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写真家が移動できなくなったとき #09
2023.07.12

写真家が移動できなくなったとき #09
by 石塚元太良

アラスカやパタゴニアなど極地で撮影を続けてきた写真家・石塚元太良。彼の代表的なモチーフは「氷河」や石油や天然ガスなどを運ぶための管路である「パイプライン」だ。昨年発表されたシリーズ『GS_』。そこでのモチーフは、廃墟となったガソリンスタンドだ。日本の各地を巡り、廃業したガソリンスタンドを数年かけて撮り下ろした作品の背景にある物語について、話を聞くために東京・上野毛にある彼の暗室を訪ねた。

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» 石塚元太良
(TOP写真「アーツ前橋展示風景 2022ー2023」

ガソリンスタンドは、パイプラインの続編

——国内のテーマを題材にしたシリーズは珍しいですね。

ガソリンスタンドは、頭の中にずっとあったテーマなんです。アラスカやアイスランドなど、これまでのキャリアでは海外ばかりを撮影してきたので、いつか日本も撮りたいと思っていました。日本で撮るならこれかなというテーマがいくつかあって、そのうちの一つがガソリンスタンドでした。他にも国内の水力発電のパイプラインを撮ってみようと、かつて何度かトライしたことがありましたけど、実際に撮影してみたらあまり面白くなかったんです。

——この『GS_』と名付けたシリーズは、日本各地の廃墟となったガソリンスタンドを撮影していますが、制作はどんな風に始まったんですか?

2020年の春にコロナが本格化して、海外に行けない、都道府県もまたげない、まさに移動ができなくなりました。そうなったときに、これはガソリンスタンドを撮影するいい機会なんじゃないかと。


「GS_#002」

――対象物として、ガソリンスタンドのどういう部分に惹かれたのでしょうか?

まずパイプラインの続編的なテーマとしておもしろいなと思いました。ガソリンスタンドの建築って、直方体みたいな平べったい板を円柱で支えているだけの単純な構図なんですが、経済発展した昭和の時代に建てられたものが多いせいか、こだわりを感じるスタンドがあったりしておもしろいんですよ。また、これはパイプラインを撮っているときから続いていることですが、自然とのコントラストの中でああいう構造物を撮りたいと思いました。東京や市街地に行けば廃業したスタンドはたくさんあると思いますが、そこにはあまり興味がなくて、自然とのコントラストが強いほど、人の営みの儚さみたいなものがより際立つんじゃないかなと考えているんです。ガソリンスタンドの裏にきれいな山を背負っているとか、近代の象徴にも見えるじゃないですか。

——もう営業をしていないガソリンスタンドを探すのは、やっぱり大変でした?

そうですね。この作品を撮ると決めて一番頭を悩ませたのが、どうやって廃業したガソリンスタンドを探すのかということです。手始めに都道府県別の石油共同組合に片っ端から電話をしてみたんですけど、個人情報の兼ね合いもあって全然教えてもらえなかったんですよ。じゃあGoogleマップでがむしゃらに探すのかというと、それも途方もない。仕方なく、まずはクルマの上に折りたたみ式のテントを載せてひたすら走ることにしたんです。そのスタイルはアラスカを旅しているときによく見かけていて、これなら誰とも接触せずに移動して撮影し続けられるなと。それでYAKIMAのルーフトップテントを富山で輸入している業者を見つけて、すぐに購入しました。そしてテーマは決まったものの目的地が定まらないまま、テントに機材と寝袋を入れ、当時乗っていたRenaultのメガーヌであてもなく走りながら廃業されたガソリンスタンドを探すという無謀な挑戦が始まったんです。

——かなり地道なスタイルですね(笑)。

まずは無計画に長崎県に行ったのですが、しらみつぶしのように国道を走り続けるうちにいい方法を編み出したんですよ。いや、編み出したというより、自然と行き着いたというか。コンビニで買った地図を眺めながらひたすら走っていると、潰れたガソリンスタンドが地図上のどんな場所にあるか、次第に分かるようになってきたんです。

——それってどういう事ですか?

そもそもガソリンスタンドが潰れるのはなぜかと考えたときに、一つの要因として過疎化があります。なので、今は寂れてしまっているけれどかつて集落があったような場所、というのがキーになる。また、日本の道路は、国道、県道、私道とありますが、現在もクルマの往来があって経済的にまわっている国道沿いの店はなかなか潰れることはありません。一方、地図を見ながら走っていると、国道と県道が交わる場所にガソリンスタンドがある確率が高いことが分かってきて、さらにそこが過疎地であれば潰れている可能性も上がるんじゃないかと。それに気がついてからは、いくつか試した中で一番使いやすかったリトルマップという地図を買い、エリアにあたりをつけてクルマを走らせるようになりました。

写真1,2枚目:「アーツ前橋展示風景 2022ー2023」

 

作品に不可欠なのは異常性。そのラインを超えられるかどうか。

——1日にどれぐらい移動していたんですか?

1日に走る距離をだいたい決めていて。無理なく続けるために、1日400~500kmぐらいにしておこうとやってましたね。朝起きてテントをしまうと、コーヒーを飲みながら地図に集中して、今日はこんなルートで廻ってみようと決めるんです。最初の旅だった長崎では1週間ぐらい走り続けて、メインビジュアルに近いものが撮影できました。そのあたりで「このシリーズはいけるぞ」という感触が得られましたね。こんなクレイジーな旅をする奴は他にいないし、これを48都道府県やったら貴重な記録になるなって。

——『GS_』の初お披露目となったのは、2022年の冬にアーツ前橋で開催された『潜在景色』というグループ展でしたね。氷河やパイプラインの作品数枚と一緒に、潰れたガソリンスタンドの写真が60点以上も並んで。あの点数は迫力ありましたね。

アーツ前橋で展示したのは、シリーズ全体の半分くらいです。これまで120点ぐらいを撮影をしてきていて、日本を回り切るにはまだ6、7割のところ。コロナもあって、ここ2年半ぐらい集中的に撮影はできましたけど、まだまだ行きたいエリアがあるんです。やっぱり地域によってガソリンスタンドの雰囲気も違うので。これまで行った中では、長崎、岡山、静岡、青森あたりには、記憶に残るスタンドがありました。そんなマニアックな情報、ネットにはないじゃないですか。こうやって自分の足で探して当てていく感覚は「パイプラインが地上のどこに露出しているのか」を調べながら制作していた頃とシンクロするんです。「これ、俺だけが求めているすごいイカれた情報だな」って自覚したときに、変な使命感が生まれたというか。絶対に完成させようと。

——パイプラインのシリーズの時も、ロケーションを泥臭く探したんですよね?

そうですね。北極圏になると、パイプラインはもう地面に埋まってはいないので、ひたすらクルマで国道を北上しつつ、見つけたら近くまで歩いて見に行くという作業の繰り返しでした。あとはどれだけいいランドスケープとパイプラインとの関係性のスポットを見つけられるか。良い場所は季節によって移り変わる姿を撮影もしましたし、これは一生続けられるテーマだなと思っていましたね。だからパイプラインは、やめ時が難しかったんです。「この日までやったら帰る」と決めないと、エンドレスなので。それと比べて、ガソリンスタンドの場合は、3、4日経つともうやめたくなってくるんですよ(笑)。毎日、朝から日が暮れるまで永遠とクルマを運転しているだけなので、飽きてきちゃって。だから1回の制作期間は、1週間が限度。それ以上は集中力が続かないんですよね。


「Pipeline Alaska #003」

——このシリーズならではの苦労ですね。

そうですね。あとはやっぱり構想期間を考えると、走って探すだけという方法論に行き着くまでに時間がかかりました。もっとスマートなやり方があるだろうと模索しましたけど、結局一番泥臭いやり方しかできなかった(笑)。それと、廃業後のスタンドにはクルマが止まっていることがすごく多くて。その状態のまま撮影したのも何件かありましたが、持ち主を探し出してお願いし、クルマを移動していただいたりもしました。そこも大変な部分でしたね。

——運転中は何してるんですか?

音楽やポッドキャストを聞いたり、もう月並みですよ。でもそれも限度があるじゃないですか。「これは変な労働だな」「俺しかやらないよな」って嬉しい反面、なんか複雑な、不思議な気持ちになるんですよ(笑)。でも、中途半端が一番よくないと思っているんです。ある種の異常性みたいなものは作品づくりには絶対に必要で、それがないと人に伝わらないと思っています。

——たしかに異常性を感じます(笑)。

大事なのは、そこのラインを超えられるかどうか。どんな事もきっとそうなんですけど、中途半端にやることほどもったいないことはないんです。その異常性を積み上げて、ひとつの塊になったときに初めて価値を持ちますから。


「Texture_Burst Tire #002」


「Texture_Burst Tire #003」

運転しながらこれからの写真についてずっと考えていた。

長時間運転しながらよく考えていたのは、もしこのシリーズを写真集にするなら、ガソリンスタンドだけで1冊にしなくてもいいかなという漠然としたイメージでした。というのも、運転しながら、スタンド以外の要素に自分が反応していることに気づき始めたんです。たとえば、落ちているタイヤ。海外と違って、日本の道路にはタイヤってあまり落ちてないんです。すぐに片付けられてしまうから。でも峠などを走っていると、たまにタイヤが無造作に転がっていて。そういうものも時折撮影していました。

——アーツ前橋の展示では、バーストしたタイヤの写真が編み込まれていて、印象深い作品でした。

タイヤの写真を編んだらおもしろそうだなって思っていて。2021年にフィンランドのアーティストレジデンスに滞在したときに、現地で伝統工芸のテキスタイルを目にしたことをインスピレーションに、最近の作品ではプリントされた写真を一度解体して、手で編むことをはじめました。

——新国立美術館で行われていたグループ展「DOMANI・明日展 2022-2023」の中でも編まれた写真のシリーズ「Texture」を発表されてました。これまでの「平面的な写真」に対して、印画紙を編むことで「立体的な写真」を生み出す。写真はどこまで写真なのか、という問いかけも印象的でしたね。

かれこれ写真というものが発明されてからまもなく200年を迎えるんです。2世紀に渡ってその姿を変化させてきた写真は、今ではみんなのポケットに入っているスマホカメラで大量に生み出されています。クルマにもカメラは付いていますし、あらゆる街角にカメラは存在します。カメラの量も、写真の量も、とてつもないことになっている。ある資料をみて驚いたのは、2019年比から2023年比で、世界で生み出される写真の量が、その数年で2乗になっているんです。写真家の僕らが写真を撮るよりも、世界の方が写真を撮っている。だから特に現代美術においては、“写真家”として美術館のような抽象的な空間に写真を額装して展示することに意義がなくなってきていると感じていて。そんな状況の中で、やっぱり考えるんですよ、写真ってどういうものなんだろうって。そのときに、写真は「平面であるということ」が絶対的な条件なんだなと。だから、その描写を残しながらも、平面を解体して立体にしたら何が起こるんだろうか、それをみんなはどう知覚するのかなというところに興味が出てきました。平面的な描写力があれば、テキスタイルでも立体であっても写真として保てるんじゃないかなと考えているんです。

——ロングドライブを経て、現在120点近く撮り貯めた作品を振り返ると、ガソリンスタンドの跡地を取り続けて見えてきたものって何ですか?

まだ旅の途中ではありますが、県道と国道を水平移動しながら日本の風景を高速で取り込んだことで、いまの日本って「こんななんだな」っていう漠然としたものは見えましたね。的確に言葉にするのは難しいんですけど、日本の景色って、とくに地方都市は、バイパスだったり、幹線道路を整えていくことを引き換えに、多くのことを失ってしまったんだろうなって思うんです。歴史の流れを残す街道があって、かつての鉄道があった頃までは、きっと保たれていたコミュニティや集落があった。そこには脈々と文化の流れもあって、そうした流れをバイパスみたいなものが分断してしまった。大手企業の店が並ぶ国道の風景って、どこの地方へ行っても同じ、単一じゃないですか。僕はその裏側みたいなところをずっと走っていたので、その分断みたいなものをすごく実感して。もう後戻りはできないけれど、ここまでのモータリゼーションが完成する前の日本の共同体のあり方や町づくりを復活できたらいいのになって思いましたね。


「GS_#001」

石塚元太良 (いしづかげんたろう)
1977年、東京都生まれ。2004年に日本写真家協会賞新人賞を受賞し、その後2011年文化庁在外芸術家派遣員に選ばれる。初期の作品では、ドキュメンタリーとアートを横断するような手法を用い、その集大成ともいえる写真集『PIPELINE ICELAND/ALASKA』(講談社刊)で2014年度東川写真新人作家賞を受賞。また、2016年にSteidl Book Award Japanでグランプリを受賞し、写真集『GOLD RUSH ALASKA』がドイツのSteidl社から出版される予定。2019年には、ポーラ美術館で開催された「シンコペーション:世紀の巨匠たちと現代アート」展で、セザンヌやマグリットなどの近代絵画と比較するように配置されたインスタレーションで話題を呼んだ。近年は、暗室で露光した印画紙を用いた立体作品や、多層に印画紙を編み込んだモザイク状の作品など、写真が平易な情報のみに終始してしまうSNS時代に写真表現の空間性の再解釈を試みている。

HP:gentaroishizuka.com
IG:@nomephoto

photo by Gentaro Ishizuka text by Ryo Muramatsu