column

#04 《10 MILE》 とくべつな週末
2020.10.12

#04 《10 MILE》 とくべつな週末
by Sakie Miura from Amsterdam

今だからこそ紡げる、距離にまつわる物語を届ける連載「Story of my mile」。アムステルダム在住の写真家三浦咲恵さんの第2回目は、前回から9mile距離を伸ばして「10mile」をテーマに。クルマで出かけることが多くなったことでみつけた“とくべつな週末”について、牧場にあるマルシェで過ごす美味しい時間について教えてくれた。

» STORY OF MY MILE

距離にまつわる物語 | 連載「Story of my mile」一覧を見る

コロナがオランダを襲ってからしばらくは公共交通機関を使用する人の数が激減した。半年以上経った今でも、以前と比べると体感的に少ない気がする。私自身何となく居心地が悪く、基本的には自転車や歩きになったので、そういう人がたくさんいてもおかしくない。そうした理由で、気づけばコロナ前よりも頻繁にクルマにも乗るようになった。クルマは良い。雨が降っても自転車みたいに濡れないし、待つ必要はないし、マスクも必要ない。アムステルダムのようにパーキングの心配がない森林公園へ行ったり少し遠出して海へ行ったり、どれも小旅行みたいで楽しい。ただ大体の場所は、行こうと思えばバスやトラムでも行ける。だったら、とクルマでしかアクセスできない場所に行こうとして訪れたのが、リンデンホフ・マルシェ(Lindenhoff Marché)だった。

リンデンホフマルシェまでは約10mile、クルマを走らせる時間は20分ちょっとだ。このくらいの距離のドライブは心地良い。長すぎず、しかしドライブを楽しむには十分な長さだ。やっと着いた! と大きな伸びをする距離もたまにはいいが、普段の週末にはこれくらいで丁度いい。そんなわけでその日私たちはグーグルマップに導かれるままひたすら田舎道をクルマで走っていた。高速を降りた途端に右を向いても左を向いても牛ばかりの光景になり、静かに期待を高めていたら突然、小さな看板が目の前に現れた。看板に負けないくらい入り口も地味で小さい。当たり前のように見逃し、Uターンやバックを何度か繰り返した後ようやく目的地に到着することができた。

リンデンホフ・マルシェは、木〜土の3日間のみやっている、知る人ぞ知るファーマーズマーケットだ。同名の牧場に併設されており、着いた先から動物たちに挨拶される。こんにちは、ヒヒーン、こんにちは、ブーブー。店内では手間暇かけて育てられた精肉をはじめ、こだわりの野菜やチーズ、パン等が並ぶ。提携している農場は全てオランダ国内や近隣ヨーロッパの小規模農場であり、チーズやパンも経験豊かな職人が手掛けたものしか置いていない。品質にこだわった分値段はもちろん高いが、アムステルダムの人気レストランの多くがここから食材を卸していることからも味の信頼度が高いことはわかる。

リンデンホフが提唱するメッセージが私は好きだ。リンデンホフで売られているほとんどの生鮮食品はオーガニックであり、一見するとよくあるオーガニック食品店のようなものだが、そのスタンスは少し異なっている。彼らは「本物(authentic)の味」を提供することを最大の理念としており、その味を得るべく動物と地球に優しい、サスティナブルな農業や牧畜を行っていたら“自然と”政府の規定するオーガニックの基準を満たしてしまっていただけなのだ。オーガニック認証のマーク自体には何の意味もない、とにかく味で評価して欲しいという姿勢は消費者への信用がなければ決して出来ないことだし、とてもカッコいいと思う。

ここで売られているものは皆一様に美しい。トマトも、チーズも、お肉も、ピカピカしていて食べる前から美味しい。今すぐ食べたい、という気持ちが抑えきれず、マルシェの外に設置されたテーブルに買ったばかりの食材を並べた。ナイフやまな板、オリーブオイルに塩はちゃっかり持参した。こんなことを一目も気にせず好き勝手できるのは楽しい。視線を感じるとしたら、多分それは羊ぐらいだ。(隣が牧場なのでフンの匂いも普通にするがそれもまた味だと思う。)

値段を見ないで買ったら2,000円くらいして悲鳴を上げたカマンベールだが、今までのカマンベールの記憶を覆されるほどの濃厚さだった。トマトも甘くて旨味たっぷりで、とにかく食事が楽しい。本当に美味しい食材は、特に調理を必要とせずそれで十分料理なんだと思った。敷地内の公園で元気いっぱいに遊ぶ子供達の姿もまた、ランチに彩りを与えてくれる。

コロナが広がりロックダウンが敷かれた半年前、世界中で経済活動やストップし、中国などでは大気感染が劇的に改善された。同時に大量生産・大量消費という考え方を疑問視する人も増え、新たな価値観、例えばQOL(Quality of Life)を重要視する動きが広まったのではないだろか。今回の私たちのリンデンホフでの体験はまさにそれだった。時間をかけてその場所まで移動し、質の高いものを適切な値段で買い、それをじっくり楽しむ…その行為は、なんてことないことだけど、いつもの週末をきっと少し贅沢にしてくれる。

ゆっくり1時間ぐらい過ごし、併設されたカフェでジンジャーオレンジティーとミントティーを飲む。ミントティーはオランダの国民的飲み物だ。生のミントの葉を茎ごとお湯に浸して飲むだけのシンプルなものだけど、これが結構美味しい。ヨーロッパの暗くて長い陰気な冬の間、オランダ人の心の支えになっているはずだ。ただやっぱり紙コップだと味気ないので、家に帰ったらまた自分で淹れようと思う。ガラスのティーポットにミントの葉をたんまり入れて、お湯が黄金色に染まるのをのんびり眺めよう。

三浦咲恵
1988年大分県生まれ。米・サンフランシスコにて写真を学ぶ。帰国後スタジオアシスタントを経て、2014年鳥巣佑有子氏に師事、16年独立。雑誌や広告、Webを中心に活動。19年オランダ・アムステルダムに拠点を移し、育児のかたわら写真と執筆の仕事にいそしむ。

HP:sakiemiura.com/
Instagram:@sakiemiura_foto

Photo & Text by Sakie Miura