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2021.05.02

#10 《100MILE》パタゴニア トーレス・デル・パイネ10日間トレイルを歩く旅 後編
by Eriko Nemoto from Japan

東京を拠点に活動するフォトグラファー根本絵梨子さんによる、距離にまつわる物語も最終回。モンゴルの1mileネパールでの50mileのストーリーに続き、”いつか行きたかった”という南米パタゴニア。トーレス・デル・パイネ国立公園を100mile歩いた、9日間のトレッキング旅、後編をお届けする。前編をまだ読んでいない方は合わせてどうぞ。

» STORY OF MY MILE
DAY1.氷河と旅の実感。

1日目のテント場セロンに到着したのは18時頃で、コースタイムよりだいぶ遅れていた。他のトレッカーたちはとっくに到着して本を読んだり、昼寝をしたり、ビールを飲んだり、すっかりのんびりしていた。私たちも売店でビールを買い、とりあえず乾杯。これでもう疲れは吹っ飛ぶ。(チリはワインで有名だけど、パタゴニアは大小ブリュワリーが豊富。水質も良いのかとても美味しい。)

何千人もテントを張れそうな気持ちの良い大草原、テントはどこに張って良い。強風で有名なパタゴニアでは、風速15mは当たり前とも聞いていたので皆が張っていた小屋の横にテントを建てた。そこだけ木が生えていて多少風除けができる。温水シャワーもあるのがありがたいけれど夕方はとても寒くて入れそうになかった。ご飯を作って、明日の準備をしたらもう寝る時間。数ヶ月楽しみにしていた日々が始まったんだなぁと感慨にふけりながら眠りについた。

DAY2. コースタイム+1、2時間という現実

トレッキング開始2日目。日が暮れるのは遅くとも、朝日が出るのは6時頃。すぐに朝が来る。ついに、山々の裏側へと向かう。

歩き始めてちょっとすると、後から出発したトレッカー達にどんどん抜かされてしまった。なるほど、このスピードで行くと地図に書かれた時間でいけるのか……。体格も足の長さも全然違う、私たちはおそらくコースタイム+1、2時間かかると見た方が良さそうだ。峠を越えると視界がひらけた。凄い景色。遠くの山々についている雪に見えるものは氷河だ。地図を見ているとグレイ氷河ばかりに目がいってしまうけど、そこら中に氷河がある。


もの凄いサイズのザックを担いでもの凄いスピードで歩く若者たち。彼らは到着するや否やテントを、いくつも建てていた。

今日はこの湖を横目に、氷河を目の前にして歩いて行くと思うと自然と笑顔になる。ピークを踏まないトラバース道のトレッキング、景色を楽しめて最高だ。


この日もほとんどの人がのんびりしている時間帯にテント場に到着。2泊目のディクソン。峠を越えると急に目の前に現れる秘密基地みたいな場所にあってワクワクする。ここはテントだけでなく小屋にも泊まれるし、シャワーもあれば、売店も充実。ワインやビールも買える。情報がなくてたくさん食料を担いできたけど、その必要はないようだった。サッカーも出来るほど広いテント場。サッカー大国、南米だなと思う。

テント場では大きなネズミがテントを食い破って食料を漁ると聞き、離れる時や就寝中は袋に入れて高い木に吊るす。私たちの前に現れたのはキツネ。可愛いなと思っていたが、ちょっと離れた隙に食べ物を持っていこうとするから気が抜けない。場所によってはピューマも出るらしい。

先述の大きなザックを担いでいた若者たち。ツアーなどできている人たちの荷物やテントを運び、シーズン中に何十周もOサーキットを歩くポーターだそう。旅が好きで、夏の間ここで稼いだら旅へ行くんだと話してくれた。フライパンや鍋、エスプレッソメーカーまで持っていて食事もフリーズドライなどでなくしっかり料理する(しかも美味しそうなチリ料理)。流石だ。

朝、早起きして昨日超えてきた峠まで行き、ディクソンキャンプ場をもう一度ひとりで見に行った。氷河が溶けてできている川に囲まれた素晴らしい立地。もう一泊してのんびりしても良かったな。いつかまたここへ来よう! と心に決めてテントへと戻った。

DAY3. Oサーキットに集う人々。

3日目は距離も短く、気楽な日。前日は1日中曇りだったけど、この日は晴れて昼頃には岩山の雲も取れてきた。おそらく見えているのはグランデ峰やクエルノス峰の裏側。手前は広い湿原。ここで、最高のランチをした。

Oサーキットは一方通行で、小屋と小屋の間が10〜20km程度なのでほとんどの人が同じようなスケジュールで歩いている。だからキャンプ場では毎日顔を合わせるし、火の使用場所も決められているので、食事も同じ場所で作る。加えて、毎日抜きつ抜かれつつ挨拶をし休憩をし、3日目にもなると自然とすでに友達のような感覚。同じ山好き・旅好き。日本でも山に行くと出会った人と仲良くなりやすいけれど、それは世界共通なようだ。写真の彼らともすぐ仲良くなった。チリの大学生で夏休みに友人4人でトレッキングをしているという。夏休みにパタゴニアなんて羨ましい。カメラ好きのふたりが私の首にかかっていたハッセルブラッド(中判カメラ)に興味を持ったことから仲良くなった。チリでは全くと言って良いほどフィルムカメラを持っている人を見かけない。セルフタイマーでなかなか撮れず、シャッター押してくれる? と言っているところ。


雨よけの養生にトレッキングポールで即席三脚。思わず拍手! 問題はセルフタイマーの時間内に立ち位置へ行けない事だけ。

歩き旅の醍醐味は、
立ち止まってたたずめるところ

次のキャンプ地ロス・ペロスの手前にあるロス・ペロス氷河と氷河湖。沢山見えていた氷河にこんなにも近くのはこの旅では初めて。想像以上に巨大。ちょっと高台にあるのでここに寄らずに進んでしまう人も多いようだけど、私的には3日目のハイライト。ただただ湖の辺りに座ってのんびりするだけでも贅沢な時間。好きな居場所を見つけて、すぐに立ち止まってたたずめるのが歩きの良いところ。


3日目は森の中を歩く時間が多かった。パタゴニアは岩山と氷河のイメージしかなかったけど、来てみると川や湖、湿原、そして森が多く、想像していたものと全く違う発見が多い。森に生えているのは主にブナの木で馴染みのある森の空気感と香り。苔が多いところは、まるで日本の八ヶ岳の森を歩いているようで落ち着いた。地球の裏側まで来ても、似ている木や植物が多くあることに驚く。

DAY4. 見たことのない世界へ

4日目はパソキャンプまで。距離は短いけれど、このトレイルでいちばん高い峠を越える難関日なのに雨が降りそうだ。ふたりとも気合を入れて出発。峠の近くまで来ると周りは氷河だらけ。


皆すれ違えば励ましあう。歩きの旅のいいところ。

ついに峠を越える。越えた途端目の前に巨大なグレイ氷河が広がっていた。感動で声が出ない。たった1200mの峠でこの景色とは。雨も雪に変わりそうなほど寒かったけれど、ありったけの防寒着を着込んで満足するまで眺めていた。うっすらと虹まで出てきて、その場を動けなかった。昨日は日本と似てると思ったけれど今日は見たことのない世界。おそらく1時間は眺めていたと思う。氷河を見ながら氷河沿いに歩けるトレイル。疲れも、豆だらけの足のことも忘れて、いつまでもそこにいたかった。

この日もテント場のパソに着いたのはほとんどの人が到着した後だった。このテント場は小さく、簡易キャンプ場という感じ。グレイ氷河は見えないけど、氷河の真横に位置している。氷河が見えるポイントを探し、いいポイントを見つけたので、日の出前に起きてここでゆっくり朝食を取ることにした。

DAY5. 氷塊の夢

5日目。明け方、星を期待したけれど曇っていた。でも薄らと明るくなり始めると一面の青。ずっと眺めていると今度は晴れてきた。パタゴニアの天気はコロコロ変わる。そして青かった氷河は白に変わった。こんなに変わるから、ずっと見ていても飽きない。

グレイまで、またしばらく氷河沿いを歩く。氷河の流れに沿って歩き、氷河の終わりまで見届けられるのはOサーキットを歩いた人の特権だ。もうすぐ山の裏側エリアも終わってしまう。既にもう1周したいと思うほどいい道だ。

氷河は巨大すぎてサイズ感がわからない。この氷塊は1年ほど前に氷河から分かれたものらしく幅約300m、高さ30m、深さ2〜300mもあるそうだ。氷塊があるということは氷河が溶けているということ。温暖化でこの氷河もどんどん後退している。次来たときはどうなっているだろうか。

氷河沿いの森の中。パタゴニアで有名なカラファテという実もまだ少し残っていた。ブルーべリーのような実で、この実を食べると再びこの地へ戻ってくることができる、という言い伝えがある特別な実だ。アルゼンチン領にはエル・カラファテという名前の町があるほど。

こちらは森でよく見かけた「キッタリア」というきのこ。ポーターの子に聞くと、サラダにして食べるよ! とのことでちょっとだけ齧ってみた。私たちは毎年秋にはきのこ狩りに行くほどきのこが好きなので、日本で見たことなかったきのこに出会えて大興奮だった。

そんな実を見ることができて嬉しかったけれど、この辺りは枯れ木や黒や白くなった木が多かった。数年前に起きた大規模な山火事で燃えた木。痛ましい記憶。その火事以降、ガス以外(アルコールやネイチャーストーブ)の火は禁止され、決まった場所以外で火を使うことも禁止になったそうだ。火事の前はしっとりとした森だったのだろうかと想像しながら歩く。

そしてレフュジオ・グレイへ到着。この旅初めてのレフジオ(山小屋)に泊まることにしていた。

旅の折り返し地点にふと思うこと

9日間のトレッキングの折り返し地点ということもあり小屋泊は、食事付きにした。グレイからは1日の許可人数の多いWトレック内に入ることもあり、キャンプ地も広く、レフジオも立派。まるでホテルだ。久々の建物、シャワー、べッドがものすごくありがたく感じる。山に入り、最低限の人間的な生活をすると、普段当たり前に使っているものがとても便利なものだと気付く。私はすぐ忘れてしまうタイプだから、そうやって“普通のこと”にありがたいと感じる瞬間を時々作るようにしている。

食事場所も料理も想像以上。スープから始まり、メイン、デザートまである。バーもあるのでお酒を飲みながら世界中から集まっている旅人たちと談笑を楽しんだ。Oサーキットとは賑やかさがガラッと変わってしまったけど、チリ人の素晴らしいホスピタリティを感じられる良いレフジオだった。

DAY6. コンドルと神々しい景色

6日目。レフジオで朝食をいただき出発。朝の準備もテント泊よりも格段に楽だ。足の裏は豆だらけに変わりないけど、残りの数日間に向けて体力もバッチリ戻った。

ここまでの数日間、運よく強風に当たらなかったけれど、この日はすごい風。山は大荒れ、峠越えの人たちは吹雪かもしれない。横に聳え立つパイネグランが格好良い。見上げていると大きな鳥が飛んでいるのに気付いた。コンドルだった。カメラを構えたけれど、大荒れの山の方へと飛んでいってしまった。コンドルは黒い点のようにしか写ってないが、一瞬日が差して神々しい景色を見せてくれた。

ちょっとすると今度は晴れて、エメラルドグリーンの湖が目の前に現れた。景色が目まぐるしく変わる。あまりにも湖が綺麗な色で、湖畔にあるパイネグランのキャンプ場で1日過ごしたいけど、休憩だけして次へ進むこととする。
本日の宿泊地イタリアーノまでの道。白い木が綺麗だと思ってしまったが、火災のせい。元々はOサーキットで歩いたような深い森だったのだろう。

途中の湖で虹が出ていたのに気付いてないようだったので「虹が出ているよ」と教えた男性とキャンプ場まで一緒に歩く。

イスラエル人の彼はニュージーランドの山々の話を。私はネパールのトレッキングの話をして大盛り上がり(後々2020年にニュージーランドを旅したとき、彼の話がとても参考になった)。山好きはどこの国でもやっぱり似ている。こんなふうにトレイルで出会う人はチリやヨーロッパからの人が多く、仕事を半年〜1年休んで旅をしているという人が多かった。私たちの1ヶ月半の旅はとても短い方だ。

パタゴニアの風の洗礼を受けつつ無事イタリアーノに到着。イタリアーノでは時折、雷のような轟音が聞こえた。雷のような音だけど光ることはないので不思議に思いながら眠りについた。

DAY7. 強風と轟音

7日目は湖沿いの、ここからたった30分ほどのフランスキャンプ場に行く予定。その前に谷沿いに山々の間を登ることになっていた。でも、朝の天気が悪い予報だったので、相方の北さんは休息日にするとのこと。私はというと、雨も降っていなかったので暗いうちに出発した。

ちょっとすると日が登り始めたのか後方が明るい。振り返ると綺麗なエメラルドグリーンの湖。昨日見た湖は、この湖から水が流れていてつながっている。

後ろから誰もくる気配もなく、前方の山々はやはり天気が悪そうで引き返そうと思っていると、また虹が出た。なんとなくいい予感がして進む。

進んでいくと、雷のような轟音がどんどん大きくなっていった。でもやっぱり光ってはいない。強風と轟音で不気味な雰囲気だ。山をよく見ていると、雪煙がおきた後に音が聞こえる。轟音は氷河が崩れ落ちている音だった。

だんだんと吹雪になってきてしまった。進もうとしているけど、日本だったら引き返しているような天気かもしれない。こういう時に遭難が起きるのかな、冷静じゃないなと引き返すか迷っていると、日が差して青空も見えてきた。本当に天気が変わりやすい。でも夏に吹雪も見れるなんて、来て良かった。



行き止まりまで進んで晴れを待つ。ポツポツと後から人が来て少し安心。

寒さに耐えきれず、下山。下っていくにつれ天気も良くなってきた。そして人もだんだんと増え、相方の北さんも温かいお茶とともに現れた。名前を呼ばれ顔をあげればOサーキットの「仲間」。すっかり心も体も温まる。午後、フランスキャンプ場へ到着。板張りもあって、テントのところで火を使って料理していい場所は初めて。レフジオも豪華で、シャワーと夕食を利用した。ツアーなどもあり利用者も多いためか、どこも施設がしっかりしているのでWだけ歩くなら本当に身軽に歩ける。


テントの人は歩いてシャワーのある建物まで。近所の銭湯へ向かっている気分。

ご飯はここでもコース式。美味しくないと聞いていたけど、とっても美味しかったしヘル
シーだった。ビールやワイン、チリの名物酒など飲みながらいろんな国の人と話した。(こうやって思い出しながら書いていると、小さな食卓をお酒を飲みながらいろんな話をして話すという事に違和感を感じてしまっている自分に気付く。この時間が恋し
い。)

DAY8. 美しい湖畔でのひととき

8日目は長い1日。湖沿いの道をスタート地点近くまで歩きさらに谷沿いに進み、トーレス・デル・パイネに一番近い山小屋であるチリまで。

山の湖や池が好きな私はとても嬉しく、終始ニコニコしていたんじゃないだろうか。フランスの次のレフジオ クエルノスはこんな美しい湖畔の横に建っているなんて知らなかった。スケジュールを決めなくて良いトレイルだったなら、きっと私たちはここに留まっただろうな。次来たときはここでものんびりしよう。

クエルノスから最後の予約キャンプ地チリへ。この日の工程は長かった。25km近く歩いたようだ。通常のテント場は4ヶ月前に予約した時点で埋まってしまっていたのでこの日はすでに建ててあるテントに泊まる。高いね、なんて言いながら予約したけど、正解だった。思った以上に強い雨が降って予想以上に疲れていて(でもこの頃には雨が降ると虹が出るからそれも楽しみでもあったけれど)、雨に濡れた物の処理も広いテントで快適に対処できた。

予約した時には食料が調達できるのかが分からなかったから、最終日もレフジオの夕食。またしてもフルコース形式。山で、美味しく暖かい料理が食べられるのはとてもありがたいこと。皆ここまで来た達成感と明日見にいくトーレス・デル・パイネに心躍らせて良い顔してます。

この日は、雨が降ったり止んだりで視界が悪かったが、日が暮れる頃、少し空が明るくなってトーレス・デル・パイネは顔を出したのだった。天気が悪くても、日が暮れる一瞬は山の空気がガラッと変わるから、今日も見えるだろうと期待しかしていなかったけど、やっぱり見えた!明日も期待できるなあと良い気持ちで早く就寝した。

DAY9. 世界で1番を見た日

9日目。朝4時過ぎ出発。もちろん真っ暗だ。ほとんど一番乗りのようだった。真っ暗の中初めての道を歩くのはなかなか難しいもので、たまに道を間違えそうになりながら進む。前に人がいるとヘッドライトの灯でなんとなく進む方向がわかる。その日の空はとても暗くて星がものすごくよく見えた。星がないところの方が少ないんじゃないかと思うほど。明るすぎて星とは思えないような光もあり、あれは何だったのだろうか。
星に詳しい友人から聞いていた、南半球でしか見られないものもすぐ見つけられた。南十字星は見ると嬉しくなる。石炭袋は本当に暗黒で見ていると吸い込まれそうになって少し怖い。

そんなふうに星の下を贅沢に歩き、1時間急騰を登り続けてやっとポイントへ到着。ダウンやレインウェア、シュラフを纏って日の出を待った。星を見ていると、真っ暗なところに2つ明るい光があった。クライマーだった。凄いとしか言えない。あちらからはどんな景色が見えているのだろうかと想像した。

朝が来た。山が燃えていた。少し雲が出て欲しいくらい綺麗に晴れたね、なんて我儘なことを思っていたら少しだけ雲が出てくれる。ありがとう。

北さんも私もシャッターを止められない。景色を見ているとあっという間に時間が過ぎてしまう。2、3時間は経っていただろうか。誰もいない頃について、誰もいなくなった頃に帰る。きっと今日は世界で一番良いものを見たはず!

完全に名残惜しいままスタートのセントラルへ戻る。振り返ると良い谷と、良いトレイル。前日は曇っていて遠くまで見えなかったけど、こんなに気持ちの良い景色だったのか。毎日同じ場所も違う顔を見せるから自然は飽きない。



クルマの入れないトレイルでは、馬は荷物を運んだり人を乗せたりととても重要な動物。

ついにセントラルへ到着。ゴールを祝ってビール。行きと同じようにトーレス・デル・パイネがしっかりと姿を見せてくれた。手前の山は雪が積もった。雨も風も雪の日もあって9日間で四季を経験してしまったようで、それも良かった。そして、私はフィッツロイへこのまま行くより、ここの土地をもっとゆっくり見たいという気持ちが芽生えていて、(できたらもう1周したいくらい)それは北さんも同じだったようで、またトレイルに戻ることにした。

ここからバスに乗り「PUDETO」という船着場へ行き、船でパイネグランまで30分で戻れる。キャンプ地もバスも予約ができ急遽パイネグランへ向かった。

こんなふうに行き当たりばったり予定になかった動きをすると旅をしている感じがしてワクワクする。


船は動くのだろうか? と思うほど暴風だったが、この辺りでは当たり前か。数日前、綺麗な色に感動して眺めていたペオエ湖を船で渡った。

氷河湖の色も嘘みたいにきれいだ。数日前、雪が降っていたクエルノスも今日はバッチリ見えている。

30分間の船旅。まさかこのトレッキングで船に乗るとも思っていなかったので面白い移動。数日前に休憩だけして通り過ぎたパイネグランまで戻ってきた。ここは小屋も大きいし、テント場もものすごく広い。この日の爆風に私のテントが耐えられるか、そもそも張れるのか不安だったけど、なんとかふたりがかりで設営完了。(グランドシートが湖の方まで飛んでいってしまいダッシュしたハプニングあり。)

ここは広くて船でサクッと来れるということもあってすごく賑やかだった。チリの上高地と言ったら伝わるだろうか。賑やかなのも良いけれど、やっぱり裏のトレイルが恋しい。

DAY10. 饒舌な旅の終わり

急に追加された10日目朝、晴れてはいないけれど、雲がまた見たことのないような色をしていた。曇りもまた良い。

ペオエ湖沿いをしばらく歩く。湖が好きな私には至福の時間。ゆっくりゆっくり歩きたい。振り返るとパイネグランでやクエルノスが湖越しに見える。できれば逆方向に歩きたかったけど、地図を見ると一方通行のようなので南下する事にした。誰も歩いていないし、逆に歩いても問題なかったな。これもまた来てみないと分からなかったこと。

何度も、何度も振り返るから全然進まないけど、それはそれで良いんだ。ここも火事の被害か、燃えて白くなった木々。湖沿いの道が終わると、丘や平原が続く。野生の馬たちの群れにも出会った。ずっと続く平原、キャンプ場には何百人か泊まっていそうだったけど、この日は4人ほどしか会っていない。静かなトレイル。地図では5時間の道。


暴風で吹き飛ばされそうになりながら一日中歩いた。風が耳に入ってきてボーボーと音を立てるから、話をしなくても賑やか。もはやもう風の音に負けないように声を張って話す体力が残っていなかった。

あの目の前に見える丘あたりに、ゴールがあるはず。先は見えてきたけど、見えてからが長いものだ。

もうすぐゴールというところでまたクエルノスが姿を現した。名残惜しいので、ここで存分に眺める事に。誰もいないから大の字で寝っ転がってみると、地面近くは風が弱い事に気づく。ふたりとも寝っ転がっていたら本当に寝てしまった。途中で寝てしまうほど歩くなんて初めてだった。

気持ちの良い昼寝を終えて、管理棟らしきところへ着いたけれど誰もいなかったので、ヒッチハイクするかと考えていたら、送迎車が通りかかって無事移動。

そしてまたもや途中で予定を変え、オステリア・ペオエで下ろしてもらう。ペオエ湖の中に建っているホテルだ。友人にもらった本に出てきて行ってみたいと思っていた。小さな橋だけがホテルへ続く道。泊まりたい気持ちもあったけど、いつかまた来たときのために取っておく事にする。途中下車してしまったので、ここからプデトまでどう移動しよう。ヒッチハイクするにも思っていたよりもずっとクルマが少ない。


と、思っていたら1台通りかかったけども通り過ぎてしまった。そんなうまくいかないよね、と思っていたら、さっきのクルマが止まってくれた! 色使いの素敵なご夫妻はスペインから旅に来ていた。ほんの少しの時間だけどもお互いの旅の話で盛り上がる。
話しながらも窓から見える景色が凄いものだから時々話が途切れて、凄いね~なんて話しながらプデトまで送ってくれた。ありがとう優しいおふたり。

船を待つ時間にまたちょっとしたトレイルが近くにあったので1人で行ってみることにした。するとリャマのような動物、グアナコに出会えた。ピューマには出会えなかったけど、たくさんの動物に出会えて、自然が守られているのを感じる。

これぞパタゴニアという突風に何度も飛ばされながらも、走り、ノルデンスケルト湖の方へ向かう。時間的に間に合わないけどどんな景色があるか分からないから出来るだけ進んだ。湖までは行けなかった、けれど地図では載っていなかった池に出くわした。あぁ、また凄いものを見てしまった、誰かとこの感動を共有したくて周りを見渡したが残念ながら誰もいなかった。

南米の旅の始まりのロングトレイル、最後にこの景色を写真に収めた。

この旅のことを書いてみて

1ヶ月半パタゴニア〜アタカマ砂漠を旅した後、誰でもできる決められたロングトレイルを歩くことに一体なんの意味があるのだろう? なんて考え込んでしまっていたけれど、こう旅の話を書いてみると、歩くことは自分の旅から切り離せないということをはっきりと自覚する。歩く=旅。とも言えるかもしれない。

それに、新型コロナウイルスが広がった2020年にガラッと変わってしまった生活で、地球の裏側へ行くことも、毎日、限界と思うほど歩くことも当たり前にできることではないと気付かされた。

自然も私たちの日常も、変化しないものはないし、当たり前だと思っているもの事もそうではない。こんな旅がまた出来るようになる日はいつになるかわからない世の中だけど、旅ができないと思う必要は無いんだと思った。歩くことで何かに出会ったり繋がったりする。それ自体を旅と思える私なのだから、近所なり国内なり近場でも歩いていこう。

根本絵梨子
Photographer
2010-2011年 渡豪
2012年 都内スタジオ勤務
2014年 都内にてアシスタント
2016年 フリーランスで活動開始

HP :erikonemoto.com
Instagram :@neeemooo

Photo & Text by Eriko Nemoto