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ありのままの旅が映っているから、遠くまで届くのかもしれない
2024.10.28

ありのままの旅が映っているから、遠くまで届くのかもしれない
by 田岡なつみ/Nachos

函館、利尻島、道東。3回に分けて行った計24日間の北海道行が、およそ20分の映像に凝縮されている。日本を代表するロングボーダーである田岡なつみと写真家、映像作家のNachosがバンに寝泊まりしながら波を探し、海からエネルギーをもらって、次の場所へと移動する。たった2人で作り上げた映像作品『MAHOROBA』は、イタリア、スペイン、アメリカなど、11カ国の映画祭に出品され、「日常の美しさが映っている」と高い評価を受けているという。雪の中で踊るように波に乗り、それを凍えながら撮影する。そのビハインドシーンには、どんな物語があったのか。

息の合った2人の言葉から、旅の時間を想像する。

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» 田岡なつみ/Nachos


(photo by Nachos)

波を求めて自炊をしながら車中泊

――元々、海外に向けて発信するために撮影されたんですか?

Nachos そうですね。なので、自然の美しさもあるけれど、例えばコンビニで買い物をしているシーンやどんな朝ご飯を食べているかなど、私たちにとっては“普通”な日本も入れるように意識したんです。実際、4月に行った時にはほとんどのお店はまだ冬季休業中で、冷たい海に入った後にお風呂にも入れず、ご飯も食べられなかったんですね。〈セイコーマート〉でひたすらおにぎりを買っていました。

田岡 キャンプのプロフェッショナルではない2人がいきなり極寒の環境で、もうどうにもできなくなっちゃってましたね。寒さとの戦いだし、アウトドアでの手際は悪いし、かなり過酷(笑)。

Nachos ご飯を外で作ろうと思ったらガス管が凍って火が着かなくて、ようやくお肉が焼けても、焼けた瞬間から冷たくなっていく。食材の豊富な土地ですけど、寒すぎて自炊できない時の方が多かったかもしれない。

田岡 私は自然の恵みを収穫するのも大好きなんですけど、自分で採った行者にんにくが食べられたのは嬉しかったなぁ。

Nachos それに北海道はとても広いから、波を探している間に夜になってしまう時も多かったからね。

――波はどうやって探していたんですか?

田岡 北海道はほとんどポイントの情報がパブリックになってないんですね。だからGoogle Mapで地形を見て、Windyで風とうねりを予想して、当たりをつけて行くしかないんです。

Nachos それで、いざ行ってみたら崖の下にポイントがあったり、道が封鎖されていたりするんです。近くの道の駅で、「この辺で波割れますか?」っておばさんに訊いたりもしましたね。「波が割れるってどういうこと?」って訊き返されましたけど(笑)。

田岡 サーフィンをしている人がほとんどいないこともあって、こちらが何を訊きたいのかわからないんですよね。北海道は川がすごく多いので、道東に行った時には河口を探して、一つ一つチェックしていって。

Nachos ローカルがポイントを守る意識が強いので、当然、旅に出る前には友人知人から情報収集しました。ポイントを教えてくれた人に迷惑がかからないように、可能な限り自分達で探して、できるだけ人のいないところで海に入るようにしていましたね。

旅するサーファーのマナーやローカリズムを考える

Nachos 私はつねづね世界を旅する中で日本に限らず、その土地土地に独特なローカリズムがあるなと思っていました。今回の映像でも、ハワイの人から「やっぱりどこの国にもあるんだね」と言われたんですけど、ハワイにはハワイの、日本には日本のローカリズムがあるんですよね。

田岡 スノーボードをしに北海道に来ているオージーが、地元の人とトラブルになっている話を聞いたことがあるんですね。山に限らず、海でもそれは十分あり得えるよね。ルールって、それぞれの国、地域によって違う。それを議論するのはすごく難しいことですね。例えば日本では基本的にリーシュをしていなかったらロングで海に入ってはいけないと言われていますけど、海外にはリーシュをつけていると招待されない大会があったりするんです。フリーサーフィンのスタイルが重要で、それを見て招待しているので。そのために私は「絶対に板を流さない」って自信を持って言えるようになるまで練習していますけど、ノーリーシュの部分だけを真似した人が板を流してしまって、トラブルが起きたりもしています。それでロング禁止のエリアができたりしてしまうこともあります。それはすごく悲しいことですし、何を発信するべきなのか、自覚的にならざるを得ないんです。

Nachos でも、なっちゃんみたいに世界の第一線でコンペティターとして活躍しながら、自分の旅をして、波乗りの本質的な部分に触れて表現していく、この活動そのものはもっと伝えていけたらという思いはあります。日本のローカルにもまだまだ素晴らしい場所がたくさんあるということを海外の人たちにも知ってほしいとも思いますし。

田岡 今回旅をした北国は、波がすごく良い日って、1年間を通じてもそれほど多くないのかもしれません。それなのに外から大勢のサーファーが押しかけて波に乗られてしまったら、そう思うと複雑な気持ちになります。日本は、波のクオリティに比べて、サーフィン人口が多すぎるんでしょうね。

Nachos 旅するサーファーとして、もしも先に人が入っていたら1番奥のピークには行かないようにする。そういったマナーは私たちもすごく考えていましたね。今回の映像でも、本当はもっと水中撮影をしたかったんですけど、ローカルの方々に邪魔にならないように極力控えたりもしましたね。メインのテーマではないんですけど、この映像を観てくれた人が、旅の仕方とか、ローカリズムについて考えるきっかけになったら嬉しいですね。

フリーサーフィンの可能性

――世界トップレベルで戦っている田岡さんにとっても、フリーサーフィンは必要なものですか?

田岡 「サーフィンを楽しくやっていたいのに、なんで戦わなきゃいけないの?」っていう人は増えていると思います。私の弟もプロになったけれど、試合にフォーカスせずに、映像を残したり、自分のサーフィンを追求しているんです。私はとにかくサーフィンが大好きで、その上で勝負も好きです。やっぱり戦い続けたい。でも、今回の撮影のようなフリーサーフィンは、コンペティションとは全く違うんです。点数を出すためのライディングではなくて、何も考えずに来た波に、思うままに乗ることができる。この技をやろうって1本の波で構成を考えるのではなくて、本当にダンスをしているような感じで、その感覚はすごく好きなんです。この旅で、改めてフリーサーフィンすごくいいなって思えました。きっとコンペティションにもいい影響があるはずなんですよね。「楽しそうなサーフィンをしていた方が勝てるよ」ってだれかに言われたことがあって、笑顔の方が点数につながるって。それに海外では、こうしたサーフ・トリップ・ムービーに価値を見出してくれるので、頻繁に上映会をしたり、協賛企業が費用を出してくれたりすごく多いんです。

Nachos やっぱりロード・サーフ・トリップって、夢があるよね(笑)。イタリアの映画祭は街での開催だったからサーファーよりもスケーターが多くて、「あの女の子、めちゃくちゃサーフィンうまいね」って何度も声をかけてもらえて。「何なの、あのパワフルな子は!」って。ロングボードのプロであるなっちゃんが短めの板を乗っている姿もカッコいいって思ったのかもしれないね。

田岡 私は小さい頃からどんな板でも乗りこなせるサーファーになりたかったんです。それでショートのプロ資格も取ったくらい。どんな板に乗ってもうまくその波に合わせて乗れるサーファーになるのが夢で、それをこの作品で海外の人に見てもらえるのはとても嬉しいですね。スペインの映画祭の上映後に、「日本に行きたくなった」って知らない人からメッセージが来たりもしました。

Nachos イタリアで「私の友達、あなたの映像を見て泣いていたのよ」って言われたんです。美しいって。ニューヨークやノースカロライナの映画祭の後にもたくさんの方に声をかけてもらって、滞在中にレストランで「MAHOROBA見たよ」って挨拶してくれたり、場所によっては上映後に急遽、Q&Aの会が開かれたりもして。

田岡 海外の人の方が、感情をダイレクトに伝えてくれるよね。良いライディングには、声を上げてくれるし、そういうリアクションがシンプルに嬉しかったな。一方で、日本の海の特徴として、テトラポットの話をされたこともありました。「あのコンクリートの物体は何?」って訊かれて、その言葉にはちょっとハッとさせられました。

Nachos 日本の海岸には、必ずと言っていいほど人工物があって、それが私たちには当たり前の風景になってしまっているんですよね。

旅のありのままを映した
一対一というドキュメンタリー表現

――2人きりで旅をする良さ、あるいは難しさについても教えてください。

田岡 海外の作品の多くは、水中カメラマンは水中専門で、陸からのカメラが他に3人いて、音声さんがいて、ドライバーがいてって、ものすごく大人数で撮影していたりするんですね。それを私たち2人だけで、しかも雪の中の過酷な環境で撮影しているんです。でも、だからこその良さみたいなものがきちんと映っていると思ってます。

Nachos フランスの審査員は、その一対一というドキュメンタリーの手法をすごく評価してくれました。「簡単じゃなかったことがすごくわかる」って言ってくれたんです。ありきたりのように見えるけれど、そうではないって。実際めちゃくちゃ運転しましたし、料理も波チェックも全部2人でやりました。しかも時間が限られている中での撮影でしたから。水が冷た過ぎるので、利尻島では1時間も入っていないんです。

田岡 ナチュラルハイのようになっていたから、私は全然いけるっていう感覚でしたけど、Nachosに、1時間で必ず上がるように言われていたんです。私は、その時に初めてドライスーツを着て雪の中でサーフィンしたんです。波も良いし、貸し切りだし、アドレナリンが出過ぎてもっと入りたかったけど、Nachosの言葉を思い出して、1回上がろうと。

Nachos 他に誰もいないから、私が守るしかないと思っていたから(笑)。

田岡 冷たすぎて、息が吸えないんです。だんだん頭がキーンとなって。それも初めての経験でしたね。北海道でのサーフィンは、本当に素晴らしかった。ただ、ほとんど人に会わないので、すごく孤独(笑)。アザラシがいっぱいて、ひとりで波待ちしていると突然、パシャッ! って大きな水音がする。ドキッとしますよね。

Nachos しかも天気が悪い方が波が上がるみたいで、どよ〜んとした曇天の中に、ぴょこんと黒くて大きな物体が出てくるから……。北海道の方からは、トド・アタックに気をつけろって言われてました(笑)。寒いし、時間的な余裕がないから、「このアングルから撮るから、もう一度歩いて」みたいなことがほとんどできなかったんですね。でも、だからこそドキュメントリーと言うか、旅のありのままが映っているんだと思います。

『MAHOROBA』
岡なつみとNachosによる
サーフドキュメンタリームービーを
にてジャパンプレミア上映

2024年11月18日(月)

第1部
17:00 開場
17:30 上映開始
18:00 田岡なつみ/Nachos トークショー
18:15 懇親パーティー(3F 347 CAFE&LOUNGEにて)

第2部
18:30 開場
19:00 上映開始
19:30 田岡なつみ/Nachos トークショー
19:45 懇親パーティー(3F 347 CAFE&LOUNGEにて)

【価格】
2,000円(税込) ドリンクチケット2枚付
※ドリンクチケットは懇親パーティーの際に3Fカフェで利用可能です。

【座席】
全席自由席

【購入/詳細】
https://passmarket.yahoo.co.jp/event/show/detail/020w0hxbqg141.html

田岡なつみ
JPSA公認プロロングボーダー。2011年16歳でプロデビュー。2017年、JPSA(日本プロサーフィン連盟)において、3度の年間グランドチャンピオンに輝く。また、世界組織であるWSL(ワールドサーフリーグ)のASIAリージョナルでもランキング1位を2年連続で獲得。2024年、ISA(international surfing association) 銅メダル。ワールドサーフィンリーグ世界ランキング5位。
IG:@natsumi_taoka

Nachos
“Beautiful Adventure”を自らのテーマに掲げ、ボードとカメラを片手に世界を旅するフォトグラファー。海、旅、女性にフォーカスした、ストーリーのある写真を撮る。また、動画撮影・編集、アートディレクション、執筆までマルチに活動している。
IG:@nachos.san

photo by Shinji Yagi・Nachos / text by Toshiya Muraoka / edit by Ryo Muramatsu