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解体、再構築された新しいポルシェ
アニメやプラモデルの箱などからインスピレーションを受け、キャンバスにセル画を重ね合わせた作品を発表する作家・ヨコサカタツヤさん。星野源の『異世界混合大舞踏会(feat.おばけ)』のカバーアートなどの仕事でも知られる。昨年の個展『DISCOVERY』のモチーフに選んだのはポルシェ。
それなのに、ポルシェはもとよりクルマ好きでもない。運転免許は持っているが、ペーパードライバーというのがどうしたって面白いのだ。
(DISCOVERY / HEX 東京)
モビリティカルチャーをファッションやアートの切り口から発信するWEBメディア〈DRIVETHRU〉の編集長・神保匠吾さんが個展を見て、ヨコサカさんに注目した1番のきっかけもそこにあった。
「彼に『クルマが大好きなんです』と言われたら、“そうでしょうね”で終わったかもしれません。クルマ好きでもないヨコサカさんだからこそ、ポルシェと洗濯物を組み合わせて生活感を持たせ、NIKEとかストリートカルチャーを混ぜこみ、アートとして昇華させられたんだと思います。ポルシェの世界というのはすでに完璧に完成されており、多くの人にとって自分とはかけ離れたものというイメージがあるじゃないですか。ゆえに『俺が乗っていいのかな…?』と感じる人も少なくない。でも、ヨコサカさんの目線で描かれたポルシェは、そのスマートなイメージを気持ちよくぶっ壊してくれます。ぐちゃぐちゃに散らかっていてもポルシェは成立するんだという新しい気づきがあったんですよね。いわゆる“アートカー”と呼ばれるものは世界中でたくさん作られていますけど、どうしてもプロモーションぽくなってしまう。でも、ヨコサカさんが描くポルシェにはスピリットがちゃんと入っているんです」
(DISCOVERY / HEX 東京)
絶滅、アニメ、そしてポルシェ
クルマ好きではないが、大のプラモデル好き。しかも、クルマが描かれた箱に妙に惹かれるのだという。キャンバスの上にセル画をかぶせた作品群は一見ポップな印象を受ける。そう観る者に感じさせるセル画をはがすと、プラモデルの箱を思わせる精密に描かれたクルマが現れる仕掛けに。
「僕は、プラモデルの中身よりも箱、特に、髙荷義之先生という巨匠の描く絵がすごく好きで、ジャケ買いならぬ箱買いをよくするんです。箱と同じようにプロモデルを組み立てても、箱のあの臨場感はどうしても超えられない。そんな風にも感じています」
“オタク”を公言するヨコサカさんの作品には、アニメの影響も見てとれる。セル画の使用だけでなく、テーマとして向き合い続ける“絶滅”も、セル画が使われなくなり、デジタルへと移行したアニメ界を象徴した“メタ的な要素”によって表現した。壮大なアニメの世界に、洗濯物といった人々の営みを象徴するアイコンが混ざり込み、奇妙な世界を構築する。
「思えば『風の谷のナウシカ』『エヴァンゲリオン』『宇宙戦艦ヤマト』とか、“絶滅”をテーマにしたアニメってすごく多いんですよ。一方で僕は『サザエさん』もよく見るんです。『サザエさん』ってすべてが形式美なんですよね。たとえば食卓はご飯、味噌汁、箸の置き方がきちんと決まっている。それは美しくもあるんですけど、同じ日常を何度も繰り返すことと絶滅とが、僕には表裏一体に思えるんですね。コロナの時に、そんなことはないと思いつつも、人類が滅びるかもしれないって考えがどこかありましたよね? 誰もいないのに、洗濯物がかかっているのは、人類絶滅を考えながら家にこもって描いていたから沸いたイメージでした」
2023年に開いた個展『DISCOVERY』には、実際のクルマを改造した作品が鎮座し、目を引いた。それがポルシェだったのは『スタッフが乗っていたから』というのが直接的な理由ではあるが、クルマを擬人化したピクサー映画『カーズ』に登場するヒロイン・サリーがポルシェ911だったことに端を発する。
「僕は、熊が出るので鈴をつけて歩かないと危ない、『もののけ姫』のような環境で育ったんです。クルマを運転しないと生活できない場所なんですけど、僕は上京したので運転しなくなっちゃって、ペーパードライバーなんですよ。それが申し訳ないというか…。“田舎に置いてきた彼女”みたいなイメージがサリーと繋がったんです」
ポルシェのルーフに積まれたNIKEの箱や車体に貼られたシールもすべて手描き。時を経てこすれた感じも繊細に再現してみせた。車内をのぞき込むと、『バックトゥザフューチャー』や『ゴーストバスターズ』など“スペースジャム”的な要素が散りばめられ、タイムマシーンを思わせる仕様に。
「人類が絶滅する瞬間、人はどこへ、どうやって逃げるのか。または、潔く死ぬのか。そんなことを考えながら、自分なりの発見ができたらいいなと思いながら作っていきました。構成しているものには僕のオリジナルと呼べるものはひとつもありません。好きなものへのオマージュではあるけど、次元転移装置をすべて偽物で囲むことで、パラレルワールドが作りたかったんです。オリジナリティがあるのだとしたら、モノの組み合わせ方ですよね。記憶を巡らせて、何をどうコラージュしていくのか。持っている記憶は人それぞれ違うわけだから、そこには見る人それぞれにオリジナリティが生まれるかもしれません」
売れなくても続けてきたから今がある
記憶にある、最初に描いた絵はドラゴンボールだ。幼少期は『いかに消しゴムを使わないで描くかという謎のゲーム』をしていたという。中学時代はクロスカントリースキーにのめり込み、全国大会に出るほど強かった。その間も、当時ハマっていたアメコミを模写するなど絵は続けていた。
しかし『絵で食えるとは思っていなかった』と振り返る。実際その通りで、現在の成功を掴むまでの道のりは険しかった。
専門学校のイラストレーション科を卒業後、雑貨のデザイン会社に就職。やりたかったこととは違うことに気づき、すぐに退社。飲食店でバイトをしながら、イラストを生業とするべく、本格的に描き始める。描いては編集者に見てもらい、気に入られれば仕事が回ってくるという不安的な生活に。イラストの収入は 『お小遣い程度』だった。転機になったのは、橋爪悠也さんとの出会い。最近では出身地である岡山に、アートと工芸を扱うギャラリー〈一初〉をオープンさせるなど、活動の幅を広げる注目のアーティストのひとりだ。
「買いたいんだけど、いくらですか?と聞かれて、僕がイラストでもらっていた5000円と答えたんです。そうしたら『安すぎる、5万円で買いますよ』と。10倍の金額で売れたことがあまりに衝撃的で、面接が終わってすぐ彼女に大変なことになりそうって電話しましたね。そうしたら本当にバイトに入れないくらい絵を描けるようになったんです」
軌道に乗り始めたのも束の間、2020年に世界的なパンデミックが起きる。コロナ禍は人々の生活や人生観を激変させたが、ヨコサカさんも例外ではなかった。絵の仕事はパタッと止まり、バイト先も飲食店だったため収入は激減する。明日をも知れぬ身で描いたのが絶滅をテーマにした絵だった。家にあったクリアファイルを利用して、キャンパスの上にセル画をのせるスタイルもそこで生まれた。そして、2022年に開いた初個展『おわり』へと繋がっていく。
「コタツで描いている40にもなったおっさんが、初個展で“おわり”。それも面白いかなって。でも終わらなかった。コロナの10年くらい前、30歳で売れなかったら辞めるしかないと思っていた時に、今の妻から『絵を辞めたら、あなたがあなたである意味がないよ』と言われたことがあったんですよ。仕事にならなくても、家がなくなったとしても、絵は描き続けようと決めたんです。コロナの時も、本当は絵を描くような気分にはなれなかった。でも、描き続けなきゃって思えたんです。続けてきて本当によかったです」
昨年の夏、東京で開催された個展『DISCOVERY』は海を渡り、台北でも開催。その後、〈DRIVETHRU〉の編集長・神保さんのアテンドもあり、アジアを代表するストリートカルチャーとポップカルチャーを祝う『Complex』in 香港に、GrowthRing & Supplyとのコラボレーションで出品するなど、国内外の企画展などに複数招聘。ヨコサカタツヤの名がアート界のみならずに広がった。目まぐるしいこの1年を振り返って、ご本人の手応えを聞いてみた。
(ComplexCon Hong Kong 2024)
「狙わずして、国内だけでなく海外のクルマ好きな方々からも反響をいただいて、とくにポルシェ乗りの方は、ファッションや現代アートが好きな人が多いのか、想定以上に広がったなと思っています。これは本当にラッキーだったなと思いますね。よく“次は何を?” と聞かれるんですけど、次はクルマに捉われず、全然違うことをやっていきたいなと思っているんです。漠然としてますけど、モチーフとしては日常的なものというか、もう普通になっちゃってる、これではもうホームランは打てないんだろうなみたいなのをテーマにしたいんです。たとえば、サザエさん」
昭和44年から放送が開始された国民的テレビアニメで、毎週日曜夜6時30分から放送されている。
「自分の中の大切なテーマに、破滅だとか絶滅だとかがあるんですけど、サザエさんはむしろ、その真逆にあるものだと思っています。毎週同じことが繰り返される。1週間経ったら、主人公たちは忘れたように、同じ失敗をして、お決まりのプロットが永遠に続くような、けっこう日本のアニメ文化にはある、ひとつの型のようなものがありますよね。それが毎週日曜に必ず放送されていることって、みんなが気づいていないですけど、凄いことだなというか、そこには普通の人が普通に生活することの中にある美しさがあるなと思っているんです。この美しさというか面白さを、サザエさんの放送が終わる前に咀嚼して表現したいなと思っているんです。きっと放送が終わってしまったら、気づいてしまう人たちがたくさんいると思うんです」
ポルシェの次は、サザエさんとは予想していなかった答えだが、ポルシェを独特のスタイルでアートとして昇華させた彼が、サザエさんをどう料理するのか、楽しみでならない。
ヨコサカタツヤ
1981年生まれ、群馬県出身。現在は東京を拠点に活動。セル画の手法にインスピレーションを受け、キャンバスの背景の上に透明フィルムに描いた絵を重ねた作品を制作。2021年 『東京モータープール1.5』にて発表する。自身の原体験からなるモチーフを題材に、没入感のある表現に挑戦し続けている。
2021 アートフェアアジア福岡 (博多阪急、福岡)
2022 ヨコサカタツヤ初個展『おわり』(KATSUMI YAMATO gallery、東京)
2023 個展『WEDNESDAY』(GALLERY JO YANA、フランス)
2023 個展『DISCOVERY』(HEX、東京)
2023 個展『DISCOVERY』(SOKA ART、台湾)
2024 個展『LIFE』(SOKA ART、台湾)
2024 個展『DISCOVERY PART Ⅲ』(SOKA ART、台湾)
HP:https://yokosakapro.jp/
IG:@yokosakatatsuya
Photo by Taku Matsuda・Ryo Muramatsu / Text by Sakiko Koizumi / Edit by Ryo Muramatsu / Coordination by Hiromichi Tanaka