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クルマには乗り手のパーソナルな部分が投影される
2023.01.23

クルマには乗り手のパーソナルな部分が投影される
by 竹内貴誉詞

カメラマンの竹内貴誉詞さんのライフワークのひとつである“Car with us.”とは、大判のカメラで、クルマとその乗り手を被写体にしたシリーズだ。けっしてカーマニアではなかったという竹内はシリーズ開始のきっかけを「クルマには乗り手のパーソナルな部分が出るから」と語る。どのようにその魅力に惹かれ、日本各地を移動しながら撮影を続けているのだろうか。

» 竹内貴誉詞

クルマは乗り手にとって人生の相棒。だから撮っていて楽しい

――プロの写真家になるまでのいきさつは?

鹿児島で生まれ育ち、大学から宮崎で10年ほど過ごしました。写真は趣味としてずっとやっていて、仕事にするにはどうしたらいいのかまったくわからず、大学を卒業後は、ウェブ制作会社に就職したんです。マーケティング部署で、売上支援の施策をリモートワークでやっていたんですけど、直接、お客さんと会わずにできる仕事でした。それだと、どれだけレポートを見ても、お客さんに何がササっているのか、わからないんです。そのことに虚しさを覚え、もっとリアルな体験を求めていた頃に、師匠の伊東俊介に出会いました。宮崎で主催したイベントで一緒にやっていた人が繋いでくれたのが、僕が27歳の時です。

――伊東俊介さんは、日本各地で出張写真館をやっている写真家ですね。

そうです。師匠は、ハイエースに機材を積み込んで、北は北海道、南は熊本まで全国を周りながらポートレートを撮っています。今でこそ、移動写真館をやるカメラマンは多いんですけど、1回やってそんなに反応がないからとやめてしまう人が多いんですよ。そんな中、師匠は18年続けているんです。僕がアシスタントについた期間は、そのうちの2年間でしたけど、本当にいい経験をさせてもらいました。年間約4万km、地球一周分も走りながら、自分のやりたいこととできることの道が見えてきました。

――“自分のやりたいこと”というのは?

写真を始めた頃から人が好きで、ポートレートを趣味として撮り続けていました。師匠の伊東が、「毎年同じ人を撮り続けていったらどうなるんだろう」と中判モノクロで撮り始めたのが「いとう写真館」で。アシスタントとして何十ヶ所も現場を経験するうちに、同様にフイルムを使っていいプリントを届け続けたいという思いが大きくなり、そのスタイルを踏襲したいと思って自分でも〈ひかり写真館〉をスタートさせました。

――“Car with us.”をテーマにしたのはなぜですか。

友人がランクルに乗っていて、一緒に行ったハイキングの帰りに駐車場で大判カメラで撮った時に、自分が撮るテーマとして、なんだか腑に落ちた感じがあったんですよね。その撮影はお遊び程度だったんですけど、そのランクルには結構傷があって、それがいい味を出していたんです。

考えてみれば、クルマって、旅行とか楽しい時間も過ごしますけど、辛い時にドライブに出ることもあるじゃないですか。いろんな時間を共有するクルマは、体の一部になり得るというか、人生の相棒なんだなって思ったんです。同じ車種でも、乗る人によって個性が出るのが撮っていて楽しいですね。子供の送り迎えだとか日常の足として使っているのか、アウトドアでガンガン乗っているのか、クルマに現れるんです。変遷を撮り続けていくにも、クルマは面白い対象ですね。若い頃は中古の安いクルマに乗って、お金を貯めてちょっといいのを買って、子どもができたらファミリーカーに乗り換えて…と、パーソナルな部分がすごく出ますからね。

普段の写真館は中判カメラを使用しますが、“Car with us.”に関しては大判カメラを使用します。撮影もよりシビアで気が抜けなくなりますが、そのくらいの制限がないと面白くないですし、フイルムが大きい分プリントも綺麗で後世にも記録として作品として残すには必要なプロセスだと思っています。

写真館を開催する場所を好きになりたい。

――これまで撮影した台数は?

2020年から始めて200台くらいですね。鹿児島の自動車教習所にも出張しました。教習所って卒業したら行かない場所だけど、最初に運転したクルマがある場所じゃないですか。すごくイベントをやる意味やポテンシャルを感じたので、いろんな地方で企画したいです。

――これまで撮影した中で、特に印象的だったのは?

大分の会場に来てくれた90歳のおばあちゃんが、日産のセドリックで来てくれたんですが、同じクルマに45年乗り続けているそうで彼女にとっては一生に一台のクルマ。クルマのEV化が進む時代ですけど、本質的にエコだし、人生の価値観が現れていると思いました。

他には撮影会のために、10万円くらいかけてハイエースの目(ライト)をカスタムしてくれた方がいたのも嬉しかったです。小豆島での撮影会では、台風がきてフェリーの運航もわからないのに、「どうしても行きたい」と来てくれたお坊さんがプジョーに乗ってたんですけど、めちゃくちゃカッコよかったです。

――全国各地で撮影イベントを行っていますが、どんなふうに場所を選んでいるんですか。

自分から営業することはなくて、お客さんがつないでくれたり、ご縁がある場所だけです。ビジネスライクに「場所代はいくらです、やってください」では、僕は愛がないなって感じるんですよね。撮影会で場所を借りるというのは、そのお店の方々が築き上げた価値観の上でやらせていただくということ。そんな大切なものを損なうようなことはしたくないですし、写真館をやることで新しい客層が訪れるだとか、互いにメリットのある関係性を作れたらと思っていて。何より、僕がその場所を好きになりたいんですよね。そこは、巡るルートを組む上で、大切にしているところです。あまり敷居の高い写真館にはしたくないですし、個人出張もやっていますよ。個人出張の際は、その人の思い入れのある場所で撮るようにしています。

漁船もトラクターも自転車も、“乗り物”だったら何でもアリ。

――撮影にあたって意識していることは?

基本的に20分で撮るようにしています。それ以上一緒にいると、僕のボロが出ちゃってギクシャクするので(笑)。ちょっと物足りないなくらいのほうが、「また会って、話したいですね」ってなるんですよね。仕事とか、お客さんの情報もあまり自分からは聞かないです。そのくらいの距離感のほうがちょうどいいですね。

――モノクロのフィルムで撮影する理由は?

モノクロは、カラーに比べると余計な情報がないので、クルマのフォルムや人の佇まいに集中して見ることができるのと、家に飾った時に馴染みやすいからです。それと、カラーは時間が経つと色抜けしてしまうんですけど、モノクロだといい具合にセピア調になるんですね。今の時代にしかないクルマと、今、生きている人を撮ることを連綿と続けることで、全体としてすごくいい作品になる予感があるし、それこそが僕が目指していること。それには、いい経年をするモノクロでないとダメなんです。

――どんな瞬間に一番感動しますか?

撮っている時ももちろん楽しいんですけど、ベタの上がりがいいとすごく嬉しいですね。信頼しているラボからベタが送られて、そこから僕がセレクトして、本番焼きをお客さんに届けるまでに2か月くらいかかるんです。でも、その時間もいいんですよ。すぐには見られず、忘れた頃に届く。その仕上がりがよければ、また来てくれると思っています。実際、お客さんはリピーターが多いですね。年に1回会う遠い親戚のような関係になれると嬉しいです。

――広告や雑誌の表紙を撮りたいという気持ちはないんですか?

興味のある仕事はもちろんやりたいです。ただ、クルマのメーカーだとか、僕じゃなければ伝えられない仕事でなければ、やる意義がないと思っています。でも、ずっとできる、やりたいことは、煌びやか世界での撮影より、写真館のほうです。

――最後に、今後について聞かせてください。

自分自身ルノーやメルセデスなど乗ってきて欧州車が好きなので、ドイツとかスペインで撮影してみたいですね。それと、いろんなクルマを撮りたい。子どもが初めて乗った自転車、農家さんが親子二代で使っているトラクター、漁船と、乗り物だったら何でもアリ。そして、いずれ写真集にまとめられたらと思っています。

竹内貴誉詞
1989年鹿児島生まれ。写真家・伊東俊介に師事し、モノクロのアナログプリントでの出張写真館のスタイルを継承。霧島を拠点にしながらも、全国各地を巡るひかり写真館を各地のギャラリーや店舗などで開催する中、ライフワークとして人間とクルマの関係を大判カメラで写す“Car with us.”シリーズも合わせて撮影している。
Instagram:@gowasu0302
WEB:hikarips.com