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2025.12.18

母+次男、苦笑いアジア旅 #01 |はじめに〜世界遺産への道の選択を間違える
by 玉木美企子

旅の移動を通して、その土地の日常にふれる瞬間を記録するリレー連載「異国と移動のフィールドノート」。旅人、写真家、編集者——それぞれの視点で切り取られた移動の記録からは、移動そのものが「感じ、考え、生きること」に近い行為であることを伝えていきます。

母と子で出かけた、はじめての“異国”の旅。ネパールのカトマンズ、香港、そしてタイ。10日間の移動のなかで、母は息子の成長を見つめ、息子は未知の世界の息づかいに出会っていきます。

迷いながら、笑いながら—— 世界遺産への道を間違えた朝から始まった、母と次男の夏のフィールドノートをお届けします。

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「お母さん、怖いよ……」

ネパールの首都カトマンズでの滞在3日目、ついにそうつぶやいた中学1年の息子の手を強く握り、私は街外れの薄暗い路地を歩いていた。目的地は世界遺産・ダルバール広場。朝食時にチェックしたGoogleマップの表示では、ホテルから徒歩で約20分。それはのんびり街歩きしながら行く、気軽な観光散歩のつもりだった。しかし、アプリが示すまま進んでいくと、使い古された石畳の道は進むほどに狭くなり、その両サイドにはなんの動物かわからない肉の大きな塊、見たこともない野菜や山盛りのスパイス、どう使うのかわからない道具がどっさり吊り下げられた小間物店などが軒を連ね、その間を人やバイクが忙しなく行き交ったり買い物をしたり座り込んでいたり。まっすぐ進もうとしても雨季のこの時期、あちこちに水たまりができているし、数メートルおきに痩せた野犬たちがぺたんと寝そべっている。

たしかに、息子の反応も無理はない。この通りに比べたらそれまですごしていたタメル地区は、いわばツーリスト向けに用意された「ハレ」のエリアだった。おそらく私がGoogleマップを信じすぎ、ローカルな暮らしの場にまぎれ込んでしまったのだ。それでも、ひるんではいられない。犬が苦手で、いちいち歩みを止めてしまう息子をなだめすかしながら、そして「久しぶりに息子と手をつないだなあ」なんて思いながら、とにかく目的地に一刻も早くたどり着くべく、ただ前を見て歩み続けた。日本を出国して4日、気づけばこうしてわが子と2人、しっかりと旅の渦中にいた。


ここはまだツーリストエリアに近い場所。道は石畳だけれど、雨が降ればこのとおりぬかるんでしまう。

それはつい数ヶ月前、2025年の夏休みのこと。私は中学一年生の次男をはじめての海外へと連れ出した。目的地はネパール。加えてトランジットで香港にて数時間、タイでは一泊を挟み、10日間で3カ国を駆け抜ける旅だ。

長男は前年に引き続き、夫とタイへ行くことになっていたため(その件もまたいつか)、メンバーは私と次男だけ。12歳という彼の年ごろは、家庭によっては「母さんと2人?そんなの人に見られたくないよ!」というご子息もいるかもしれない。しかし、幸い……なのかわからないけれど、わが家の次男は母の誘い=決定事項であることにだいぶ慣れてきている。ネパールがどこなのか、どんな場所なのか、当日までピンときていなかったようだけれど、「長袖?半袖?どっちを用意すればいいの?」などと言いながら、修学旅行で使ったリュックにパンツやシャツ、夏休みの宿題まで律儀に詰め込んで、すんなりと出発の日を迎えた。

言い訳ではないが、子が小さなころは友人の展覧会とか映画上映会とか、親のコミュニティに関わる催しにはできるだけ付き合わせない方向性で子育てをしてきた。とくに長男が、幼いころ「場所見知り」の傾向が強く、知らないところでは必ずと言っていいほど泣き、ぐずり、消化不良のまま会場を後にすることばかり。これはお互いにただ疲弊するだけだとすぐにわかり、行きたい大人(ほぼ私)がもう一人(ほぼ夫、または祖父母)に子を預けて出かけるスタイルが、長く定着していたのだ。

しかし時は流れ、もう2人とも児童と呼ばれる年齢をすぎた。ということで、とくに次男には徐々に「これ」と思う催しには参加をうながしはじめていた。次の段階として、そろそろ子どもに異国を、異文化をインストールしてもいいころではないか。体力もついてきて、多少は英語もわかる……かもしれない年齢になったこのタイミングで、「ここではないどこか」というものが存在し、それはじつは世界の大半である、という事実への気づきを、言葉ではなく時間と体験そのものでもって手渡したいと思った。振り返れば2015年、長男5歳、次男2歳のときに東京を離れ、長野県伊那谷の小さな村に居を移して日常を過ごしているからこそ、できるだけ早いうちから村の外の世界の広がりを味わってもらいたかった。

けれど最初に、親として心しておかねばならないことがある。旅というのはその最中に目覚ましい「成長」や「感動」、「生きる力の習得」などの効果効能が現れるものではない。その日々はとにかく一瞬一瞬の判断で非日常を生き抜くサバイバルの連続だ。そう、分かってはいたけれど案の定、旅の間の息子の表情はおおむね困惑を表すハの字まゆ毛で、口もとはへの字。新しい世界との出会いを楽しむ喜びの笑みよりも、おっかなびっくりの苦笑いのほうが多かった。それだっていいのだ、無事に帰ってさえ来られれば。そう信じ(るほかなく)突き進んだ、母と息子の10日間の断片を、ここで伝えたいと思う。

ちなみに、カトマンズの路地で「怖い」とつぶやいた息子に、私は手をぎゅっと握ったままこう話した。
「大丈夫、別に怖くないの。だってここは、ここに暮らす人たちの日常なんだから」

もちろん、私だってドキドキしていたし、圧倒されていた。でも、言ったことは本当の気持ちだ。それを彼がどう受け取ったか、野犬に気を取られて聞き流してしまったかは、わからないけれど。


ダルバール広場を見渡せるカフェから撮影した一枚。中央の建物は、たった一本の木によって建てられた、との伝説をもつ寺院「カスタマンダプ」で、カトマンズの街の名の由来でもある

玉木美企子(たまきみきこ)
東京生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経て2015年、家族4人で長野県に拠点を移し、フリーランスに。食・農・暮らしを主なテーマに編集・ライターとして活動しながら、日本国内のほかヨーロッパ、アジア、中米などを旅している。2026年新春に自身初となるエッセイ/俳句集『蝸牛の虫干し』を刊行予定。

HP:tobira-sha.com
IG:@mikiko0705