column

2020.11.25

#07 《596.1 MILE》 さいこうの休暇
by Sakie Miura from Amsterdam

“移動”することの価値観が変わる今だからこそ届けたい、“距離”にまつわる物語「Story of my mile」。アムステルダム在住の写真家三浦咲恵さんの最終回は、気ままなファミリーロードトリップ「596.1mile」の道のりをお届けする。行き先は、スイス・ツェルマット。ヨーロッパらしい“さいこうの休暇”を共に過ごしているようなそんな心地になるストーリーだ。

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「ねぇ、クルマの旅にしない?」

夏の休暇まで1ヶ月半を切った頃、夫が私に言ってきた。しかも行き先はスイスらしい。北欧に行く気満々だった私は、最初夫の話を右から左に聞き流していたが、北欧のコロナの状況の悪さとクルマの旅の便利さを説かれて最終的に折れた。まぁ飛行機って密室だし、帰って来れないと困るし、仕方ないな。さようなら、ノルウェーの森。こんにちは、マッターホルン。今年の夏の旅行はクルマで決まりだ。スイス・ツェルマットまで約600mile、3日間のファミリーロードトリップはこうして幕を開けた。

朝9時、旅行の当日だというのに私たちは随分のんびり家を出た。これぞクルマが良い理由①「好きな時間に出発できる」だ。旅行といえば外が暗い早朝に家を出るのが普通な私たちにとって、こののんびり具合は嬉しい驚きだった。ベランダで育てているトマトを旅のおやつに収穫したくらいだ。そもそも0歳児がいて朝5時にどうやって家を出れようか。子供が生まれてからというもの、全てのスケジュールは子供中心になった。人生経験しないと分からないことがたくさんある。

アムステルダムの家にお別れを言って、赤いプリウスを発進させる。初めての大舞台に、プリウスも心なしか嬉しそうだ。しかしヨーロッパにいるのになぜプリウスなのか。早い話、オートマ(AT車)のクルマがほとんど市場にないのだ。なんというカルチャーショック。「オートマ? ああ、老人が運転するやつか。」というイメージだ。ヨーロッパに住む予定or旅行でレンタカーを借りる予定の人は、ぜひマニュアル免許を取得して欲しい。本当にびっくりするくらい値段が違う。そんな理由で、オートマでも比較的安かった中古のプリウスが我が家の愛車なのだ。日本車なのに左ハンドル、不思議現象だ。

出発して早々、スケジュール通り眠りに落ちた娘を見ながら、スピーカーから流れる音楽に耳を傾ける。音楽好きの夫が、今回の旅のために作ったオリジナルプレイリストだ。これぞクルマが良い理由②「好きな音楽を流せる」だ。誰にも気を使わず、旅のテーマソングをえんえんと流せる。ユーミンの『ルージュの伝言』がリズミカルに流れる。旅だなぁ。ビートルズに小沢健二にマック・デマルコにフィッシュマンズに。夫婦の思い出の音楽を流しながらのゆるいロードトリップが楽しい。

娘が起きたので、近くのサービスエリアに寄ってお昼にした。クルマが良い理由③「好きな時に止まれる」だ。離乳食をあげて、朝に握ったシャケおにぎりを食べて、すぐに出発する。今更だが、初日の行き先はルクセンブルクのリウフランジュというキャンプ場。旅程を考えるにあたって、まずGoogleマップでスイスまでのクルマルートを調べ、そのルート上で宿泊する場所を大体200mile間隔で二箇所選んだ。200mile×3日で600mileだ。アナログな方法だが、シンプルだし無駄がない旅の計画方法だ。別に観光がしたいわけでもないので、どちらかと言えばAirbnbで泊まりたい家を探すという感じ。最近、旅先の家の快適さが何よりも大事になってきた。Airbnbにはベビーフレンドリーの宿が多数あって、ベビーベッドやベビーチェアが用意されていたりするから有難い。

途中山道で少し迷いながら、昼過ぎにキャンプ場のコテージに到着した。予約していた番号のコテージには何故か別の家族が入っていたが、このような適当さはヨーロッパではよくあることなので別に気にしない。オーナーに連絡して、折り返しの電話を待つ間にコテージにいた家族のお母さんと立ち話をする。「アムステルダムから来たんです。」「あ、私もオランダからよ?」「あ、そうなんですね。」「そうそう、毎年1週間くらい来てるのよ」。数分後、無事に入れたコテージはこじんまりとしていて、松の木の香りがとても心地良かった。ひと休憩してから、近くの湖に泳ぎに行く。途中、のんびり草を食んでいる馬に会った。ルクセンブルクのティーンたちが音楽をガンガンにかけて湖に飛び込む光景を見た。こういう、旅先で偶然出会う光景が本当に愛おしい。動画を回し、フィルムカメラで写真に納める。写真家でいるのは、本当に忙しい。

次の日、バナナとコーヒーを朝食にしてコテージを出発した。2日目の行き先は、フランスのコルマール。ガソリンが圧倒的に安いルクセンブルクでガソリンを満タンにして、プリウスをかっ飛ばしてフランスに入国する。クルマでフランスに入るのは初めてだ。ヨーロッパの、気づいたら違う国に来ている、という感覚はやはり不思議だ。国境付近に「ここからフランス」という看板が立っているだけだ。EUというのは、大きなひとつの国みたいだと思う。

ひまわり畑とワイン畑をいくつも通り過ぎて、昼過ぎにコルマールに到着した。おとぎ話から出てきたような、アルザス地方の可愛い街だ。コウノトリがシンボルで、街の至る所にコウノトリが描かれている。お土産屋にひしめくコウノトリたちの熱い視線を感じ、気づいたら娘にひとつコウノトリのおもちゃを買っていた。気に入ったのか分からない。コウノトリのポストカードも自分用に買った。なんだかんだ観光を楽しんでいる。ただ信じられないくらいの猛暑だったので、夜ご飯を済ました後はさっさと宿に帰った。アルザス名物ザワークラフトとアルザスワインはとても美味しかった。

そして3日目の朝、クロワッサンを朝食に食べ、クルマに荷物を詰め込んで出発する。これぞクルマが良い理由④「パッキングが楽」だ。移動の度にスーツケースに持ち物を詰め込んだり、果ては重さを気にしたりなどしなくていい。ワインだって、重量気にせず買い放題だ。どう考えても、フランスにはクルマで来るべきだ。帰りには大量に買って帰ろう。

無事スイスに入国して、適当なサービスエリアで停まり、ランチをする。バーガーキングで一番安いバーガーを頼んだのに、単品で1200円もした。これがスイスクオリティーなのか。スイス怖い。水も高くて、500mlペットボトルを買うのにあんなに悩んだのは初めてだ。話が逸れたが、その後生まれて初めて車電車(Car Train)に乗った。連なる山々をクルマごと電車に乗せて突っ切る、スイスらしい大胆な移動方法だ。何台ものクルマと一緒に電車の荷台に乗り、エンジンを切って、15分ほど真っ暗なトンネルを轟音の中進む。不思議に高揚する経験だった。遊園地に行きたくなった。

そしていよいよ目的地まであと少し、ツェルマットの隣町テーシュにたどり着いた。悲しいが、ここでプリウスと少しのお別れをしなければならない。環境対策の観点からツェルマットはガソリン車の乗り入れを全面禁止しており、ここから先は電車移動なのだ。ツェルマットほどではないが、アムステルダムも2030年にはハイブリットを含むガソリン車が乗り入れ禁止になるらしい。東京がそうなるのは、一体何十年後だろうか。次はやはり、テスラを買うべきだろうか。

電車に乗り換えて、マッターホルンの街・ツェルマットについにたどり着いた。空気が綺麗に感じるのは、きっと気のせいじゃない。コロナ渦で例年より圧倒的に静かな駅前で、おもちゃみたいな電気タクシーを捕まえる。眺めの良い宿を借りたおかげで、タクシーを降りてから、深呼吸が必要なくらいのハードな登山が待っていた。背中と両手いっぱいに、8kgの娘を胸に抱えた私たちは顔を見合わせる。でも大丈夫。ここに来るまで、クルマと電車で596マイルも移動してきたんだ。あと0.1マイルなんて、なんてことはない。移動はいつだって楽しいんだ。

三浦咲恵
1988年大分県生まれ。米・サンフランシスコにて写真を学ぶ。帰国後スタジオアシスタントを経て、2014年鳥巣佑有子氏に師事、16年独立。雑誌や広告、Webを中心に活動。19年オランダ・アムステルダムに拠点を移し、育児のかたわら写真と執筆の仕事にいそしむ。

Photo & Text by Sakie Miura