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2022.10.19

NEW NORMALのバンライフ #11 雪山起点のライフスタイルを拡張してくれるクルマ
by 佐藤夏生

クールやラグジュアリーに対する感性が変わりつつある時代において、カーライフの本質とはなんだろうか。クルマがもたらす新たな価値とはどんなものだろう。自身の価値観や経験に基づいたライフスタイルを追求すべく、カスタムバイクを手掛けるビルダーと手を組んで、これまでになかったクルマを作り出したクリエイティブディレクターの佐藤夏生さん。これまでになかったクルマが、自分らしいライフスタイル、スキースタイルをもたらしてくれる。

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コロナ禍もありますが、ここ10年ほどでものごとの価値や生き方、働き方が大きく変わりました。クールネスやラグジュアリーに求めるものも変わってきています。お金を使って贅沢することや、おしゃれなもの、最新のものを持つことはクールでもカッコいいことでもない。そんな時代になっています。もはや消費が前提にないんですね。例えるなら、いい包丁をもつことよりも、どんな包丁を使ってもなんでも調理できる、そんなスキルや知識、経験値があることがクールである、と。

それではラグジュアリーやクールに変わる新しい価値とはなんだろうか。その要素をクルマに落とし込むなら、果たしてどんなクルマなのか。クリエイティブに関わる者として、それを問い直してみたいと思うようになりました。モノとしてのクルマではなく、日々がもっと楽しくなる、格別な体験ができるクルマを創りたい、創ろうと思ったんです。

学生時代は、ヴィンテージバイクに浸かっていた

昔から乗り物が大好きで、16歳で中型バイクの免許を取得して以来、バイクやクルマを何十台も乗り継いできました。大学時代は1958年製のノートンや1962年のトライアンフボンネビル、その後はハーレーを、部品を一つ一つ集めて造ったりしました。左右で年代の違うタンクをあえて装着したり。“古いバイク”のもつシンプルさ、機能美やエンジンのフィーリングが好きで。その時代背景やブランドのカルチャー、乗り手も合わさってひとつのスタイルになっていく。そういうところが好きでどっぷりと浸かってました。

大学を卒業して博報堂に入社しました、クルマが好きだったので、在籍した20年間を通して常にクルマに関係する仕事をしていました。プライベートでも仕事でも、とにかくたくさんのクルマに乗ってきて、クルマのドキドキやワクワク、クールネスは、車種やスペック、クルマのグレードに依拠するものではなく、自分の経験やライフスタイルと密接に関わるカーライフそのものにあるというクルマ観に行き着きました。

話は飛びますが、4年前に初めてスキーをして、どっぷりハマってしまいまして。それで、ただスキーに出かけるための移動手段としてのクルマではなくて、自然のなかで遊ぶためのクルマ、家族や仲間と格別な体験ができるクルマ……そういう今までのクルマではなかなかできなかった次のカーライフを妄想するようになって。子どもや仲間と一緒にクルマに乗って雪山をめぐり、最高の一本を滑った後は、雪景色を見ながらクルマの中で美味しい珈琲を飲む。そんなシーン、ライフスタイルを可能にするクルマを形にしたいと思ったんです。

組んだのは、世界的なカスタムバイクビルダー

理想とする“クルマのあるシーン”はリアルに想像できるものの、具体的な機能やイメージが固まらないまま、まずはキャンピングカーのカスタムショップへ足を運びました。ところが、システムキッチンが入ります、とか、こういうラックが付けられます、とか、つまらない話ばっかり。今までにないクルマを一緒に作り上げていきたいと思える人が1人もいなかったんです。そこで発想の転換です。カスタムバイクビルダーと組もうと考えたんです。学生時代のカスタムバイクの経験から、カスタムバイクビルダーがネジ一本といった細部にも妥協しない美意識をもち、全体を俯瞰しながらパッケージングする編集力に優れていることを知っていましたから。このプロジェクトをお願いした中嶋志朗さんは世界的に有名なカスタムバイクビルダーですが、4輪も手がけるし、家具製作など木工にも通じていて。そこで、ベースとなる車体(新型ディフェンダー)だけを決めて、中嶋さんのアトリエを訪ねました。

そんな中嶋さんとアイデアを出し合い、今年7月に完成したのがこのクルマです。ベースは新型ディフェンダー。後部座席を取り払い、木製のフローリングを敷いてウッドベンチをあしらいました。その中心には脱着可能な煙突と直結した、極小の薪ストーブを据え付けてあります。ルーフには大人2人がくつろげるルーフキャリーとスキー道具一式を収納できるボックスを設置、車内にはプロジェクター用のスクリーンも備えています。クルマに薪ストーブというと「クレイジー」と言われますが、「クレイジー」ではなく、「ピュア」だと自負しています。

いまの自分の価値観を、クルマに落とし込んでみたら

クルマの機能のどこを削除してどこを研磨するか、その取捨選択ってその人の価値観を如実に物語るもの。たとえば、車中泊をするのかしないのか、クルマのなかで料理をするのかしないのか、電源はどうするのか。このクルマを作るとき、そこを徹底的に考え抜きました。薪ストーブは後から出てきたアイデアで、クルマで美味しい珈琲を淹れる、飲む。その「格別な一杯」を突き詰めて辿り着きました。エスプレッソマシンは電気を食うし、後部座席を取り払っただけだとただのスペース。「じゃあ薪ストーブでも積むか」って。ストーブの上でお湯を沸かせますから。

デザインって、個人の経験や体験に紐づいていないとピンとこないもの。たとえば僕が何百万円もするソファが置かれている贅沢な別荘に行ったとして、心地よくないし、楽しめない。だって、スキー帰りの濡れたウエアでそのままソファに腰掛けるわけにはいかないし、どんなにお洒落でも自分にはフィットしない。そういう意味では、このクルマのデザインは僕の個人的な体験に基づいています。ベースにしたディフェンダーは一番グレードの低いモデル、僕にとっては、大排気量やレザーシートである必要はありません。濡れたスキーウエアでそのまま座るし、この時代に排気量が大きい新型車を買うというのも抵抗ありますし。

速さやうまさではない、唯一無二のスキースタイル

山にこもるならいざ知らず、4年前にスキーを始めたばかりの僕が、東京で仕事をしながら一緒に滑っている仲間のレベルまで上達することは難しい。でもスキーのスタイルって、速さやうまさだけじゃないと思うんです。子どもや仲間と一緒にこのクルマに乗って雪山に出かけ、スキーをして焚き火をして、ルーフの上で淹れたて珈琲を飲んで……それだってスキースタイルの一つ。このスタイルなら、これまで通りの仕事や暮らしを続けながら、僕なりのスキースタイルを確立することができるんじゃないかと思って。スキーが下手でも、仲間たちと一緒にスキーを楽しむことができるし、スキーを通じてたくさんの人と出会うことができる気がして。

「おじさんのスポーツ」というイメージが強いからか、新しく始める人が少ないスキーですが、そういう人たちにも、いままでとは違うスキースタイルを感じてもらえたら嬉しいし、直接的ではないけどスキーヤーが増えたらいいなと。このクルマは、A DAYをTHE DAYに変えてくれる存在なんです。

佐藤夏生
〈EVERY DAY IS THE DAY〉CEO、クリエイティブディレクター。東京生まれ。博報堂のエグゼクティブクリエイティブディレクターを経てブランドエンジニアリングスタジオ〈EVERY DAY IS THE DAY〉を立ち上げる。クライアントや仕事仲間、スタッフと美味しい珈琲を飲むことをなによりも大切にする「珈琲経営」を実践。珈琲が美味しく感じられるかどうかを、ものごとの状態を計るものさしとしている。

HP: everydayistheday.jp
instagram:@natsuo310

Photo by Eriko Nemoto Interview by Ryo Muramatsu Text by Ryoko Kuraishi