御代田の暮らしを、手渡せる一冊に。『LOCAL 01 MIYOTA』ができるまで
Story2026.09.01NEW

御代田の暮らしを、手渡せる一冊に。『LOCAL 01 MIYOTA』ができるまで

noru journal

連載「移動が育む暮らし|長野県御代田編」の取材で聞いた声を、近隣の上田で刷り、地域の人々と綴じる。新刊『LOCAL 01 MIYOTA|移動が育む暮らし』は、土地を取材した内容だけでなく、本が生まれる工程にもまた、この地域の時間と人の手が息づく一冊となりました。

どのようにしてこの本が生まれたのかを振り返る。


本が生まれた土地でつくる

浅間山の南麓、軽井沢と佐久のあいだにある御代田町。町を行き交う人々の移動には、単に目的地へ向かうためだけではない、その人らしい選択や暮らしの輪郭が刻まれている。

旧中山道と小田井宿の面影、畑や工場、昔からの商店、新しく生まれたカフェや住宅地。軽井沢の近さも、佐久の生活圏としての便利さもありながら、御代田にはそのどちらにも回収されない生活の温度がある。本書は、観光地を案内するガイドブックではなく、複数の人の視点と動線からこの町の輪郭を描き直す試みとなった。

ウェブで公開してきた連載を改めて紙にまとめたのは、取材で交わした言葉や風景を、画面上の更新速度とは異なる時間で手元に留めておきたかったから。ページをめくることは、町を歩くことにも似ている。気になった場所で立ち止まり、前のページへ戻り、誰かの暮らしを自分の速度で受け取る。そのための一冊として、本書をつくった。

寄り道ができる余白

表紙のイラストを手がけたのは塩川いづみさん。御代田の隣町・小諸で生まれ育ち、数年前に地元へ戻ってきた。表紙の打ち合わせでは、本書の取材を終えて残った印象について、さまざまな話を交わした。

東京との行き来、日々の通勤、買い物、散歩、畑へ向かう時間。御代田で暮らす人たちは、それぞれの移動のなかで、何かを育んでいるように僕には見えた。そんな話から「御代田で育むといえば、田んぼだね」とイメージが広がり、田植えされた苗の根が御代田町の地図へとつながるイラストが生まれた。

また本書には、あえてノンブルを入れていない。人ごとに風景やイメージカットをきれいに分けるのではなく、誰かの家の雑感も、道ばたの景色も、仕事場の空気も、ひとつの町で営まれるひとつの風景として、ページのなかに混ざり合うように置いている。どこから開いても、どこまで読んでも、別の発見があるように。

「ウェブをスクロールして読むときには生まれにくい寄り道の余白も紙の本には残したい」そんな思いで編まれている。

LOCAL 01 MIYOTA|移動が育む暮らし ¥2,200

つくることを、ひらくこと

本書のディレクション・編集を担ったのは、NEUTRAL COLORSの加藤直徳さん。雑誌や本をつくりながら、印刷や製本では常に新しい形を試し、ときには制作の場を外へひらく。加藤さんの本づくりには、編集、デザイン、印刷、製本をきっぱりと分けない姿勢がある。

今回も、誌面の設計や印刷・製本の監修にとどまらず、その制作の場そのものを地域へひらくことを加藤さんは提案してくれた。

印刷は、御代田と同じ東信州エリアにある上田市のリソグラフスタジオ〈犀の角 せっせよいよい〉で実施。さらに初版の一部は、「noru journal × NEUTRAL COLORS 印刷&製本 OPEN DAY」として、地域の人々とともに完成させることに。表紙へのシルクスクリーン印刷、断裁、丁合、糸で綴じる製本。普段は閉じられがちな本づくりの工程に多くの人が手を添え、一冊ずつ本が立ち上がっていった。

初日のOPEN DAYを終えた夜、上田の〈本と茶のNABO〉で行ったトークショーで加藤さんは、手仕事を単なる装飾や“ぬくもり”として扱うのではなく、印刷の可能性を広げる方法として捉えている、と語った。

「印刷に関与できるし、途中で変えられるし、途中でやめられるし、なんならリソの色を変えてもいいんですよ」

リソグラフには、版ズレやかすれ、インクの濃淡といった偶然が含まれる。しかしそれは、仕上がりの不完全さではない。紙やインク、印刷機の状態、刷り手の判断によって生まれる差異を受け入れ、内容と一体になった表現へ変えていく、その過程にこそ加藤さんの考える本づくりの面白さがある。

加藤さんはかつてインドの出版社・Tara Booksを訪れたときの経験についても、手作業への見方を印象的に語っている。

「手作業だからぬくもりがあるから勝負する、ということではなくて。手作業が機械の代わりであることに衝撃を受けたんです」

この言葉には、手仕事を単なる“味わい”として扱うのではなく、技術として引き受け、多くの人に届けるための生産方法として考える姿勢が表れている。

リソグラフやシルクスクリーン、オフセットを横断するのも、懐かしさや偶然性を演出するためだけではなく、むしろ、内容にふさわしい表現を探りながら、印刷の工程そのものを本の構造に組み込むためのものとして捉えている。編集、デザイン、印刷、製本、そしてそれらを誰かと共有する場は、別々の工程ではなく、ひと続きのものとして考えられているのだ。

今回、地域の人々と印刷・製本の場を共有したことも、その延長にある。本をつくる手を外へひらくことは、制作の背景を見せるためだけではない。それぞれの手が工程を担い、本が生まれる時間を共有することで、一冊の本が土地との関係をより深く持つことになる。

本に残る、手の痕跡

「丁合したり、製本したり。同じ作業を繰り返すなかで、偶然隣になった人とよもやま話をするのがいい」

これはOPEN DAYの片付けを終え、スタジオを出る際に加藤さんがこぼした一言だった。

2日間の中で、上田の近隣からだけでなく、佐久や松本、長野市など、少し離れた場所からも人が来てくれた。世代も職業も異なる人たちが、同じ作業台を囲み、紙を折り、順番にそろえ、糸を通していく。初めて会った人同士が、作業の合間に交わすのは、とりとめのない話ばかりだったかもしれない。けれど、その「どうでもいい会話」をしながら、同じ手仕事を繰り返す時間にこそ、紙を扱うもうひとつの意味があるのだろう。

そこで交わされる会話もまた、この本の一部になっている。取材した土地と、本が生まれる場所、そして人の手が地続きになる制作の体験となった。

同じく御代田に暮らす人々の移動もまた、いくつもの関係から成り立っている。山裾から駅へ向かう道。仕事場から家へ戻る時間。買い物や送り迎え、散歩のための小さな往復。本書に収録された人々は、移動を通して土地と関係を結び、自分なりの暮らしを組み立てている。

『LOCAL 01 MIYOTA|移動が育む暮らし』は、御代田を紹介するためだけの本ではない。ある土地で営まれる日々を聞き取り、その声を紙に定着させ、別の土地に暮らす誰かへ手渡していくための一冊なのだ。


LOCAL 01 MIYOTA|移動が育む暮らし

「移動」をテーマに、長野県・御代田町で暮らす人々の声を集めたZINE。会社員、デザイナー、農家、タクシー運転手、ローカルテレビ局員まで、それぞれの通勤、買い物、仕事、散歩の道のりをたどりながら、この土地で何を選び、何を手放し、どのように根を下ろしてきたのかを聞いた一冊。

著:noru journal
発行:株式会社シカク
ディレクション・編集・印刷製本所:NEUTRAL COLORS
デザイン:宮崎絵美子
表紙イラスト:塩川いづみ
写真:野口恵太/船山 改
執筆:numa/加藤直徳
シルクスクリーン印刷・製本:オープンデイに参加した地域のみなさん

価格:2,200円(税込)
STORE:norujournal-store.square.site/product/local-01-miyota

photo by Keita Noguchi / text by Ryo Muramatsu

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