column

2020.08.31

#01 《1MILE》いつもの一日
by Sakie Miura from Amsterdam

移動する「距離」というものの捉え方はまさに今、過渡期ともいえるだろう。そんな今だからこそ紡げる、距離にまつわる物語があるかもしれない。そんな思いからスタートしたのがこの連載「Story of my mile」。トップバッターは、昨年アムステルダムに移住し、愛する夫と娘と穏やかな日々を暮らしている写真家の三浦咲恵さん。「1mile」という距離を題材に、今の日常を撮り下ろし写真とともに綴ってくれた。

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7月のアムステルダム、今日の天気は晴れ。最高気温が23度と、シンプルに最高の一日だ。平日だし家でやることがあったのだけど、こんな日に外に出ないのはもったいない。ピクニックセットをかつぎ、ぽかんとした表情の娘を抱え上げる。目的地は家から歩いて20分、1mile先にある巨大公園フォンデルパークだ。

アムステルダムの醍醐味のひとつ、それは自転車で街を巡ること

東京23区の面積の約1/3しかないアムステルダムの最もメジャーな交通手段は自転車だ。自転車を15分漕げば市内大体どこでも行ける。トラムや地下鉄も走っているが、よほど遠くに行かない限り自転車の方が手軽で早い。コロナが猛威を奮っていた頃は公共交通機関は空っぽだったが、自転車はチラホラと普通に走っていた。街中完璧に舗装されたアムステルダムの自転車道を見ると、この街の醍醐味はハイネケン工場で飲んだくれることでもコーヒーショップで一服することでもなく、自転車で駆け巡ることじゃないかと思う。


しかし当の私は自転車に全く乗っていない。一度盗まれたが執念で取り戻した愛車のビアンキは最近すっかり夫のものになってしまった。さようならビアンキ、そしてこんにちはベビーカー。爽快に街を走っていた日々は遙か昔、娘が生まれてからというものゆるゆるとベビーカーを押して歩く日々だ。でも、大丈夫。オランダと言えば自転車だが、ベビーカーも大人気なのだ。なんせ、Go Dutch!(ワリカンで!)という英語の表現が生まれたほど一般的にケチだと言われるオランダ人(Dutch)が唯一大金を惜しまず使う場面がベビーカー購入時だと言われるくらい、子供フレンドリーなこの国でベビーカーの地位は高い。そして町中に溢れている。ベビーカーでいると親切にされたり優しい言葉をかけられたりすることがも多いので、自転車じゃないベビーカーなこの日々は割と気に入っている。


活気を取り戻し始めたオランダ。“日常”がある有り難み

そんなベビーカーでのろのろ公園へ向かって歩いていると、娘を連れた観光客らしき女性に「ゴッホ美術館はどっちですか?」と話しかけられた。あっちですよ、と答えながら、日常が戻ってきてるんだなとしみじみと実感する。本当に、数ヶ月前のアムステルダムは異世界のようだった。国境を封鎖していた為に観光客はひとりもおらず、レストランも美術館も映画館も全て閉鎖されシーンと静まりかえっていたのだ。

それでも6月辺りから制限付きで各種施設や観光客の受け入れが再開されはじめ、7月からはようやくオランダ全土でレストランの通常営業が可能になり、EU国内だけでなくEU国外からの旅行客の入国も可能になった。コロナ収束には程遠いかもしれないが、買い物袋を下げた観光客やレストランのテラス席の活気に溢れた光景を見れるのは嬉しい。ビール片手に友人たちと集まることが当たり前ではない世界があったからこそ、皆あんなに今楽しめているんじゃないかと思う。友人や家族と外で美味しい食事をする、映画館へ行って映画を観る、そんな日常を改めて尊いと感じれるようになったことは、コロナ以降のポジティブな変化かもしれない。


自宅から1mileのフォンデルパークに現れた、1.5m感覚の黄色い円

そんなことを考えていたら目的地に着いた。夏の晴れた日のアムステルダムは本当に美しいが、その中でもここフォンデルパークは最高だ。高い樹々が作り出す緑のトンネルは歩いているだけで気持ちが良いし、無数にある池には様々な種類の鳥が生息していて見ていて楽しい。芝生には日光浴をしている人や誕生日パーティーをしている人々がいて、随分と昔から横たわっているであろう巨大な倒木には子供たちが群がってアスレチックジムとして遊んでいる。そんな素敵な場所なのでロックダウン中は人が殺到して入場制限まで敷かれていたが、今はまた以前の平和な姿に戻っている。ただひとつ、至る所に1.5m間隔に描かれた黄色い円があるのがちょっと可笑しい。

しばらく公園内を進み、適当な場所で芝生に腰を下ろす。せっかくだから、黄色い円の中に入ろう。右を見れば池とアヒル、左を見ればジョギングや散歩をする人たちを観察できる素敵な場所だ。例に漏れず私もロックダウン中はピクニックばかりしていたので、すっかりピクニック好きになってしまった。思い切って購入した特大サイズの敷物は本当に優れもので、大人が三人で寝そべることだってできる。濡れた芝生の上でもへっちゃらだ。そんな敷物をえい!と勢いよく広げ、四隅に靴やらカメラやらを置いて固定する。そして準備ができたら相変わらずぽかんとしている娘をベビーカーから抱え上げ、敷物の上にそっと寝かす。眩しくて顔をしかめる彼女に、帽子を被せてあげよう。

ロックダウン後、ベビーカーとともにあるNiksen(ニクセン)

その後は本を読んだり、アヒルを観察したり、草や土を必死で食べようとする娘を眺めていたりと、とにかく勝手に時間が過ぎていった。オランダではこういう時間を「Niksen ニクセン(=何もしない)」と言い、オランダ人はこれが大得意だ。ロックダウンの時間を経て、もしかしたら私も少しは得意になっているかもしれない。

昼寝から覚めたらもう16時を回っていて、隣では娘が小さな寝息を立てていた。気持ちいいけれど、もう帰らないといけない。後ろ髪を引かれながらも、近所の市場を次の目的地に設定する。


たった1mileの距離なのに、贅沢でいい旅だった。いつもの1mileに、どれだけたくさんの景色があるのだろう。家から目的地への移動に過ぎなかった1mileが、コロナによってすっかり存在感を増してしまった。

娘をまたベビーカーに乗せ、敷物を畳み、フォンデルパークにさよならを言う。ゆるゆるとベビーカーを押して歩く帰り道、横から幾度となく自転車に追い抜かれるが全然気にしない。だってこのゆるゆるの移動を、生き方を、私は結構気に入っているのだ。

三浦咲恵
1988年大分県生まれ。米・サンフランシスコにて写真を学ぶ。帰国後スタジオアシスタントを経て、2014年鳥巣佑有子氏に師事、16年独立。雑誌や広告、Webを中心に活動。19年オランダ・アムステルダムに拠点を移し、育児のかたわら写真と執筆の仕事にいそしむ。

HP:sakiemiura.com/
Instagram:@sakiemiura_foto

Photo & Text by Sakie Miura