Column2026.05.26

ポートランドのワーク・ラン・バランス | #01 旅と一緒に歩いていく

山田陽

リレー連載「異国と移動のフィールドノート」。旅人、写真家、編集者——それぞれの旅の移動を通して、その土地の日常にふれる瞬間を記録していくもの。アメリカと日本を行き来しながら、移動と仕事を重ねる写真家の山田陽さん。ポートランドでの滞在、変わりゆく街の風景、そして160kmのトレイルレース。移動の中で見えてくる「仕事」と「土地」と「自分」の距離感を記録する。

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レースを軸に旅を組み立てる

旅のあり方、移動してもできる仕事の仕方を日々考えながら生活している。

人生のちょうど半分をアメリカで過ごし、数年前に日本へ戻ってきてから約3年間は、日本の生活に自分をアジャストするのにあくせくしていた。

そんな中でも毎年挑戦しているアメリカでのトレイルランニングレースに参加するため、アメリカのレースに興味がある友人と一緒に行く予定を立てた。

開催地は、USA・オレゴン州ポートランド。レース名は『Mountain Lakes 100』。PCT(パシフィック・クレスト・トレイル)というアメリカ三大トレイルの一部を走る、全長160キロのトレイルレースだ。

距離はあるが、コースプロファイルはそこまで厳しくない。ちゃんと準備さえすれば大丈夫だろうと思っていた。ただ、準備をしていた矢先、一緒に行く予定だった友人が別のレースで足を骨折してしまい、同行できなくなった。

ここから、僕のいろいろな試行錯誤が始まる。航空券とレース代以外は折半する想定が崩れ、一人で行くとなると費用が一気に現実味を帯びてくる。昨今の円安や物価上昇の影響で、航空運賃、滞在費、食事代、ビールの価格まで、すべてが重くのしかかる。

ポートランド滞在を設計する

当初は4〜5日で戻る予定だった滞在を延ばし、その間に撮影を組めば旅費や滞在費、できればレース代まで賄えるのではないかと考えた。
いつもお世話になっている方々に連絡を取りはじめると、「何かできるかもしれない」と言ってくださる方が数件現れ、あとは自分の動き次第だと確信した。

ポートランドでの宿泊を調べると、9日間のホテル滞在はかなりの出費になる。そこで現地の友人に相談すると、知人の庭にある別棟を貸してもらえることになった。

場所は、これまで滞在したことのなかった川の東側、イーストサイド・ポートランド。スタンプタウンコーヒーのオリジナル店舗があるあたりで、閑静な住宅地に雰囲気のいい店が点在するエリアだ。

第二次世界大戦後、戦争で亡くなった兵士の未亡人に支給された住宅が多く残る地域で、小さな平屋が多い。現在の家族構成にちょうどいいサイズの家が、どれも庭付きで並んでいる。

通常の旅支度に加えてトレイルレースの装備、さらにカメラ機材。荷物はどうしても増えるが、今回はカメラ1台、レンズ3本に絞り、最小限にまとめた。大事なものは、カメラ、日本で撮影したデータ、ラップトップ、ペンタブレット。これがあれば、どこでも撮影と編集ができる。便利な世の中になったものだ。

今回の旅は、生活しながら仕事をし、最後にレースに出る。

支度を整えて、成田空港へ向かう。

シアトル行きのアメリカ系航空会社に乗ると、1年前とはまったく違う客層に驚いた。日本人はほとんどおらず、アジア圏の乗客も減り、最も多かったのはアメリカ国内を移動するような旅行客だった。

日本が「訪れる場所」として、かなり身近になったのだと実感する。アメリカの物価を考えれば、日本は3〜4割ほど安く感じられるはずだ。東南アジアに行くようなコスト感で、ヨーロッパのような体験ができる。旅行者にとっては魅力的だろう。

移動しながら働くということ

移動の合間にキャスティングと撮影の段取りを進めながら、シアトル経由でポートランドに到着。友人に駅まで迎えに来てもらい、そのままスーパーで1週間分の食材を買い込んだ。

今回はキッチン付きの滞在なので、できるだけ自炊し、外食を減らすことにした。

庭に建つ別棟の家。周囲に高い建物はなく、静かで、自然とリラックスできそうな空間だった。家主に挨拶を済ませ、送ってくれた友人と近所のメキシカンレストランへ。夜はタコスとビール。いろいろ値上がりしている中で、タコスの値段は据え置きで、少しほっとした。

以前から移動しながら仕事はしていたが、通信環境の向上、機材の軽量化に加え、一緒に仕事をする人たちのマインドも変わってきたと感じる。形式にこだわりすぎないこと。場所に固定観念を持たないこと。

そうした柔軟さを持つ人が増えている。身軽に動き、その場で対応していく。そんなスキルがあると、移動の中に少しだけ自由が増える気がする。

#02に続く。


山田陽 (やまだあきら)
1976年広島県生まれ。文化服装学院を卒業後、1998年に22歳で渡米。フローラルデザイナーを経て2004年からNYをベースにフォトグラファーとしての活動をスタート。以来、数々の雑誌やブランドカタログ、広告などで活躍中。ライフワークはトレイルランニング。2023年より拠点をNYから東京に移している。
IG:@akirayamada

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