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アーティストとクライマー、双子が雪を求めて北海道ロードトリップへ
冬の北海道でのスノーボードと聞いて、真っ先に思い浮かぶのが『ニセコ』をはじめとする国内有数スノーリゾートだろう。上質なパウダー、広大なバーンは、国内外からスキーヤー・スノーボーダーが集う。しかし、彼らが目指したのは、『日本の最果て–知床–』だった。
––旅のきっかけから教えてください。 なんで北海道に?
アラタ:以前、〈Moving Inn〉というキャンピングカーサービスの仕事をしたことがあって、いつかキャンピングカーでロードトリップをしたいと思っていたんです。それをイサギに話したら、冬に北海道行こうよという話になって。
最初は旭岳とか、いわゆる北海道の雪山パウダーを狙う旅を考えていたんですが、イサギが「夏に行った羅臼岳は絶対滑れる」って言い出して、じゃあトライしてみようと話が進んでいきました。
イサギ:僕らにとって、スノーボードは山の遊びのひとつなんですよね。だから、スノーリゾートに行きたいという気持ちはあんまりなくて。北海道も、ローカルが遊びにいくような裏山みたいなところを滑る方が好きなんです。
で、なんで羅臼だったかというと、4年前にサーフトリップで北海道を巡ったときに登ったことがあって、冬に来たらきっと面白いなという確信がありました。それに、Googleマップで見てみると、ほんとうに北海道の「端っこ」なんですよね。
羅臼は「地の果て」という言葉を見つけて、より魅力的に感じていました。しかも冬は道路が閉鎖されるのでほとんどの人は行くことができない。人もいない、でかい山もある、北海道のパウダーもある。ここしかないと。
出発地点とゴール地点、それと行き先をひとつだけ決めた旅
––旅程は決め切らずに、ひとつ目標を定めて突っ込んでいくのはふたりらしいというか。
アラタ:羅臼のあとは、まあ流れでって感じでした。せっかくのロードトリップなのであまりガチガチに固めたくはなかった。僕は写真を撮る人として、羅臼に惹かれたんですよね。ヒグマの生息地というのもヤバい。冬の北海道、しかも最果ての羅臼なら、どんな写真が撮れるか気になった。
イサギ:羅臼岳に行くにあたって、結構リサーチしたんですよ。山行記録はあまり出てこなかったのですが、どうやら1970〜80年のヒマラヤ遠征隊が厳冬期にトレーニングで行っていたみたいでした。遠征隊が行くような山なんだなと感じつつも、同時にあまり滑走記録は見つからず、よりスノーボードで滑ってみたいという気持ちも湧いてきました。
アラタ:ロードトリップのゴールは十勝。というのも、〈Moving Inn〉のキャビンがそこにあったので、最後にキャンピングカーを返却して、旅が終わるというのは決まっていました。なので、それまでは行きたいところに行くだけ。羅臼岳をメインにしつつ、次の日に行くところを寝る前に決めればいいかなって感じでした。
––それで、羅臼岳に向かったと。どんな感じで旅がはじまったの?
イサギ:初日は、帯広空港から入って、キャンピングカーを借りて、羅臼岳の近くの道の駅まで。登りに行く前に、ひとまず下見をしようという話になりました。冬はゲートがしまっているので、登山口まで約10km、車道を歩いていかないと行けないんです。でも、とりあえず山を見ようとスプリットボード *注1 で歩きはじめました。
アラタ:偵察は1時間くらい。途中から羅臼岳の山も見えて、滑るルンゼ *注2 も確認できました。
イサギ:第一印象は、遠いし、デカい。これはいいぞと。
アラタ:おれには「遥か彼方」って感じだったけどね。山は見たし、イサギは足が痛いって言い出して、その日はクルマに戻りました。初日はこれで終わりですね。その日の夜にスノーボード仲間のイクミも合流して、クルマでメシ食って寝ました。
*注1 スプリットボード:雪上を歩行できるバックカントリー向けスノーボード
*注2 ルンゼ:岩壁に囲まれた侵食した谷地形
イサギ:明日はいいよ、雪よさそうだよ、天気もいいよって話して、2時くらいに寝て5時起き、6時スタートで。
アラタ:とりあえず車道10kmから。僕らは道路脇の雪の上をシールで歩いていたんです。1時間くらいかな。そしたら、後ろからスキーヤーが追いかけてきて、あっという間に抜かしていった。しかもスキーブーツで。それでシールはやめて、道を歩いたら、やっぱり早かった(笑)。昨日の偵察でもシールで歩いていたので、なんだったのかなって思いましたけど。
イサギ:車道から山に上がって、6時間くらいで樹林帯を抜けて、目の前に羅臼岳の南西ルンゼが見えました。結構遠くて、11時くらいにはまだボトムにいたんですよ。天気もよかったので、休憩しつつのんびりしちゃってました。
*注3 シール:スプリットボードの裏に貼る登行用の装具
––下りは滑走だから時間がかからないと見越しての行程だよね。羅臼岳に肉薄してみてどうだった?
アラタ:偵察では見られなかった景色で、うわーって。ここでテンションが上がった。超でっかいんですよ。めっちゃ綺麗に見えて。でも、シールじゃ上がれないくらい雪が硬くて、クランポン *注4 をつけて歩きました。
イサギ:ハイマツに氷がついて、超でかいエビの尻尾の上を歩く感じ。踏み抜くのでめっちゃ歩きにくい。沿岸部の風を受けるので、氷もめちゃでかい。写真みたいに清々しく歩いてはなかったです。
アラタ:クランポンの歯が全然刺さらなくて、斜度が上がってくると僕はもう怖すぎて。カリッカリ。ルンゼのなかにはパウダーが溜まってるかもしれないけど、斜面はカリッカリだった。
イサギ:シールが効かないからボードブーツにクランポン、ダブルアックスでの登攀。うすうす気づいてはいたけれど、パウダーなんてほとんどなかったんですよ。冬に北海道まで来て、山も1日かけて登って、で、カリッカリ(笑)。
アラタ:アルパイン登山ですよね。マジで氷。バックカントリーは行くけど、このときがはじめての厳冬期登山で。イサギは登りは階段っていうけど、傾斜40度だと、体感は垂直なんですよ。ずっと四つん這いで、とにかく怖かった。
でも、とりあえず山頂までは行こうと。怖いけど、でも、めちゃめちゃ楽しい。カメラは全然出せなかった。風に煽られても怖い。斜面が氷だから滑ったら400mぐらい落ちてっちゃう。変な妄想をしちゃうんですよ。
イサギ:山頂についたのは14時くらい。結構時間かかっちゃったけど、景色が凄すぎた。登って右側に太平洋、左側にオホーツク海。その先に国後があって、その間全部氷なんですよ。振り返ると、北海道の大地が大陸みたいに見えた。
アラタ:それが綺麗すぎてそれしか見てなかった。遺跡みたいだった。山頂は氷で、めちゃめちゃ綺麗なんですよ。信じられなかったですね。もう宇宙。
*注4 クランポン:別称アイゼン。氷雪上を滑らずに歩行するための金属製の登山用具
山が日常にあるからこその心構え
––ついに滑走すると。登りで、クランポンで登るような氷雪だとはわかっていたと思うけど。
イサギ:結果から言うと、ピークから少しはパウダーでした。横から見ると、ピークがあってちょと斜面があってフラットになってこのガケになっていて、1番上の数ターンはパウダーターンできたんですよ。
アラタ:でも、ほんとうにパウダーはここだけって感じ。僕はちゃんとした滑走は無理でしたね。横滑りで、ターンはできなかったです。
イサギ:後半はフィルムクラスト *注5 で最高だったけどね。
アラタ:よくなかったよ。上は怪我するかと思った。ほかにも滑りの人はいたけど、上まで行ってなかった。途中の雪がゆるんでいるところだけ滑ってた。
イサギ:スノーボードっていうより、冒険だったねって、イクミと話してた。
アラタ:なんか宇宙に行って帰ってきたみたいな。山の起伏もそうなんですけど海の流氷も見えて、自分の知っている自然じゃなかった。長野は、白馬とかもそうだけど、山がゴツゴツしてて山脈の繋がりがある。北海道は山脈が低いからなのか、のっぺりとしていて、月のクレーターみたいなのが遠くまで見えるみたいな。すごく広大に感じました。
*注5 フィルムクラスト:氷の層がまるでフィルムのように薄い状態
––結局、羅臼岳のClimb&Rideは成功だったと言えるのかな。
アラタ:パウダーはなくて、カリッカリの氷だったのは想定外ではあったけど、それはそれで事実であって、僕らはそれを成功とか失敗とかというふうには捉えてないんですよね。ふつうなら、コンディション最悪で、スノーボードをする場所じゃないってなるけど。
イサギ:スノーボードをしに行ってるんだけど、もっと深いところの目的はスノーボードじゃないのかも。ライダーだったら、パウダー、ノートラックは絶対だけど、僕らはちょっと違って、山があってそれを登って滑って、それでいい。
アラタ:下山したときも感動みたいな感じはあんまりなくて、いつもどおりで、いい山だったねーって。イサギは山に入れれば幸せそうだし、僕は写真撮って幸せだし、個々が山でそれぞれ遊んでて、それでいいから、カリカリだったから失敗だったとか、そういうのはないんですよね。
証言:
今井郁海(イクミ)はスノーボード選手としての経歴をもつ、長野の地元仲間のひとり。競技を経てバックカントリーへとフィールドを移し、イサギとアラタとも白馬をはじめとする山での滑走をともにしてきた。
イサギとアラタとは、15~6歳の頃からの仲間です。羅臼の話をもらって、札幌から5~6時間くらいかけて行きました。山がカチコチだったのは、しょうがない。行ったこともない土地で、どんな雪か、どんな斜面かも知らなかったし、いい経験でした。景色がヤバくて、それでチャラって感じです。
イサギはアルパインやってるから、登りは苦としてなさそうでした。俺より登れるし。でもライディングに関してはチキってましたね。エッジ抜けたらどうしようって。アラタは登りからチキってて、最終的には半分滑落してました(笑)。
相変わらずいい双子ですよ。どんな状況でも攻めていくし、怖いもの知らずというか。それがいいところでもあって、悪いところでもある。滑りでいえば、自分たちの実力以上のことをやろうとするから。でもそれって誰でもできるわけじゃない。状況判断がうまいからなんとかなってるんですかね。一緒に遊んでて面白いというのはあります。
––山も、滑りも、成功とか失敗とか言いたくなるじゃん。
アラタ:多分それは、山が非日常的な感覚でやってるからなんですよね。僕らは山がもう日常で、どんな状況でも受け入れてしまう。カリッカリでも、僕らにとっては当たりなんですよ。
イサギ:実際、僕らが行っているタイミングでニセコとか札幌で雪が降っているのはわかってて。でも、僕らはパウダーを滑りに行ってるわけじゃないんですよ。羅臼を登って滑ることが目的で、パウダーじゃなかったけど、あのでっかい山に行って帰ってきたという冒険があるというだけで。
アラタ:まあ、成功したらラッキー、一般で言ううまくいかなかったは試練。体力トレーニングになったって思っちゃう。でも、要は外したってことっすね。イサギが(笑)。
イサギ:いやいや、目的は「羅臼で滑る」だから、いいんだよ。。
アラタ:「パウダー求めて」って言ってたじゃん? なんなんだよ!
(#02につづく)
船山改 (フナヤマ アラタ)
ファッションデザイナーからキャリアをスタートし、ペインティング、グラフィックデザイン、アートワーク、ロゴ制作、写真撮影までこなすアーティスト。企業ブランディングでは、企画から制作、アウトプットまで手がける。
「最近はスノーボードのグラフィックを描いたり、パッケージのデザインをしたり。僕の仕事は、自分で手を動かすものもありますが、いろんな人が関わって完成するものが多いですね。なので、大きなくくりでいうとデザイナーですね。デザインのなかでも、パターンや紋様が得意で、そのベースを書く〈図案師〉でもあると思っています」。
IG:@arata_funayama
船山潔 (フナヤマ イサギ)
10代からロッククライミングをはじめ、ヨーロッパのフィールドを転戦。2021年より、ガイドツアーサービス〈Gen〉を主宰。バックカントリースノーボード、サーフィン、ハイキングなど、アウトドアアクティビティ全般を楽しむ。
「ライフワークは、Climb & Ride。バックカントリーをはじめたのは23歳の頃で、冬山を登攀してアルパインエリアでのスノーボード滑走ですね。浅間山の麓で育ったので、山での生活が日常で、〈Gen〉では長野周辺の自然体験を案内しています。ほかには、日本各地の自然や文化をリサーチしています。旅というより、生活や風習を勉強している感じですね」。
IG:@isagi.f.de_le_rue
Photo by Arata Funaya & Isagi Funayama Edit&Text by Kousuke Kobayashi Produce by Ryo Muramatsu Cooperation by Moving Inn