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#09 《100MILE》パタゴニア トーレス・デル・パイネ10日間トレイルを歩く旅  前編
2021.04.28

#09 《100MILE》パタゴニア トーレス・デル・パイネ10日間トレイルを歩く旅 前編
by Eriko Nemoto from Japan

東京を拠点に活動するフォトグラファー根本絵梨子さんによる、距離にまつわる物語も最終回。モンゴルの1mileネパールでの50mileのストーリーに続き、今回も、思い出深い山歩きの旅を。”いつか行きたかった”という南米パタゴニア。トーレス・デル・パイネ国立公園を100mile歩いた、9日間のトレッキング旅の前編をお届けする。

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「どこへでも行ける」
1年ほど前までインスタグラムのプロフィールにそう書いていたな、とふと思い出した。そんな生活や考えが一変した2020年。旅どころか日常と思っていたことすら当たり前にできなくなってしまったおかげで、歩くことすら嬉しいことなのだと気付かされた年でもあった。

前回まで、モンゴルでの1mile、ネパールでの50mileで書いたのは図らずも歩きの話。そして今回も。2年前の2019年2月〜4月に旅をした南米で、だいたい100mileを歩いたトーレス・デル・パイネ国立公園の話を書きたいと思う。

夏の白馬山荘で一緒に働いていた通称・北さんと旅へ行こうということになった。彼女は私の旅と写真の大先輩。お互い“いつか行きたい”ところとして心の奥底にあったパタゴニアが候補にあがった。パタゴニアとは、南米大陸のチリとアルゼンチンの南緯40度以南のエリアのことで、面積で言うと日本の面積の3倍ほどもある広大な範囲である。中でもチリのトーレス・デル・パイネ国立公園とアルゼンチンのロス・グラシアス国立公園のフィッツロイは有名で、名前は知らなくとも多くの人がどこかしらでその風景を見たことがあるはずなのだ。

最難関のブッキングに、ロストバゲージ。
慌ただしい旅の序章。

この旅の一番の難関とも言えるのは、実は国立公園のブッキングだ。トーレス・デル・パイネ国立公園はチケットがないと入れない仕組みとなっていて、とくに日帰り以外のトレッキングの場合はすべての宿泊(テント場やレフジオと呼ばれる宿)を予約していないと入園ができない。しかもややこしい事に、キャンプ場や宿を運営する会社が場所によって違うので、それぞれのウェブサイトで空室情報を確認しないといけない。さらにはスペイン語、WEBサイトの不具合などたくさんの障害が待っている。予約を取り終わるまで1週間を要したが、最後の予約完了メールが届いたときは思わず「やったー!」と叫んでしまった。出発前にこんなに達成感があるのも珍しい。出発まで4ヶ月、すでに旅は始まっていた。

2019年2月22日の昼、東京出発。パタゴニア地方へ行くにはアメリカ経由、シドニー経由、スペイン経由があり、私たちはスペイン経由で行くことにした。スペインのマドリード、チリのサンティアゴで飛行機を乗り換え、約48時間の移動。太陽を追いかけるカタチで飛行機が飛んでいたので、夜が一度しか来なくて不思議な感じ。目的地のチリ南部の都市プンタアレーナスに到着したのは2月23日の昼過ぎだった。

なんだか1日得した気分になりながらも睡眠不足。少しぼーっとして荷物が回ってくるのを待っていると、気づけば荷物を待つ人は私たち以外誰もいなくなってしまった。これがロストバゲージというやつか……ふたりとも初めての経験。慌てて空港のスタッフに声をかけると、とても落ち着いた様子で案内され出口へと誘導された。こちらは不安でいっぱいなのに、笑顔でなんともスムーズな対応。「今夜にはホテルへ届けます!」とのこと。ロストバゲージは日常茶飯事のようだ。

荷物のことは気にかかるけれど、やっと上陸できた喜びの方が大きい。写真家の私たちは2日間の移動疲れも、睡眠不足も忘れて早速カメラを持って海まで散策。プンタアレーナスは海沿いの街だった。珍しく予習をしようと買った椎名誠さんの「パタゴニアあるいは風とタンポポの物語り」を行きの飛行機で読むことができて、この海がマゼラン海峡だと知った。なるほど、この強くて冷たい風は南極から吹いているのかと目を瞑って風を浴びた。21時頃まで日が沈まない上に夏なのに凍えそうな風。日本とは全く違う。やっと地球の裏側まで来たのだと実感した。旅へ行く時は予定も行き先もそれほど決めず、予習もそれほどせずに、その時の面白い出会いに身を任せて行くことがほとんどで、今回も後半1ヶ月の予定は決めずに来た。旅の後半は南極へ行けるかもしれない、と心の中で思うとそれだけでワクワクする。

南米の朝食と、インスタントコーヒーの味。

ホテルに戻ると、荷物は届いていなかった。心配で仕方ないけどお腹は空くもの、ご飯を食べに行き、私はそこで完全にダウンしてしまった。レストランで食べ終えた途端寝てしまったのだ。曖昧な記憶の中、航空会社から連絡があったよ、と北さんが起こしてくれたけど「良かった。任せてすみません」と心の中で言いながらベッドの上で倒れたように寝てしまった。

久々にベッドで爆睡したおかげですっきりと朝を迎えた。初めての南米の朝食。南米といえばコーヒー豆で有名だから楽しみにしていたが、インスタントコーヒーの味。先に言っておくと、この先ほとんどインスタントコーヒーだった。それでも旅先のご飯は旅をしていることを実感させてくれて好きだ。甘すぎるパン、普通のパン、美味しいバターに普通のプロセスチーズ、美味しいハム、インスタントコーヒー、日本の冬のような南米の夏の朝日。

荷物が届くという連絡はあったが、とはいえ、届かないかもしれないということも考えて、必要な買い出しをするため予定を変更しもう1泊この街へいる事にした。おかげで、街も散策でき、また来たいと思うほど好きになった。

結局、荷物はホテルの方達がスペイン語の話せない私たちに親身になって付き合ってくれたこともあり、無事届き、ひと安心。

ロストバゲージという事件により、不安もあったけれど、それよりもチリ人の驚くほどの親切さを知り、チリという国が早速好きになった。この旅のスタートに必要なイべントだったのかもしれないと思うほどだった。

1日80人の入場制限。自然を守るために。

翌朝、ついにトーレス・デル・パイネ国立公園の拠点の街、プエルトナタレスへと出発。プンタアレーナスからはバスで3時間ほど。プエルトナタレスで1泊して翌日、バスで2時間ほどの国立公園の入り口、アマルガにたどり着いた。アマルガでは、全員が入場チケットや予約などのチェックを受け、公園内でのルールの説明ビデオなどを見る。そうしてやっと入場許可が下りる。日帰りでトレッキングする人もいれば、トーレス・デル・パイネやグレイ氷河を見られる山の南側を歩く人気のWルートに行く人、私たちと同じく山の周りをぐるりと1周するOサーキットへ行く人。みんな装備もバラバラ。世界中の人が憧れる場所でもあり、国籍も色々で面白い。


(https://torresdelpaine.com/wp-content/uploads/2017/08/Mapa2017-2018.pdf)

これだけ世界中から人が集まる上、山の裏側を回るOサーキットは1日80人しか許可が下りないのだから予約がなかなか取れないのも納得がいく。それにしても1日80人まで限定するというのは本当に厳しいし、それだけ自然を守ろうとしているのだなと感じる。ほとんどの人がアマルガでバスに乗ってラス・トーレスのビジターセンターやプデトのフェリー乗り場へ向かう中、私たちも一度はバスに乗り込むも、運転手のお兄さんによると1時間歩けばビジターセンターに着くと聞き、予定変更。この日の予定ではビジターセンターからテント場セロンまでコースタイムだと4時間だけだったし、こんな絶景を前にして歩かない選択はない! ということで、バスを降りたのだった。
山々の南側には車道もあり、道沿いにキャンプする場所や素敵なホテルもあるのでクルマで来ている人やキャンピングカーも見かけた。クルマで来れば、もっと自由なスケジュールも組めるからいつかクルマ旅もしてみたい。

トーレス・デル・パイネの絶景

歩き始めて5分後には荷物を下ろしていた。すでに絶景。ふたりとも写真を撮るためこれでは全然前に進みそうにない。許されるならこの辺りでテントを張って1泊したいくらいだった。天気も良く、こんなふうにトーレス・デル・パイネを望みながら歩けるのもラッキーだ。日本では天気次第で予定を変更する事もしばしばだけど、予約制の国立公園では天気がどうであろうと予定通り進まないといけない。ずっと天気が悪く一度も見れずに終わる人もいるそうだ。

なかなか先へ進まないけれど、いくらでも景色を楽しめる。2時間ほど歩いてようやくビジターセンターに到着したが、ザックが今までになく重い。テントやシュラフの他に、35mmフィルムカメラにコンパクトフィルム、中判のカメラとそれらのフィルム10日間分、最初の数日は食料の補給ができないと予想して4日分の食べ物を詰め込んだザックは経験したことのない重さ。思いもよらぬところで転んでしまったり、この先が思いやられるとは思いながらも、日が暮れるのは21時前、どれだけゆっくり行っても明るいうちには着くだろう。

Oサーキットに入ると途端に人が減った。ここからグレイ湖までの4日間は山々の裏側を歩く。トーレス・デル・パイネのように調べても写真があまり出てこなかったエリア。旅先の景色の写真を事前に見るのは、楽しみが減ってしまうので避けたいのだけれど、今の時代、それはすごく難しいこと。でもこの先はほとんど未知の世界。今回一番楽しみにしているパートでもあった。

(後編へ続く)

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根本絵梨子
Photographer
2010-2011年 渡豪
2012年 都内スタジオ勤務
2014年 都内にてアシスタント
2016年 フリーランスで活動開始

HP :erikonemoto.com
Instagram :@neeemooo

Photo & Text by Eriko Nemoto