NIO〉までの道のりを語ってくれた。デザインに興味を持ったきっかけは、「父がクルマのデザイナーだった」こと。そして子どもの頃、想像だけでなくテクノロジーを元に描かれたシド・ミードのイラストに魅了されたこと。日本の学校に馴染めず、アメリカに行ってみたいと思い始めたちょうどそのとき、父のアメリカ転勤が決まったこと。16歳だった。

「高校卒業後にデザイナーを目指し、カリフォルニアのデザイン学校に入ったのですが、そこはプレゼンの仕方、絵の描き方などをシステム的に教える学校だった。これでは普通のデザイナーにしかなれないと思い、デトロイトのCCS(カレッジ・フォー・クリエイティブ・スタディーズ)へポートフォリオを送りました。受け入れてもらえることになり、ルームメイトとクルマで4日かけてデトロイトへ向かった。大暴動の痕跡ばかりが残る、何もないエリアにある学校でした。来なきゃよかったと思った。」

だが、CCSはもともとクリエイティブな才能を伸ばすことに重点を置いた芸術学校。吉澤さんはここでメキメキと自分のスタイルをつくりあげ、卒業後はオーストリアへ渡る。そこでフォルクスワーゲンをクライアントに抱える、とあるデザイン会社に採用された。1996年のことだ。

〈NIO〉のクルマは「セカンドホーム」を目指している。居心地の良さのために、ディテールを研究し尽くす。

「その会社の人が卒業制作展を見て連絡をくれたんです。当時は丸みのあるデザインが主流だったのですが、フォルクスワーゲンはあえて直線的なデザインのクルマをつくっていた。学校ではダメだといわれるヤツ。それがかっこいいと思って。」

外側ではなく、中身をデザインする時代が来ていた

繁華街の一等地に位置する〈NIO〉のショールーム。広々とした空間に「eT7」、「es6」の2台を展示する。

その後、フォルクスワーゲンに籍を移して活躍し、2015年に再びアメリカへ。そこでの日々がひとつの転機になったという。というのも、昔のように、フォルクスワーゲンが市場で人気を得ていると思っていた。だが、街でもレンタカーの店舗でも見かけなくなっていたのだ。

「外側ではなく、中身の時代になっていたんです。たとえば、その当時既に出てきていたテスラは、購入することでイーロン・マスクのメッセージに共感していることの表明になる。クルマを買うことでその理念を応援することができる。」

吉澤さんはドイツのフォルクスワーゲン本社に戻り、そのことについてプレゼンを行った。iPhoneが登場したことでノキアの携帯電話は市場から消えてしまった。それと同じことがクルマ業界でも起こるかもしれない、と。

「普段、滴滴(DiDi/配車アプリ)を使ったときに見るのはナンバーと車体の色くらいですよね。どのメーカーのクルマなのか印象に残ることがない。これが自動運転になったら? 自動的に来たものに乗るだけですから、メーカーやデザインを気にすることはほとんどなくなります。ドアの開け方も変わってくるでしょう。とすると、ロゴやナンバーは車体の横に掲示するようになるのではないか。そうして、どのブランドも同じような箱型のクルマになっていくかもしれません」

そうなったとき、果たして自社の魅力や個性をどう伝えるのか。

「たとえば、フォルクスワーゲンだったらフレンドリー、イギリスのメーカーだったらバトラーみたい。日本のメーカーは営業マン風? そのブランドの魅力を端的に表現できるような性格の人工知能を搭載したら、と考えました。でも、当時のフォルクスワーゲンの本社ではわかってもらえなかった。そんなとき、『上海に来ないか』という連絡があったんです。」

当時一緒に働いていた中国人の同僚たちのなかでも、特に攻めた面々が引き抜かれ、新しいEVメーカーをつくるという話だった。

「『3日間だけ上海に来て』と言われて、連れていかれたのはボロボロの元タオル工場でした。でも、ここが自分たちのデザインスタジオになるんだと語る彼らの目は輝いていた。未来を見ている目だと思いました。これから主流となるだろう『うわべではなく中身』のデザインが、上海でならできると思った。会社を辞めることに対しては息子たちの反応が心配でしたが、当時13歳だった息子が、『お父さんはこれまでフォルクスワーゲンの人だったけど、今後はトシとして働けるんだね』と言ってくれて。」

仕事に欠かせないものはパソコン、ノートと音楽。街並みや生活風景を撮影するためのカメラは、ライカを愛用している。

「どうしたら心地良いか、楽しんでもらえるか」をひたすら考えている

上海に来てからは、これまでにないプレッシャーとやりがいで連日夜中まで働いた。期待に応えられなければクビになる世界。仕事の進め方のスピード感もこれまでと違った。下請け企業に思わぬ権力があったり、諸々のライセンス取得のために組織の方針が変わったりもする。そして、ひとくちに「上海の会社」といっても社風がそれぞれまったく違ったりもする。

「結局、きっかけになった最初の会社は人を大幅に増やすなどで方針が変わってしまった。その後入った同じく上海のメーカーは、日本人デザイナーとして会社にいるだけでいいような雰囲気で、時間の無駄なのではないかと思う日々だった。そんな矢先、〈NIO〉から声がかかったんです。しかも、声をかけてくれた人が一番最初の、オーストリア時代の仲間の上司だった人。最初からずっとつながっていた、と思いましたね」

クルマではなく「コミュニティ」を作る

客層は30代の子育て世代が多い。ショールーム内は常に人でいっぱい。2階にはリビングのようなカフェスペースがある

〈NIO〉のコンセプトは、「クルマではなくコミュニティを作る」だった。ショールーム「NIO HOUSE」内には子どもも高齢者も自由に過ごせるカフェのほか、料理やヨガのワークショップを開催するスペースもある。〈NIO〉の公式アプリをSNS代わりに使っている人もいるし、アプリ内のショップを覗けばオリジナルブランドのファッションアイテムやワイン、キッチン用品なども販売している。

「この会社の一部になってみたいと思いましたね。中身をデザインしている会社だったから」

〈NIO〉のインテリア・チーフ・デザイナーに就任して、まだ1年。「日々、これまでにないくらい働いている」という吉澤さんの、〈NIO〉での、そして上海での挑戦は始まったばかりだ。

「日本には茶道や禅の考え方など、研ぎ澄まされた文化がたくさんあります。でも、クルマのデザインとなると反対のことをやっている気がします。最近、ソニーがEV車を発表しましたが、『なんでそうなるの』と思ってしまうような普通のデザインだった。その間に中国が、簡素で省略された日本的なデザインに憧れ、それを取り入れ始めているというのに。」

吉澤さんが手掛けた〈Enovate〉社「MPV」のインテリアコンセプト。

中国の充電事情

EVを買おうと考える人は、奇抜なデザインを求めているわけではない。だが、これまでのクルマと同じだったら期待はずれだといわれる。そこがEVのデザインの難しさだと吉澤さんは言う。

「フードロスやパッケージごみなどの問題が話題になり、環境に関心を持つ中国人は増えていると感じます。〈NIO〉も、アルミフレームや内装のプラスチック、木材など環境に負担のない材料を取り入れていて、それを知って選ぶ方もいると思います。ですが、大半の方のEV購入の決め手は『ガソリン車に比べてEVは新しくてスマート』だという理由。『環境のため』ではなく、『新しくて楽しそう』だから選ばれているんです。」

たとえば充電。〈NIO〉は中国全土、各地に「換電站(※注1)」を設置している。箱型のコンパクトなカーポートに入るだけで、自動でバッテリーが交換される。ドライバーは乗ったまま、3分待つだけ。長い充電時間も不要だし、ガソリンスタンドへ行くよりもずっとスマートで、これまでにない経験ができる。

「どういう経験をユーザーと共有できるか、どうやったら楽しんでもらえるのかということを、立ち上げた人たちみんなが考えているんです。だから、デザインも細かい部分を何度も何度もつくり直す。一番心地良い形にすることをものすごく深く考えている。光が車内にどう差し込めば心地よいか、どうしたら家のリビングのように居心地いい空間になるのか。そんなことをずっと考えています。」

一方で、環境負荷の観点で電気自動車を捉えたとき、「EVが問題を解決するかどうかはまだわからない」と吉澤さん。
「ドイツは自動車を発明し、エンジンにまつわる技術を長年に渡って磨いてきました。それなのに、エンジン車を捨てて電気自動車に一気に切り替えるという。一方でトヨタは一気にEV化せず、水素自動車などさまざまな試みに挑戦している。たとえば今後、電気よりも水素のほうが環境問題の解決に寄与する、という論調が生まれることがあれば、トヨタがトップへ上り詰める可能性もあります。自分たちが長く培ってきたものを簡単に手放さない、そういうところが日本の賢いところだと思います。」

(※注1)充電よりもスピーディーなバッテリー・スワップのこと。ステーション(ポート)に着くと自動操縦によりクルマを正しい位置に誘導してくれる。車の底部が空き、自動で満タンに充電してある電池と交換してくれる。

吉澤さんが〈NIO〉とは別に手掛ける、ドライバー向けのファッションブランド『unomonovus』のドライビングシューズ。

今後やってみたいことは? と問うと、「昭和期に作られたクルマのEV化」との答えが。

「残念ながら、今の日本の自動車メーカーのデザインで、キュンとするものがまったくない。でも、昭和に作られたものにはいいものがたくさんあります。メンテナンスが難しいので放置されているそういったクルマをEVに改造してみたい」
実際、いすゞ117とホンダのZ(おそらく1969年製)を購入したが、コロナで帰国できないため放置したままになっている、と残念そう。

「その時代の軽自動車はかわいいんですよ。早くEV化に着手したいのですが、なんだか永遠に帰国できないような気になっています……(笑)」(※注2)

帰国が実現した暁には、こちらのEV化プロジェクトも続報します!

(※注2)中国の入国対策は定期的に変わり、就労ビザおよび居留許可を持っていても非常に複雑。ワクチンの接種証明以外に、入国7日前と搭乗3日以内に中国大使館指定の病院でPCR検査を受け、2日前には血清検査を受けて陰性証明を発行してもらう必要がある。中国に入国したら指定の施設で14日間、その後、追加でホテルもしくは自宅での7日間の隔離が必要……と、行き来しづらい状況が続いている。

俊彦
〈NIO(上海蔚来汽車)〉インテリア・チーフ・デザイナー。フォルクスワーゲンのデザイナーとしてドイツやアメリカで20年以上活躍。本業のほか、上海にてドライバー向けにローンチした自身のファッションブランド、『unomonovus』も手がける。
Instagram:@punchypower

Photo by Masato Nagafune Text by Akiko Hagiwara Edit by Ryoko Kuraishi